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いつも自分をことを大事に宝物のように守っていてくれた大切な人が旅立ったことを受け止めるまでには人それぞれ必要な時間があると思います塞ぎ込み家に閉じこもったまま…周囲の人がずーっと心配してくれていることが痛いほどわかる色々考えてみる…でもどうしていいのかわからない大切な人の他にもちゃんと私のことを大切にしてくれる人がちゃんといることに気づいたらいつも味方で
先日、臨床4年目の定期健診に入りました。以前からちょっと気になっていた爪切除後のベビーピンクの皮膚の部分...よく見るとふわぁっとところどころに糸のようなものが(糸よりも細いのでほんとうによく見ないとわからない)生えている。定期健診で担当医に尋ねると「毛ですね」、わたし...だってここの皮膚は鼠径部から植皮した皮膚なのであって...もともと、わたしは脱毛サロンへ通っている友人たちに羨ましがられるくらい毛深くないのでこんなところから毛が生えてくるって神秘的でこの産毛のような毛たちが
noteから転載しております私が何故noteに自分の病気の事を残しておこうと思ったかというと、ネットで自分の病名を調べてもあまりヒットしてこない(他の方のブログ等)からだ。出てくるのは医療向け的な文献で、どんな症状があってこんな治療を受けているというようなものが全く出てこない。私の病名はPcALCL(未分化大細胞リンパ腫又は未分化大細胞型皮膚リンパ腫)というらしいのだがどうやらあまりメジャーではないらしい。自分が病気や何か不安な症状がある時よくネットで症状か
キイトルーダ効いとるーだキイトルーダ開始してどうしても使いたかった言葉ダジャレ世代ですみません効いているとはいえ、多少なのですが、やっぱり嬉しい前回報告したように内視鏡下副鼻腔手術をした際に、組織検査をされました。結果ですが、生存している癌細胞はあるものの、リンパ球・形質細胞・好中球などの免疫細胞浸潤が目立ち腫瘍組織の構築としてはやや分かりにくい箇所あり(構築が壊された箇所あり)免疫療法の効果を見ている可能性を指摘されました。これはキイトルーダが多少なりと
治療方針が決まらず焦る、、、根治を目指す治療に向かおうと思っていたものの、手術は出来ないと断られた、粒子線治療も難しいのではと言われた。この先どうしようと落ち込んでいました。とはいえ、このまま緩和ケアに向かうのも現時点受けいれ難いし、かといって有効な抗癌剤治療も分かっていない。何か情報はないかと抗ってみる。やはり粒子線治療の専門家の意見を聞こう。そんななかで嫁さんがBNCTの情報を見つけてきた。治療をしているBNCT共同医療センターのHPには以下の
現実を受け入れるこんばんは妻のSAV-Hです。癌告知されてからしばらくは受け入れられませんでした。体調は頬の痺れ以外何もないし、腺様嚢胞癌という病気もよくわからない。ネットや書籍、論文等読み漁るけど落ち着かないふわふわした感覚で生きてました。夫とともに手術可能か伺った病院で、夫の画像を初めて見夫が必死で医師に質問している横で本当に夫の画像なんだ、現実なんだと頭では理解しつつも精神的には鉛のような重たいもので潰されそうな感じでした。MRIで癌疑いから約2週
ただただ隣にいることしかできないと寄り添い闘病する日々唯一できることすら崩れかけそうになる患者さんはどんなに気丈でも心の安定を保つのは難しいのですそうわかっていても躁鬱が混合する状態に心が音を立てて壊れますどこで怒りをかい声を荒げられるか…地雷を踏まないようにいつも緊張していました辛くて逃げ出したいのは患者さんなのですどんなに辛くて
乳房外パジェット病この病気は、アポクリン汗腺という部位の細胞が変化して発生すると考えられている皮膚癌の一種で、外陰部や肛門の周りまたは脇の下に出来ます。病名を聞いて知ってる人は殆どいないと思います私も自分が罹患するまで全く知りませんでした2020年の8月に発見して、12月に乳房外パジェット病だと告知され2度のマッピング検査を経て2021年4月に切除手術を受けました最初のマッピング検査の頃から遡って経過をメモ帳に残してきました私は恐
乳房外パジェット病(希少皮膚癌)の発見から手術までをメモを元に書きたいと思いますと、前回書き始めたのですがすでに少し後悔しています文章苦手だし、書くにあたってメモを読み返したりお薬手帳や説明記録や診療明細書等々を集めて見ていると当時の事が思い出されて、イヤーな気分になって来るでも始めた以上は最後まで書きたいこの病気は高齢者が多いらしいです私はプロフィールにもあるように、(アバターは可愛いけど・・)現在60代後半で年齢に不足は無いわけです
悪性黒色腫切除から1年経過しました。あっという間だった1年…その間に定期健診とCTも受けていたけれど、いまのところ異常なし。かと言って、切除した部分はまだまだしびれ感、物を持った拍子に物を落とす、どこかにぶつけると出血するなどなど…また、ここ最近朝晩冷えてくるとジンジンっと切除痕が痛い。そしてこの痛みがある時にトラウマのように思い出してしまうのが、術後の強烈な痛み!とても不安になってしまうものですね。(もう痛みはないけれど)1年過ぎてメンタル的にも強くなり、仕事も少しレベルを
私には3人の子供がいるのだけど私は今56歳シングル長女は38歳👩既婚子なし次女は34歳👩既婚12月に第一子が産まれたばかり長男は20歳🧑🏻🦱大学二年生実家暮らし今回、検査結果を話をしても誰1人興味なし誰も心配してないのか「大丈夫じゃないの手術すれば初期なんでしょう」今は画像診断だけだから、取ってみないとはっきりとはわからないんだよって言っても「私だって言われてもわからないよ」って長女だんだん話すのもバカらしくなっちゃった6日に家族と来てっていわれているので長女と長男が
治療できることになり、癌判明からようやく少しほっと出来ましたBNCT受診1回目BNCTの説明、合併症など。そして重粒子線治療も可能ではとのコメントを頂きました。そして、検査を予約し、後日治療方針を決めましょうとなった。翌日重粒子線センターへ最初に行った手術を多数しているハイボリュームセンターでは重粒子線治療も困難ではと言われたが、重粒子線治療は出来るとのこと。ただBNCT後の追加治療の経験はないので、(やんわりと)BNCTをするなら重粒子線治療はしませんと
『なんとなく』自ら「MRI撮りたい」と言った母。理由は「なんとなく…」高齢だし、めまい持ちだし、昔撮ってからもう10年以上経つから、久しぶりに脳の検査をしたかったと…この「…ameblo.jp母が「なんとなく」申し出たMRIの脳検査結果を簡単にまとめると・聴神経腫瘍を思わせる内耳道の拡大や異常神経はない・右大脳動脈に1.1mmの動脈瘤が疑われるが、経過観察・脳に重大な異常信号はない脳に対してはとりあえずセーフだったのだ………が、この検査報告書の最後にはこう記載があった『かなりの上
陰部に出来た痛くも痒くもない乳房外パジェット病(希少癌)メモを元に経過を書いてますなぜメモを書いていたかというと年の功ですかね~いや、歳のせいです!しかもメモ帳で、アナログですメモしておかないと、どんどん忘れるので最近は大事なことはメモ一択です大事じゃない事もメモです外出先ならラインのKeepメモに残します今回の事でもそのメモが残ってますその内容は近い内に書くと思いますがヤツを発見した日付が分かっているのもこのお陰ですカレンダーに印をつけてお
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重粒子線治療画像のビフォーアフター上顎洞の腺様嚢胞癌になり、重粒子線治療をしました。治療をして1年が経ちました。今のところ、再発ありません。経過の中で、幾度か画像検査をしました。その中で治療前と治療1年後の写真をアップします。MRI画像ですが、向かって左(私の右頬)で、白くなっている(白⇒でさしている)所が腫瘍です。上顎から目の下まで白くなっているところです。そしてこの下の画像が治療前のCT画像です。黄色↑が正常な上顎洞を囲む骨です。赤色↑
じゃあどこの癌だったらいいのかなんてない。癌になんてなりたくない。ただ、なんでよりによって顔なんだろう…なんで希少癌なんて呼ばれる癌なんだろう…他の癌と違って洋服で隠せない、人目にさらされて、日常生活も社会生活もかなりの困難を伴う…考えたってどうにもならないんだけど頭頸部癌て…顔の癌て…癌て…癌てさ…ホントなんなの?
重粒子線治療の成績と合併症前回も少し書きましたが、重粒子線センターを受診してきました。そこで言われた事は重粒子線治療は可能上顎洞癌のT4bの重粒子線治療の成績は、5年生存率が70%前後合併症として・致死的合併症としての内頚動脈破裂の可能性は低い・脳膿瘍の危険も少ない・耳管閉塞、内中外耳炎・涙鼻管閉塞涙が出続ける・開口障害・口蓋に瘻孔・顎骨壊死や腐骨なにやら恐ろしい合併症がありそう。しかも、手術と違い時間がたってから起きる晩期合併症。後日治療を
前回ブログ更新してから2か月たってました。ちゃんと生きているか?と心配して頂いた方申し訳ございません。無事元気にしておりました。重粒子線治療を2年前の8月に約1か月かけて行いました。それから2年経過しております。局所再発疑いで、キイトルーダ治療を行っておりますが、仕事も普通に続けており、元気にしております。この2年で起きた合併症として①奥歯が先日抜け、とうとう口の中と副鼻腔~鼻が繋がってしまいました。まだ穴は大きくありませんが、うがいなどすると鼻から水がでます。悪
生検もしました副鼻腔炎に対する手術で、前回も記載しましたが、内視鏡下副鼻腔手術(Endoscopicsinussurgery,ESS)Ⅰ~Ⅴ型の5種類あるようです。前回してもらったのはESSⅡ型というもので、単一の副鼻腔を開放し洞内の病的粘膜を処置でした。今回はESSⅢ型(副鼻腔複数洞手術)のようで、下の図の水色の所を開洞その際、黄色の→の所の組織切除全体的に薄く焼灼すると説明を受けました。ちなみに下の図が前回の手術前のMRI条件が違いますが、今回
11日の日曜日からちょっとまた、入院です。今度は全身麻酔で左肺の細胞を取ります。今日は刈谷総合病院を朝から、動脈から血をとったりしての、色々麻酔医から説明とか、忙しかった^_^こんなに早く肺に転移するとは。親戚の医師は転移はしないと、言ってくれてたしなぁ。陽子線の先生は転移しても小さな点ぐらいとかだったし。まぁ、仕方ない、宝くじにも当たらないのに、希少癌には当たるんだなぁと^_^2センチほどの陰と他にも小さな点です、
2か月前にPET検査を受けないか?とのお誘いを受け、その結果の続きです。結果は、腺様嚢胞癌の再発と思われる所見あるものの今まで以上の情報は得られず。その後再度頭部MRI検査もしたけど大きな変化なしとの所見。主治医は局所再発の疑いあり、キイトルーダ治療が著効しているわけでないので、局所への何らかの治療できないか考えてくれています。しかし、BNCTが出来ないか当該施設に問い合わせてくれましたが、視力障害の可能性があるので適応外との返事。(右眼の視力が無くなれば、治療の適応が出
手術の相談に行きました主治医から経験豊富な病院へ手術の相談に行くように伝えられ若干手術は嫌だなとの思いもありながら、紹介された病院に紹介状を書いてもらい、受診の運びとなりました。受診に先立ち、PET検査で転移の有無も調べてもらいました。当日、嫁さんと治療方針の相談に指定された病院を受診しました。説明では、幸い転移は起きていないが、腫瘍浸潤による神経の著明に腫大した部位は海綿静脈洞に接しており臨床的には海綿静脈洞浸潤と判断、同部位を切除すると複視必発で頸動脈
大学病院に紹介されて皮膚腫瘍科でやっと病名がわかった。【未分化大細胞リンパ腫】先生の話によると⚫︎わりと珍しいタイプのガンであるということ⚫︎ネットを調べるといろんな事が書いてあるけど半分は信じていいけど半分は信じちゃダメだという事(良くも悪くも)←いや、むしろあまり載ってない⚫︎そこまで症例は多くはないけどこれまでも何例かは診てきている軽い症例も多いがガンではあるので今後油断はできないという事そんな説明を受けたように記憶している。実際にネットでこの名前で調
ここから数記事分はnoteに書いていたものを転載していきます2022年の秋から冬に変わる頃、11月の事右のまぶたにニキビのようなものができた。いや、年齢的には吹き出物というのかまぶたにできるなんて珍しいなあまあそのうち治るだろうと思っていた。それから1ヶ月の間、その出来物は治る事がなくむしろだんだん大きくなってきた見た目はなんとなく柔らかそうで、水ぶくれのような感じでたまに痒みがあって、つまむと少し痛い。しばらく経つとかさぶたのようになってきて表面だけが一層ポ
家族ががんになったら支える側の家族は色々なこと我慢しようと考えますよね患者さんは病気の進行と共に物理的にできないこと我慢することが増えていきますそんな中で家族は自分だけが楽しく過ごすなんてと思うものです家族なのによく笑っていられるよね家族なのにもっと気をつかわないのかな家族なのに…そんな言葉が耳に入ってくることがありましたおいしいもの食べたら嬉しくなるし
noteより転載大きい病院は確か数日後に予約が取れたように記憶している。早速紹介された大きい病院の皮膚科で診察をしてもらい瞼なので綺麗に切除するために形成外科の先生にお願いする、ということになった。一度で終わるのかと思いきや、形成外科の先生は非常勤らしく来る曜日が決まっているそうで、ここでまた時間がかかった(大きい病院とはそういうものなのかな、と最近思っている非常勤じゃないにしても曜日が決まってる事が多いようだ)形成外科の予約を取る→診察と手術の話し合いや説
数日後にしばらく入院するため急いでUPしております折り返し病院に電話をかけて予約の取り直しをした。ちょうどGWに入る少し前だったので早めに…という事だったのかもしれないが、運良く数日後に予約を取る事ができた。電話口で「今回こういったお電話でしたが、良くないって事なんでしょうか?」と聞いてみたが(よく考えたらDr.でも看護師でもなく受付の人なので、そこで応えられるわけではないよな…と後から思ったw)「その辺のあたりや今後の治療方針なども含めて…」という返事だった。今後の治療
元旦から無事職場復帰出来ました職場の方に「元気な顔が見れてよかった」と言われ、涙がこぼれそうになったけれど。年明けの採血ではなんと貧血の数値もよくなっている!そして去年毎月扁桃炎で耳鼻科に抗生物質を処方してもらっていた扁桃炎がぴたりとなくなって免疫力がアップしているよう実は12月くらいからちょくちょく外出も、手術後の指をむき出しにして出かけています。と言うのも診察時に先生が「むき出しのままでよいです」とお薦め!?されたので、それをきっかけに結構むき出しで生活していている今日この頃(
祝リアルタイム更新一発目・・・なのですがすみません・・・5月に受けた手術の病理結果にかなり落ち込んでいます主治医から病名を告げられた時聞いたことない名前だったので頭のなか真っ白で・・・主治医の説明もよく覚えてませんでも、率直に感じたのは厄介そうということ再発すると大変みたいな感じで言われた気がします明らかに今までの説明より、主治医の言い方が遠