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♪政治家が言う「さきの大戦」に馬鹿なAIが「先の大戦」とテロップ付けるまるで「これから先に戦争する」と刷り込むように「前」と書いて「さき」と読むのは知らないふり壊された日本語を人間が治さなければ今からでも…(続く)#替「あの場所から」Kとブルンネンhttps://t.co/V002oLSrmu—羊児。【ヒッピー☮】(@youji1224)September20,2026(つづき)♪今からでも遅くはないクソ達のプロパガンダを止めよう#替え歌
出勤途中の車の中で、ウォークマンに移し替えた曲を久々に聴いて、やはりこれは名作だなあ!と改めて思いました。なんの曲かというと、この曲です!kとブルンネン「あの場所から」二人とも良い声してますね〜!ほんと良い曲です。♫出来るならば帰りたいけど今は遠いあの日壊れた愛を二人やり直したいのあなたとあそこからあの場所から愛を始めたいの♫かー、なんとも切ない歌詞だね〜!あんだは、「やり直したい」、ほいな場所どがって有るすか?まあ、もう何十年も前のごったべげっとね〜。失礼な
この曲が、腹黒筒井さんが貸してくれたレコ-ドより先に、発売されていたとは知らなかった。何度も書くが、この素敵なKは、今どんなオジサンになっているのだろう「あの人は今」的なTVを観る度「年月は無慈悲だ」とヘイスケが言うが「お母さんだって、相当可愛かったんだよぉ~」と言うと「それは嘘やわぁ」と即答する。年を取れば取ったで、こんな悲しい境遇が待っているとは、想像もしなかったよねぇにほんブログ村
Kもオジサンになっただろうな。こんな爽やかな二人に、高校生の私が好意を持たない筈ないっしょ。にほんブログ村
価格¥100当地での対面受け渡しとさせて頂きます。予めご了承ください。H
この曲。この記事を書くまで朝倉理恵が初めに歌ったものと思ってました。最初に歌ったのは、Kとブルンネン聞いてみましょうKとブルンネン作詞:山上路夫作曲:筒美京平Kは、日本人。ブルンネンは、クリスタリン・ブランネン米国人でデビュー当時はアメリカンスクール在学中だったとか。前年、ヒデとロザンナが「愛の奇跡」をヒットさせたので影響を受けたのかも。。。私が「あの場所から」で記憶にあるのは、この方です。清楚を擬人化したような方朝倉理恵
Kとブルンネン地球の夜明け1970年山上路夫作詞、鈴木邦彦作編曲Expo'70大阪万博の企画モノの曲みたいですK(1947年11月3日生、本名:鈴木豊明)ブルンネン(1951年6月20日生、本名:クリスタリン・ブランネン)日本人男性とアメリカ人女性のデュオWikiによると1969年CBS・ソニーより「何故に二人はここに」でデビュー1970年11月までに計5枚のシングルと1枚のアルバムをリリースなおその後の二
この日の自宅コンサートは、LPJ007の鑑賞で、4枚組LP「フォーク・ヒット全集1-2」でした。当時のフォークソングがいっぱいです。やっぱり懐かしいなぁ~・・・!
今晩は、せっこくです。今日は一日、雨がすごい勢いで降ったかと思ったら止んで晴れ間も見えた。今は降っています。地球温暖化がもたらす、環境の悪化なのでしょうか。さて今日は「昭和の歌謡曲」Kとブルンネンで『あの場所から』『あの場所から』は1970年11月にリリースされたKとブルンネンの5枚目のシングルです。この曲は朝倉理恵さん、柏原芳恵さん、南沙織さん、のカバーバージョンがあります。それではお聴きください。朝倉理恵さん、南沙織さん、Kとブ
♪人々はみな愛し合い生きるのさこの地球ただ一つの国にしよう9日月曜日放送NHKラジオ"ひるのいこい"Kとブルンネン♫地球の夜明け初めて聞きましたがサビのメッセージが素晴らしい他の歌詞も♪争って何になろう誰でも幸せを分け合おう♪戦争はお話の中だけ平和に暮らすのさ*写真は、KAYODAYより。1970年昭和45年4月発売の曲で作詞:山上路夫作曲:鈴木邦彦Kさんは22歳の日本人男性ブルンネンさんは19歳のアメリカ人女性活動期間は2年足ら
朝から、朝倉理恵さんの「あの場所から」を聞いています。朝倉さんが一番初めかと思っていたら、その前にKとブルンネルというグループが一番初めに歌った人たちでした。それは、1970年のこと。1970年といえば、先日書いた大阪万博の年。ビートルズの「LetItBe」やサイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」が流行った頃。さて、白いベンチに腰かけながら遊ぶ鳩を二人で見てたで始まる歌詞は何となく、あの時代の映画のシーンを想像します。作詞は山上路夫さん。作曲は筒美京平さん。できるな
Kとブルンネン昭和44年(1969年)デビュー。5枚のシングルと1枚のアルバムをリリース。デビュー曲が「何故に二人はここに」※作詞:山上路夫、作曲:鈴木邦彦5枚目のシングルが「あの場所から」※作詞:山上路夫、作曲:筒美京平※後に朝倉理恵、柏原芳恵、南沙織がカバー男と女のデュオと言えば、ヒデとロザンナ、チェリッシュ(最初はグループだったけど....)、そしてトワ・エ・モワが有名で、その人達に比べるとちょっとマイナーなデュオですが、おら的にはKとブルンネン、大好きでした。憂いを含ん
こんばんは💖✨たぬたぬです。✨🌃🌠ブログ訪問ありがとうございます💝✨✨✨💝✨✨✨よろしくお願いします💕✨✨✨✨💕✨✨✨さぁて、🎵今日の音楽🎶は…🌟柏原芳恵🌟さんの🕊あの場所🍀🍀から🕊…をお届けします💖✨✨✨✨💕✨✨✨それではお聴きください。✨✨✨✨✨✨どうぞ〜💕✨✨✨✨💕✨✨✨一番最初にリリースされた🌼オリジナルはコチラ🌼👇👇👇🌟Kとブルンネン/あの場所から(1970)🌟Kとブルンネン~あの場所から~Kとブルンネン~あの場所から~youtu.be
「何故に二人はここに」Kとブルンネン
再び青森へ。千歳空港は前回開いていた店まで閉まってて閑散‥。土曜日の昼12時というのに、フードコートはガラガラ。ぱっぱんがいつも食べる「松尾ジンギスカン」は休業でした。なので「ユン家の食卓」で焼肉定食。私は「インドカリーダイニング」が定番。ハーフ&ハーフなのに量が多い母はモルヒネ投与となり、呼びかけてもコンコンと眠っています。二人部屋に一人で入っているので少し長居できるのがありがたいです1分動画は「何故に二人はここに」(Kとブルンネン)1969年♪ぱっぱんとデュエット御本家歌唱Kと
週末の不要不急外出自粛で渋谷や新宿にビックリするくらい人が出てませんでしたね!今までのごった返しは不要不急の賑わいだったという事です。でも世の中って、そういう不要不急の、ある意味無駄な、そして自由な行動で回っているんですよね。必須ではないけど楽しい事で人は動いたり集まったりする。シルク・ド・ソレイユが新型コロナの影響で倒産しそうなんだとか失われたものが回復するのは大変です。私は基本インドア派ですが、今日はカラオケ喫茶ゼロ♪さんに行ってきました途中お客さんが1人来ましたが、ほぼ2人きりの貸切状
今ではすっかり禿げ上がってしまったジェームス・テイラー。高校生の頃に同名のアルバムを買って、よく聴いた。たぶんBS&Tを聴いてFIREANDRAINからジェームス・テイラーに行き着いたんだと思う。ピーターとゴードンの一人、キテレツ大百科に出て来そうな風貌のピーター・アッシャーがプロデュースして、BLOSSOMと、タイトルを忘れた最後の曲ではハモっている。ピーター&ゴードンの大ヒット「愛なき世界」はレノン&マッカートニーの曲。好きだった。ピーターの妹、ジェーン・アッシャーは長いことポー
応援よろしくお願いします柏原よしえ大阪府大阪市出身の歌手、80年代アイドル1979年秋に『スター誕生!』にて清水由貴子の「お元気ですか」を歌って合格。その後グランドチャンピオンになり、当初は柏原(かしわばら)よしえの名義で1980年6月1日にシングル「No.1」を発売しデビュー。なお、デビュー当時のキャッチフレーズは「ちょっと大物、夏ひとりじめ。よしえはNo.1。」だった。1981年10月15日に発売した7枚目のシングル「ハロー・グッバイ」が約40万枚を売上げてブレイクを果た
バカ族140アナログ時代は何事も外注⇒分業⇒さいとう・たかをプロ写真もイチイチプリントと称して出していたそれが当たり前ドッポリ浸かっていた⇒アナログネイティブアナログアナグロアレグロのアナグマ電話を持ち歩く時代はデジタル(ぶったまげた)まさに忙しい時代カーテレビ「危ないやろ」ぶったまげたケイとブルンネン暗いイメージイケメン美男美女忘れられた70年代ギャグ「ポルノ!」の一言エバ【勝ち組】ヒデとロザンナそこには笑いの部分金がかからない【安価】
12月14日、もう恒例となりました伴大介さんを囲む集い“伴さん会”の忘年会に参加してきました。毎月のように伴さんとお会いしていた前年に比べると回数こそ若干少なめではあったものの、2013年の伴さん会はすべて出席しましたし、お芝居もちゃんと観劇することができました。その一つひとつがいい思い出になってますので、ファン冥利に尽きる1年でもありました。忘年会のゲストは、なんとなんと『忍者キャプター』で伴さんと共演されていた林大興さん!水忍キャプター2=四条左近を演じられた元俳優さんです。
あの場所からKとブルンネン夫婦ではない・・・・と思いますが、男女デュオ&フォークつながりで、Kとブルンネン「あの場所から」1970年(昭和45年)この曲はその後も、朝倉理恵(1973年)、柏原芳恵(1982年)によってカバーされています。他にもいるのかもしれません。あの場所からhttp://www.youtube.com/watch?v=bSVdOd-wMTo&feature=related作詞・山上路夫作曲・筒美京平♪白いベンチに腰かけながら遊ぶ鳩を二人で見てたで
魅惑の昭和歌謡『愛の奇跡』ヒデとロザンナ今では日本語ペラペラのロザンナが、イタリアから初来日して組んだ”ヒデとロザンナ”のデビュー曲。意外にも、初めは、『何にも言えないの』がA面で、『愛の奇跡』はB面だったそうです。ロザンナは当時、イタリアで音楽学校に通いビアホールで歌っていた時に、東京でカンツォーネバンドを組んでいた母親の弟の誘いで1967年、17歳で来日来日8ヵ月後に二人は初対面、その時からロザンナはヒデに一目惚れしたらしい。まさに、ひと目会ったその日から恋の花咲くことも