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エリザベス・キューブラー・ロス博士による、苦難に対応する「5つの感情的段階」に学ぶキューブラー博士によるこの心理的変化への洞察は、医療や福祉での学校では講義内容にほぼ組み込まれ、私も過去に介護士学生さん向けの研修講座で教えたことがあります。極度な苦難が発生した場合否認→怒り→取り引き→抑うつ→受容基本的にはこの5段階で変化します。◯2020年新型コロナウイルスのパンデミック(本当はプランデミック)が報道された時に、悲しみへの心理面への対策として、こちらの情報か
2021年の9月、主人が長年患っていた末期の悪性腫瘍で旅立ちました。亡くなって1週間は毎日眠れない日々でした。その後主人の死後の手続きと私の就職活動で正直悲しむ暇がないほど忙しくなりました。幸いにも資格を持っていたため無事正社員で就職でき、また死後の手続きも問題なく済ませることもでき、割と早い段階から安定した暮らしができるようになりましたが、深い悲しみは未だ無くなることはありません。最近ようやく新たな自分の人生を歩んでもいいのかも知れないと思えるようになりました。そして気持
しばらくすると派遣会社の責任者の方が来た。部屋の内部を確認してもらう。その上で改めて、部屋の退去についての話し合いを始める。派遣会社側は「管理している不動産会社側が・・・」「大家さんが・・・」を繰り返す。埒が開かないので、こちら側も意見する。・そもそもその部屋は派遣会社が借り上げているものであり、両親及び緊急時連絡先とされていたSは保証人ではない事・夜逃げ等で派遣社員が失踪した際は、だいたい派遣会社側で後始末をすると発言していた事上記を踏まえて、部屋を完全に空にした状態で掃除
呼びに来た火葬場の係の方に呼ばれ火葬炉の前に移動する。重々しく炉の扉が開き息子のお骨が戻ってきた。最後のお別れをした部屋へ移動しお骨の説明を受けながら息子のお骨を小さな骨壺におさめていく。この骨壺にも実はとても驚いた。葬儀社さんで葬儀について詳細な説明を受けた際に、骨壺について尋ねられた。「大きいものと、小さいもの・・・関東は大きな骨壺が主だと思いますが。こちらの西の方では小さい骨壺が多いです。どちらにお納めしますか」見せられた小さな骨壺は昔、フェレットが亡くなって火葬して
すっかり床が露わになった。次は掃き掃除と拭き掃除。後からパパやSに言われたんだけどそこまで、やらなくていいんじゃない?というくらい私は鬼気迫るオーラを醸し出しながら掃除をしていたらしい。実際、いろんな事を考えながら手を動かしていたし同時に考えたくなくてひたすら手を動かしてもいた。バカみたいに矛盾してるけど。髪の毛一本すらも触られたくなかった。息子の事を何も知らない人たちに息子の生きていた痕跡に触れられるのが嫌だったみたい。拭き掃除と仕上げ。こびりついていた吐瀉物の部分。
少しの間涙が落ち着くまで息子が入っていった火葬炉の扉の前でパパの胸に顔を埋めていた。係の方から「2時間と少し、お時間がかかります。あちらが待合室となります。」と促され移動する。パパに支えられながら待合室のソファにへたり込む。4人でテーブルを挟み対面で座りしばし無言で綺麗に手入れされた中庭に目をやる。これまで両親や親族の火葬の際にも感じたが不思議なもので故人のご遺体が火葬炉におさめられてしまうとそれまでの深い悲しみがフッと軽くなる。実体がなくなるからなのか??もち
大切な方を喪った方の深い喪失感は耐え難いものです。思慕・憂鬱・絶望・非現実感不安・怒り・哀しみ・苦しみ悔しさ・後悔……愛おしく大切だからこそ喪った衝撃は大きく苦しいものです。一人で抱え込まないで下さい。喪失の思いを溜め込みすぎては動けなくなってしまいます。もし貴方様が哀しみに囚われ動けずにいる事が苦しいのなら苦しい思いを言葉で心身から出してみませんか?話をする事で心身が軽くなると思いますよ。残された方は
私は何度もこのブログで生まれ変わりを信じたいと書いてきた。それについて賛否両論あるのは理解できます。読みたくない人はスルーしてください。ただ、私は死の世界が必ずあるということや娘の魂はどこかでまだ生きているということ、自分自身も含めて何度もみんなこの世での人生を経験しているということ、生死というのはそういう仕組みなんだということをすごく信じたいと思っている。でも毎日それを信じるというマインドは続かなくて、悲しくなったらYouTubeを必ず見る。検索ワードは「死の世
ミキ本人です。結婚式の後に分かり合えた気がしたのもつかの間。それからたった1ヶ月後にはタクヤの不倫が始まっていました。幸せな時間はそう長くは続かなかった。パンダさんのブログにもあるようにタクヤは結婚式から1ヶ月ほどで母親の状態が良くないからと毎週末、実家に帰るようになった。それからさらに数週間で平日も仕事が忙しいと言って会社に泊まる日が増えた。おかしい。あとになって私が疑っていたタイミングと和歌子と始まったタイミングはほ
なんて久しぶりなんだろうそれほど劇的な出来事はないけれどそれでも私は生きているおっとくんが旅立って一年はすぎていてふと思う「去年の今ごろはもう一人だったなぁ」って。。年末にやる再放送ドラマの話になって去年末にみたドラマ、一人でみてたわー年明けの箱根駅伝、実家でみてたわーそして「そっか、あれからまもなく一年が経つのか」って。。思い出さない日はないでも深い悲しみから抜け出せない...っていう時間は短くなっている。良いことか良いとはいえないか毎日過ごせることもおっとく
お久しぶりです。大腸がん肝転移ステージ4(完治)と血液がんステージ3、4?(現在進行形)の、みぃねこです。血液のがん、リンパ腫(悪性リンパ腫/濾胞性リンパ腫)は、あいかわらず首を中心にsiccorina(シッコリーナ/シコリのこと…です)がたくさんありますですが、濾胞性リンパ腫は無痛性で、しかも臓器には浸潤せず安定しているのを良いことに、マスターズ水泳にいそしんでます!先日、『いつまで続けられるかわからないなら今しかないかな?』と、10年ぶりぐらい!?に高速水着というのを購入しました!
死別などの喪失を経験すると、様々な反応が起こります。食欲への影響や睡眠障害などの身体的反応、深い悲しみや後悔、絶望、抑うつ、罪悪感や自責感、またこれらとは一見対極にありそうな安堵などの心理的反応があります。安堵は、長期間の介護などの後での死別でみられることがあり、ほっとしたり楽になったと感じたりすることです。何もする気力が起きずに、今までは普通にできていたこともできなくなり、日常生活を送ること自体が困難になることも珍しくありません。その反対に、何かをやりすぎてしまう
台風13号がどうなるか、心配していましたが、それほどひどい雨風にならず、よかったです。皆さまが住んでいられる辺りはどうですか?息子が亡くなったあとは、まるで暗い深海の底をはっているような感じでした。今までの自分は木っ端微塵に壊れ、何をよすがに生きていけばいいのかわからない。希望は全く見いだせませんでした。(今でも希望なんぞ持てていません。)今は、外では普通にしていられますが、数ヵ月前は、何をしていてもどこにいても、涙が溢れてきてしまいました。心の中はどこまでも悲しみに覆われていて、何も
去年の今日…ママとキミ達の火葬と葬儀…肉体がなくなり本当にお空へ逝ってしまったような気がした…ママとキミ達の骨箱3人分抱えて連れて帰って来た日…ジィジと、か〜えちゃんが出掛けてしまいバァバだけになった後すぐに玄関のチャイム…確かめずに開けてしまったら○○日報の記者だった…由美さんのお母さんですよね?あちらの方で由美さん達が、お亡くなりになってたそうですが?と、山の方を指差し…何か原因とか?どんなお気持ちですか?と、言われ…体調が悪いので…と玄関の扉を閉めた…
『心の休憩室』ヴェール樋田みどりです『生きる』ということなかなか更新出来なくて、、、いつもバタバタとしていてすみません先日、親戚が病で旅立ちましたまだ63歳これからたくさんやりたい事もあったと思うし行きたいところもあったはず3年前に癌が発覚し痛みに耐える日々辛い闘病生活だったと伺いましたがそれでも、まだ生きていたかったと思っていたでしょう心残りはあるでしょうご主人は、これからどう生きていけばどう頑張っていいのかわからないともう頑張らなくていいんだよ看病頑張った
他人から裏切られたと感じる感覚は人それぞれですその人に対する信頼が大きければ大きいほどそれに比例して裏切られた落胆も大きくなりますそしてその落胆が大きければ大きいほど信頼を取り戻すことは難しくなります•たかがこれくらいのこと•バレなければ構わない•悪気はなかったのだから•単に魔が差しただけだ•断れなかっただけなのにそんな軽い思いでしたことなのだといくら弁解を重ねても裏切られたと感じた側は相手の陳腐な言い訳になど聞く耳も持たず自身の
こんにちは。世の中はすっかり春🌸ですね。あなたはお元気ですか?私は何とか気持ちを奮い立たせて生きています。悲しみに沈んでばかりではなく、笑ったり冗談を言ったり楽しんだりもしています。でも、心の中にはいつも、弟、母、父、姉の姿が、笑顔があります。今はその映像が私を悲しくさせますが、いつかは思い出とともに、温かい気持ちでいられる日が来ると思っています。でも、まだしばらくは...さて、今日は、姉の亡きあと、深い悲しみの海に沈ん
春馬くんが私たちの前から突然姿を消してからもうすぐ3年が経ちます…この季節、庭の花たちも見頃を迎えます今年もキレイに咲いてくれましたよ😊薔薇の見頃は6月だと仰っていた方がいましたが、7月もまだまだ見頃ですまた、ストロベリーアイスのように四季咲き性のものは気候条件が合い大切に育てると冬でも咲いてくれるそうです未だに何か事が起こるたびに春馬くんに繋げ、自分本位の妄想話で悪者を作り上げては誹謗中傷を繰り返すそしてどんどん真実から遠ざかっていく…本当にどうかしている…先日特に春馬くんフ
お借りします。2024年4月24日(日本時間4月24日8時49分)の満月は、低次の自己イメージ、影のイメージにおける内省の門を開きます。これは自己認識の深い浄化です。目に見えないものに注目してください、すべての子供とすべての人が必要としているのは、愛と認められることです。子どもの頃に理解されなかったことこれはスターライトの光で開かれましたが、しばしばマスクの後ろに隠された否定的な自己イメージが現れました。そのマスクは、あるはずのない感情を表現していた。最終的には自分が誰
2年前に亡くなった犬さんのことで今も涙が出るんですという飼い主Naoさん。その子のことが大好きで大切だからこそ大きな悲しみがやってきたんですね。あなたと動物をつないで癒す獣医☆しのちゃんです。「これまで、いろんな慰めやメッセージも受けとって少しずつ癒されたけれどやっぱり胸にぽっかり空いた穴は埋められない。その子にしか埋められないんです。このままじゃいけないってわかってるんですけどね」と寂しそうに笑うNaoさん。いつまでその悲しみは続きますか?その悲しみをいつまで続けますか?
単身赴任が、約一年。こちらに戻って来た後も、月二回程三泊づつ赴任先へ出張していました。自分が仕切ってやっていたセクションを上手く回すには、自分が必要だと言っていました。それには、私も納得でしたし、そういう責任感が好きでした。深い悲しみの中にいる私に、言いました。来週の金曜日出張だから。と。今までなら、分かった~ですんだ言葉でしたが、返事すらも出来ず、静かな間がありました。その間を夫は、スルーしてテレビに夢中になっている姿をただ悲しみの目で見つめるのが、精一杯でした。
パソコンを見てしまった後ろめたさか、夫には写真を見たこと、噂ではなく真実だと言う事、全てにおいて言い出すことが出来ずにいました。いつもの日常を過ごす夫と、その裏で深い悲しみを抱える私と対象的に見えたのは、私だけだったでしょう。次の日、また心をかき乱す出来事が起こるのでした。
時々思い出す小学生の頃、確かにその絵本はありました‥読んだ記憶はあるけれど内容は右から左に流れていった子供が産まれてたまたま目にして読んでみた‥『号泣だ』傑作中の傑作だそして、今ストーリーを知ってるのでもう、読めません‥(´༎ຶོρ༎ຶོ`)思い出すだけで泣ける深い悲しみと愛情を絵本で表現してるので子供が理解するのは難しいけれどある程度大人になって物語の『芯』に触れると強烈に刺さるなもしかして、私は100万回生きたのか‥その100万回目が今なのか?100万
昔の事を振り返って懐かしんでばかりいたら新しいことについていけなくなってよくないなって思う方なのでとにかく前に進むだけ道は何通りもあるから選んで又は流されて走るだけというタイプなのですが(そう言って結構、、、かなり思い出していますが)そんな私も時折、振り返ることがあります。坂本九さんの「上の向いて歩こう」の曲坂本九さんは、日本航空123便墜落事故で亡くなられ当時はニュースを聞いて強いショックを受けた記憶があります。この曲は深い悲し
会北史談会主催で来る29日午前10時から喜多方プラザの小会議室で行う講演会の演題を「会津白虎隊の精神と史実」にしてもらいました。大それた演題にしてもらいましたが、何も小賢しい知識をひけらかすつもりはありません。直木賞作家の綱淵謙錠先生がおっしゃった「物知りは真の歴史家ではない」という一言を、今さらながら思い出されてなりません。その意味でも、小林秀雄が『ドストエフスキイの生活』の冒頭で述べた文章を念頭に置いて、自分なりに考えていることを話したいと思っています。「僕は一定の方法に従って歴
昔、「強くなければ、優しさではない」という言葉を聞いたことがあります。強さと優しさが=「イコール」として結びつかなかった私は、若かったな~と思います(笑)人を本当に救うためには何が必要か。それは、「優しさを芯に持っている強さ」です。「同調」でなく「共感」。悲しい相談を受けた時、自分も「同調」して悲しくなっていては、本当の救いは出来ないと思っています。その人の深い悲しみに「共感」はしてもそこから自分は何が出来るかを冷静に判断していく。一緒に涙を流す方が、その人の悲しみ
🌊美しい地球を旅するあなたへ🌻猛暑と成績付けと部活と寝不足で週末に熱中症気味に🥵慌ててOS1やらポカリやら水やらしっかり飲んで目覚ましかけずに眠りました。しっかり食べねばと食料も数日分買い込んで時々バテながら調理しました。あとは食べてゆっくりしよう、、💤📕📕📕今日は日本の作曲家新実徳英さんの歌のお話を。教科書に載っていて良い歌だなぁと何気なく歌詞を読み解くと深い深い悲しみと温かなメロディに心揺さぶられる作品でした。『南海譜』谷川雁詩新実徳英作曲南のすな
昔ばなしです。20代の半ばだったか当時付き合っていた彼女とお別れしました数日後その彼女は私の親友と付き合っていましたその親友は私にちゃんと話をしようと持ちかけてくれました彼女に初めて会ったときから気になっていたこと──私の彼女だったから我慢していたこと──全部、正直に話してくれましたとても嬉しかったです「僕はさ~、地球上の人たちで一人でもハッピーな人が増えればいいと想っている」「僕は寂しいけど、それも続くことじゃ
桜、美しいですね散る姿も、美しいですね潔いというか見事というかそれがまた刹那というか桜のように散れたら良いのに美しいまま儚いとか名残惜しいとか思われながら旅立てたらどんなに良いか義母が亡くなって義母の納骨の日の翌日に義父が自死しました2人は駆け落ち同然で結ばれ戦争も経験し一人息子である夫を育てあげました義父は作家という側面もあり義母の苦労は並大抵の事ではなかったようで息子である夫も破天荒な生き方に振り回された事があったと話していました私が義父母と出
★おはようございます♪<ガイド>1896年に心の支えとしていたクララ・シューマンが5月にこの世を去り、深い悲しみを抱えていたブラームス最晩年の心に沁み入るオルガン作品<ガイド終わり>ピアノバージョンですが・・↓ブラームスの最晩年の作品「オルガンのための11曲のコラール前奏曲」8番のタイトル「一輪の薔薇が咲きて」(F.ブゾーニ編)·HiromiOkada·JohannesBrahms岡田博美さん(ピアノ)<写真箱>横浜・山下