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お気に入りの小物ある?『今日はミニチュアの日』お気に入りの小物ある?PWF認定世界タッグ選手権ベルトもうずいぶん前の食玩についていました。腕時計サイズですが、数100円のラムネに付いていたオモチャにし…ameblo.jp▼本日限定!ブログスタンプ
◆1978年6月1日秋田県立体育館PWFヘビー級選手権キラートーアカマタ反則ジャイアント馬場馬場39度目の防衛戦は国際プロレスから強奪したキラートーアカマタとの一戦。まあ普通に考えれば馬場が負けるような相手ではないし、わざわざ強奪するほどの?とも思うのだが、そこはプロレス。約2年前にビルロビンソンから2フォールした馬場ではあるが、その時の条件が当然カネとPWF王座という名誉であった。ロビンソンからすればそんなタイトルどうでもよかったと思うが、それと2年越しも
もう、先週の話ではありますが・・・最終日に行ってきましたお客さんは絶えることなく入っていました入店するなりお出迎えジャイアント馬場と言えばPWFグッズがいろいろあって全部ほしい!とか思ってしまいましたが・・・懐かしの写真展示葉巻やリングシューズ、ガウンなどゆかりの品々・・・写真だらけになりそうなので割愛若しくは写真のみを載せるか???悪党馬場のマウスパッド!買えばよかった~~【中古】16文~ジャイアント馬場物語/ジ
10月3日火曜日〜その47時45分から9時半まで二度寝。ヒーターを消して『プロレス専門誌GSPIRITSVol.64特集"王道"全日本プロレス/佐藤昭雄/吉村道明/ロス・ブラソス』を読む。「回想−担当記者が語る馬場と鶴田がいた時代川野辺修元・東京スポーツ第二運動部記者」P011には、キラー・トーア・カマタがPWF王座を奪取した裏話が綴られている。(写真)菊水丸コレクションのキラー・トーア・カマタ選手のスナップ。
もて耐のとき、確かにどこかに取材されたんだけれど、みんな直ぐに忘れてその内なにかに載るだろ。なんて、やっていたら8月末に掲載されていたらしい。今朝、KYMパイセンからLINEで連絡来て知りました。Motor-fan繧ソ繧、繝医Ν逕ィ_TOG3542_01二輪のインプレッション、カスタム、アイテム紹介などをお届けmotor-fan.jp皆一緒に顔出ししてます。今年の夏の思い出のラストに相応しい事柄だと思う。このときに蒔かれた種が、どうやら芽を出し始めて来ているようで、、、。
https://news.yahoo.co.jp/articles/651ac0afdcc96678bcdce6860107f23ec87f1f26腹部大動脈瘤で手術を受ける大仁田厚にドリー・ファンク・ジュニアPWF会長がアジアタッグ王座返上勧告!「今は手術で病に打ち勝つことが先決」【週刊プロレス】(BBMSports)-Yahoo!ニュース3日、全日本プロレスが腹部大動脈瘤(りゅう)を患ったと発表した現アジアタッグ選手権者の大仁田厚に向けて、ドリー・ファンク・ジュニアPWF会長のコ
ノアの大会ですが、新日、全日も巻き込んでのビッグマッチ。それよりもワシは会社として全日が大丈夫なのか?と思う訳。日曜の後楽園なんて完全に売国マッチメイクで永田選手が三冠王者に。もう5、6年前から新日の第一試合に出て若手の壁になってた選手がメインで三冠戦なんてそもそも有り得ないのに、勝ってしまうという。全日マニアは総スカン、新日ファンを取り込んで興行に結び付けようという意図がアリアリである。勿論永田選手に罪があろう筈はなく、千葉県東金市で開催される新日永田興行も観に行
全日本プロレスの昭和50年代前半の外人レスラーのヒールのトップはなんといってもアブドーラ・ザ・ブッチャー外人レスラーながらチャンピオンカーニバルも2回優勝してるねブッチャーは日本人レスラーだけでなく、外人レスラーとも抗争を繰り広げました。ザ・デストロイヤー、ザ・ファンクスそしてビルロビンソン。昭和53年10月18日、栃木県体育館で当時PWFヘビー級チャンピオンだったロビンソンにブッチャーが挑戦しました。ロビンソンといえば人間風車と言われるほどダブルアームスープレックスの使い手。もう
懐かしリーズ第131弾は1984グランド・チャンピオン・カーニバル、PWF認定世界タッグ決定リーグ戦。外人天国。にほんブログ村にほんブログ村にほんブログ村プロレスランキング
昔、「夏といえばマスカラス」と言われていました。ジャンボ鶴田との伝説の田コロ決戦も夏でしたし、夏のシリーズにマスカラスがよく参加していました。少年ファンの比率が高かったマスカラス、小中学生を動員できるのを見込んで夏休みに開催するシリーズに呼んでいたのかもしれませんね。1981年夏に開催された「スーパーアイドル・シリーズ」は「夏といえばマスカラス」の究極形。少年ファンの「アイドル」であるマスカラスが主役のシリーズでした。しかし「スーパーアイドル・シリーズ」ってすごい名称ですよね。田原
不沈艦ハンセンラリアット誕生秘話、3度の大手術(日刊スポーツ)-Yahoo!ニュース長くトップ外国人レスラーとして日本のリングに君臨したスタン・ハンセンさん(米国)が引退して今年で20年になる。1975年(昭50)の初来日からラストファイトとなった2000年(平13)10月28日の-Yahoo!ニュース(日刊スポーツ)headlines.yahoo.co.jpなんのこっちゃ?というタイトルかもしれません(笑)画像と次を読んで頂けるとわかるかと思います。「赤コーナー、300パウ
私にとって印象が残っている昭和プロレスを懐かしんで、その死を弔うための原稿。死んでも誰かが話題にするということで、生前をなお光らせたい。今年については、まず誰よりも、ザ・デストロイヤー。3月7日、88歳でお亡くなりになった白覆面の魔王。ドクターXが、大門未知子よりデストだと、かなりのオールドファン。私はさすがにその世代ではない。力道山、馬場、猪木、鶴田、天龍、藤波といった世代と現役で戦っている。マスカラス戦などの「覆面10番勝負」をDVD化してくれないだろうかと切
2日行ってきました新木場1stRING友人からお誘いを頂いて久しぶりのランズエンド。今大会のタイトル「prowrestlingcamera」マスコミのカメラマンのようにリング下から撮影できる席種もあるらしい。新木場1stRINGも久しぶり。高山善廣選手への募金のお礼にステッカーを頂きました。試合開始前に何やらやっていました笑第1試合大ベテラン黒田哲広選手らのタッグマッチ第2試合10人以上の選手が入り乱れて訳がわからない笑分かりやすいようにと両軍赤白の帽子をかぶって
【#プロレス今日は何の日】1986年4.5横浜文化体育館スタン・ハンセンvs長州力っ!AWA&PWF王座戦っ!AWAルール、PWFルールを併用するややこしい戦い!簡単に言うとAWAはフォールorギブアップのみタイトル移動、PWFは全部込み、みたいなところです。片っぽだけ移動することもあると。さあ、大声援で迎えられた長州、ハンセンのボディプレスを剣山で返し、ぐるんぐるん右腕を回すとダダっと走って力いっぱい正にリキラリアット!ハンセンを場外まで吹っ飛ばす!いい顔してる~
あ、嘘です!エイプリルフールやっとかないと。ってことでまったく関係のない話で(^^)アートネルソンでタイトルコンテンダーの話したんで。令和・・・ではなく昭和プロレス、日本プロレス崩壊後の3団体。全日本、新日本、国際のメインタイトル、PWF、NWF、IWA全てに挑戦できたレスラーってどれくらいいるの??って話です。つーことは最低条件として、この3団体に参戦してるってことなので、この段階で、ブッチャー・シン・ファンクス・レイス・ブリスコ・ハンセン・ブロディなどは脱落にな
それは!「全日本プロレス」オリジナル♪テーマ集♪「PWFヘビー級」「インターナショナルヘビー級」「アジアタッグ」数々のタイトル♪きらびやかなる?その歴戦が!今ここに!甦るような……。既に会場は!「興奮の坩堝」熱気ムンムン♪伝わる↑↑↑全日本プロレスオリジナルテーマ集2,571円Amazon全日本プロレスhttp://www.all-japan.co.jp/
【#プロレス今日は何の日】1983年9.8千葉公園体育館ジャイアント馬場vsスタン・ハンセンっ!PWFヘビー級王座戦っ!馬場、今夜5度目の防衛戦っ!馬場さん気合い十分、ガツンとカラタケ、ドスンと16文!場外から戻るハンセンに、え?え!馬場さんがコーナー最上段に⁉︎『まさか16文チョップかっ⁉︎』※プロレススターウォーズ参照ねというおっさんの行き過ぎた幻想を真っ二つにするダイビングダブル唐竹割りっ!∑(゚Д゚)トドメのランニングネックブリーカー!を返したハンセン!ボディキック
【#プロレス今日は何の日】1984年7.31蔵前国技館スタン・ハンセンvsジャイアント馬場っ!全日本最期の蔵前大会、生中継のメインはPWFヘビー級王座戦っ!紙テープ舞う中いきなりつっかかるハンセン!ロープにからまり吊るされるハンセン、そこへ馬場さん、左腕を蹴って踏んづけ、ジャイアントアームブリーカーでずだんっ!フルスイング逆水平、河津落としに、ネックブリーカー!攻めに攻められてもこの頃脅威の回復力を誇るハンセン、フルパワーで反撃!一度はウェスタンラリアットをカウンターの16
【#プロレス今日は何の日】1987年7.19後楽園ホール谷津嘉章VSスタン・ハンセンっ!谷津嘉章、自分の誕生日にPWFヘビー級王座戦っ!しかも相手はデビュー戦でボロボロにされたハンセンっ!七分丈スパッツに白ソックスが輝くいつものセットアップ「谷津タイツ」で臨む(≧∇≦)※ちなみにマサさんの場合は「マサタイツ」たっぷり汗かき臨戦態勢で若造を睨みつけるハンセン、お~こわっ!( ̄◇ ̄;)ハンセンのスリーパーをスルっと抜けてナイス腕取りでもガツン!パワースラムもエルボードロ
28~30まで韓国でしたいろいろ楽しすぎて何を書いていいかわからん(笑)HASEGAWAGMと柴田さんとてもお世話になりました❗GMはまだ試合あるので柴田さんとふたりで帰国しましたまたどこかの会場で‼
NWAやPWFのベルトも巻いた馬場であるが、自分としてはインターナショナル選手権ベルトを巻いている姿の記憶が一番鮮明に残っている。インターナショナルのベルトが格好良かった記憶がある。タイトルマッチの中継がある度にワクワクしてテレビの前に待機していたものである。ベルト姿はもちろん、勝者に贈られるあの巨大なトロフィーを持つ立ち姿が、長身の分だけ、実に絵になっていたと思う。まさに王者の風格であった。ちょっと確認してみたら、自分の記憶にあるインターナショナル選手権王者としての馬場は日本プロレス時代。
久々に1983年のプロレスを語ります。おっ!プロレスネタは久しぶりだね。この年の全日本プロレスは8月にテリーファンクが引退しジャンボ鶴田がインターヘビー級王座について新時代となりました。そんな中、馬場さんはどうしていたのでしょう?馬場さんは2月にハーリーレイスに奪われていたPWFヘビー級王座を奪回したね。6月にはブルーザーブロディを相手にPWF防衛戦を行い流血戦になりました。馬場さんも頑張ってるね〜。しかし!テリーファンク引退試合とジャンボ鶴田のインターヘビー級王座獲得で賑わった