ブログ記事1,452件
<ストーリー>1963年(昭和38年)、東京オリンピックを翌年に控え高度経済成長の真っ只中にある市民社会は、秩序の破壊者である暴力団に非難の目を向け始めていた。しかし広能昌三(菅原文太)の山守組破門に端を発した広能組・打本会の連合と山守組との抗争は、神戸を拠点に覇を争う二大広域暴力団・明石組と神和会の代理戦争の様相を呈し、激化の一途を辿っていた。広能と打本(加藤武)は広島の義西会・岡島友次(小池朝雄)に応援を要請。穏健派の岡島は慎重姿勢を崩さないが、明石組・岩井信一(梅
深作欣二の”仁義なき戦いシリーズ(5部作)”は、内田吐夢の”宮本武蔵(5部作)”が5年かけて製作されたのに対し、『仁義なき戦い』が1973年1月に公開された後、『広島死闘篇』が4月、『代理戦争』が9月、『頂上作戦』が74年1月、『完結編』が6月と、わずか1年半で5作製作されました。第1作目の大ヒットにより立て続けに作られたものだからキャスティングに苦労しているのが見受けられます。『仁義なき戦い』終戦後の呉に復員してきた広能(菅原文太)が度胸と気風の良さを買われて山守(金子信雄)の身内となると
裏町しぐれ/無情の唄曽根晴美テイチクSN-4052016年に亡くなった、東映を中心に活躍された名優、曽根晴美の1966年9月発売のシングル。このレコードはウィキペディアにも未掲載。東映のスターだよな。ピンの俳優さんではないが、見ないことはない人でした。『仁義なき戦い』シリーズではほぼ皆勤。第一作の矢野修二、代理戦争、頂上作戦での上田利男、完結編の旅人藤村。思い出すと目に浮かぶな。あと覚えているのは石ノ森章太郎作の『変身忍者嵐』のヒール役、骸骨丸だな。その後もVシネとかでも大活躍だった