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★★★5-10ここにも敗北を悟った人物がいた。ロミオ役を争ったジャスティンだ。ロミオ役を射止めたのはテリュース・グレアムだった。オーディション会場に現れたテリィは、ロミオに模して髪を切り、学生のような容姿になっていた。斜に構えたような本来の雰囲気が完全になりを潜め、入れ替わるように前面に現れた生来の色香で、恋に一途な青年を見事に演じきる。ついこの間まで危ういほどの狂気を漂わせた人物を演じていたというのに、その演技のふり幅は圧巻としか言いようがなく、審査委員の満場一致で即日決定した。「何
★★★7-12キャンディは移動中も気遣いは忘れなかった。「あなたが窓側に行くべきよ!通路側じゃ顔を見られちゃうわ」「レディが窓側に行くべきだ。通路側じゃ誰かに襲われた時、守れない」「想像力が飛躍し過ぎよ。襲われたりしないわっ」「よく言うよ、イギリスへ着いた途端暴漢に襲われただろ?ジャスティンから聞いたぞ」「襲われたのはジャスティンの方!私は暴漢を襲った方よ」事実を聞いたテリィは呆気にとられ、思わず額に手をあてた。「・・君が襲うのは、俺だけにしてほしいな・・」結局座席の譲り合いは
★★★7-14人もまばらなピッツバーグ行の夜行列車。出発時間が遅いためか、乗客達は席に着くなり次々と眠りについていく。「やっぱり君が窓側に座ってくれ。どうも落ち着かない」キャンディはなぜこの期に及んでテリィがそんなことを言うのか見当がついた。「あなたって意外と単純なのね。さっきの若い夫婦を見てそう思ったんでしょ?」キャンディがにたりと笑うとテリィはぐっと口をつぐんだので、図星だったようだ。(・・この列車なら大丈夫そうね・・熟年の男性ばっかりだわ)「君も寝ていいよ。俺はこれを読みた
★★★8-3「・・・このポスターを貼った頃、俺には描いていた未来があった」テリィは壁に貼られたままのロミオとジュリエットのポスターを遠い目で見つめた。「君がこの小さなキッチンで朝食を作ってくれて、『いってらっしゃい』って送り出してくれる。疲れて稽古から戻ると『お帰りなさい』って迎えてくれて、その日あった他愛もない出来事を報告し合い、あの小さなベッドで君を抱きしめながら眠りにつく。そしてまた次の朝を迎える・・。ポスターに落書きを残して君が去った後も、その幻影はなかなか消えてはくれなかった・
★★★8-10宛名はテリュース・グレアム様―雑誌の切り抜きに載っていたテリィの新しい名前。テリュース・G・グランチェスターの“G”がグレアムだったことを初めて知り、確実に届いて欲しいと、慣れないこの名前を戸惑いながら書いたのを覚えている。シカゴの病院に移ったばかりの多忙な日々の中で、手紙を書くのはいつも夜になった。同室のフラニーを気遣い、デスクの弱い光を自分の背中でブロックしても、コホンという迷惑そうな咳払いが聞こえると、慌てて書くのを中断した。アパートの住所を知った後も、巡業中
インタビューする相手の本音を聞き出すためには、幾つかの「技(わざ)」がある。それを使えばある程度簡単に人の心の中をのぞくことができる。その老練な新聞記者は腹の中でそう考えていた。彼がよく使う手口。ひとつは、相手が潜在的に誉められたいと思っているところを鋭く嗅ぎわけ、上手にそこをくすぐり、おだててこの人間は自分をわかってくれる、自分の味方だと思わせる。するとインタビューされる相手は驚くほど饒舌に語り出す。もうひとつの奥の手は、相手の急所や触れられたくないところをえぐり、わざと本気で怒らせる。
★★★4-19割れんばかりの大歓声で幕は閉じ、劇場全体が揺れているようにさえ感じた。シェークスピア四大悲劇の中で最も長編のこの戯曲は、デンマーク王国の若き王子ハムレットの復讐劇。国王である実父の突然の死、義父になった叔父への憎悪、実母への不信感、友人の裏切り、恋人との別れと不慮の事故死。怒涛の絶望の中で狂人を装いながら生き方を模索する王子ハムレット。複雑で繊細な心を持ちながら、時に大胆で国民からの人望も厚い孤高の存在。そんなテリュース・グレアム演じるハムレットの圧倒的な存在感に、観客の
★★★8-7鉛のように重い足はなかなかマーロウ家へ向かわず、役作りを理由にしばらくアパートに身を寄せていた。スザナの誕生日が過ぎてしまったことは分かっていたが、芽生えてしまったスザナに対する黒い気持ちを、どうしても払拭することができなかった。帰ってこない俺を心配し、ある日スザナが楽屋を訪ねてきた。『・・テリィ・・・着替えを持ってきたわ』『珍しいな、君がここに来るなんて』『・・・今夜はお帰りになる?』『どうかな・・。次の短期公演の稽古が大詰めで』俺を見る不安げな眼差し。俺はスザナ
今回のお話は本編1章⑩「ニアミス」の続編です。こちらを復習して入ると、読みやすくなります。※本編未読の方には、ネタバレになりますのでご注意ください。11年目のSONNETスピンオフ空白の時①★★★――ダーリン・・、まだお休みにならないの?そのとき部屋の中から声がした。聞かれたくなかった。俺は返事をせずに、そのまま部屋の中に戻った。「――何を見ていらしたの?」車椅子の車輪が、滑らかな動きで近づいてきた。後
★★★8-6気が付くと俺はアパートの部屋にいて、一番古い消印の手紙を手にしていた。――最初にキャンディが書いた手紙・・。消印はシカゴでつかの間の再会を果たすより一か月以上も前のものだった。「こんなに前に・・君は俺の事を知ってくれていたのか・・」薄ピンク色の封筒を見詰めたまま、どのくらいの時間そうしていたのか分からない。―・・今更、読んだところで何になる。惨めになるだけだ。そう思う自分と、もう一度キャンディに触れたいという自分が葛藤した。頭がキャンディの事で一杯になった時・・・君の
★★★8-4「愛の言葉をねだられることも、俺を試すような会話も幾度となく繰り返されたが、俺は応えた。言葉やキスでスザナの気持ちが落ち着くなら、こんなたやすいことはな・・・――キャンディ・・?」・・・ダーリン、まだお休みにならないの・・?マイアミのホテルで聞いたスザナの声がふと蘇り、キャンディは殆ど無意識に、ギュッと目を閉じ、固く結んだ手を胸にあてていた。覚悟していたとはいえ、テリィの口から他の女性との生活が・・――スザナとの生活が語られると、まるで一枚ずつ写真を見せられているよう
★★★8-2三階の角部屋にあるテリィの部屋で、キャンディはしばらくポカンと立っていた。遠い記憶にかろうじて残っていた室内の様子と殆ど変わっていなかったからだ。真っ先に目がいったのは、壁に貼られたままのロミオとジュリエットのポスター。「・・これ、私の字?」『キャンディの』ジュリエット、という落書きがしてある。「覚えてないのか?―・・ま、落書きの当事者なんてそんなもんか」キャンディがそんなこともあったかも、と考えていると、壁の凹みに気が付いた。さすがにこれは記憶にない。「・・この壁
★★★6-6夕食会も終わり大御所たちが引き上げたタイミングで、イライザの金切り声が長い廊下に響いた。「あなたたちが何と言おうと、私は騙されないわよっ!」部屋に戻ろうとしていたキャンディとテリィの足は、階段を数段上った所でピタリと止まった。「――どうぞご勝手に」まだ言い足りないのかと内心舌を打ちつつテリィが振り向くと、イライザの三白眼がキラリと光った。「キャンディ、あんたって本当に卑しい泥棒猫ね。スザナが死んで傷心極まるテリィの心の隙間に押し入るなんて、図々しいったらないわ!」「イラ
★★★5-2今、狭い車内にバターと小麦粉の香ばしい匂いが充満している。キャンディは忠告通り襟のついたワンピースという清楚なスタイルだ。ロンドン郊外にあるグランチェスター家。正式な結婚に向けての話をするためだが、テリィの心は今日の空の様に快晴とはいかない。「着いたよ、ここだ」「あら、普通の家なのね。お城かと思ってたのに」学院ではテリィはお城に住んでいると噂が流れていた。確かアーチーもそんなことを言っていた。「そうだな、アードレー家に比べたら普通の家だ」「いっ、いえ、そんな意味
★★★8-9手紙を隠したスザナ・・――誰かを心底、愛してしまったら、きれいな気持ちのままではいられない―自分のエゴイズムに負けてしまったスザナ。そんな自分の罪の深さをスザナは知っていた。きっとつらかったに違いない。そう、私達以上に・・。「・・何も知らなかった・・、私――」蒸気で曇った窓に手をあて、キャンディは建物と建物の隙間からわずかに見える空を見上げた。今にも雪が降り出しそうなよどんだ空。――わたしはテリュースの心がどこを向いているか知っていました。テリィがあなたのこと
★★★8-8グランチェスター家の封印が押された手紙が届いたのは、それから間もなくだった。父さんの直筆で書かれたその手紙には、たった一言『帰国せよ』。外国在住でしかも外国人との結婚は異議が多く、議会の承認が下りないと書かれた弁護士の書簡も同封されていた。グランチェスターの名を捨てることは絶対に認めないとも。不肖の息子とはいえ公爵家の長男であることはゆるぎない事実。どこか納得している自分もいた。実家と縁を切り結婚話を進めることも出来たが、もうそんな必要もなかった。マーロウ夫人を諦めさせる
愛している、とは言ってくれなかった。けれど、私を見据えるその目は確かに「愛している」と訴えかけていた。だけど、どうすることもできなかった。私も、彼も……。私と彼は、幼い頃から、十分世間擦れするほどの厳しい現実を泳いできたつもりだった。それでもまだ私たちは若かった。若過ぎて、未熟だった。もっと上手く立ち回れば良かったのか。もっと狡く擦り抜ければ……。薄紙一枚の正しさが私と彼を引き離す。泳ぎたいのに泳げない。水を掻く前に、みるみる水面が凍りつ
★★★1-2翌日は朝から空が重く、午後になるとぽつぽつと降りだした雨が地面をぬらし始めた。「はあ~・・、降ってきたの」「・・ぬかるんだ地面に足をとられない様に・・気を付けて行って来てください・・」マーチン先生は、覇気がないキャンディの様子が気になっていた。今日のキャンディは包帯を巻く部位を間違えたり、診療代をもらい忘れたりと、集中力に欠けていた。(・・地に足がついていないのは、キャンディじゃろ)マーチン先生は一抹の不安を覚えつつも、往診に行く準備を終えた。「新患が来たら待たせてお
★★★7-8何がそんなに難しかったのかと思うほど鍵はいとも簡単に開き、水色のリボンで固く結ばれた束を手に取ったキャンディは、懐かしそうにそれを見詰めると、そっと胸に抱いた。「象嵌細工の宝石箱にしまおうかな」「・・これを?」黄ばんだ記事の切り抜きと封筒。ハガキも混じっている。ふさわしい収納場所とは思えない。「だって、テリィの手紙だもの・・。宝石箱は私の好きに使っていいんでしょ?持ち歩いていたデビュー当時の切り抜きが、既に王様のように収まっているのよ?これも仲間に入れてあげないと不公平だわ
手紙は__。『心』を封筒に閉じ込めたものだとスザナは思う。本人には、恥ずかしくて直接言えないような言葉でも、手紙なら言えてしまう。一見そうは見えない『からかい』の言葉にも『気持ち』や『想い』を潜ませることもできる。ふざけた調子の手紙が、愛の手紙だということもある。そして。手紙を書くという、相手が自分のためにかけてくれた時間が、そのまま愛をはかるものさしだとスザナは感じている。その時、その時間、手紙を送る相手のことを思い出しているのだから。テリュースの気持ちがどこにあるのか、どこへ向か
テリィとキャンディが再会する前の物語です。本編未読の方には、若干のネタバレになります。11年目のSONNETスピンオフジュリエットとオフィーリア★★★初めての扉を叩く時、少しの高揚感と共に新たな出会いに思いを馳せる。古巣の扉なら、待っているのは温かい言葉か熱い握手か。しかし、いま目の前にある扉はどちらでもない。重い扉を後押ししてくれるのは、愛する人の思い出の笑顔。それがあれば、一歩踏み出せる。それがあるから、一歩踏み出さなくてはいけない―
★★★2-18「おいしい!!空腹は最高のスパイスね!」テリィの作ったスープは、意外にもとても美味しかった。「それ、褒めているつもり?けなしてないか?」「褒めているのよ!このクロワッサンもおいしいわ!久しぶりに食べたわ」朝食というよりは既に昼食に近い時間だ。「パン屋ぐらいシカゴや町にだってあるだろ?」「分かってないわね。毎日二十人分手作りしているのよ?クロワッサンなんて手の掛るパンを作るわけがないじゃない。バターと小麦粉を何層にも重ねるなんて、ストレス以外の何者でもないわ」テリィは
※考察は全編にわたり、頻繁に加筆修正が行われています。考察好きの方は、定期的な再読をお勧めします考察の一覧表考察①FinalStoryって?1考察のはじめにテリィ派って?派閥争いFinalStoryって?時系列のポイントファイルの構成原作者の言葉2補足資料7つのエピソードの正確な文章テリィの手紙キャンディの出さなかった手紙名木田先生のインタビュー記事イタリア語版のまえがき考察②新旧手紙の比較1旧小説とファイナルの手紙の比較旧小説の印象
(このまま放したくない……)背後からキャンディを抱くテリィの両腕はいつまでも緩まない。(離れたくない……永遠に)「もう……行くわ、テリィ」キャンディは決意を絞り出した。テリィは重い躰を引き剝がし、「駅まで送る」そう言った。「いいの……。遅くなるとスザナが不安に思うから」「送る!駅まで」「だけどスザナが……」「今は彼女の名を呼ぶな!」テリィは掠れた声で叫んだ。「送らせてくれ……頼む」「テリィ……」キャンディは、やむを得ず頷いた。外は頬
「アンソニーが生きていたら❓」これって、キャンディキャンディファンの永遠のテーマだと思う。もし、アンソニーが生きていたら、キャンディたちはセント・ポール学院にいかなかった可能性もあるし、行ったとしてもテリィとの深い交流はなかった、と思えるし。キャンディは、早めに結婚して、絶対キャンディ.ブラウンになっていたと思う‼️↓こんな感じ♥️で、もって、薔薇栽培(夢のない言い方かな?)と言うか、園芸?これもダメかな?二人で仲良く薔薇を育てて、お庭のひろ~い素敵な家庭を作ったと思うの❤️↓みた
テリュースとスザナ二人は何を思い暮らしていたのか空白の十年を描いた短編です11年目のSONNETスピンオフ空白の時②※本編未読の方にはネタバレになります。ご注意ください。★★★真夜中近くになって、ドアをノックする音が部屋に響いた。「――スザナ、どうしたんだ?」特に何も思わず、車椅子のスザナを部屋の中へ招き入れる。初めて見るナイトウェアだな、と思うより先に、いくらマイアミだと言っても二月にその薄着はどうなのか、と感じたぐらいで、それが自分
スザナの訃報を知ったのは、いつになく底冷えのする朝だった。冷たい手に息を吹きかけながら、いつものように新聞を開いた時である。それは天からの雷(いかずち)のようにキャンディの頭上に落ちてきた。同時に、当然ながら、テリィのことが頭に浮かんだ。あの晩──私とテリィは、墓場まで持っていく秘密を共有した。言葉には出さない、無言の誓約。翌朝、駅で別れた以降の彼の消息を彼女は知らない。どうやって病院へ戻り、どのようにスザナに説明をして、その後二人がどんな暮らしをしてい
11年目のSONNETスピンオフ空白の時最終話★★★劇場に、キャンディが来ていたかどうかは分からない。分からなくて良かったのかもしれないとテリュースは思った。その方が、希望がつながるから――結局、その日は病院に泊まった。ホテルには帰らないで、とスザナに懇願されたからだ。――キャンディと逢い引きするとでも思っているのか。(・・・信用されてないんだろうな・・)イライザをキャンディと勘違いしたことは棚に上げ、テリュースの胸中はいささか複雑だった。今
生きていてもしかたがない……あの不幸な事故で、一度は、彼女は奈落の底に突き落とされた。──生きていて!スザナ!けれども。あの言葉で、一転、幸福を攫み取ったのだ、と彼女は確信した。(これで彼は私のもの、永遠に……。私の……テリィ)「こんな中途半端な状態をいつまで続けるつもりなの?スザナ」何十回目かの痺れを切らした母親が刺々しい声で詰問した。「ママ……先生の前よ」母親が場所をわきまえないのはいつものことだった。「関係ありません。大事
私は死ぬまで自分のことが嫌いだろう。彼女にしてきた数々の嘘や隠匿。彼に課している悔やんでも悔み切れない仕打ちと足枷。最期まで自分を嫌いなまま、私は死んでいくのだろう……一緒に暮らし始めて半年を過ぎても、テリィは私を抱かなかった。理由は知っている。口にしたくもないけれど。それでも辛抱強く待っていれば、いつしか彼を苛んでいた恋慕は淡々しく風化して、懐かしい思い出となって、誰よりも傍にいる私を見つけてくれると思っていた。キャンディではなく、私を。甘かった──