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驚きました・・・・世界GP125ccクラスで活躍していた「和田欣也選手」が世界2輪GPサーカス第12回初出場のフランスGP和田欣也は無念すぎる転倒リタイアに終わった|tabibito接触した相手が12位でゴール*・・・・・1990年、チーム竹島は、高田孝慈が西ドイツGP(ニュルブルクリンク)で怪我をしたため、代役として和田欣也を抜擢する。全日本ロード125ccクラスでランキングトップの座を捨てて世界挑戦に挑むことを決意した和田だが、デビューレースを前にチーム
1995年、どこのサーキットだろう?!レースではなく、プラクティスで結構派手目の転倒後にピットで修復して再スタートしている感じだけど...。アンダーカウルのサイドがガムテープ処理、走行時間に余裕があれば、アンダーカウルを交換しているはず。Antoniosan,Thankyou!KazutoSakata🇯🇵1️⃣🏁#125ccLegend@kazuto_sakatapic.twitter.com/bv6hJIi1ka—AntonioRamosdelOlmo
久しぶりに治親(青木選手)と会った。この日は「日テレジータスMotoGPスペシャルトークショー」に出演。お互いに「いつ以来??」と記憶が曖昧なくらい会っていなかった。GP時代は、お互いにライバル関係ではあったが、ライダーとしての治親をリスペクトしていた。バイクを降りれば、10歳も歳が離れているので、可愛いやつという感じ。(偶然にも7歳離れている実弟と誕生日が同じ)1993年のチームメイトで10代だった辻村猛も同じ感覚だったかな。1993年ベルギーの同じ場所にチームベースを持っ
3年前に定年退職し、現在の【TOTALREPAIRJara】を開業。レース活動は縮小してRSも3年の眠りについていましたが、『広報活動』としての活用も踏まえ(笑)、3年振りにMCFAJ-GP125に参戦しました。RSは5月に動確お久しぶりね(^^;|jara@camelliaおやじのブログ3していますがその後走行する機会が無く、まともに走らせるのはレース前日のスポーツ走行30分が3年ぶり💦とても3年前のレベルには遠く及びませんが、2ndグループでは走れそうかなぁといった感触
( ̄ロ ̄)σ今回のメンテナンスは、キムコGP125ですNさん、いつも有難う御座いますm(__)m今回は駆動系のメンテナンスでご来店現在の走行距離、約7万キロ前回の駆動系メンテナンスから約2万キロ走行いつもの様に作業を進めて行きます(TДT)σドライブベルト危険な状態ですねぇ~~~部品を外し点検清掃して行く事に(TДT)σ・・・・出先でドライブベルトが切れなくて良かったです他は消耗品の交換と、グリスアップを(σ⌒ー⌒
( ̄ロ ̄)σ今回のメンテナンスは、キムコGP125ですNさん、いつも有難う御座いますm(__)m今回はスピードメーターの不動と定期点検でご来店車両を預かり、点検して行く事にメーター不動は、ケーブル&ギアは問題なく、ケーブル抜けも・・・メーターアッセンブリの点検をすると・・・(TДT)σケーブルが入る回転盤がサビで固着して・・・終了~~~メーターアッシーの交換にフロントから擦れる音がすると・・・・・・・確認すると(TДT)σ
1996年R4イタリアGP3位#2優勝P.エッテル1997年にチームメイト。(現LIQUIMOLYDYNAVOLTINTACTGPのチーム監督)2位青木治親(1995・96年チャンピオン)3位坂田和人4位V.ロッシ(デビューイヤー)このバンク角でブレーキレバーは軽く触っているくらいの状態でありながら、フロントサスペンションはフルボトムに近いくらいボトムしている。普通ではまずあり得ないボトム量。当時、フロントのサスペンションセッティングがと
1995年R2マレーシアGP決勝レースはバケツをひっくり返したような豪雨。バンクのついた全てのコーナーイン側に物凄い水溜りが出来ていました。過去最高のヘビーウェットレース。コーナーのイン側を通ると、ハイドロップレイニング現象が毎回起こってました。結局レースは、途中で中止。このレースで、G.マッコイが初優勝を上げました。私は転倒を避けるために無理せず10位でポイント獲得。実は裏話があり、前年のチャンピオンだった私が、もっと早くに手を挙げて合図をしていれば、レース
*Xでコメントを頂き、R4イタリアGPであることが分かりましたので、訂正とブログ内容を変更致しました。1998年R4イタリアGP/奇跡の生還ラストラップの最終コーナー進入で意図的に3・4番手に辺りにつけ、スリップストリームで一気に全員を抜き去る予定でした。集団の中で何度もシュミレーションし、レース中盤以降は意図的にトップでゴールラインを通過しなかった。ゴールラインで車速が出るようにセットアップしていたため、かなりの確率で優勝できる自信があったのです。迎えた最終ラップの最終
1991年GP125日本GP。この年の開幕戦は、鈴鹿サーキットで行われた日本GP。WGPのデビューレースが鈴鹿ということで、ルーキーイヤーの私にとっては願ったり叶ったり。1990年の全日本ロードレース選手権・鈴鹿大会で2分23秒台を出し、WGPのコースレコードを1秒以上塗り替えていた。(GPレコードはステファン・プレインの2分25秒045)当時は、4回のセッション(4時間の走行)、全てが予選として行われていた。2日目(土)の午前中までウエットコンディションとなり、それまでの3セ
うーん、これはどこだろう?多分、レザースーツの傷具合からするとアメリカGPの後かな。R12アメリカGPでチャンピオンが決まる可能性があったレース。決勝レース、スタート直後の1コーナーで後続のL.ボデリエールに追突され転倒。なんとか再スタートするも、転倒した際にエアダクトから砂を吸い込んでいた影響でエンジンが焼き付き次の周の右コーナーでハイサイドで転倒。その時のレザースーツの傷のように思える。1994年は、このレースが初めてのリタイア。ヘルメットもグローブも傷がないので、ア
1997年、トップ独走中に2度のマシントラブル(この年アプリリア特有のプラグの碍子が割れる)に見舞われ、優勝なしのシーズンとなった。15戦中、2位5回、3位2回でランキング4位。このカウルのステッカー貼り、数が多くスペース的にも大変だった(汗バレンティーノ・ロッシは、GP参戦GP2年目でチャンピオン獲得。2年目のロッシはとても勝負強く、決勝でもマシントラブルがなく運も持ち合わせていた。1997年GP125:2年目でチャンピオン獲得1999年GP250:2年目でチャン
(σ⌒ー⌒)σ今回のメンテナンスは、キムコGP125ですHさん、いつも有難う御座いますm(__)m今回は、駆動系のメンテナンスでご来店頂きましたスピードEVOの駆動系を組み、約5千キロ走行状態を点検する事に(σ⌒ー⌒)σ特に交換しなければいけない物は有りませんでしたクラッチはまだあたりが出ていないですねHさんに状態を伝えると、ベルトとスライドピースとローラーを軽くと了解で~~~す(σ⌒ー⌒)σウエイトローラーは1個1g軽くして、ベル
1993年F.C.C.TechnicalSports(現:TSR/在籍2年目)GP3年目にして、初めてBkitエンジンで参戦。(おそらくチーム負担の貸与)それまでと比べ、明らかにストレートが速くなった。R4スペインGPで初優勝。全14戦中、13戦で表彰台獲得。(優勝2回、2位10回、3位1回)チャンピオン争いをするも14P差でランキング2位。表彰台に登壇できなかった1レースは、トップ走行中にメカニカルトラブルでリタイア。本来ならこのトラブルは未然に防げたはず
雪が未だ降りそうもないですが、愛車FITのタイヤをスタッドレスに交換しました。ハイエースは交換しないので、残るは家内のスペーシアギアだけです。江津市N様ご購入ZRX1200DAEGホイールとタイヤの交換。交換後↓ホイールはBITOR&D製マグタンのゴールド。タイヤはブリヂストン製S23。何年も前のタイヤは溝が有っても硬化していてグリップ力はとても低くなっています。安全のために古いタイヤはケチらずに交換しましょう( ̄ー ̄)閉店間際、広
1998年TeamUGT3000(aprilia)カーボンブレーキが使用可能だった最後のシーズン。ホイールは、フェラーリ製のカーボンホイール。1本ウン十万円。転倒した形跡はなさそう。マシントラブルでレッカー待ち?全く記憶にない。アントニオさん、画像の投稿いつもありがとうございます。KazutoSakata🇯🇵4️⃣🏁#125ccLegend@kazuto_sakatapic.twitter.com/gGYfL2TEcu—AntonioRamos
1990年全日本ロードレース選手権全日本1年目でチャンピオン獲得。全開催サーキットのコースレコード樹立。当時、「どんぐり乗り」と揶揄された。今となっては、頭をIN側に落とすのは普通のこと。この乗り方でも、チャンピオンになったら何も言われなくなった。1989年から1990年前半は、ヨコハマタイヤ全盛期の時代。当時のGP125クラスは、大半がヨコハマタイヤのユーザーでした。特にウェットコンディションとなると、DLやBSユーザーもほとんどの人がヨコハマレインに変更するくら
(σ⌒ー⌒)σ今回のメンテナンスは、キムコGP125ですFさん、いつも有難う御座いますm(__)m今回は定期点検でご来店頂きましたメーター走行距離は、約1,3万キロ・・・メーター不動時期が数ヵ月実走行は2万キロは超えていると思うと言う事でしたケーブル、ギアを確認しても問題は有りませんでしたメーター内部の問題で、なんとか修正をして動く様に(σ⌒ー⌒)σ前後タイヤ、フロントブレーキパット&フルード交換( ̄ロ ̄)σプラグ&エアクリーナーも交
1995年このカラーリング好きだったなぁ。カウリングの色合いとデザイン(チームオーナーから任せられてた)、ゼッケンのデザイン、ステッカー貼りは、ずーっと私の担当でした。1995年R10チェコGPブルノサーキット。1993・94・95年と3連勝した時かな?!ファンクラブで作ったフラッグ。R9イギリスGPとR10チェコで2連勝したので、そのどちらかなのは間違いないけど...。KazutoSakata🇯🇵1️⃣🏁#125ccLegend@kazuto_sak
とても懐かしい。えっ、もう33年前?!1991年最終戦マレーシアGPシャーアラムサーキット1位L.カピロッシ2位坂田和人(初表彰台/予選1位初P.P.)3位若井伸之(初表彰台)初めて日本人ライダーの2人が表彰台に登壇。最終ラップまでL.カピロッシと優勝争いを行うも破れた。L.カピロッシは、1990年と1991年の2年連続チャンピオンとなった。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー1990年全日本ロ
この転倒で、左膝の前十字靭帯損傷。(靭帯が伸びて剥離)転倒後、再スタートして7位でチェッカーを受けた。1998年R9ドイツGPザクセンリンクレース終盤、トップ集団がペースダウンして駆け引き状態。そして、1台(真子智実選手)がペースを上げた時に私もそれに追従しようとしたが、ペースダウンしたせいでリズムを崩してしまいハイサイドの転倒。立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。痛みを堪えてバイクを起こし再スタートしたが、膝を曲げるのさえ痛みが走り、左足に力が入らなかった。(このコ
( ̄ロ ̄)σ今回のメンテナンスは、キムコGP125ですNさん、いつも有難う御座いますm(__)m今回は、スピードが出なくなったと修理依頼現在の走行距離、約5,1万キロ約1万キロ前に駆動系をメンテナンス済み・・・なのですが・・・駆動系の点検をする事に(TДT)σベルトはダルダルだるびっしゅベルトが最後まで戻っていませんでしたプーリー&クラッチを外し確認する事に(TДT)σウエイトローラーは酷い摩耗プーリーとボスの間も
1996年4月7日(決勝日)R2インドネシアGPかな。おそらく、ウィークの走行前ですね。開幕戦マレーシアGP予選中、ストレートエンド後にシフトダウンしたらミッショントラブルでロックして、ハイサイドの転倒。転倒前にP.P.タイムを出していただけに残念。左足甲の4箇所を骨折、指の関節3箇所を骨折。1箇所は粉砕骨折だったので、今ではその関節が動きませんね。しかし、この不貞腐れ感...。KazutoSakata🇯🇵😱🏁#Injury@kazuto_sakatapic.
皆さんこんにちは!なんとか雨に当たらず納車業務から戻って来られた外回り業務担当三上です(^^ゝ火曜日くらいまで強い雨が降る可能性があるとのことですので、これから数日の道路やご自宅周辺の状況にはご注意下さいませさてさて、あっという間に7月の中古車速報も本日が最後!まだお盆前納車が間に合うタイミングと思いますので、気になる車両がありましたらお早めにご相談下さいそれでは7/27入荷の中古車を早速ご覧下さいませ~↓□2023年式「RoyalAlloyGP125」走行1,607
(σ⌒ー⌒)σ今回のメンテナンスは、キムコGP125ですNさん、いつも有難う御座いますm(__)m今回は4,3万キロ走行したと言う事で駆動系のメンテナンスでご来店頂きましたいつもの様に(TДT)σ2万キロ走行時にもメンテナンスはしています走行距離なりに摩耗していますねぇ~~~予定外だったのがクラッチシューのスプリングを掛かる所が摩耗してこのまま使用すると破断するので注文を・・・クラッチシューのみが欠品中ん~~~沢山有ったホンダ系の中古も
全日本ロードレース選手権、現場で合流したワーロックさんと見て回っておりました。関口太郎さんやTONEチームの星野さんや山下監督らに会ったり、須貝さんに会えたり、エグゼクティブルームでは目の前に青木宣篤さんが来たりと、普段から仲良くして頂いている人達にたくさん会えました。しかし、一番の驚きと嬉しさがあったのはM-New(以下MNさん)さんに会えた事!MNさんはとある学校での1年先輩。モテローやエリア選手権で活躍し、国際昇格後は全日本ロードレース選手権にもフル参戦。GP125クラスやST
( ̄ロ ̄)σ今回のメンテナンスは、キムコGP125ですAさん、いつも有難う御座いますm(__)m今回は走行中に段差を越えたら後ろタイヤが・・・・と、言う事でレッカーサービスで運ばれてきました車両を確認させてもらうと・・・(TДT)σ前後タイヤ共にヒビだらけ・・・後ろタイヤは空気圧が低い状態で走行してリムからタイヤが外れた様ですと、言う事で前後タイヤ交換(σ⌒ー⌒)σAさん、新品タイヤは滑り易いので気を付けて下さいそして、定期
( ̄ロ ̄)σ今回のメンテナンスは、キムコGP125ですHさん、いつも有難う御座いますm(__)m今回はギアオイル漏れでご来店メーカー限らず、ミッションケースの周りが汚れているのは多いのですが・・・前回ケース周りの清掃と駆動系の点検を・・・(TДT)σ駆動系のカバーとミッションケースカバーを共締めしている個所からミッションケースカバーを外し確認する事に(TДT)σ前回駆動系の点検をした際に、ギリギリだった所にトドメを刺した様です
愛車のサンバートラック。ここ最近駐車後にエンジンオイルらしい油じみが見つかるように成りました?エンジンルームを覗いてみると、ヘッドカバーから漏れているのが見つかりました(汗)なので、直ぐに部品を発注。修理維持費にドンドンお金が掛かって行きます…午後からは江津市I様GP125の引き取りへタイヤがホイールから外れていました?聞いてみると購入してから約3年間、空気圧のチェックはされていないとの事・・・そりゃあ、外れますよね( ̄▽ ̄;)このまま組むの
(σ⌒ー⌒)σ今回のメンテナンスは、キムコGP125ですNさん、いつも有難う御座いますm(__)m今回は約2,1万キロ走行したと言う事で、駆動系のメンテナンスを(TДT)σリフトに乗せケースカバーを外そうと・・・と・・・・ミッションオイル・・・・だ・す(TДT)σ駆動系の部品は在庫が有ったのですが、オイルシールは・・・数日預かり決定( ̄ロ ̄)σウエイトローラーは摩耗して、ベルトはヒビだらけセカンダリーのグリスは真っ黒け