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舟木さんの初出演映画は「高校三年生」は、既になくなってしまった映画会社「大映」で撮られ大映の直営館から、二番館、三番館へと流れて行きました。映画自体が斜陽と呼ばれる時代に入っていき、大映は屋台骨を背負っていた長谷川一夫が抜け、山本富士子が抜けて、市川雷蔵、勝新太郎の二人が会社を支える状態です。映画各社は、戦後生まれの新人若手俳優を育てる事に力を入れ始めます。大映が力を入れたのが、ミスター平凡グランプリを獲得し大映入りした倉石功さんでした。若手だけを使って作られたのが、映画「高校三年生」
舟木一夫と仲間たちその1娯楽芸能雑誌「平凡」や「明星」に比べると、知名度の低い「近代映画」だったが、月刊雑誌「近代映画」と一緒に発売されていた「別冊近代映画」は、話題の映画の特集とスターの特集に特化した雑誌でした。その中でも、舟木一夫特集は、かなり多く存在をしています。「平凡」「明星」の様に、芸能界などの総花的な記事ではなく、スターであれば、本人のインタビューを始め、周りでの評価、近況状況、映画情報、生い立ちなど写真と多くの記事で埋め尽くされている雑誌です。近大映画
1965年にコロムビアレコードを離れて、ミノルフォンレコードの設立で、遠藤実先生は、コロムビアを離れてミノルフォンの作曲家となり、その後社長になられます。新会社ミノルフォンレコードでの、最初のレコードが三船和子さんの「ベトナムの赤い月」でした。新会社での新人募集広告です。遠藤教室に通っていた舟木さんや橋幸夫さん、こまどり姉妹など、活躍中の歌手たちを使っての広告でした。コロムビア時代の写真です西荻窪の遠藤教室の新年会で(橋さんの姿も)遠藤実記念館実唱館(じ
この曲は、2025年のコンサートでのオープニング曲でした。さすらいとしては初めて聞く曲、乗りの良いオープンニングの曲で、昨年の通常コンサートの虜になった言っても過言ではない曲です。話によれば、後援会のテーマ曲という事で、後援会には入ってないさすらいが、初めて聞く曲であっても仕方ない事でした。曲の性質上レコード、市販されなかった訳で仕方ありません。昨年頂いたコメントの中に「季節かさねて」のCD出して頂きたいですね。というメッセージを頂きました。その要望も受け入れられる形で「舟木一夫2