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パウロは「偽使徒」であるか?これがネットのキリスト教上では論争に成っている。私はある意味、パウロは偽物ではないと思う。聖書の使命者や使徒はほとんどが「神から命ぜられた」と自己申告しているのだからある意味言ったもん勝ちである。そもそも聖書の世界観、キリスト教の世界観の大半が、カルタゴ会議(397年のカルタゴ教会会議CouncilsofCarthage)で決定されたローマ帝国の政治的プロパガンダの側面もあるからである。聖書も宗教も最初から「不完全なもの」なのだ。スサ
✨金継ぎと聖書の神学―わびさびと恵み――不完全さの中に宿る、神の完全な美―Ⅰ.壊れた器に宿る美―「欠け」を超えて輝くものある朝、割れた茶碗を手に取る。その亀裂は、長い年月の中で積み重ねた時間の証のように見えた。金継ぎの職人は、その割れを隠さず、むしろ金で縁取る。金粉を混ぜた漆で傷をつなぎ、再び器としての命を吹き込むのだ。その仕上がりは、もはや「修理品」ではない。傷は消されず、むしろ際立ち、そこに静かな輝きが生まれる。壊れた過去が、光の筋とし
「救いとは何か?」ピリピ3:5~12、第一テモテ6:12序)皆さん!今日、第一テモテ6:12を読んで、少し不思議に感じませんでしたか?「あれっ、私たちはもう永遠のいのちを持っているはずなのに、なぜパウロはテモテに『永遠のいのちを獲得しなさい。』と言っているのだろうと、そう思われませんでしたか?実は、以前、私はそのように誤解していたのでした;^^あの聖書の中の聖書と言われるヨハネ3:16にも『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された