ブログ記事2件
前回訪れた北方一号公園の北にある国立病院機構小倉医療センターの前身は、陸軍の衛戍病院だった。【小倉衛戍地の説明記事】→→→【北方兵営の説明記事】→→→明治32年ごろの北方兵営の部隊配置明治8年(1875)、小倉に歩兵第十四連隊が創設、同連隊の医療機関として小倉城三の丸に設置されたのが「小倉営所病院」だった。明治21年・「小倉衛戍病院」と改称、30年・新設の第十二師団隷下に入り、32年・小倉城内から北方に新築移転した。37-38年の日露戦争で日清戦争に続き2回目の戦時
今日は、阪神甲子園球場から程近くにある鳴尾八幡神社を訪れる。この地の現在の行政区画は西宮市だが、昭和26年に西宮市と合併するまで「鳴尾村」として単独村制を取っていた。鳴尾村沿岸部の鳴尾浜には、阪神競馬場(明治40年開業、現在の阪神競馬場は戦後に移転)と、甲子園大運動場(大正13年開業、現在の阪神甲子園球場)があり、さらに昭和4年には阪神パークが開業し、スポーツや行楽の施設が充実したが、大東亜戦時下に競馬場と阪神パークの地は海軍に接収され、鳴尾飛行場となった。参道を進むと左手に砲