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街歩きの続きです。ジュネーブ旧市街を歩きながら,トレイユの泉からサン・ピエール大聖堂,そして花時計や英国公園までを巡りました。FontainedelaTreilleトレイユの泉です。お花で飾られていて可愛らしいですね。スイスの国旗とジュネーブの州旗が掲げられていました。州旗は黄色い部分に鷲が描かれ,赤い部分に鍵が描かれています。L’AncienArsenal街角に小さな軍事博物館がありました。昔の武器庫です。中世の大砲とモザイク画です。◆エスカラー
ジュネーブから飛んで、もうすぐポルトガルの首都リスボンです。夜で、写真がピンボケで申し訳ないのですが、リスボン空港、海からアクセスして、リスボンの主要観光施設(ベレンの塔、発見のモニュメント)などが肉眼では空からはっきりと確認できました。その後、リスボン市内中心部の上を通って現地時間22時ごろリスボン空港に到着しました↓空港では、リスボンのお得な観光カード「リスボアカード」をインフォメーションで忘れずに購入(市内だとどこで売っているのかいまいち???だったので、航空機の出発
スイスに来たら絶対食べようと思っていたチーズフォンデュ🫕スイス1都市目のジュネーブでまず食べることに街中にはたくさんお店あったんですけど、うちの旦那さんがどうしてもここに行きたいということで行ったのはレマン湖にあるBainsdesPâquis(バーン・デ・パキ)という露天風呂・サウナの施設に併設されたレストランhttp://www.bains-des-paquis.ch/そのBainsdesPâquisは調べると男性も女性も混浴の全裸で・・・みたいなことなのでさすがに
2026年4月9日この日は半日ツアーに申し込みました。ボスニアは90年代初め内戦がありました。セルビア軍に四方を囲まれていて、この地図の様子でした。このトンネルは1990年代のボスニア紛争の中で、包囲されたサラエボの人々の命を支えた、まさに“希望”そのものだった場所です。1992年から1996年にかけて、サラエボは約4年間にわたり包囲されました。電気、水道、食料などが不足し、市民は常に危険と隣り合わせの生活を送っていました。そんな中、1993年に空港の地下を通る秘密のトン
2026年2月24日夜中の1時位にお腹痛くて起きたワタクシ。その後何回もトイレへ。完全に下痢全部出ちゃっても水飲むとそれがそのまま出ちゃう感じ…ほとんど夜寝られず…今回は吐くことはなかった…でも酷すぎる下痢は止まることを知らず…下痢止めは持っていたけど、この日は同じホテルに連泊するし、飲まないで我慢する事にした。バイ菌を体から出さないとね。それにしても辛かったー。朝が来ても動けない私に「お前にふりまわされているんだ」と、夫氏に言われたけど、もうしょうがないじゃん?夫と子
皆様ごきげんよう、Paris+です本日は【保存版】と致しまして我が家の別宅がございますスイス・ジュネーブ滞在中に訪問いたしますお気に入りレストラン(カジュアル編)を一挙ご紹介したいと思います(ジュネーブのその他の記事もアップしたいのですが、なかなか記事が追い付かず)パリとはまた違う、のんびりと穏やかな空気が流れる街、ジュネーブ🇨🇭街のシンボルであるレマン湖には有名な大噴水ジェドーがございましてその透明度と美しさには何度訪れても心が癒されます物
「デュフォーさん、もう一度、それ見せていただいていいですか?」身に着けていたSimplicityを指さすと、「もちろんだよ。」氏はそれを腕から外して、私の手のひらに乗せた。No.000のそのプロトタイプの時計を、、あらためて隅々まで観察する。この時計を初めて手に取って見たのは、氏がうちに来訪した15年くらい前のことだった。「私は何も発明なんかしていない。アンティークウォッチから、多くのことを学んだんだよ。」その時計のムーブメントには、、かつてそう語