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1983年。あの頃。たばこ屋の横の映画館のポスターにタバコをふかした男の白黒のポスターが貼られたそこには漢字でこう書かれていた「竜二」1983年公開/92分/日本(米題:Ryuji)監督:川島透脚本:鈴木明夫(金子正次)企画/プロデューサー:大石忠敏撮影:川越道彦美術:小池直実音楽:東京サウンド主題歌:萩原健一『ララバイ』製作会社:PRODUCTIONRY
来たる12月1日の藤純子(富司純子)の生誕80周年を記念して、藤純子の作品を紹介しています。(1945年12月1日生まれ)『日本侠客伝昇り龍』(1970)監督山下耕作共演高倉健、中村玉緒、鶴田浩二、片岡知恵蔵、伊吹吾郎、遠藤辰雄、荒木道子、加賀邦男、諸角啓二郎、天津敏撮影吉田貞次【あらすじ】二つの組が激突する風雲の洞海湾。ゴンゾ衆の生活向上を願う石炭仲仕の小頭玉井金五郎は小頭組合を結成しようと運動するが、それが共同組幹部の友田の怒りに触れた。共同組の幹部に襲われ深手
本日12月1日は藤純子(富司純子)の80歳の誕生日です。それを記念して、藤純子の作品を紹介しています。■こちらの作品は、掛け値なしに、日本映画史に残る傑作です。藤純子によってだけ傑作になっているのではなく、男優や監督たちによる日本映画屈指の協働作業による傑作です。『昭和残侠伝死んで貰います』(1970)監督マキノ雅弘共演高倉健、池部良、長門裕之撮影林七郎【あらすじ】花田秀次郎は東京深川の老舗料亭「喜楽」に生まれたが、父が後妻を迎えたときに家を出て、そのまま
来たる12月1日の藤純子(富司純子)の生誕80周年を記念して、藤純子の作品を紹介しています。(1945年12月1日生まれ)■この作品をもって、藤純子は四代目尾上菊之助と結婚することになり引退するため、サブタイトルには「藤純子引退記念映画」とあります。藤純子は、弱冠27歳で引退したのです。後に、寺島純子の名前でテレビ司会者となり、富司純子(ふじすみこ)として再度スクリーンに戻ることになるのですが、「藤純子」としては最後の作品です。『藤純子引退記念映画関東緋桜一家』(1972)
シネマート新宿で開催されている「新宿ハードコア傑作選2」。大好きな企画で、前回も3本観た。今回は、高倉健さんがハリウッド映画に出演した「ザ・ヤクザ」を鑑賞。随分昔に、テレビ放送で観た。何が凄いって、ロバート・ミッチャム主演のハリウッド映画なのに、後半はほぼ東映ヤクザ映画の演出だ。クライマックスは正に任侠映画、刀の斬り合い。高倉健さんの映画はよく観たが、決して好きなタイプの俳優ではない。自分が好きな俳優は、役によってコロコロ変わる変幻自在な俳優。高倉健さんはいつも一緒だ。もちろ
来たる12月1日の藤純子(富司純子)の80歳の誕生日を記念して、藤純子の作品を紹介しています。(1945年12月1日生まれ)■21歳の藤純子の名演が光る作品です。藤純子の自薦14作品にも入っています。『侠骨一代』(1967)監督マキノ雅弘共演高倉健、大木実、志村喬、宮園純子撮影星島一郎【あらすじ】伊吹龍馬二等兵は、新兵虐めに明け暮れる古年兵の暴挙に反抗し、営巣入りを四度も重ねる暴れん坊。晴れて除隊した龍馬は、世話になっている呑海和尚を真っ先に訪ねて母の死を知
<ストーリー>1963年(昭和38年)、東京オリンピックを翌年に控え高度経済成長の真っ只中にある市民社会は、秩序の破壊者である暴力団に非難の目を向け始めていた。しかし広能昌三(菅原文太)の山守組破門に端を発した広能組・打本会の連合と山守組との抗争は、神戸を拠点に覇を争う二大広域暴力団・明石組と神和会の代理戦争の様相を呈し、激化の一途を辿っていた。広能と打本(加藤武)は広島の義西会・岡島友次(小池朝雄)に応援を要請。穏健派の岡島は慎重姿勢を崩さないが、明石組・岩井信一(梅