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朝からBarryManilow😃バラード系2曲アップテンポ系2曲2005年リリース。2枚組で紹介した4曲は全て収録。選曲よし。LooksLikeWeMadeItProvidedtoYouTubebyArista/LegacyLooksLikeWeMadeIt·BarryManilowTheEssentialBarryManilow℗1976AristaRecords,LLCReleasedon:2005-04-26Composer.
僕に洋楽の良さを教えてくれたBarryManilow。初めて買った洋楽レコードは彼の『Tryin'ToGetTheFeeling』(1975年、米5位、200万枚)。1983年の初来日公演(日本武道館)にも参戦した。そんな彼の好きな曲をグロース・アップ。“想い出の中に”(笑)(彼は6/17に80歳に!ビックリ!いつまでもお元気で!)IWritetheSongsProvidedtoYouTubebyArista/LegacyIWritetheSongs
1975年リリース。米5位。200万枚。初めて買った洋楽アルバム。収録曲「IWriteTheSongs/歌の贈り物」をFENで聴いて、感動、感激した中坊(中学2年)が自分だった。1年遅れで1976年。IWritetheSongsProvidedtoYouTubebyArista/LegacyIWritetheSongs·BarryManilowTryin'ToGetTheFeeling℗1975AristaRecords,LLCReleas
1977年は、前述のFleetwoodMacのRumoursの独走で、全米No.1アルバムが5枚しかないのですが、そんな中、Rumoursを抜いたのが・・・BarryManilowLiveMandy、IWriteTheSongsとNo.1ヒットもあるものの、やはりBarryManilowの最大の魅力は、ライヴ・パフォーマンスでのエンターテイナーぶりそんなBarryのまさに待望のライヴ・アルバムしかも、前年のPeterFramptonの大成功により、ライヴ・アル
1976年のアルバム・シリーズ・・・決して終わらせたつもりではありませんが、少しブランクが空いてしまいました。・・・・・・で、次に登場予定がBarryManilowだったので、もう一つ気が入らない(苦笑)・・・正直そんな気持ちもなかったわけではないのですが・・・(苦笑)それならやめればいい・・・他の物にすればいい・・・そう言われるところでしょうが、これ一つの重要な時期でありまして・・・要するによく書いている、1975年12月、自分が洋楽を断つ時期の話・・・「歌の贈りもの
1975年という年は、目まぐるしく全米No.1ヒットも入れ替わる年でしたが・・・そんな中、絶対的な最大のヒットとなったのが・・・LoveWillKeepUsTogether夫婦デュオ、Captain&Tennille日本でのタイトルは「愛ある限り」この年、ヒットを連発していたNeilSedakaのナンバーです。ポストCarpentersそんな言われ方もされていました。レコード会社も同じA&Mだったので、共通したイメージも持たれていたようですが・・・実は