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ねぇ、ちょっと聞いてぇ「ちょっと聞いたぁ?」は、『Wヤング』こっちじゃなくて、こちらです、初代大好きだったなー50年以上前です😂実はワタシ、今朝、なんと、な、なんと!4時🕓に、目覚めたのよ!なんだ😒しょーもなっ!てか😂眠れる方には、しょーもない話でしょうが、ワタシには、4時🕓まで眠れたって、1年に、2回か3回、かなりレアなんです🥩(ミディアムよりレアが好き)還暦から、酷い睡眠障害が3年位続き色々あって、なんとか克服。。。(賛否両論あるでしょうが、意地
京都花月昭和54年8月下席のポスター。夏休み最後のお笑い演芸!!と題し、三日間だけ出演の桂三枝を筆頭に、Wヤング、林家小染、露乃五郎、カウス・ボタン、あい花・喜多代の豪華メンバー。この年の10月にWヤングの中田治雄が自殺してしまい、初代Wヤングとしては最後の京都出番。トップにはこだま・ひかり。新爆笑銀団は海生宏彦構成「笑エネルギー」で、やなぎ浩二ら新喜劇メンバー。ポケット・ミュージカルスは橋本収構成「夏のパイレーツ」と題し、間寛平、木川かえる、松旭斎たけしでバラエティ
前回のチラシの裏面で、京都花月昭和50年3月中席の予告。上席同様になかなかいい番組で、看板はダイマル・ラケット、桂小文枝、Wヤングの三組。くにお・とおるはこの年に吉本から松竹へ。漫才、落語、歌謡浪曲、奇術、曲ゴマと演芸場らしい編成。ポケット・ミュージカルスは島野達郎構成で、滝あきらとバック・ケースが出演。バックは現在の西川のりお。吉本新喜劇は前年8月に座長に昇格した谷しげる・伴大吾組。専科は阿吾十朗、マドンナに中山美保というお馴染みの組み合わせ。
京都花月昭和54年7月中席のポスター。演芸はいかにも京都という番組編成で、看板はWヤングと露乃五郎。新爆笑軍団は海生宏彦構成の「燃ゆる家族」で、室谷信雄ら新喜劇メンバー。ポケット・ミュージカルスは橋本収構成の「OH!BOY」で、B&Bと小づえ・みどりが出演。B&Bはこの年の9月に吉本を辞めて東京へ行くので、京都出番はこれが最後。吉本新喜劇は松本俊介作・演出の「君の汗」。木村進が座長で、専科から谷茂、マドンナには藤井信子という珍しい組み合わせ。『花月爆笑劇場「君の汗
京都花月昭和54年6月上席のポスター。演芸、新喜劇ともに京都にしてはいい番組。演芸の看板はWヤング、桂小文枝、月亭八方の三組。小文字メンバーは新旧バラエティに富んでますね。ポケット・ミュージカルスは橋本収構成の「プリティーな二人」で池乃めだかが主演。新爆笑軍団は海生宏彦構成の「長屋の夏」。中山三吉、島田一の介ら新喜劇メンバーが出演。吉本新喜劇は豪華メンバーで、檀上茂作・演出の「泥棒とお婆ちゃん」。座長は船場太郎で、専科は岡八郎、桑原和男、中山美保。別格副座長に池乃めだ
京都花月昭和54年2月中席のポスター。平均的な京都の番組編成で、Wヤング、月亭八方、笑福亭松之助が看板で、上位に翠みち代が入っています。若手はのりお・よしお、トップに明石家さんま。新爆笑軍団は海生宏彦構成の「はかない夢」で、由利謙、やなぎ浩二ら新喜劇メンバー。ポケット・ミュージカルスは「ウインクした春」。藤井賢構成で間寛平、やなぎ浩二ほか。吉本新喜劇は三原和人作・演出「三角トレード」。間寛平が座長で、専科から平参平。やなぎ浩二は新喜劇も含めて三本出てますね。他にも同じ
京都花月昭和54年正月興行のポスター。この年に入り、11月ぐらいまで新喜劇の座長や専科の掲載の仕方が変更になり、まとめて載せるようになります。正月興行とはいえ、なんばやうめだに比べると、いつもと同じような番組編成。看板はWヤング、桂小文枝、桂きん枝で、スタークラスが少ないので朝日丸・日出丸が上位に入っています。この年の10月に中田治雄が自殺するので、Wヤングとしては最後の正月出番。正月恒例の天津竜子舞踊劇団も出演。ポケット・ミュージカルスは大河内通弘構成「初夢!初笑い
京都花月昭和53年12月上席のポスター。今では年末年始でもよく客が入りますが、当時は12月は入りの悪い時期でした。といっても京都花月はいつもの番組編成ですが・・・。看板はWヤング、露乃五郎、林家小染。翠みち代、由紀子・たか志、滝あきら、ザ・ダッシュと花月の名物芸人が多く出てます。ザ・ぼんちも売れるまであと少し。ショート・ショートの枠に、桂文福と笑福亭仁扇。ポケット・ミュージカルスは大河内通弘構成の「師走の声を聴きながら」で、小づえ・みどり、池乃めだか、木村明。吉本新喜
京都花月昭和53年11月中席のポスター。なぜか興行日が切り取られていました。看板はWヤング、桂きん枝、阪神・巨人で京都にしたらいい番組で、翠みち代、中山恵津子と女傑も揃ってます。音楽コントのザ・ダッシュ、奇術の天正・小天正、漫談の滝あきらと諸芸も充実。トップにザ・ぼんち。ポケット・ミュージカルスは大河内通弘構成の「洛北の晩秋」で、木川かえる、小づえ・みどり。新爆笑軍団は海生宏彦構成「木枯らしの街角」。由利謙、やなぎ浩二ほか新喜劇メンバー。吉本新喜劇は三原和人作・演出の
11月10日日曜日〜その2P184〜188、初代Wヤングの平川幸雄・中田治雄師匠の懐かしいシャレづくしを活字を目で追っても笑ってしまう。(写真)地下資料室に保管している、旧なんば花月劇場の初代Wヤング師匠のメクリ。
京都花月昭和53年10月中席のポスター。演芸はWヤングが看板で露の五郎はともかく、ニュー・コメッツがエライ上になってます。まぁ他のメンバーが由紀子・たか志以外は若手が多いので仕方ありません。今や上方落語協会会長の笑福亭仁智もまだ7年目ぐらい。新爆笑軍団は海生宏彦構成の「ドサ」で、由利謙率いる新喜劇メンバーに珍しくザ・ダッシュが入ってます。ポケット・ミュージカルスは大河内通弘構成、間寛平主演で「頑張れカンペー!!」。吉本新喜劇は「ツキも実力のうち」で、作・演出は松本俊介。間寛
昭和50年頃のなんば花月。Wヤングの舞台写真。左が中田治雄、右が平川幸男。当時のWヤングは、やすし・きよし、コメディ№1、カウス・ボタンらと並ぶ人気漫才師でした。しかし漫才ブームを直前にした昭和54年10月25日に、中田治雄が野球賭博や事業の失敗で抱えた借金により自殺してしまったのは衝撃でした。もしあのままWヤングがコンビを続けていたら、漫才ブームの牽引者はやすきよでなくWヤングだったのではないかと言われています。
京都花月昭和53年9月上席のポスター。かなり寂しい番組編成で、看板はWヤングだけ。朝日丸・日出丸、翠みち代、滝あきらって末期の京都と同じですね。企画コーナーのショートショートで笑福亭松之助と露乃五郎が「トーク&トーク」。ポケット・ミュージカルスはザ・ダッシュ主演で橋本収構成の「アメリカン・ウエスタン」。吉本新喜劇は三原和人作・演出「一発逆転」で、谷茂が座長、池乃めだかは別格副座長、専科は原哲男、桑原和男、看板女優に楠本見江子。副座長枠に阿吾寿朗がいますが、並び的には浜裕二や
京都花月昭和53年8月中席のお盆興行のポスター。さすがお盆興行ですね、Wヤング、桂小文枝、桂きん枝、阪神巨人で京都もなかなかのメンバーを揃えてます。演芸は漫才、落語のみで諸芸などなく企画コーナーが多いです。ショートショートは「夏の民謡特集」で林家染二他。新爆笑軍団は「スマイルギャング」で由利謙、やなぎ浩二、藤健一、佐藤武司、藤里美、大井文子。ポケット・ミュージカルスは「亜米利加マジック」で一陽斎蝶一。吉本新喜劇は三原和人作・演出の「隣りの出来事」で、間寛平が座長で専
京都花月昭和53年6月中席のポスター。京都では珍しく看板がWヤング、露乃五郎、月亭八方、阪伸・巨人と四組出ており、うめだのような番組です。トップにはこれが初舞台の横山ノック門下のアラン・ドロン。5年間活動しコンビ解散後にショーパブを経営して、そこからテンダラーや水玉れっぷう隊が芸人になったのは有名ですね。ポケット・ミュージカルスは橋本収構成「花しぐれ」で、小づえ・みどりが出演。なぜかこのコンビはポケット出番も多くありましたが、さほどコントも上手くはなかったんですがねぇ・・・
京都花月昭和53年5月上席、ゴールデンウィーク興行のポスター。さすがはゴールデンウィークで、京都花月もそこそこのメンバーを揃えてます。看板はカウス・ボタン、桂小文枝、桂文珍。小文枝さんの横に小さい文字で書いてあるのは「日中友好に一役買って帰国」で、チャンバラトリオ共に国際交流で中国に行ったようです。よく小文枝さんが枕で中国ネタをやってました。笑ボックスの枠に小づえ・みどり、明石家さんま、B&B。ポケット・ミュージカルスは第13回上方漫才大賞を受賞したWヤングが主演。大河
京都花月昭和53年4月下席のポスター。トリには第13回髪型漫才大賞を受賞したWヤング。人気も実力もあったのに惜しいです。そしてあとの看板二組は落語で林家小染と月亭八方。笑ボックスの枠にいくよ・くるよ、ザ・ぼんち、そして昨年新聞沙汰になって生きていることが分かった明石家小禄。そしてトップには紳助・竜介。名前の並びが反対になってます。小染、八方、小禄、仁扇と落語が4つもあるのも時代ですね。ポケット・ミュージカルスは木村進主演で「木村進のワン・ツー・ジャンプ」(構成:松本俊介
昭和60年3月31日うめだ花月特別興行。うめだ花月の特別興行は、なかなかの豪華メンバーでして、私も春休みだったので日曜日で満員のうめだ花月へ、祖母と二人で見に行きました。開演が10時と14時の二回興行で、いつもと少し違います。●気分は毎度チャカチャンリン落語特集笑福亭仁鶴、桂文珍、月亭八方、桂勝枝など看板が揃い、落語・コント・大喜利と内容盛りだくさんで、読売テレビの収録がありました。●いしいひさいちコント劇場「忍者大阪戦争」脚本に紳竜の映画「ガキ帝国」の堰守。
京都花月昭和53年2月下席のポスター。看板がWヤング、露乃五郎、阪神・巨人、月亭八方と4組でいつもの京都よりも豪華な感じ。トップにはB&B。ショート・ショートの枠に笑福亭松之助、啓二・洋司、のりお・よしお。ポケット・ミュージカルスは大河内通弘構成「震度バット」で、由紀子・たか志、こづえ・みどり他。吉本新喜劇は木村進が座長で、松本俊介作・演出の「あんちくしょう」。マドンナに中山美保、専科は岡八郎。
昭和50年代に、漫才ブームという大革命が起こった。漫才ブームは単なる演芸ブームではなく、社会現象であり、社会の価値観を変えたという点では、革命といってよいだろう。当時の漫才ブームの主役中の主役は、西のやすしきよし(横山やすし、西川きよし)と東のツービート(ビートたけし、ビートきよし)となるだろう。しかし彼らが、その実力を、もっとも恐れた漫才師が存在した。初代ダブルヤング(平川幸雄、中田軍司)だ。ビートたけしをして、追い抜くどころか一生かかっても追いつけないと言わしめた大阪の実力バ
この人たちかつて人気絶頂吉本所属Wヤングこの人たちWアング
京都花月正月二の替わり興行(1月中席)のポスター。人気のWヤングに、若手実力派の阪神・巨人が看板で、他は結構ベテラン揃いの番組。笑ボックスの枠に、こづえ・みどり、B&B、そして最近生存してたと話題になった明石家小禄(五所の家小禄)。師匠の笑福亭松之助も同じ出番。イチカ・バチカは秋田門下で、解散後に神田が大阪笑ルームを結成。ポケット・ミュージカルスは橋本収構成の「初姿喧嘩纏」。露乃五郎、由紀子・たか志、若柳吉佐登他。吉本新喜劇は中村進作・演出「スプリングハズカム」
12月放送分と1月新春特番分の収録をいたしました。佐藤武司さん(元Wヤング)がゲスト!岡山スタジオにて…対面でひさしぶりに行わせていただきました。B食にも行かせていただきました。食後は…ONSAYACOFEEにて濃いめの珈琲☕️を…今後ともよろしくお願いいたします🙏
京都花月昭和52年12月中席のポスター。年末になり芸人も忙しい時期で、トリのWヤングも多忙だったことでしょう。それ以外は演目的にはバラエティーな感じはしますが、ちょっとしんどいメンバーです。笑えるのはWヤングだけですね。トップには紳助・竜介。ポケット・ミュージカルスは大河内通弘構成の「北北西の風」。新爆笑軍団は海生宏彦構成で「王手飛車」。新喜劇の由利謙、やなぎ浩二、池乃めだか、藤里美他。吉本新喜劇は間寛平を座長に、専科から平参平で、松本俊介作・演出「寒さ知らず」
うめだ花月、昭和53年7月下席のチラシ。夏休みながらも看板は渋い面々で、幸朗・幸子、桂小文枝、Wヤング。「ワイド50」というのは4組で50分という意味ですかね?ザ・ローラーズ、由紀子・たか志、ザ・パンチャーズに、コンビ結成1年目の紳助・竜介。屋号が逆になってますね。パンチャーズのナンバ四郎は今のMr.オクレ。番組の案内役として、滝あきら。ポケット・ミュージカルスは海生宏彦構成の「南南西の風」。新爆笑軍団も海生宏彦構成で、由利謙主演で「サマーウォーズ」。他にやなぎ浩
[323]あれってそれって誰だっけ405~たけしが適わないと思った芸人投稿者:李中投稿日:2022年7月22日(金)03時42分28秒あれってそれって誰だっけ405~たけしがどうやっても適わない、足元にも及ばないと思った漫才芸人ー『初代W(ダブル)ヤング』というコンビだったとか。(参考動画のURL;/https://www.youtube.com/watch?v=BWOTP7GTGUU)漫才ブームの頃しかあまり視ず、知らなかったもので、、--敵わ
あれってそれって誰だっけ405~たけしが適わないと思った芸人投稿者:李中投稿日:2022年7月22日(金)03時42分28秒あれってそれって誰だっけ405~たけしがどうやっても適わない、足元にも及ばないと思った漫才芸人ー『初代W(ダブル)ヤング』というコンビだったとか。(参考動画のURL;/https://www.youtube.com/watch?v=BWOTP7GTGUU)漫才ブーム以降しか知らなかったもので、、--敵わないの
前回のチラシの裏面で、うめだ花月昭和48年1月中席二の替り興行の予告です。やはり正月中席は豪華メンバー継続で、幸朗・幸子、笑福亭仁鶴、カウス・ボタン、Wヤングが揃います。コント110の三田マサルは鳳啓介の実弟で、京唄子の三人目の夫。B&Bは初代で、洋七がまだ洋一と名乗っており、団順一は現在放送作家の萩原芳樹。吉本新喜劇は中村進作・演出で「気軽な人生」。船場太郎が座長で、専科から花紀京、桑原和男。マドンナに山田スミ子。
未公開写真、第13弾。昭和63年8月下席うめだ花月Wヤング。コンビ結成して4年ほど経って結構面白い漫才になってきましたが、まだまだマル兄が平川さんに気を使い倒してた頃ですね。昭和63年8月下席うめだ花月コメディ№1。すでに全盛期は去ってましたが、確実に笑いの取れるコンビでしたし、やはり客は坂田さんを見ると喜ぶんですよね。どちらも相方が亡くなってしまったのは残念ですね。
前回のチラシの裏面で、なんば花月昭和53年8月上席の予告です。演芸の看板はベテランから若手まで揃ったバランスの取れた編成で、トリは人気絶頂のWヤング。若手のスター阪神・巨人、落語は桂小文枝、月亭八方。ベテランの三人奴。そして「ワイドショウ」というくくりになってますが、実際はポケット・ミュージカルスで、藤井賢構成の「ビッグ・サマー・バラエティ」と題し、漫才、コント、歌、曲芸、ジャズ漫画とボリュームのある内容だったようです。由紀子・たか志。のりお・よしおらが出演。新喜劇に入団間も