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4月からイベント続きのもと、地元アイドル💕カッパピアちびーずさん5月16日、17日と連日のステージはドピーカン天気になりました太陽の真下で体力の限界まで精一杯のパフォーマンスを披露汗だくになりながら、元気いっぱい、笑顔で盛り上げるメンバーのみなさんです♪16日、観音山ファミリーパークさんで行われた【県民フェス】では①気球に乗る体験や②TRC乗馬クラブさんのポニーと触れ合えるコーナー③ロケットを飛ばして遊べたり④大きなシャボン玉を作ったり…東京ドーム1
声帯模写のはたけんじが歌った『演歌ペッパー警部』と『演歌SOS』のレコードジャケット。どちらもピンク・レディーのヒット曲をはたけんじが十八番の三波春夫の物真似による演歌風アレンジでコッテリと歌い上げたもの。『演歌ペッパー警部』の発売は1978年1月1日、平野雅昭『演歌チャンチャカチャン』の発売が1977年11月25日である。http://mirrorrecord.shop-pro.jp/?pid=169858197はたけんじ-演歌ペッパー警部[7”]-MirrorReco
今回のテーマは桂才賀。(1950.7.12-2025.2.21)元笑点メンバーでもあり刑務所などの慰問も精力的に行なっていた。桂文治の2番弟子。しかし文治が78年に亡くなり古今亭志ん朝の元へ。よく志ん朝師がボディーガードとして使っていたらしい。85年に桂才賀を襲名。88年に笑点降板。降板理由は圓楽との不仲と言われているが真相や如何に。その後テレビ東京のおもしろ寄席のハリセン大喜利に出演していたのでそれとの兼ね合いの降板なのではないか?と考えているが真相は分からない。特集桂才賀出演の映画
💛今年でデビュー50年。ピンク・レディーの軌跡を1分で!【ショート動画】の視聴はこちらから↓★ピンク・レディー50年PART7#昭和歌謡#昭和#音楽#ピンクレディー#50周年#昭和アイドル#50thanniversary★ピンク・レディー50年PART7今年デビュー50周年となるピンク・レディーの軌跡をたどりますX(旧Twitter)で連続投稿中https://x.com/ConducteurMyst1AmazonKindle「なぜピンク・レディーは超忙しかった
アコギで何を弾く?その21977年中学2年のトラウマ1泊2日の林間学校の夜。食堂兼談話室に、担任教師がYAMAHAのフォークギターを抱えて現れた。「ちょっと先生の青春の想い出を聴くか?」みたいな照れた顔で弾き始めたのが、高石ともやの「受験生ブルース」。続けて「想い出の赤いヤッケ」。ボーイスカウトをやっていた俺は、年上の兄ちゃんたちとのキャンプでよく歌っていたから普通に知っていた。でもクラスの連中にはピンと来なかったらしく、みんなポカーンとしている。先生も別に上手いわけじゃない。ギ
オリコントップ20〈1977年4月25日付〉第1位「カルメン'77」/ピンク・レディー作詞:阿久悠作曲:都倉俊一編曲:都倉俊一第2位「夢先案内人」/山口百恵作詞:阿木燿子作曲:宇崎竜童編曲:萩田光雄第3位「フィーリング」/ハイ・ファイ・セット作詞:MorrisAlbert,LouisGasté,MauricioKaisermann(日本語詞:なかにし礼)作曲:MorrisAlbert,LouisGasté,MauricioKaiserma
本日(7/17)は、今から48年前…。1977(昭和52)年7月17日、当時、人気絶頂だったキャンディーズが、日比谷野音(日比谷野外音楽堂)のライブの最中、突然、「解散宣言」をして、日本中を驚かせた日である。この日(1977/7/17)、キャンディーズは、所属事務所の「ナベプロ」にも、事前に何も言わず、何の予告も無しに、いきなり、「キャンディーズ解散」を宣言してしまった…。一体、キャンディーズに、何が起こったのであろうか?この日(1977/7/17)、キャンディーズは突然