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◇Prologueいつからだろう・・・これが恋と自覚したのは。紫の薔薇越しに君の笑顔を見ると、堪らなくこの胸が疼いた。その笑顔を俺に向けさせたい。君の瞳には俺だけを映し出したい。紛れも無い独占欲が俺に嫉妬という感情を押し付けてくる。君が笑いかけるもの全てを焼き尽くしてしまえば、君は俺を見てくれるのか・・・いや、愛してくれるのか。仄暗い気持ちが苦しくて、俺は人知れずに胸を押さえて喘いでいる。大都芸能の社長室。マヤはそこの主である速水真澄に呼び出された。最近はすっかりマヤがそこに
午後の経営報告会議を終えて、真澄が執務室に戻ってくると、そこの応接セットでマヤと秘書の水城がお茶をしながら談笑していた。妊娠七ヶ月を迎えたマヤは随分とお腹が目立ってきた。今日も涼しげな若草色をした綿麻のチュニックブラウスに白い七分パンツ姿のマヤ。足元は歩きやすいフラットなレザーメッシュのローファーを履いている。若い妊婦らしく、マタニティファッションとはいえスタイリッシュな姿は大都総帥夫人に相応しい。昔は着るものにもとんと無頓着だった彼女も、ロンドンで女優として磨かれ、真澄と再会し極上の
『紅天女北島マヤ、突然の休養宣言!』ワイドショーや週刊誌の見出しが、マヤの名前で賑う。デスクに置かれた数冊の週刊誌を忌々しい気持ちで睨むのは、大都芸能代表取締役の速水真澄だった。突然の休養宣言と紅天女次回公演の無期延期・・・その理由に関して、様々な憶測が飛び交っている。北島マヤ本人が、メディアの前で真実を語れたらよかったが、今の彼女にそんな事をさせるわけにはいかない。「水城君・・・マヤの様子はどうだ?藤堂君からは何か報告はあったか?」コーヒーを持ってきた秘書の水城に真澄が尋ねる。
「マヤ、今度の水曜日、午後から時間が取れるんだ。もし君の体調が悪くなければ、出かけたいところがあるんだが・・・。」ある日の夜の寝室で、真澄が改まってマヤに言った。「なーに?デートのお誘い?」マヤがニヤニヤ笑いながら問う。「目的を果たしたらそのあとはデートしてもいいぞ。マヤが観たいって言ってた歌舞伎座のチケットも押さえてあるしな。」マヤは歌舞伎観劇と聞き、目を輝かせる。相変わらずの芝居好きだ。これは何年経っても、速水真澄の妻になっても、母親になっても変わりそうもない。「行きたい
鳴り響く拍手。それに誘われて何度も上がる緞帳。紅天女のロングラン公演の千秋楽を迎えた舞台は、異様な熱気に包まれていた。何度も起こるカーテンコールの嵐に、マヤは都度その首を深く垂れ上がる観客の歓声に応えている。その笑顔には一点の曇りさえ感じなかった。そんなマヤを客席から見守っていたのは、今では大都の総帥となった速水真澄だ。〜何もかもをその仮面の下に沈めてそんな風に笑えるようになって・・・君は真の女優になったんだな。きっとあの人も喜んでくれているだろう。〜ロングラン公演を無事やり切った