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改めて・・・10月11日に開催された【くびき野FINAL】走ってきました。今回は前泊のホテルが取れなかったので当日入り。土曜日22時に出発し、途中休憩を挟みながら1時半には妙高SAに到着。仮眠を取って再出発し、2時50分くらいに会場の駐車場に着きました。会場は前回大会から「謙信公武道館」に変更。自分は初めて来たけど、立派な体育館です!以前はリージョンプラザがスタート地点。そこにあった騎馬像も今はここに移設されてます。会場を散策し荷物
林泉寺を後にして、街道を上っていきます。向かうのは、上杉謙信を祀る神社。<旅の行程>1日目:信濃町→関山→上越妙高2日目:上越妙高→髙田→直江津3日目:直江津(春日山)→糸魚川4日目:糸魚川酷暑の中、春日山の中腹へ10分程の坂道…そして、坂の先に待つ急勾配な石段。◆春日山神社◆境内まで135段。石段の先に建つ石造の神明鳥居。社号標は東郷平八郎の筆によるものです。武神を祀る神社らしいですね。上から覗き込めば、足が震える
武田信玄も、上杉謙信も、「信長を討つ」という上洛戦の途中で、病気で死んでいます。これって、信長に都合よすぎやしないか?実は両方とも、信長が忍者でも使って暗殺したんじゃないのか、とまで言う人も、世の中には結構、いますけどね。それって、おそらく逆なんですよ。人間は、まだまだ元気なうちは「やりたいことは、いつでもやれる」って思ってるもんで。本当にやりたいことは最後にやれればいい、って、いろいろ回り道してたりするんです。ところが、体調が悪くなって、自分の寿命がもうさほどないと気が付いた途端に「
秋田からの帰りに、なぜか米沢に向かった。アクセスが悪いのは分かっているのに、どうしても行きたかった。その理由はーー。おはようございます。夫の実家、秋田県に帰省した帰りに山形県の米沢市に寄ってみる事にした。上越市から米沢までアクセスが悪い。そして、秋田から米沢もアクセスが悪い。5時間程かけて、米沢に行けた。そこまでして、米沢に行きたかったのだ。米沢市には、上越の武将上杉謙信のお墓がある。そして、2代目の上杉景
この記事では、御城印帳が買えるお店・通販サイトの最新情報と、お得に手に入れるコツをまとめました。先に結論からお伝えすると、御城印帳はお城の売店や大型雑貨店が中心で品ぞろえに差があるため、デザインを選んで確実に買いたいなら楽天・Amazonがおすすめです。御城印帳が買えるお店の情報だけでなく、武将・家紋柄の人気デザインランキングや、楽天・Amazonでお得に買うコツも紹介します。お城の売店・観光案内所✅入手可能性:◎🔍ポイント:その城限定デザインが手に入る。ただし城に
許された.......およそ1億と2000年ぶりに「7の付く日」の丸恨系列に入店を許された.......ッ!!!()これは天文学的な確率ですよ、皆さんッ!!!().......などという【茶番劇】を脳内で展開しながら、努めて冷静にMHw店の「戦国乙女5」を確保へ。およそ「勝ち」を意識するのであれば個人的に相性のいい「カバネリ海門」を選択するのもアリだったんですが、やはり
上杉謙信死す―。その報は、これまで謙信を後ろ盾に北条と戦ってきた関東の国衆を驚愕させた。突如として訪れた難局を乗り切るために彼らが選択したのが、佐竹義重を盟主とした軍事同盟、いわゆる「東方之衆」である。天正6年5月、東方之衆は下野国の親北条勢力・壬生義雄を攻撃した。この報に接した北条氏政もすぐさま兵を率いて北上、両軍は鬼怒川を挟んで指呼の間に向かい合った。決戦の地は常陸・小川台。謙信亡き後の関東を北条が席巻するのか、それとも反北条国衆の盟主となった佐竹義重が新たな秩序を打ち立てるの
川中島の戦い㉒「荒川伊豆守馳来り、信玄と見すまし、三太刀まで討共不徹、信玄太刀ぬき合する間もなく、団扇を以て受け発つす。已に危うかりし処に、従兵原大隅守と云う者、鎗さしのはし進出る。伊豆守か馬を丁と打ては馬驚き飛内に信玄忽ち運開く。」(「上杉年譜」)実は、上杉方の史料では、信玄に斬りつけたのは荒川伊豆守であると書いている。どうやら政虎自身ではないようだ。「この度信州表において信玄と一戦を遂げ、大勝利えられ、八千騎討ち捕られたとのこと、お喜び申し上げます。