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『円形脱毛⑤』『円形脱毛④』皮膚科へは週二回月木と光治療の為通院していて5回目の光治療と2回目のステロイド注射の次の日に予約を早めた大学病院へ行きましたまず普通通りに採血を…ameblo.jp前回の続きです大学病院受診の2日後皮膚科で光治療だったので娘と一緒についていきました紹介状を書いてほしい事を伝えると大学病院の小児科から直接で良かったのに皮膚科は中々予約が取りづらいから、、、等々なんか若干面倒なのか?嫌なのか??と言う雰囲気次の大学病院はいつですか?その時に一緒に
『円形脱毛④』皮膚科へは週二回月木と光治療の為通院していて5回目の光治療と2回目のステロイド注射の次の日に予約を早めた大学病院へ行きましたまず普通通りに採血をして小児科外来…ameblo.jp前回の続きです私:でも先生、娘にストレスって、、、周りの人みんなノーストレスやんって。私もそう思うんです主治医:笑笑、、、だよねぇーいやいやこうやって僕達がストレスないだろうと決めつけているのがストレスかもしれない。娘ちゃんの前でこんな話するのもなんだけど、本人は本人なりに悩んでるのかもしれないし、お
皮膚科へは週二回月木と光治療の為通院していて5回目の光治療と2回目のステロイド注射の次の日に予約を早めた大学病院へ行きましたまず普通通りに採血をして小児科外来へいつも朝一で行くので採血から3〜40分で結果がでます待つ間何が悪い結果が出たらどうしよう色々頭を巡らせながら待っていましたようやく呼ばれ普段通りに主治医は世間話ここでホッとしました何かあったらこんな呑気に世間話なんてしません血液検査の結果も普段通りそして主治医へあのちょっと心配なことがあってと話
現在大学病院へは3ヶ月に1度血液検査と治療終了後からずっと中性脂肪の値が高いので高脂血症の薬をずっと服用しているためお薬を出して貰うため通院しています治療終了6年も経てば一年に一度とかなんなですかね?ですが娘は3ヶ月に1度の血液検査と一年に一度全身の検査をしています前回11月に病院へ行って次は2月20日の予定でした皮膚科へ行ってもモヤモヤしか残らず不安はぬぐえませんでした色々悩んだ結果(白血病になった時は直感的に重い病気かもと思い病院の先生は軽い感じででも
居ても立っても居られない気持ちで円形脱毛を検索勿論ブログも読み漁り円形脱毛するって事は身体に何らかの異常があるんじゃない?とか円形脱毛して後にガンになられたと言うブログも読んだり結局あれこれ自分の勝手な解釈は⚠️これは本当に個人的解釈です何の原因もなくならない必ず身体的異常はあるはずって思ったんです皮膚科に行ったら血液検査もして良く調べて貰えると言った情報もありただ11月にいつもの定期検査で大学病院へ行ったときはなにも異常はなかったので異常はないはずと
一月の半ばにお風呂上がり髪の毛が濡れたままの娘ちゃんの頭をふと見たらあれ?なんか地肌が見えてる慌てて髪の毛を掻き分けると五百円玉ほどの脱毛え??なんで??この日は金曜日の夜土曜日の午前は学校(娘の学校は土曜日は学校なんです)なので病院へ行けず月曜日の夕方に皮膚科を慌てて予約しました円形脱毛症🟰ストレスパパにすぐに報告え?娘、ノーストレスやんって確かにノーストレス小中高とエスカレーター式に上に上がって勉強のストレスはまず無いし家でも毎日ゴロゴロダラダラ
娘が入院してた時これは普通に親がしなければならないと思っていた事が本当は看護師さんがしなければならないと知りました主にしていた事は⭐️トイレの介助これは点滴を常につけている事が多く小学2年の娘には1人では危ないこと尿の量を紙コップで毎回計らないとダメ入れてる薬によっては検査してもらうために提出しなければならないこと1人では無理だし夜中もずっと輸液‘を流してるのでトイレには2、3回起きるもちろんついて行きます⭐️体温、食事、排泄の記録バインダーに挟んだ紙が置いて
子供の付き添い入院の過酷さを改善をというニュースを目にしました娘は小2で白血病と診断され検査入院のつもりがその日から9ヶ月入院しました6年ほど前の事なので今とは状況が違うかもしれませんが病院は国立医学部の附属病院県内ではこちらの病院かもう一つの大きな病院しか治療はできないといわれました最初は検査入院だったので当時息子は年中さん幼稚園のお弁当も必要で一緒に泊まるという選択肢はありませんでしたでも娘の病室は4人部屋小児癌の子供達には親が24時間いる状態娘はそれ
娘、高校生になりましたついでに息子も中学生ダブル卒業&入学でしたが2人ともそのまま内部進学なので環境は全く変わる事なく友達も同じ娘ちゃんに関しては中学から六年間同じクラスなので何も変わらずです本退院から7年治療終了から5年8ヶ月元気に過ごせています治療終了してから治療中もロイナーゼを打つとでしたが中性脂肪の数値が高く高脂血症の薬を飲み続けていますその為に3ヶ月に一度の検査通院は続いてますきっと5、6年経つとみなさん年に一度とかになるんだろうけど小児白血病
お久しぶりです。私の体調が悪く、半年以上ぶりの更新になってしまいましたが長男は元気にやってます。春休み中の3月に大学病院の定期外来がありましたが私の微熱が続いていたため(この時はもしやコロナかも?と思ってました)長男に付き添うのが難しく予約変更して4月に行ってきました。心配なことも多かったけど何も問題なく、次回は夏休みとのことで8月に行った外来も今までで1番といったくらい問題なくあっさり終了。そして、なんと次回の冬休みはコロナが流行ってるだろうからなしにして春休
娘の将来の夢は看護師さんですこれは入院した時からの彼女の揺るがない夢去年の11月に塾の発声発表会でスペシャルスピーチに選ばれ試練はチャンスと言う題名でスピーチをしましたざっと内容を言うと私は二年生の時に血液の病気になり9ヶ月入院したとても辛いし嫌なことばかりだったけどお医者さん、リハビリ、院内学級の先生たちに支えられてここまで元気になりました中でも看護師さんは仕事の後に遊んでくれたり励ましてくれた私と同じ様な病気を克服した看護師さんにも出会っただから私も
3月16日は娘の卒業式でしたコロナの影響で2月の最終週より始まった卒業行事も中止卒業式も危ういまま3月2日から休校6年間の締めくくりがこんな形になり本当に無念でした卒業式は在校生なし来賓なしお食事会なしの例年とは違う形でしたが行うことができました例年とは違う本当にアットホームあっと言う間に終わった式でしたが校長先生は卒業生一人一人に卒業証書を手渡し退場の時にも卒業生一人一人にお花を手渡しおめでとうと本当に暖かな気持ちになれるお式でした2年生
大学病院指定の近くの病院へ行った。尿検査と血液検査をしてもらって尿糖も出てないし糖尿病の可能性はないことがわかった。尿崩症の可能性もあるけどその場合夜中も起きて飲むくらいよく飲むようになるらしい。長男の場合はそれまで1Lも飲んでなかったのが3Lほど飲むようになった。休校になった数日後からは夜中に目を覚ましてトイレに行くようになった。トイレに目覚めるだけでお茶を飲むことはあまりない。今までは寝る前にトイレに行ったら朝まで起きなかった。お医者さんには糖尿病を否定
こんにちは骨髄移植から2年半近く経った小1長男の現在は新型コロナウイルスの影響で明日から小学校が休校となり、春から通っているスイミングと体育教室も2週間ほど休業になりました。さらに今年に入って始めた陸上とサッカーも2週間ほど休みと連絡が。学校も習い事もナシに!!うーん、夫の監禁が明けたと思ったら今度は子どもと軟禁状態。公園ぐらいは行っても大丈夫かな。ちなみに次男の幼稚園はあるので次男を休ませるかどうかも悩みます。規模を縮小した1週間後の音楽発表会までは通わせるか、
day1下痢が酷くなり排尿時痛も悪化して血尿の様な赤さ。腹痛と喉の違和感があるようで薬をさっと飲むのが難しくなってきた。食欲はあってパンを好む。お昼はアンパンマンカレーを食べる。カードゲームやドライブヘッドごっこで遊ぶ元気あり。血圧は移植開始後から上がって高めが続く。体全体が紅潮してる。2~3時間毎に夫婦で交代し、夜は私が付き添った。day2寝つきが悪くなりグッスリ眠れないよう。今日の尿は昨日ほど赤くない。下痢が酷くなり水→泡みたいな感じ。
12月の外来時にカルテ開示請求の手続きをしました。長男入院中に読んだブログでカルテを入手することができると知りいつか請求しようと思ってました。カルテの保存期間が5年なので5年以内に請求すれば大丈夫みたいです。費用は病院によって違うそうです。読んだブログでは一請求で2〜3000円と安いものからコピー1枚10円とか、100円とか。入院期間中のものを全部請求するとなるとコピー代はいくらになるんだろう・・・紙の量もすごいよな、と考えたり。とにかく聞いてみな
先月の外来から約一か月。主治医に電話で春休みの次回予約より早く来るよう言われて行ってきました。今日この日までいろんな思いがあったけどブログで励まされ、冬休みは家族で楽しい思い出をいっぱい作った。長男は元気だ。ただの風邪だったと心底思えるようになっていた。のに、病院へ行き、採血後心電図を取るよう案内される。なんで心電図・・・?心電図が終わり、いつもなら採血後一時間ほどで診察室へ呼ばれるのに一時間半経っても全然呼ばれない。一度忘れられていて二時間
年末年始は家族で過ごせて良い年明けになりました。夫の単身赴任先から一緒に飛行機に乗り初日に乗り継ぎのため立ち寄った浦東空港へ。ディズニーランドはそこからタクシーで20分くらい。トイストーリーホテルに三泊二日間ディズニーランドを満喫最終日は上海タワー近くのこのモール併設のレジデンスに一泊左が上海ワールドフィナンシャルセンター中央がジンマオタワー右が上海タワーブルジュハリファに次ぐ世界第二位の高層ビル上海タワーに上ります。上海ワールドフィナンシャルセンターが下に
夫が1年間の単身赴任中のため夏休み・冬休み・春休みの長い休みには、子どもたちと夫に会いに行くことにした。今回は夏休みに続き2度目の訪問。ただし前回と違うのは直行便航空券の希望の日程が高かったため行きは乗り継ぎ便を利用してみた。乗り継ぎする大きな空港に到着ひろーいサンタさんに貰ったプレゼントを肌身離さず飛行機を乗り継ぎ到着した後は地下鉄で30分。そこで仕事後向かってくれていた夫と落ち合い電車に乗って30分。駅からタクシー数分で夫宅到着。朝自宅を出てから12時間…
二年前に退院した時私はすぐに再発すると思った。具体的に、早ければ移植後4か月遅くても8か月以内に再発すると思ってた。いろんなブログを読み漁りそう考えるに至った。退院を見送ってくれた仲良しのお母さんに「たぶんすぐに戻ってくる。でも絶対また治す。」そう言って別れたのを覚えてる。この時は本当に再発すると思ってた。再発は避けられない、と。実際移植後4ヶ月で『終わった・・・』と思うほど決定的な再発騒ぎがあったけど奇跡的にも病気は長男を素通りしていった。移植後一年
2017年9月全ての前処置が終わりいよいよ明日、骨髄移植。無菌室に入ってから毎晩寝る前に「神様、病気を治してください。僕も頑張りますから、アーメン」と、神社のお守りを握りしめながら祈る長男。どうか治してやってください。「明日の骨髄移植に備えて早く寝よう」そう声を掛けるがモジモジして寝ようとしない。「どうした?早く寝よう」「・・・・・・手紙かく」「手紙?誰に」「・・・・・」「・・・もしかして、ドナーさん?」「・・・うん」
移植3日前に放射線全身照射(TBI)を開始。移植が決まり、私が一番恐れていたのがこの治療だ。自分で血液を作れなくなるほどの放射線を全身に照射する。造血幹細胞移植をせず放っておけば数日で死に至る。後には戻れないのだ。我が子をそういう状態にさせる。それだけで怖かった。TBIは午前と午後の1日2回を3日間。『全身から焦げた匂いがする』『一切笑わなくなった』『表情がなくなった』等の経験談を聞いていたのでどうなるのかとても不安だった。でも小さい子は案外
骨髄移植の6日前に前処置が始まった。前処置とはドナーさんの骨髄を受け入れる前に自身の骨髄を空っぽにする処置。空っぽの骨髄にドナーさんの骨髄が入り、根付いてくれるのを待つ。それが骨髄移植。ぼんやりした説明ですみません。さて、どうやって骨髄を空にするのか。それは大量の抗がん剤と放射線の全身照射で行う。まず最初の3日間の大量抗がん剤治療では食事を口にできなくなり飲み物を飲むのも辛いようだった。グッタリと言う言葉がぴったりだがそれでも遊ぼう!遊ぼう!は健在。
無菌室内にはカメラがありDAY0から詰所のモニターに24時間映し出される。カメラに映らなくなるので電気も24時間つけっぱなしにする。(前室は映らないようになっている)長男は無菌室を出るまでお風呂には入れない。清拭用のおしぼりをレンジでチンして使う。付き添いは毎日シャワーが義務付けられた。洗濯乾燥も毎日。カビを発生させないために無菌室に濡れた洗濯物は厳禁だ。歯磨きもうがいも滅菌水を使い、歯ブラシやコップ等の洗い物は前室にある食器乾燥機ですぐ
2017年7月から8月頃三回目の外泊は平日の朝、血液検査の結果今から外泊していいよと急に言われたので、新幹線で帰って昼頃家に着いた。二泊三日の外泊中、二日目に姪(姉の子小1)にうちに一泊してもらった。長男はとても喜んで初日から泊ってほしかったと言った。最終日のお昼過ぎには病院へと戻った。治療が遅れているようだ。今回の突然の外泊も、次の治療ができる基準に達してないけど外泊はできる数字だからとのこと。外泊から戻ってまた治療が始まったが移植日までに予定し
2017年7月に入ってから骨髄バンクからドナー候補者さんたちの確認検査のための請求書が届き始めた。4人の方に確認検査をしていただきとても感謝しています。8月にはその中の1人のドナーさんが最終同意をしてくださり、移植が9月に決定したと知らされた時はあまりにスムーズな流れに驚きと感謝でいっぱいでした。移植日は明かせないので移植前後の記事の日付は大まかなものになります。骨髄移植にあたり、ドナーさん側の負担や気持ちを理解したくて実際骨髄ドナーを経験された方
7月下旬に腹痛+下痢になり、検便の結果クロストリジウムディフィシルが検出されたため個室隔離となった。4月に入院してICUで二週間、小児病棟に移って個室に二週間。5月に男の子四人部屋に移って約三か月。最初の1~2週間は廊下側でしんどかったけど明るい光が差し込む少し広い窓際に移動してからはそれなりに快適に過ごしていた。大部屋は隣の窓際の中学生男子と長男以外の2床は短期入院の子が出たり入ったりのためお隣のお母さんとは仲良くなっていた。中学生のお兄ちゃんも長男もシ
7月中に二度目の外泊が決定。初めての外泊までに三か月も掛ったので前回の外泊からこんなに早く二回目の外泊ができるとは思わなかった。今回は付き添っていた夫がそのまま車で長男を連れ帰ってくれた。血球が下がりゆく中での外泊で一泊だったので初日は外出せずに家でゆっくりと過ごした。翌日夫は午後休を取っていたので午前中は二歳の次男を姉に預け長男と二人で映画を観に行った。(すまん、次男と姉よ)夏休み前の平日のため公開されたばかりの『カーズクロスロード』だったが狙い通り
入院二ヶ月目の5月の入院費からは小児慢性が適用されて安くなった。入院費1万円+自費594円+給食費11,830円で22,423円だった。自費は選択給食で高くなった分。6月は入院費1万円+自費486円+給食費10,920円で21,406円。7月は入院費1万円+給食費9,490円で19,490円8月は入院費1万円+給食費9,360円で18,810円長男は隣の県の病院に入院したので後日自宅のある県で手続きすれば月の入院費は乳幼児医療の上限の7,000円と
強化療法の途中で遺伝子異常が判明した。正確にはもっと前に分かっていたんだろうけど私が知ったのがこのタイミングだった。早期強化療法後のマルクの結果を伝えに来た担当医の口から「長男君はMLL-ENLの遺伝子異常のあるタイプだけど院内検査では寛解であとは中央のPCRを~」みたいな話をされたは?遺伝子異常?MLL・・?は?「え、ちょっと待ってください。遺伝子異常って何ですか?」「最初に説明したと思うんですが・・・長男君にはMLL-ENLという遺伝子異常があるんで