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爽やかな5月に入った今朝のこと。目覚めてトイレにいくと便座カバーの下や便座の足元にも飛沫が残っていた。床も念入りにふく何気に足元を見ると「足汚れてるじゃない。ちょっと立って」というとけど、Tシャツにもついてる!風呂場へ行くよう促すとこれじゃ本当のクソババアじゃないか。洗い&着替え&洗濯。そして汚い足で歩いたり座ったりしたであろう場所を拭き取り、スリッパと風呂場用の長靴をゴミ袋にまとめるばあちゃんが口を開いたので、お礼でも言ってくれるのかしらと思ったらと言ったきり、ソファーで
昨日お昼御飯を食べながら「メレンゲの気持ち」を見ていたら、ゲストの女優、夏川結衣さんが、だいぶ丸くなっていた。更年期太りかしら…と親しみを感じる私。本人も気にしているんじゃないかと思ったら、オリジン弁当の爆弾オニギリが好きだということで、美味しそうに食べる映像が出ていた。超えたのね、何かをYouTubeで大食いの動画を見るのも好きで、寝る前に見ているそう。勝手に女優に仲間意識。私も数年前、マツコやギャル曽根が美味しそうに食べているのを録画して、よく夜中に見ていたのだ。癒されるのだで
じいちゃんのいる老健マタタビから、毎月の「リハビリ計画書」が届きました。何の気なしに目を通していると病気との関係で気をつけること、という欄に「認知機能低下による異食行為がありましたので注意が必要です」だって何なに!じいちゃん、ついにクソ食べたのか?じつは気になることが。持ち帰った洗濯物。まさかとは思って忘れていたけれど。手が茶色くなっていた時なんて言ってたけれども?なんでも?週末行ったときに職員さんに聞いてみよう。離れている娘は無力ね。今の私に出来ることは…。そう…唄う
今、天才バカボンのドラマ版やってましたね。初回の時、評判悪かったみたいですけど、うちでは凄く使えました子供に返っているじいちゃんは、くだらない事を気に入って爆笑するので、一緒に見たあと↑ちょっと楽しい↑結構楽しいそして「服を脱ぐノダ」「早く風呂から出るノダ」としつこく続ける。根気が大切よすると寝かす頃には↑超楽しい↑別に楽しくない老健じゃ、こんなくだらないことして笑わせてくれるスタッフいないよね~。北朝鮮のニュース後の
土曜午後、老健マタタビに取りに行った洗濯物を、夕方ソッコー洗濯し干す。その日中に乾くから有り難いのですよね~ほんと。そしていつもなら日曜の午後に置きに行くのですが、台風が来ていますのでね。珍しく午前中のうちにチャリを走らせました。雨対策でヒドイ格好ですよもうすぐお昼ご飯ということで、全員集まっていました。じいちゃんがご飯を食べる所も久々に見れるので、よかったかも。じいちゃんの腕時計が戻って来たので、久々に腕にはめ、「長い針がここまで来たらご飯」と伝えると、唾を飲み込み時計を見ていま
おはようございます!今日も皆様が素敵な1日でありますように‼️母と父が入院した。病院が面会禁止の為少し楽が出来ると思ったらそうでもなかった。朝から自宅の家事お弁当作り.掃除、洗濯を終え実家に向かい花の水やり、ゴミ出し。訪問介護ヘルパーを利用しているのでケアマネさんに両親共に入院した事を伝える。母の病院に必要なものを持って行く。すると受付で"3時にしてほしい"と言われる。コロナの影響で行ける時間がその時々で変わるらしい。仕方なく市役所に向かう。市役所は、3
月曜日、要介護認定調査がありました。2年なんてあっという間ですね。ケアマネのAさんからはといわれていました。ということはどちらの方向でいくかを考えなければ。しかしボンヤリしてる間に当日になり、行き当たりばったりでいいや、と。そして…。じぃちゃんは嬉しくて嬉しくて。調査が始まり「はい、ではお名前言えますか?」と聞かれてもとか言って答えません。別にじぃちゃんのプロフィールを聞きたい訳じゃないんだけどねぇとりあえず名前、生年月日は答えられたけど、何月かはダメ。季節はどうに
2月のある日、妹から電話がありました。母が転倒して左腕を複雑骨折し、救急車で運ばれた病院では、肺癌があるから手術出来ないと言われた。肺癌でかかっている総合病院で診てもらえと言われたので、一緒にきて欲しいと。医者の言葉は冷酷でした。骨がグチャグチャになってるから、手術するとしたら何時間もかかる大手術になる。肺癌があるから命の保証が出来ない。腕をとるか命をとるかの賭けになるけど、それでも手術する?もう骨はくっつきません。腕は動きません。一生、三角巾で腕を釣って暮らしてもらいます。
覚え書き的な日記なので、長い割に新イラスト&笑い少なめですが、どうぞお付き合い下さい。水曜日の午前中、ばあちゃん二度目の要介護認定調査がありました。昨年、初の調査のとき、「脚の動きを見せて下さい」と言われて、尻を出してしまったばあちゃん。↑日記「婆さん介護認定調査」よりあの時は「なんてオカシしなコトを」と思ったけど、今は理解できる。ばあちゃんは「脚を見せないと」と勘違いしてしまいズボンを下げ、でパンツのゴムが伸びきっていたので一緒に脱げてしまい、尻を出したのですね~。フムフムあの
日々忙しく、更新が遅れております。なのでこれは6月半ばの話です。墓石の完成が間に合い、四十九日の法要と一緒に納骨出来ることになりました。良い天気に恵まれた当日できたばかりのお墓を見るのが楽しみで楽しみで。霊園の方にお任せでお願いしたお坊さんは、年配のベテラン住職。「ベテラン」といっても偉そう感は全くなく、気さくで面白いお爺さんという感じで接して下さいました。まず四十九日の法要。持参したご本尊様と位牌を開眼していただきそしてお墓に移動して納骨。お墓は?…どんな仕上がりかしらワ
義母が永眠しました。享年97歳。満年齢は96歳ですが、享年は数え年なので97歳になります。日本人の平均寿命より10年も長生きしたのですから、大往生ですね。1か月ほど前から入院していた義母でしたが、容体悪化の連絡をもらってから3日後、息をひきとりました。昼間はずっと病室に居させてもらえましたが、夜間はいったん帰宅。いつ急変するかわからない状態だったので、眠れぬ2晩を過ごしました。そして翌朝、「すぐに来てください」との連絡で急いで病院
12月3日(火)本日、認定調査がありました。介護区分変更の申請を、お願いしていたからです。2時から病室で調査という事になったので、昼でバイトは早退。外に出て携帯を見ると、留守電が入っていたので確認。「ピーッ…あの、Tです。もしもし?………ブチッ」と女性の声。間違い電話だろうと思っていました。いつもの病室に行くと、ばあちゃんがいません。何度か顔を合わせた事がある看護師さんに聞くと、「今日お部屋変わったんですよ」と。外の見える部屋の窓際に移動していました。洗ってきた肌着などを
12月4日(水)午前11時夕べの熱が下がったのか気になり、11時の休憩で老健へ連絡を入れました。昨日連絡をくれた相談員のMさんが休みですぐにわからず、折り返し別の相談員から電話を入れるとのことでした。仕事中は電話に出られないので、留守電に入れてもらうことに。そして昼休みに確認「熱は下がったのですが、黄疸が出ているので、老健の下の病院で検査をします」とのことでした。この「黄疸」が、この時イマイチ聞き取れなかったのです。3時半の休憩で携帯を確認すると、再び留守電や着信が数回。「老健
25日21時頃市内のB病院に、救急車で移送して頂きました。とても古い病院。ここは一昨年の冬、私が自転車で転んで頭を打ったとき、救急車で運ばれた病院です。看護師さんは、「お母さんの服があのままでは可哀想なので着替えさせたいのですが。動かしたら痛いと思うので、ハサミを入れてもいいですか?」と。血を洗おうとしたのか水で濡れている服。多分失禁もしていただろう。上半身は血だらけで。「大丈夫です。切って下さい」と言いました。泊めてと懇願したわけでもないのに「頭のケガの救急で来たんだから、
在宅介護と施設介護①のつづきですじいちゃんが入院したことで、充分な睡眠が取れるようになりました。これは本当に有り難くて。朝方、習慣で目が覚めてしまうのですが「オムツ替えなくていいんだ…」と安堵しながら再び眠れる幸せ。ばあちゃんはいますが、じいちゃんに比べたら、まだ大変さは雲泥の差と感じていましたからね。生活全てが何て楽なんだろうと、ウキウキしていました。しかし病院に行けば自然と気がひきしまる。少しの罪悪感もあるのです。それでも病院を後にすればケロリと「楽
11月25日18時頃。バイトから帰ると、台所の電気が付いていなかった。不思議に思いつつ玄関ドアをあけると、突き当たりの風呂場手前で、ばあちゃんが頭から血を流し、倒れていたのです。頭の下に血溜まりが。起きようと、何か言おうとしますが「起きちゃダメ!」といい、慌てて救急車を呼びました。救急隊員が大勢来て、質問やら何やらのもどかしい時間が流れ。やっとストレッチャーが。頭を打っているので、脳が診れて一番近くは、隣の市の病院と言うので、お任せ。顔は血だらけ。もう乾いていて、何時間倒れてい