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今年、2024年、StevieNicksが・・・「ChristineMcVieが居なければ、FleetwoodMacを続ける意味はない・・・」そのように発言、50年以上のバンドの歴史に終止符・・・・・・ただこれは、大変残念なことではあるものの、誰しも納得したのでした。・・・ChristineMcVie自身、かつて10数年、バンドを離れた時期もあり・・・その間、FleetwoodMacも彼女無しで活動していたのですが・・・今となっては・・・むしろ、Fleetwo
1982年のアルバム・シリーズ全米最高位No.1から・・・ということで、ビッグ・ネームが続きます。FleetwoodMac’80年代に入ってからは低迷・・・そんな感じも否めませんでしたが・・・1981年、StevieNicksが、ソロとしてもデビューアルバムBellaDonnnaは、全米No.1StopDraggin'MyHeartAround等、シングル・ヒットも続きました。それだけでなくLindseyBuckinghamメロディアスでポップな
1981年のアルバム・シリーズ次も2枚組ライヴ・アルバムで・・・FleetwoodMac1979年よりスタートした日本公演も含まれたTuskTourその時のライヴ・アルバム奇しくもライバル()Eaglesが初のLiveをリリースそれに対抗して()というわけではないかもしれませんが・・・こちらも、このラインナップでは初の・・・いや、公式ということでは、長い歴史上、初のライヴ・アルバムと言えるでしょう。タイトルは、Eagles同様、シンプルに・・・Fleet
世界のトップ・グループとなったFleetwoodMac1977年年間を通して売れ続けたRumours(「噂」)その余波は、1978年になってもまだ続き・・・この年、グラミー賞のAlbumOfTheYearも受賞メンバーは、ファミリーといえるBobWelch等、多くのアーティストのレコーディングにも参加特にStevieNicksKennyLogginsとのWheneverICallYou"Friend"それを筆頭に引っ張りだこといった感じでした。
自分にとっても特別なアルバム遂に登場FleetwoodMacRumoursそう勿論、「噂」です。1977年、4枚目の全米No.1アルバムそして、トータルで31週も・・・ということで、1977年は全米No.1アルバムが6枚しかないのですよね。(苦笑)FleetwoodMacに嵌っていったのは、前作の日記の時に記した通りなのですが、1976年の年末、NHKのYoungMusicShowが放映され、その時はRoxyMusicのライヴがメインだったのですが、Fl
FleetwoodMac邦題は「ファンタスティック・マック」1975年の夏にリリース日本でもその年の暮れに発売されたので、1975年のアルバム・シリーズに入れることを考えていたのですが・・・1976年になって大ブレイクそして秋になり、登場58週目に全米アルバムチャート第1位に・・・ということで、1976年のアルバムの方に入れさせていただきます。1976年3月洋楽解禁となり、全米ヒット・チャートにも再度興味を持ちましたが、PeterFramptonの大躍進とともに、アルバ