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(『平成17年南宮崎発京都行き寝台特急「彗星」のラストラン』の続きです)平成17年の9月30日を限りに運転を終了した寝台特急「彗星」から、大阪駅に降り立った僕は、急ぎ足で桜橋口に向かった。そのまま新幹線で東京に帰るならば、ここで降りはせず、新大阪駅や終点の京都駅まで行くのが筋であろう。「彗星」とのお別れ乗車の余韻を引きずりながらも、僕は、何の脈絡もない別の旅を企てていた。高速バス「白浜エクスプレス大阪」号で南紀に向かおうというのである。僕の九州旅行は、こんなのばかりだな、と自嘲し
(『平成29年「ドリームスリーパー」の個室で味わう最上級のおもてなし前篇』の続きです)広島バスセンターを21時50分に発車した、全席個室の夜行高速バス「ドリームスリーパー広島・東京」号の走行距離は833.4km、12時間もの長旅である。中国道を山陽道に乗せ換えて、新名神高速道路や新東名高速道路を使うことで、平成元年に誕生した「ニューブリーズ」号に比べて100km近くも短くなったのかと思う。ビルの3階にあるバスセンターの連絡通路を下り、桜並木が囲む広島城の脇をすり抜けて、まばらに
(「日本最長距離バスの系譜昭和36年長野電鉄「志賀高原-東京特急バス」260.35km前編」の続きです)平成5年3月、長野自動車道が全通し、僕の故郷長野市に高速道路が初めてやってきた。長野道が開通する前年の平成4年に開業した「ドリーム志賀」号と「中央高速バス」新宿-長野線は、高速バスの登場が道路より一歩先んじていた訳である。東京と故郷を直結する高速バスの登場は、飛び上がるほど嬉しかったものの、中央道と長野道を使う経路は、鉄道で言うならば中央東線と篠ノ井線を迂回しているようなものだっ