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ALK陽性肺癌と診断されてから、医者からよい薬があるよと、言ってもらい、ALK専用の分子標的薬のアレセンサという抗がん剤を飲み始めた。今まで肝胆膵内科で入院していたのが、呼吸器系に移動することになった。総称名が「アレセンサ」、一般名が「アレクチニブ」なんですって、抗がん剤って、どっち使ってもOKな感じの名前があるよなぁ。なんなんだろうこの名前の仕様初めての抗がん剤ということもあり、入院しながら服用飲み始めて数日、、なんか体に力が入るようになってきた感覚があり、元気になってきた気が
余命1週間を告知されて、腫瘍組織をとる為に、またもや全身麻酔は危険ということで、局部麻酔での左首すじリンパの腫瘍を摘出しましたこれまたスゴイ体験…局部麻酔だから、首すじ以外は普通全然動かせてしまうから、絶っっっ対動かないでくださいね!?っていう口約束のみでも首にメス入れてるから恐怖で固まってました先生はお若いのに優しくて、抜い跡が目立たないように首もとのシワにそって縫いましたよって言ってくれておかげで今まで6年間一度もバレたことありません腹水や心臓周りの水を抜いてから、すごく楽
非喫煙者なのに肺ガン…?そして悪性胸水確認の胸膜播種ステージⅣ2024年9月肺ガンの疑いと診断2024年12月肺腫瘍摘出手術手術中、肺腺ガンと判明右肺上葉部、並びにリンパ節の一部を切除後日、胸水から播種を確認その他転移は無さそうしかし、いわゆるステージⅣ現在、ALK遺伝子陽性の為分子標的薬のアレセンサ💊にお世話になっております。52歳非喫煙男性家族は嫁と大学1年生と小4の娘ふたりとワンコ♂♀【@eijodiary】2026年4月現在2026年4月27日
朝8時。LINEでやり取りしながら、次女を迎えに行った。今はこういう形が当たり前になっているけど、一年前までは、一緒に住んでいた。何でもない朝。何でもない会話。それが、今は少しだけ遠い。正直、さみしい。でも、こうして迎えに行って、同じ時間を過ごせるだけで、少しだけ救われる自分がいる。札幌、4月18日。この日は、札幌のライブイベントIMPACT。ZeppSapporoを含めたライブ会場が8ヶ所くらいあって、たくさんのバンドが一日中鳴っているイベント。簡単に言うと
前回に続いて……運ばれた救急病棟で、全身に転移している、心臓にもお腹にも水が溜まっていて危ないことを告げられ、自分がどれだけ苦しかったか認められてホッとした私今すぐ緊急で、心臓の水を抜きます!!でも、この状態で全身麻酔したら、もう心臓が止まるかもしれないので、麻酔なしでやります!!まったなしの状況まな板の魚でオペでした……オペと言っても、メスは脇下の数センチそこから長ーいチューブを心臓まで通して、水を抜く原始的な感じ……これが嘘みたいに痛かった叫んだ叫んだ……もう殺してぇぇぇ!!
なかなか触れられずにいた事情を書いてみようと思いますダイヤモンドプリンセス号(豪華客船)が日本にコロナとともに寄港した頃です私はICUに居ましたまだお腹に小さな赤ちゃんも一緒に3人目でしたダイヤモンドプリンセス号がきたのは8月私が、本格的に調子を悪くなりだしたのは春の3月頃ですまず異変があったのは、ずっと健康体体育会系だった私は風邪もほとんどひかなかったのに、この春はこどものアデノウイルスをもらい、そのあと手足口病も悪化させました痛かったなぁ……喉に20個くらい口内炎ができて、息をす
ローブルナの相談窓口があると聞いて、ググったら、それについてはわからなかったけど、改めて現実を突きつけられました現在の医学ではということだと思いますが、先生はきっとお薬をやめて良いとは言いませんね以下はローブレナの説明、久しぶりに見ました誰かが実験台になって、これだけ苦しい思いをしたって言うことでしょうね物忘れとか普通にあるし、気にしてはいないけど、元からの性格だけじゃないんだろうな日常生活サバイバルでなかなか面白いです手足の腫れもいつか追加してくれるかなお薬があることに感謝して
■前回、漏れていたので、追記黄疸は胆管のつまりが原因で胆管にステントを入れて通り道を確保することで対応した。地元の病院で手術をしたのだが、不十分と判断されたのか、癌研究センターで再度やり直しされた。地元がヤブだったのか、、ステントの性能がよいもに交換した認識。2口コロンが、3口コンロになったような感じと理解。手術、手術でお金が掛かる。もちろん体への負担もある。口の中からステントを入れるのだが、口の中に麻酔するのが苦手。うぉぉえってなる。===追記ここまで
昨日お菓子作り楽しんでいて、お薬をいつもの正午に飲み忘れたの15時ごろ気づきまた、お薬飲みたくないって言う気持ちが湧いてきてたからローブレナの服用20ヵ月目にしてやっと初めて飲まずに1日過ごしたすると、どうしたものか、朝起きた時から手が腫れてないの少しずつ少しずつ治りかけてくれていた傷も手が腫れてないもんやから痛みも触れば少しある位これが副作用やったんやなぁって思う次の受診まで待つか先に電話するかでこんな状態やし、ローブレナ減らすか休むかできひんかって聞いてみようかな飲んでないと、
2026年4月16日日経平均終値5万9518円で最高値更新!!!もっと触れたいけど、とりあえず癌の状況を書き終わるまでは他の話題はなしだな。癌研究センターに入院。入院の際、立ってられず、車いすを出してもらったり、ストレッチャーに乗せてもらったりと、病院にはお世話になった。血液検査の際は、通常の椅子にも座ってられないので、寝ながら採血をしてもらったり。。その後、癌研究センターには定期的に通ってるが、こんな酷い状況の人は、見たことはないな。入院後も、検査&検査造影剤を
黄疸の手術を終えて、膵炎からも回復途中だが、ちょっと外の空気も吸いたくなり、外出してみようと思った。許可を得てスーパーまで歩いてみることに。ヤバイ、、なんだこれ。。。50メートル歩いたら、休まないと次に歩き出せない。老人より体力ない。こんなに疲れることあるんだ。。数年前は、ランニングを定期的にしていて5回フルマラソンも完走(タイムは6時間ちかいけど)したことがあるのに、こんなに体力なくなるってある?キツイ、キツイぞ!!!スーパーで飲み物買って、公園で休憩。。小春日和で暖か
癌宣告された病院に入院してる間、昼間に外出届を出して、家の掃除と床屋に行ってきた。当分家に戻れないと思い、とりあえず片づけをしておこう!コロナ禍でミニマリストの動画を多くみて、出来るだけ物を減らしていたので、物は少なめにしていた。※物を減らすというテーマはまた別で書きたいと思っているけど、死ぬ前にはかなり減らしておきたい。退院の日は、母親と伯母が迎えに来てくれた。入院中で何も食えてない中、翌日は実家近くの病院に転院することになっているので、また何も食えない期間が続く。冷凍庫
こんなに近くで眠れるようになった2匹くりちゃん5歳まろんちゃん2歳にもうすぐなりますでも2匹とも一匹狼の性格でこの近さも15分が限界で離れていきます基本離れて過ごして、近づくとワンプロ寄り添い寝ているワンコのブログなんて見たら羨ましいさて先日、車椅子を借りて、大ばあちゃんをお花見に連れていきましたなんと御年100歳ですそうなんです。私のが先逝きそうになったときは悲しかった今でも気を抜けないどっちが先か……そんな大ばあちゃんと今年は梅園を見に行ったり今回は桜を見てピクニックしたり
癌宣告をされた時、「がーーん」って思った?なんて、クソみたいな質問をされたことがあるが、そんな思う余裕ねぇーだろ!!いや、人によっては思うかも?偏見だったな。癌が、転移しているといった状況で一番気になるのは、余命だよな。おそるおそる、医者に余命ってわかりますか?って聞いてみたが、分からないとのこと。次に思うことは、家族のこと。幸いにも嫁も子供も、彼女もいない。この時ばかりは、パートナーいなくてほっとした。心配や迷惑を掛けなくてよかったと心底思った。一番心配をかけるな
通勤もギリギリ立ってるのキツイ。途中で降りて回復しないと通勤できない。職場で「顔色が悪い」って、次々と言われる。鏡で見ても、土気色(後で、黄疸と分かる)だし、オシッコの色が濃い。なんだよこれ。休めば直るだろ!?新人の女の子から「絶対病院行った方がいいですよ!!」と言われ、病院に行くことを決意。もともと咳が出ていたので、呼吸系の病院には行ってたんだけど、ちょっと大きめの病院に行くことにした。病院に行く当日は、午前中はリモートで仕事をして、午後から病院に行ってきた。ちょっと微熱
咳止まらないなぁ~。ジムでランニングしてるんだが、いつもの半分も走れない。直ぐ疲れるなぁ。あれあれ、電車で通勤で立ってるのもしんどくなってきたぞ。食欲も減退してきた体重もガンガン減ってる。そして、このタイミングで友達家族と、富士急ハイランドに行ってきた!!フジヤマ並んでる最中、立ってられなくて並びながら、座っちまった。富士急ランチ、小さいラーメンを食うのが精一杯。体おかしくなっている....。(その3へ続く)
始まりは、咳が出始めたことがきっかけだった。2023年12月のことだ。なんか、最近咳が止まらないなぁと思っていたので、呼吸器系の病院に行ってみた。とりあえず、咳止め薬を頂き、様子見をすることに。薬を飲み終えても、症状は変わらず咳が出続けていた。翌年、1月になっても咳が止まらないので、再度病院に行き、レントゲンを撮影を行った。医者「肺炎ではないですねぇ。」とりあえず、鼻から吸うみたいな機械を使って、吸入してきました。(あれ何だったかな?)咳は続いているけど生活は問題
月1診察でした。私は娘とディズニーに行く日だったので夫は電車とバスで1人で行ってもらいました。夫からの連絡をハラハラしながら待ってましたが結果血液検査&レントゲン特に問題なし、ローブレナ75mg継続。オキシコドン(医療用麻薬)40mgを徐々に減量してきたんですが今回でゼロになりました。付随する便秘薬も無しに!がんが発覚した頃、骨転移の痛みが強くて緩和の為の放射線治療とオキシコドンには本当にお世話になりました5ヶ月間ありがとう、オキシコドン👋🏻ヘルニアの為に服用してるプレガバリンもあ
6度目のこの老木の大きな大きな桜とのご対面本当に大きくていつも圧倒される存在感毎年見るのを楽しみにしています今年もご挨拶感動して、ありがとう、ありがとうと伝えると、急に突風が桜を通り抜けて桜吹雪を見せてくれましたすごい綺麗……美しいですそして不思議と息が通る……パワーをもらいましたこの春からは、仕事も一区切りつき淋しい……不安、悲しい、焦り…………春休みの家事育児…………でストレスフルで始まって、なんだか気分も下がりまくりそんな中でのパワーチャージ桜の木さんに感謝ですあり
ローブレナ50mgとマネジメント久しぶりの投稿になる。3月は、ブログを書かなかった。書けなかった、の方が近いかもしれない。理由は、ローブレナによる気持ちの揺れと、体調の変化だった。11月末から始めた75mg。その副作用が、ここにきて一気に積み重なってきた。そんな感覚があった。むくみ。頭がつながらない。物忘れ。言葉が出てこない。マルチタスクができない。そして体重増加。気づけば10kg増えていた。お腹は、自分でも驚くくらい大きくなった。妊娠したかのように膨らんで、
術後3年半検診は胸骨の痛みがあり弱気でした緊張の中手足がどんどん冷え不安な気持ちで待ち合いに座っていると私の番号が呼ばれました診察室に入ってすぐ、…先生~、怖いー!!(↑毎回恒例)主治医:笑大丈夫よー笑何にもなかったよえー?!こんなに胸骨痛いのに?!1週間前からズキズキと痛くて痛くてでも良かったー!ほんま良かったぁ主治医:胸骨は…何にもないけどな?何か寝てる時でもひねったんかな?ほんなら一緒に画像を見て行こうか?主治医は丁
今日もピアノブログではありません。すみません。ピアノお仲間さんは適当にスルーください。🎵🎵🎵年末年始のバタバタから、本当に色々ありました。近所の眼科から大学病院に行き、そこからがん専門の病院に転院したのですが、検査の結果、膠原病の数値が悪すぎるということで、それをフォローしながら治療をする必要があるということになり、また別の病院に転院しました。当初は、原発性皮膚CD30陽性T細胞リンパ増殖異常症で、皮膚原発未分化大細胞リンパ腫とリンパ腫様丘疹症の境界線タイプではないかと言われていました
お薬の話のついでに、私の肺がんの治療歴についてもお話します¨̮♡︎私自身も改めて振り返ってみます2015年7月頃から咳が止まらなくなった。8月に入っても咳が良くならない。3軒回ったクリニックでついに画像検査のため、市民病院へ紹介された。結果を見た医師がすぐに大きな病院へ行って、と紹介状を渡された。2015年9月大きな病院にて1ヶ月間あらゆる検査をする。最初は、サルコイドーシスか悪性リンパ腫疑いと言われた。生検の結果、今度は胃がんかもしれないと言われる。何がなんだかわからず、毎
夫の診察に付き添ってきました。レントゲンと血液検査に問題なし。腫瘍マーカーも基準値内。Dダイマーもやっと基準値に入りました青魚+大根おろし生活の成果かも⤴夫の治療の経過は順調でありがたいんですが、ローブレナ75mgの副作用であろう手の痺れとたまにある指の痛み(火傷のようにヒリヒリする&刺されるような痛み)がかなりツラいようで主治医に伝えましたが「薬続けられそうですか?」と聞かれ「はい、大丈夫です」と答えてました。かなり煩わしいけれどこれ以上減薬したり休薬するのは不安なようです。その
非喫煙者なのに肺ガン…?そして悪性胸水確認の胸膜播種ステージⅣ2024年9月肺ガンの疑いと診断2024年12月肺腫瘍摘出手術手術中、肺腺ガンと判明右肺上葉部、並びにリンパ節の一部を切除後日、胸水から播種を確認その他転移は無さそうしかし、いわゆるステージⅣ現在、ALK遺伝子陽性の為分子標的薬のアレセンサ💊にお世話になっております。52歳非喫煙男性家族は嫁と高3と小3の娘とワンコ♂♀【@eijodiary】2026年3月現在2026年3月2日今日は肺腺癌
今日は久しぶりにブログの日にする。最近はYouTubeショートばかりだった。(リンクはあとで貼ります。笑)今日はなぜ書くのか。同じローブレナを服用している方から、コメントをいただいたから。黙っているより、残す方を選ぶ。そして、ローブレナへの想い。副作用についてはXでつぶやいている。リアルはそちらを見てください。ローブレナは、今の私の相棒。もうそれ以外いらない。(笑)きっと今、一番私を知っているのはローブレナだ。私はローブレナの副作用を確認するために入院した。そこで肝臓の
肺がんステージⅣの告知を受けてから夫は不安定で、、どこかで癌じゃない可能性を期待していたようなのでそれが打ち砕かれて大ショックだったんでしょう身体の痛みが強く夜はリビングのソファにもたれかかって寝てましたが1人になるのが不安で恐いというので私と娘が交代でリビングで寝たりしてました。(息子はあまり協力してくれない)私も不安な中、セカンドオピニオンの予約をしたり医療保険の請求をしたり仕事もできるだけ行くようにしてましたが、もし夫の治療が難しくこの先余命が短いなら仕事はやめてずっと一緒にいようかな
2025.11月後半、細胞診、PET検査、MRIと結果が揃ったのでいよいよ告知を受けにいきました。待合ロビーで待っている間緊張の余り吐きそうでした🤮義母と娘(高校生)に付いてきてもらいましたが娘は恐いから、と待合ロビーで待ってる事に。夫、義母、私で診察室に入りましたそして、細胞を調べたところ肺がんである事、脳と肝臓と骨に転移がある事を告げられました。特に骨の転移がひどくPET画像で見ると上半身のありとあらゆる骨に転移してるように見えた…これは痛いに決まってる💦夫はこの時見たPET画像がト
2025.11月、肺がんの確定診断の為の検査が続きます。気管支内視鏡はほんとにツラかったらしい。1時間半(本人談)くらい細胞を取っていたと、、ほんとだろうか(˙˙)?検査の後しばらく咳と血痰が続いて苦しそうでした。骨転移の痛みが強いので思いきり咳ができないのね、だから痰を出したいのに出せないすごく変な咳してましたね。11月中旬を過ぎて段々私のストレスがMAXに近づいてきます。それまでは病気の夫の為に何でもしてあげないと!と甲斐甲斐しく動いてましたが、身体の事を考えて作ったご飯を食べずに
私はひとり。猫が2匹いても、心の奥はひとりだ。死ぬ時もきっと、ひとりなのだろう。部屋なのか、病院のベッドの上なのか、それとも別の場所か。そんなことを、静かに想像してしまう。死にたいわけではない。ただ、最期を考えるようになった。ローブレナの副作用が強く出ている。物忘れ、集中力の低下、目の奥のつっぱり。最近、近隣の人の視線が気になる。目をそらされたように感じる。背を向けられた気もする。思い過ごしかもしれない。薬の影響かもしれない。それでも、胸が少しざわつく。少