ブログ記事7,431件
今週は東洋英和の文化祭へ参加。東洋英和と立教女子は金土の開催というちょっと変わったスケジュール。金曜は学校だし土曜しか行けない上に、東洋英和と立教女子は場所が違いすぎていて掛け持ちもハード💦そして。。。土曜日に毎年参加しているハロウィンイベントがあることまで発覚東洋英和、立教女子、ハロウィンの中から1つしか行けないねーと娘と話していたら、、まさかの小学校が午前授業娘のご希望で、金曜の午後に東洋英和、土曜にハロウィンということになりました。立教女子はま
2026/6/15追記プレ版のパンフレットをいただいたので載せますね。6/27説明会に午後枠が追加されたので、ご興味ある方は説明会へどうぞ。2026/6/1追記サイエンスクラス新設へ横浜女学院中学校高等学校www.yjg.y-gakuin.ed.jp2027で大きく変わる事に、重ねてびっくりです。動揺しちゃう。。さくらさくらここから下は5/19UP※下の方に追記あります育成テストの結果をアップしようとしてたら、、私の周りがざわざわしてますね。いろんな方から連絡きました。
中世ヨーロッパの時代に遡ると、各国において土着語である英語やドイツ語、或いはフランス語だけを話す一般庶民と、それに対して万国共通の普遍的な言語として認識されていたラテン語を活用する『グローバルエリート』に分かれた格差社会が見受けられます。(土着語というのは日常的に使用する民衆語や現地語のこと)当時のカトリック教会はラテン語を公用語としており、常に聖書もラテン語で記された物を使用していました。(庶民は読めない)つまり文化や芸術、科学や医学などの知識は全てラテン語なため一握りの知
フルベッキ写真に幕末の人達が集合していると吹聴したのは肖像画家・島田隆資1868年(明治元年)頃に長崎で撮影佐賀藩の英学校『致遠館』関係者とフルベッキ親子の集合写真雑誌『日本歴史』に発表した「フルベッキ群像写真」についての論文島田隆資が、この論文を昭和49(1974)年に発表島田隆資の板垣退助肖像画が、100円札の肖像表現の参考になった1953~1974発行フルベッキとは?幕末~明治初期に日本へ来たオランダ生まれ(後にアメリカ移住)の宣教師プロテスタント(改革派・オランダ改革派
【保存版】カトリック・プロテスタント・正教会って何が違うの?分かりやすく解説!✝️みなさん、こんにちは!😊ニュースや歴史の授業、あるいは海外旅行先などで…「カトリック」「プロテスタント」「正教会(せいきょうかい)」という言葉を耳にしたことはありませんか?「どれもキリスト教でしょ?何が違うの?」と思っている方も多いはず。実はこの3つ、同じイエス・キリストを信じていても、歴史や雰囲気が結構違うんです!今日は、知っておくとちょっと世界が広がる、キリスト教の三大教派の違いを、ざっくり分
それは表参道umitosへ向かっている途中に起きましたスマホを開けたら‼️まっきーの投稿が‼️"預言カフェ"数年前にその存在を聞いてから一度行ってみたいと思いつつなかなかタイミングが来なかったソッコーで手を挙げて参加決定まっきー、蓮ちゃん投稿ありがとうまたひとつ願い叶いましたumitos砂原マジック🪄美しく大人可愛くアレンジしていただき急いで移動遅れて到着のはずが改札口の集合に間に合った!Miracle!初めてのこと初めての場所みんなへのメッセージを聞いてう
一番最重要な引用元と引用(大学教授による直接的・核心的な批判・指摘)藤原敦(青山学院大学教授、キリスト教倫理学・社会倫理)日本のプロテスタント教会に「反日左翼的傾向」が強く、それが日本文化・伝統への批判・否定に繋がり、結果として「日本を貶める動機」による反日的姿勢を生んでいる、と指摘。プロテスタントの優越主張(特に欧米志向・進歩的自己位置づけ)が、日本的文脈で「優越」を装った形で現れる問題として批判。引用:「日本のプロテスタント教会は米英との強い関係がある。米英に対する戦後復興援助への感謝
前回の続き。■正しい聖書解釈の仕方自然の物語を取りまとめて、それをもとに、つまり確かなデータをもとに、さまざまな自然のものごとの規定を導き出す、というのが自然を解釈する方法のあらましである。聖書を解釈する場合もこれと同じなのだ。そこでは聖書の純正な歴史物語を取りまとめて、それをもとに、つまり確かなデータや原則をもとに、正しい帰結をたどって聖書作者たちの精神を導き出す、という作業が欠かせない。このようにすれば、誰でも(言うまでもなく、聖書を解釈しそこに含まれているものごとについて考察を進
ここでひとつ目線を海外の情勢に目を移して見ましょう日本で禁教令から鎖国(1612〜1639年)へ向かった時代はヨーロッパにおける「宗教改革」と「対抗宗教改革」の嵐が世界中に波及した時代と完全に合致しています16世紀初頭マルティン・ルターらに始まった「プロテスタント」の登場によりローマ・カトリック教会はヨーロッパ国内で大きな勢力圏を失いました危機感を抱いたカトリック側は「対抗宗教改革」を起こして失った信者をアジアやアメリカ大陸などの海外で新しく獲得しようと猛烈な海外
なぜ原罪は子孫に継承されるのでしょうか。それは「祖先の罪の責任が引き継がれる」という単純な話ではありません。むしろ、人類全体がある“状態”の中に生まれているという視点が重要になります。本来、人間は命の源とのつながりの中で生きる存在でした。しかしその関係が断たれた結果、世界には死と不安が入り込みます。この環境の中で生まれる人は皆、生き延びることを最優先にする傾向を自然と持つようになります。つまり、利己性は後から学ぶというより、最初から強く働く条件に置かれているのです。
人間失格、母親失格であろう。酒に飲まれて前頭葉を溶かし続け快楽主義者へと変節し、無関係な現役jwでヘイトを向ける醜悪精神(霊)を病んだ状態で育児などできないであろう。やがて成長した子供から軽蔑されるか同じ種族へ成長をするのが関の山である。この精神状態で子供を持つ承認欲求を優先する判断力こそが正常な脳の機能を喪失している証明となる。何故元jwの方々はこの程度の人間を「すごいね苦労したもんね育児してナイス!」と賞賛できるのだろうか。またそれが本人にとって精神年齢の成長へ寄与せず、寧ろ甘やかしで