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*****事後、ぼんやりと瞳に蒼を映して乱れた息を整える。まだ日が高い。はだけたシャツをかき寄せ、手を伸ばし慌ててカーテンを閉めた。刹那で激しい時間は長くは続かなかった。何せ、ここは櫻井の執務デスクの上だ。しどけない姿を晒したままではいられない。だが、体内にある熱の余韻が甘く、なけなしの理性を挫くのだ。そっと身を起こせば、とろりと熱いモノが溢れ出し内腿を静かに伝う。シャワーを浴びる時間はあるだろうか……。あの子たちを迎えに行かなくてはならない時間が
***この地で起業すると決めて、その準備に櫻井は一人忙しい。一人、書斎で資料やら、書類やらと格闘中だ。ノウハウや人脈と秀でたアイディアがあれば、今じゃどこででも仕事は始められる。海外に行っていた時に出来た太いパイプもある。とは言っても、一人で出来ることには限界があるのも確かだ。ふと、頭に浮かぶ顔。でも、今回ばかりは、昔から右腕として頼りにしていた松本に助力を乞えない。家からも、その事業からも離れてしまった、今や、何の後ろ盾もない自分。常に連絡を取り合っていて
「では、今後とも、よろしくお願いします」深々と櫻井は一礼をし、顏を上げる。その時、得意先の来客をロビーまで送りに来た櫻井の目に、受け付けの前で大きく手を振る男の姿が飛び込んで来た。送迎車に乗り込んだ客を見送ると、櫻井は打ち合わせスペースでコーヒーを飲んでいる男の元へと向かう。「大野さん、どうしたの?珍しいじゃん」「俺さ、今日は午後からのシフトなんだよね。だから、せっかくだから翔くんに昼飯でも奢って貰おうかと思ってさ」ふんわり笑顔でそう返されたが、彼が違う意図で
やっぱ言いづらいよねえ。「それ、デートじゃないですか!?」とはね。お昼の11時半に約束して、辺りが暗くなるまで……。離れがたく、別れたくない二人の心情。決して暇じゃない二人。翔ちゃんなんて、絶対、そのあと予定あったでしょ!(いや、あえてフリーにしてたかも……)うーん、すべて飲み込んで察した上での「昼飲み会」発言ですよね。それにしても、翔ちゃんとのデートを自慢したくてしょうがない相葉くん。かわいいなあ。そして、これからの動向に目が離せないのがショウ・サ
この鍵を使って、このドアを開けていいのかどうか、いざとなったら悩む。相葉は櫻井から渡されている鍵を、もう一度、名残惜しく見た。多分、これを使ったら、これっきり。二度と、通い慣れたここを訪れることもないだろう。最後にきちんと家事を済ませようと、相葉は約束の時間より、少し早めにやって来た。二日、たった二日、間が空いただけなのに、なんだか酷く懐かしい。何でだろう。どうして、こんなに胸が切ないのかな。あんな事になってあんな事があって、どうしたって、もうお終
夏と秋との曖昧な狭間。暑い日差しに、さらりと冷たい風が吹く頃。汗を額に光らせながら丘を登って来る櫻井さんが、ある時、薄手のコート姿になった。そうか。朝晩は少し涼しくなり、日が落ちるのも早い。知らぬ間に、季節は秋になっていたんだ。だけど、櫻井さんの笑顔は、真夏の太陽のように眩しいままだった。「で、翔さんとはどうなってるの?」キッチンテーブルに向かい合って、一緒に籠いっぱいのインゲンの筋を取っていたニノが何気なく俺に尋ね
ビリビリになったシャツの残骸。相葉がそれに手を伸ばそうとした時、バランスを崩して床に膝をついてしまう。身体のあちこちに残る愛撫と狼藉の痕。嵐の過ぎ去った後の軋む身体を、相葉は自分でぎゅっと抱きしめる。番にはなれなかった。なれないまま、奪われただけ……。いや、奪われたんじゃない。互いに求めあい、与えあったんだ。一ミリだって後悔はない。こうなる運命だと、相葉には分かっていたから……。でも……、この先へは行けない。行ってはいけないの
二人が再び契った夜から、事は慌ただしく動き出す。相葉達3人は、とりあえず社宅としていたアパートを退去して、それなりのマンションに入居することとなった。櫻井としては、もっとグレードをあげたかったらしいが、そこは相葉が首を縦にしなかったのだ。家族の新しい暮らしが始まる。贅沢は望まない、温もりだけがあればそれが家になる。それは相葉の願いであり、信念でもあった。オメガとして、決して望んではならない夢。それがようやく叶ったのだから、大概のことではたじろがない自信がある。だから引っ越し
「車に乗れ!俺ん家へ行くぞ!」威圧的な命令口調、理性と切り離された本能が従えと相葉に言う。腕を掴まれ、引きずられるようにして、止まっていた車の元へ運ばれてしまう。しかし、助手席のドアが開き、松本の身体が離れたほんの瞬間、相葉は何とか踵を返した。松本から逃げるのは二度目だ。取りあえず、人のいる場所へ行こうと相葉は道路を走った。だが、万全ではない身体は、思ったようには動かない。背後から伸びて来た腕が、そんな相葉の身体をがっしりとホールドした。「ふざけん
今まで二宮から、決して向けられたことの無い感情。それは、……はっきりと肌で感じる負の波動。相葉は思わず、壁にもたれたまま身をすくませた。アルファと怒りとは、まさに最悪の組み合わせで、その相乗効果は計り知れないモノだったからだ。罵倒されるぐらいならまだいい。その力が爆発してしまった時に、二人の絆が失われてしまったら……。……和。しかし、その不穏な気配は、さっと消えた。「……おめでとう」相葉は胸の前で祈るように両手を組み合わせたま
ゆっくりと、怒りに支配されていた理性が櫻井の中に戻って来る。とは言え、櫻井の身体は、ざわついたままだ。心と身体が切り離されたような感覚。誰彼なく、牙を突き立てたい剣呑な気分と、今すぐ相葉を優しく抱きしめたい気持ちとが入り混じる。何故なら、心の中にいる櫻井は、目の前にいる相葉の存在に歓喜の声を上げているのだから。だが今は、得策ではない。今、彼に触れてしまったら、きっとその剥き出しの肌を突き破ってしまうだろう。……彼を傷つけたくない。
場所を変えようと言われ、今、相葉は社長と二人、近くのホテルのラウンジにいた。社長と言う人は、想像していたよりも若く、背の高いハンサムな男だった。目の前のソファで脚を組み、自分の資料を読み返しているその姿を、思わずマジマジと見つめてしまう。独自のフェロモン。自信たっぷりな物腰。そこで、相葉は思い至った。彼はアルファなのだと。当然だ。この社会で、トップになる人種はほとんどがアルファなのだから。さっき、相葉が感じた強烈なフェロモンは、アルファ特
相葉からの真っすぐな愛の告白に、内心、歓喜を噛みしめながら櫻井は、取りも直さず、すぐに行動に移した。抱えるようにして相葉を社宅アパートに素早く運ぶ。二人で手を繋いて部屋に戻れば、櫻井はあらためて布団の敷いてある畳に膝を着いた。永遠とも思える至福な時間だったが、まだ深い夜だった。身を屈め、ぐっすりと眠っている双子の汗ばんだ額にそっとキスを落とす。そんな真摯な横顔を、相葉は酷く満ち足りた思いで見つめる。ずっと、そうずっと、こんな光景を見たかったのだ。当たり前の日常として。
相葉の震える指が、長い首に巻かれた首輪に掛かる。途端、迷う色を瞳に見せた。「かず……」掠れるような囁き声。苦しそうに閉じた瞼から、綺麗な涙が零れ落ち頬を伝う。櫻井は、あらためてその名の存在に戦いた。あの男と相葉の絆は、それほどまでに強いのだ。これを取り外さない限り、番にはなれない。セックスは出来ても、それは、ただの欲望のはけ口でしかないのだ。行き止まりに抗うように、櫻井の思いが暴れ出す。激しい情動が拍車を掛けた。しかし、だからなん
日曜の夜。帰宅時間がいつもより遅れた相葉は、自転車をアパートの駐輪所に置くと慌てて階段を駆け上がった。不思議なモノで、櫻井と番になった身体は、あらゆる制約から解き放たれたかのように軽い。二階までなんて、あっという間だった。本当なら、二時間近く前には帰っているはずだったのに、遅れたのには訳がある。櫻井と早めの夕食を共にし、後片付けを済ませ、いざ帰ろうとした時に手を取られた。すぐさま、ベッドへと運ばれて、貪るようにそのまま求められた。番となった身体はそれを拒
激しい拒絶反応でさえ、オメガとしての相葉の資質は消しきれない。向井は思う。相葉の肉体は、柔軟に欲望を受け入れる甘美な器だ。その上で、拒絶と嫌悪を凌駕するだけの悦楽を与えてやった。悦びに堪える姿は、十分に向井を満足させるものだったのに、相葉はあっさりと、自分を侮辱したのだ。「私が哀れだと?」向井は唇を噛み締める。「この世の中で、誰も、私を哀れんだりはしない……。羨んで、嫉んで、歯がみしながら、私を遠巻きに見上げるんだ!」突き上げる怒りに、
***何度か体位を変え、お互いが欲望のままに精を尽くした。いや、そうだろうか……。むしろ、互いを頭から喰らい尽くしてしまいたいという熱望に突き動かされる。それほどに強烈で抗えない、一つになりたいという欲望。しかし、体力の限界もある。まだ幼い子ども達のことも気に掛かる。流石に時間を意識して、厭々、互いにその熱を手放した。しかし、一度、スイッチが入ってしまった番とは、こういうモノなのかも知れない。人(ヒト)の中に眠る獣(ケモノ)な部分。
「考えるまでもないだろう!断りゃいいんだよ!なんだって、あんたは、そうやって男を引き寄せてばっかなんだよ!」苛立ちを抑えきれない二宮が、吐き捨てるように声を荒げる。最近の二宮は、常に何かに怒っているように見えてしまう。優しい思いやりは持ち合せているのに、抱えている感情が不安定なのだ。それもこれも、自分のせいだと、相葉には良く分かっている。櫻井との別れは喜べても、子供が出来てしまったことは許せないのだろう。そして、今日はまた、新たに問題を孕む愛人契約の話だ。
お互いに温もりを分けあい、呼吸が重なる。これは親愛のハグなんかじゃない、愛情を求めあう抱擁だ。二宮は、うっすらと目を開けて、日常に溢れた部屋の壁を見つめる。「今夜から、……一緒に寝てもいい?」相葉のカタチの良い耳朶に、性的な意味を込めて吐息を注ぎ込む。「……俺、番持ちだよ?」返ってきた答えは、思いがけなく平坦だった。二宮は抱きしめる腕に力を込める。どんな言い訳にも耳を貸すつもりは無い。この関係は約束されたものだ。それは、母親の葬式の日、相葉
「親父が来た?」相葉に上着を手渡し、櫻井はネクタイを緩めた。。少し蒼ざめた顔で頷く相葉の頬を、そっと空いてる手の甲で撫でる。すると、微かに口元を緩めるから、その柔らかな唇に触れるだけのキスをした。帰宅して玄関のドアを開けた途端、心細そうな相葉が櫻井に飛びついて来た。首に廻された長い腕。合わせた胸に、何事かと別の意味で心臓が跳ねた。詳しくは話したがらない相葉を宥めすかし、取りあえず事実だけを聞き出した。意外だった。櫻井が家族
「ただいまあ!」ことさら、明るい声が部屋にいる二宮の耳に届く。受験勉強中、机に広げた教科書や参考書を閉じた。「かずー!お腹すいた?」ドア越しに聞こえてくる声だけで、どんな表情をしているか分かる。まーくん。俺のまーくん。あの日、自分が櫻井と会った翌日から、相葉が取り乱すことは無かった。たまに朝、泣いたような目をしている日もあったりしたが、目に見えるような変化はない。あの日、二宮は少しだけ拍子抜けしたものだ。落ち
「あー、相葉くんって、オメガちゃんだったんだ!」「お、オメガちゃん?……」思いがけない反応に、相葉は目を白黒させた。二宮に妊娠を告白した次の日、相葉は店にもきちんと報告することにした。まだ体調に変化など無く、仕事には差し障りはないが、もしかしたら今後、店に迷惑を掛けてしまうかもしれない。クビを言い渡されても、仕方がないよね……。相葉は内心で覚悟を決めていた。しかし、店長の反応はこうだ。如何にも楽しそうに、ウキウキと両の掌を合わせる。
米を研ぎ終り、後は炊飯器のタイマーをセットするだけ……。櫻井の為に、料理をするのは三日、いや、四日振りになる。支度をしている最中の相葉の心は弾んでいた。やはり、好きな人の為となると気分が違うよね。なーんて。濡れた手をエプロンで拭きながら、相葉は鍋の火加減を見る。今夜はブイヤベース。魚介類が好物の櫻井を思っての選択だ。昨日の告白は忘れていない。恋人としてのキスの感触だって、ちゃんと唇に残っている。抱きしめられた胸の温もりだって……。自分でも
口付けは深くはならず、だが、離れがたく……。微かな息苦しさに、相葉が喘ぐと、そっと優しい温もりが離れた。目を開ければ、それこそ、二重のくっきりとした大きな瞳が自分を捕えている。そこには、紛れも無い愛しみがあった。櫻井は、吐息を漏らすように囁く。「俺さ、初めての感情なんだけど、多分、……好きなんだと思う……」なんて不器用な告白。だからこそ、それが嘘ではないと心から信じられる。思わず相葉は、面映ゆくてくすっと笑う。「初めてなんですか?本当に?
会議室のドアを閉めた途端、どっと櫻井の身体が重くなる。……正直言って、今は、息をするのも辛い。とりあえずの思いを吐き出せて、ほっとするのと同時に、今度は己の痛みと真正面に向き合う羽目になってしまった。松本の心配は的外れではない。櫻井の仕事への熱意は、ただの逃避にとって変られている。相葉との別離は仕方のないことだと、頭では納得していても、心はそう簡単にはいかない。その存在の大切さを実感したばかりで引き離された心は、ずっと悲鳴をあげているのだ。番となって
息を詰めて、相葉を見つめていた櫻井が、ほうっと小さくそれを逃がす。瞳を揺らしながら身体を起こすと、半裸の相葉を抱き上げて、そっと床から掬い上げた。迷わず相葉も首に腕を回して、きつくしがみ付く。「翔さん、すき……」櫻井の心には、胸騒ぎに近い愛情が溢れる。他人に対する愛情など、アルファには必要のないもの。そう教えられた日々が、遠く霞んでしまう。こんなにも守りたくて失いたくない人に、初めて出会ったのだ。その慄きは取扱いに困るぐらいの激
思わず、小躍りしたい気分だった。あの騒ぎからずっと、後悔と強い恋情の狭間で浮き沈みをしてた櫻井の心が、今は歓びに弾んでいる。大野との食事を終え、会社へと戻る道すがら、櫻井の頭からは、もはや仕事の事はすっぽり抜け落ちていた。おそらく顏はだらしなくニヤついているに違いない。大野の言うように、相葉が魂の番の相手なら?もう誰だろうが、永遠に二人を引き離すことなど出来ないのだ。魂の番。おとぎ話か、都市伝説か。殺伐とした競争社会のご都合主義のファンタジー。
櫻井が落ち着きを取り戻すには、長い時間が掛かった。その間、温もりを分けあうように抱き合い、そうしてようやくマンションのエレベーターに乗って部屋に上がった。時折、出くわした人達がぎょっとしたように二人を見たが、そんな事も気にならないぐらい、お互いが必要だった。相葉は失った時間を貪欲に埋めるため、櫻井は自分自身を見失わないために。櫻井をソファに座らせ、使い慣れたキッチンで相葉はコーヒーを淹れる。自分が選んだ豆がまだあることに、相葉はほっとしながらも、やはり、怪訝
それは不意打ちの出来事だった。何の前触れも無く、玄関の鍵が開く音。相葉はドキリとしながら、リビングの掃除の手を止めた。……翔さん?時間を確かめれば、まだ2時過ぎだ。と、リビングのドアが開いて、急いた様子でスーツ姿の男が入って来た。鉢合わせするように、お互いにぎょっとする。しかし、年配の男はすぐに体裁を取り戻した。相葉はその面影に、相手が誰かを察し、少しだけバツの悪い思いに駆られるのだった。「君は?」「あ、あの、相葉雅紀と言い
二人は久しぶりにお互いを見つめた。不思議だと相葉は思う。不思議と強い渇望を覚えない。あるのは、相手を冷静に見て取ることの出来る自分。むしろ自分よりやつれて見える櫻井に胸が痛んだ。愛しいという思いはそのまま。縋りつきたいという切羽詰まったものはない。ただ気持ちが平らかになる。だが強く愛しいと思う心は胸の奥に確かにあり、図らずも強い絆を意識させるのだ。……俺は、きっとずっと、ずっと櫻井さんを好きなままだ。諦めにも似た思いは、相葉をむしろ