ブログ記事1,851件
夫が突然、「僕は薬物依存症だ。」薬物依存症は否認の病といわれ、「絶対に自分は依存性ではない。」と死ぬまで言い続ける人もいます。夫もずっとそうでした。私は夫の口から、夫が薬物依存依存症であることを認めた発言を聞き、驚きました。しかし夫の話を聞いてあげたいと思い、冷静に相槌を打ちました。私は、車を運転しながら、「うん…。」と答えると、夫はもう一度、「僕は薬物依存症だ。しかもかなり重度の。」(Veryveryheavyone.)Veryを二度と、ゆっくり言いま
アメリカの事故物件に入居して数日後…夫は複雑な顔で帰ってきました。「今日、変な人から電話があった。父だ。」「あ、連絡きたんだ、良かったね。」引っ越した後、夫のスマホの電話番号を含めて再度ハガキを書いたのは私、そしてまたハガキをわざわざ郵便局で投函したのは夫でした。だから電話がかかってくるのはわかっていたのですが。夫は「Sostrange.」(本当に変だな。)を繰り返していました。夫の両親は離婚はしていないものの、夫が米軍に入隊した後、8年間ずっと別居をしていました。二人は同じ
11月。本来、8月あたりに転勤で日本に帰れるはずが、夏は終わり、ハロウィンも終わり、ハーヴェスト(収穫祭)の秋になりました。アメリカでは、11月に感謝祭、12月にクリスマス、1月にお正月、一年で一番盛り上がるホリデーシーズン。しかし私は苦しくて仕方がありませんでした。不安で不安で、夜は眠れなくなり、昼間は子供たちが起きているので私も起きていないといけませんが、いつもリビングのソファで横になり、子供たちを”見ている”ことが精一杯になりました。年が近い3人だったので、
11月のある日、Familyadvocacyという軍の支援団体の女性たちが我が家に来ました。「私たちがあなたを助ける。全部話して。」私は何とか助けてほしくて、すべてを話しました。Familyadvocacyは数回来てくれました。ただやはり、ホームシックや子育てストレスなどの相談とは異なり、誰かに話してどうにかなる問題ではありませんでした。それに「助け」ってなんでしょうか?誰かがどうにかできる問題ではないんですよね…。私がひたすら話して、Familyadvocacyがメモ
優しくて真面目だった夫。子供とも一日中、遊んでくれたり、私が妊娠中、夜中にトイレに起きると、夫は寝ぼけながら一緒にトイレについてきてくれました。米軍は体育会系の超激務で、ジム通いもしていた夫は、夜は疲れていましたが、それでも私が転倒しないように、体を支えてくれました。夫の勤務時間は朝7時からでしたが、何故か毎朝5時に起きて、5時15分に出かけていく夫。自宅から勤務地までは車で10分。自宅を出るのが早すぎますよね。夫はそんなに朝早く家を出て、何をしていたのでしょうか。それは…
夫に、今までどこにいたのか、何がどうなったのか、そしてこれからどうなるのか、車を飛ばしながら聞きました。すると…「僕には、君と子供に対する接見禁止命令が出ていた。(※Militaryprotectionorder=MPOと呼ばれていました。)だから…バラックと呼ばれる独身寮から、仕事に通っていた。」…は?(驚き①)「…で?」「なに?」(その①)「『なに?』って、薬物依存症の治療は受けられたの?」「尿検査は毎日されたが、薬物は検出されなかった。」「…だか
1月に入ってすぐでした。ホリデーシーズンも終わり、米軍も通常業務に戻りました。かおりちゃんに会いにいこう…そう考えていました。私と子供3人の車旅。『のぞみちゃん』私の書き込み。「米軍人の夫が市販薬の薬物依存性です。軍警察に連行されました。どのような情報でも良いので教えていただけませんか。助けてください。」イジワルな回答…ameblo.jp『かおりちゃん』2番目に返信をくれた、かおりちゃん。「こんにちは。私の夫も現役軍人で、市販薬を乱用しています。今はマリファナも吸います。私は今、アメ
突然、現在のことを書きます。私のブログは、2012年10月に始まった夫の薬物依存症について書いています。同じく2012年に産まれた第三子は今年で12歳、もうすぐ小学校6年生です。ダントツ一番辛かったのは、去年、そして現在です。私はこのことを友達の誰にも話していません。友達とは連絡を断ちました。友達に元気なフリをするのが辛かった、家族みんな元気だとウソをつきたくなかった、誰にも会いたくなかった、そして友達の多くはまだ私がアメリカにいて幸せに暮らしていると思っています。2013
次の日の朝、小部屋から出て、小部屋の前のロビーみたいな場所で朝食を食べました。似たような画像が全くありませんでしたが、こんな感じのもっと狭く、全体的にサビれた感じの白を基調としたもっと無機質な場所。朝食は何だったか、全く覚えていませんが、…確実に見覚えのあるトレイでしたコーヒーが出てきて嬉しかったですが、ノーカフェインでした。カフェインは禁止だそうです。更に拘置所と違ったところは、ロビーは男女一緒でした。昨日、私が入院の際に見かけた、両手を縛られて泣いていた40代くらいの白人女性
私の現在、中学生の第一子は、以前、住んでいたお家が事故物件だったことは知りません。しかしずっと「あの家で多分、人が死んだ。オバケがいたから。」と言っていました。私はあえてその話を詳しく聞きませんでした。子供が詳しくその話をすることにより、子供の中でこの出来事が「確定」になりそうで、心配だったからです。だから「オバケなんてこの世にいないよ。」と言い続けていました。しかし今年の子供の誕生日パーティーの後、子供がまだその話をするので、(今でも年に数回してきます。)冗談っぽく、「どんなオバ
2日目の朝、私は裁判所に呼ばれました。また手と足に手錠をかけられ、その他、大勢の収容者たちと。裁判所の法廷で男女に分かれて座らされました。裁判官が来る前、収容者たちは、久しぶりに見る異性に浮かれたのか、みんな騒いでうるさかったです看守が時折、「静かにしなさい!」と言いますが、何故かそのあと、必ず看守がジョークで、「ここは裁判所よ!普通はオドオドするものよ!…初犯の場合はね。」などとジョークを言うので、収容者たちは大声で笑い、ますますうるさくなるばかりでした。裁判官を待つ
7月、8月は日本への赴任の準備で米軍の手続きが沢山ありました。しかし…気づいたら9月が終わり、なんと10月下旬になっていました。この頃、夫はよく行方不明になりました。iPhoneで夫の居場所は見れましたが、米軍専用ストアの前。この頃の夫はお金を持っていなかったはずですが…。ある日、ケンカしておいた際に外した結婚指輪は、いつの間にか消えていました。夫が買ってくれた結婚指輪。夫のiPhoneを見ると、質屋へもよく行っていました。こんな生活いやだ、早く日本に帰りたい。でも今、騒
夫が行方不明になった翌朝の昼、夫がやってきました。私が出かける準備をしていなかった為、(夫は行方不明になることが増えました。だから来ないかもしれない、と準備をしませんでした。…というより気力がありませんでした。)出発は遅くなってしまい、近くのファストフードで子供たちに昼食を食べさせました。皆さまは、昨日の出来事を流してしまった私に驚くでしょうが、内心、一晩中、とても腹が立って眠れませんでした。しかしもう夫には腹を立てても、どこに行ったのかを問い詰めても無駄でした。夫は薬物依
11/19(木)20:00~20:54放送《FMひがしくるめ》『鈴木実穂のonlyわん!』今週のゲストは【NPO法人東京ダルク】より山口哲哉さん↑カメラマン❗ちゃんととってくれ〰️💢私、あっち向いちゃってるやないかぃ😠山口さんは、東久留米の隣町、小平出身。お父様のお仕事の関係で引っ越しは多かったとのことですが、青春時代は
衝撃的なタイトルで失礼します。率直な思いです。私はその後、慌てて「風邪薬咳止め乱用」「風邪薬咳止め依存」などを調べました。覚醒剤よりもおそろしい街中のドラッグストアやアマゾンで販売されている市販薬エスエスブロン当時、夫が始めたのは、アメリカ版のブロンですが、結果的に日本のエスエスブロンでめちゃくちゃにやられたので、こちらはブロンにします。覚醒剤の方が良かったです。警察に電話して、逮捕して刑務所へ行けるからです。そしたら、その期間はクスリをやめられますよね。
あらゆるドラッグを経てダルクへ、元コカイン中毒者が伝える薬物依存「短い快楽、長い後悔」|AbemaTIMEShttps://abematimes.com/posts/5911776?adxarea=samebame-atp-ap-newtpcs&device_id=6d7534a9b90c4f01b17f54cf61bd4106母は『万引き依存』だけど「万引きしたい」という気持ちが自身の中にはあるはず……と、私は思ってます。でも、本人は誰にもそういう気持ちや思いを話したりSOSも出さ
私は拘置所の電話で、夫に向かって、「ふざけるなー!!!」「ご、ごめんなさい!」「何でこの私が逮捕された!?お前は自分でその鼻を殴っただろ!」「いや、そんなことはしてない!」拘置所で大声を出すとに大問題なります。看守が来てしまう…その時、私の肩を叩いたのは、看守ではなく、黒人の50歳くらいの女性。「Hi,私の名前はティナ。さあ、電話を切って。私の部屋に行こう。」私に向かって足早に歩いてきた看守に向かって、その黒人女性は、「私がtakecareするから。大丈夫、
私は夫の上官に、夫の薬物依存症について相談をする準備をしていました。口頭で言っても仕方がないので、恐ろしい動画も用意しました。私がスマホで撮影した、夫がオーバードーズをしている恐ろしい動画。決してオーバーではなく、本当に本当に恐ろしいです。夫の目が左右にガチャ目になったり、白目を向いたり、体は左右にユラユラと揺れ、呂律が回らず…会話はしていますが、全く会話のコミュニケーションは取れません。【怖すぎる】危険ドラッグ衝撃ビフォーアフター映像集手を出しちゃダメ‼️絶対‼️株式
3人部屋の拘置所の私のルームメイトのひとり。2段ベッドではなく、こちら側で昼寝をしていた、痩せて、死んだ魚のような目をした黒人女性。名前がどうしても思い出せないので、A子と表現します。A子は、何故か上半身裸で、おっぱい丸出しで寝ていました。ダルそうに体を起こし、挨拶をしてきました。A子が重度の薬物依存症だとはすぐわかりました。拘置所でドラッグを断たされた為、死んだ魚のような目、呂律が回らない、落ち着かない話し方、不健康に痩せ、小刻みに震える体、(薬物依存性は太っている人
夫はパトカーに乗せられ、私はパトカーの中にいる夫に声をかけることなく、警察官に抱えられていた、泣いて追いかけた第1子を抱えて、家に戻りました。それから家で第1子は軍警察に遊んでもらい、すでに気持ちを切り替えて、大はしゃぎで、軍警察ときょうだいと、部屋で走り回っていました。(↑本当に第1子には脱帽。これから先、とんでもない父親の姿を見ても、冷静に対処して、のちにネタにして笑う強さがありました。)子供たちが軍警察と走り回って遊んでいる中、最初に私と話してきた軍警察が、改めて私と
精神科の予約は、2週間に一度。3回ほど通い、もともと温暖な地域だった州は、春になりました。私は焦っていました。何故なら、本当のことを話せていないからです。グラッド先生にとっては、私は”海外赴任妻あるあるのホームシック”や、“乳幼児のママあるあるの子育ての悩み”など、「大丈夫だよ、みんな一緒だから。」みたいなノリでした。確か3回目の診察が終わる5分前、私は賭けに出ました。グラッド先生は、軍医さんではありませんが、米軍病院のお医者様。私が夫の薬物依存症の話をすれば、グラ
仕事から帰ってきた夫に、夫のポケットの中から見つけたレシートを見せました。「こんなに沢山、ブロンを飲んでるけど、依存してるの?」単刀直入に聞きました。同じく、ご主人がブロン依存性で、奥様が問い詰めるブログを読み、奥様は一生懸命、言葉を選んでいましたが、私にはできませんでした。超どストレートに聞きました。夫は、キョトンとした顔で、「え?風邪をひいたから飲んでいただけだよ?」「風邪…ひいてなかったよね。」「実はひいてたよ、君を心配させたくなかっただけ。」「風邪薬や咳止めって、依存
軍の警察に、両手に縄をにかけられ、連行される夫の姿…ああ、とうとうきてしまったんだな…ショック…というより、とても悲しかったです。あんなに一生懸命、自分の人生を切り開こうと、18歳で入隊したのに。あんなに一生懸命、毎日働いていたのに。あんなに一生懸命、勉強して昇格したのに。夫は軍人でなくなったら、死ぬだろうな。薬物依存がもっとひどくなり、命を落とすだろう。命を落としてでも、薬を選ぶだろう。米軍をクビ(不名誉除隊)になったら、アメリカでの再就職は厳しい。もう夫
子供の薬の誤飲による入院2日目。無事に点滴で薬物は体内から排出され、退院できることになりました。すると…米軍から、軍人さんが数人、お見舞いにきてくださいました。夫の知人ではなく、軍からのお見舞いでした。子供に沢山、オモチャや絵本をくださり、病室がにぎやかになりました。しかし…ふと、ゴミを捨てようと、ゴミ袋を見ると、アレルギー薬のカラのゴミが大量にありました。またドンっと目の前が真っ暗になりました。「子供が誤飲したから、さすがに懲りただろう、もう絶対にやらないだろう。」そう
クリスマスになり、何故か夫に、なかなか話をしてくれない夫の父。私は焦っていました。何よりも困ったことは、夫の父のガールフレンドであるペニーさんが、ひたすら話し続けるんです。「息子の同級生のジェイは、銃で自分の頭を撃って自殺した。ブランドンは、ドラッグのオーバードーズで死んだ。」アメリカのパンクロックバンド、ザ・オフ・スプリングの歌詞「Thekidsaren’talright」のようなアメリカの実態。TheOffspring-TheKidsAren'tAlr
2番目に返信をくれた、かおりちゃん。「こんにちは。私の夫も現役軍人で、市販薬を乱用しています。今はマリファナも吸います。私は今、アメリカの◯◯基地にいます。私には未就学児の子供が1人います。夫の薬物乱用を何とかやめさせようと、必死であの手この手を尽くしましたが、もうどうしようもできなくて、めちゃくちゃです。私も何か情報が欲しくて…ご連絡いたしました。よろしくお願いします。」私と同じく、かおりちゃんのご主人は現役軍人でアメリカの基地に住んでいました。私と同じく、未就学
当時、アメリカで大人気のドキュメンタリー、10代で出産した若いママのリアリティ番組、「Teenmom」(ティーン・ママ)を観ていました。シングルマザーで3人の娘を育てるリアさんは薬物依存性になってしまいました。子供2人は双子で、双子のうちの1人は世界に数名しかいない難病を患い、視力も弱く、いずれ立てなくなる病気でした。リアさんは、「子供を育てる為に、向精神薬を服用した。あの薬があれば、朝、起きてテキパキと子育てと仕事が出来るから。しかし次第に薬の量が増えていき、薬がないと逆に体が
グラッド先生は、私の相談(夫の薬物依存症)を聞いてくださいました。ただやはり薬物依存症、精神科のお医者様でも、本人が治療を望まなければ、できることはないのです。それでもグラッド先生は、提案してくださいました。「あなたのご主人に、私の元へ診察に来るように伝えてください。」繰り返しますが、グラッド先生は米軍病院のお医者様。報告義務があるはずです。私はグラッド先生を信じて、夫にグラッド先生の診察を受けてほしいと伝えました。こんなチャンスはないと思いました。他のお医者様なら、軍に報
パトカーで連行され、連れて行かれたのは、拘置所。日本だと逮捕されたらまず留置所になるのでしょうか。私の場合は拘置所でした。アメリカの拘置所は、刑務所と変わりません。まず身体検査。ドキュメンタリーで観ていたものと同じく全裸になります。ドキュメンタリー番組ではドラッグを隠していないか穴の(笑)隅々まで調べられていますが、おそらく私は初犯で、ドラッグ案件でないからか、全裸を見せただけでした。画像はありませんでしたが、こんな格好で全裸になりました。次に囚人服を渡されました。テレビ
2つ目の違和感、それは…夫の自尊心が低かったこと。夫はハンサムでした。高校ではイケメンコンテストに選ばれたらしいです。しかし夫は自分が不細工だと本気で思い込んでいました。私はそんな夫を「謙虚な人」と思い込んでいました。しかし謙虚と、自尊心は違いますね。逆に私は、母や祖父母から「美人だ、美人だ」と言われて育ちましたが、中学生になり、私の親友が美人でとてもモテて、「あれ、私は美人じゃなかったのか(笑)」とがっかりしました。私の祖母は、「私の孫息子(私の兄)はとてもハンサムで、反町隆