ブログ記事4,331件
次に母親が入信した経緯をお話しします。私の母は戦争中に結核で実母を失い、継母の下で壮絶ないじめを受けて、女学校卒業後、伯母の下に身を寄せました。その際、伯母の通っていたセブンスデーアドベンチストの教会に一時所属しました。伯母は、福岡に派遣されていた特別開拓者の横浜出身である姥塚(うばづか)家の訪問によりエホバ証人との接点を得たことからJWに改宗したようです。この後、オーストラリアからの宣教者パーシーとイルマ・イズラブ夫妻が福岡に来られ、彼らは両親の結婚にも関わり、彼らが亡くなる晩年まで、
自分が交わっていた時、「1999年~(※母の死後、自分で交わってから)」区域の会衆の2世の兄弟・姉妹は高校を卒業すると、ほぼ正規開拓者を目指してました。自分の研究司会者も記念式から交わった時、(一つ下)19歳で開拓者になりたてで、研究司会の初期のころに、少ししたら開拓者学校行ってました。…世代的に、自分の居た巡回区内の同年代は、2世しか居ない時代に入っていて、自分も研究生ながら、長老に開拓を進められてました。研究生時代は、まだ闇の部分は隠蔽されていて、組織の闇を知らず、みん
1964年頃イルマ・イズラブと母に抱かれる私。話は数年前に戻ります。私の兄の喉には消えないメスの傷があります。特別開拓者を降りて子育てを始めた母ですが、実母は幼い時に亡くなり義母からはいじめられて、恐らくJW界以外に頼る人もなく、追い詰められて行ったのでしょう。私の兄が1歳のころ高熱を出しても背中におんぶ紐で背負って奉仕に行ったそうです。雨が降って寒い真冬に赤ん坊を背負って必死に奉仕をする母。その晩、兄はたんが喉に詰まり死の淵を彷徨います。医師はメスで喉から直接気管に穴を開けて