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先日わたくしの住む関東甲信地方もようやく梅雨入りしました。史上3番目に遅いそうです。一方で毎年この時期に遅れることなくやってくるイベントもあります。第1回合戦イベント「のぼうの城~忍城の戦い~」に部隊長として登場した限定武将の再登場です。例年、上記5名(成田長親、甲斐姫、柴崎和泉守、正木丹波、酒巻靱負)の限定武将が忍城周辺で[城攻め]すると発見できるこの期間限定イベント、コロナ中の休止を経て昨年はアフターコロナ最初の開催ということで、“超拡大版”としてお送りしました。それは
皆様、コンバンワハハ本舗🌇🌇🌇🌇🌇本日も素敵な攻城日和でした。そろそろ未攻城の山城も行きたいが!本日は津田沼にてオリジナル・ケア😅😅😅😅週1でなく週2にして欲しいと言われありがたい限りです。(皆、書いてね〜)さてさて!来年の楽しみとは?【おスタバ様】新店情報をチェックしていたら、埼玉県行田市の水城公園内に出店するとな水城公園と言ったら🏯🏯忍城🏯【のぼうの城】の城域やん忍城🏯の外沼にあたるエリアだろうネ外沼の辺りは近隣の太公望が釣り糸を垂れてますネ~
「徳川家康」が「今川家」から解放され関ケ原の戦いまでの間に、「家康」に仕えた「家」で幕末まで続いた大名が、居住したお城を見ていきたいと思います。その中で、三河国の有力国人で「長篠(ながしの)城」主であった「奥平貞能(さだよし)」「信昌」親子は、武田家と徳川家との二大勢力に挟まれていましたが、最終的には「徳川家」について、有力譜代大名として存続することになります。「武田信玄」が亡くなった後の「武田勝頼」は、家臣達との不協和音が強まり、「奥平家」は「徳川家」に付くことに決め、更には「奥平