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そろそろ来年のカレンダーの予約受付が始まる時期ですが、毎年恒例レーシングオンでイジられていた方を。毎年新年一発目の号で「ベルトラン賀正」とイジられていたベルトラン・ガショー選手wよりにもよってF1キャリアのなかでも黒歴史である、スバルコローニ時代を僕にイジられるとは夢にも思わなかったデショーねwだって先日スバルコローニの記事を書くときに、この画像を見つけたんですもの。イジらないわけにはいかないデショー?←しつこい
ホンダF1のテクニカルディレクターとして現場の技術陣をまとめる田辺豊治が自身のF1キャリアを振り返った。2018年シーズンの初めに田辺豊治はホンダF1のテクニカルディレクターに就任。ホンダF1は、前年にマクラーレンとのパートナーシップを終え、この年からスクーデリア・アルファタウリ(当時トロロッソ)にエンジン供給を開始。翌年からレッドブル・レーシンツにパートナーシップを拡大した。しかし、田辺豊治はレース界の新人ではない。マクラーレンとホンダがF1を支配したとき、ゲルハルト・ベルガーのエンジニア
ダニエル・リカルドは、F1キャリアの早い段階でミハエル・シューマッハとレースをしていたことを思い出すと、今でも「鳥肌」が立つと語る。2011年シーズン途中にHRTでF1デビューを果たしたダニエル・リカルドは、トロロッソに移籍した2012年までの1年半に7回のF1ワールドチャンピオンであるミハエル・シューマッハと同じフィールドで戦った。当時のミハエル・シューマッハは、メルセデスでF1復帰してから2年目と3年目のシーズンであり、2012年の終わりに2度目の引退をしてF1から完全に離れた。現在、
アルファタウリ・ホンダF1のピエール・ガスリーは、2021年前半戦の11レースは自身のF1キャリアにおけるベストなスタートだと信じている。ピエール・ガスリーは、F1アゼルバイジャンGPでの表彰台を含め、今シーズンすでに8戦でポイントを獲得している。結果として、ドライバーズランキングで同ポイントながらダニエル・リカルド(マクラーレン)のひとつ上の8位に位置している。「おそらくF1でこれまで経験したなかでベストなシーズンのスタートだ」とピエール・ガスリーは主張する。「本当に成功だった。今年すで
2021年にハースF1チームでF1デビューすることが決定したミック・シューマッハは、F1キャリアで使用する固定カーナンバーに“47”を選択した。ハースF1チームは12月2日(水)に2021年のF1ドライバーとしてミック・シューマッハと複数年契約を結んだことを発表。チームは前日に発表したニキータ・マゼピンとともに2人のルーキーによる完全に新しいドライバーラインナップで新シーズンに挑むことが決定した。ミック・シューマッハは、F1で使用する固定カーナンバーに“47”を選択肢、次のように説明した。
2度のF1ワールドチャンピオンであるミカ・ハッキネンは、ルイス・ハミルトンとのF1での目覚ましい成功は、単にグリッドで最高のマシンに乗ってきたという理由では片づけることはできないと語る。ルイス・ハミルトンは、ミハエル・シューマッハの記録に並んだ91勝のうち70勝、そして、6回のF1ワールドチャンピオンのうちの5回を、ハイグリッド時代を支配しているメルセデスのF1マシンで獲得している。ルイス・ハミルトンがここまでの成功を収めたのはメルセデスのF1マシンに乗っていたからだとの意見が多く聞かれるが
フラビオ・ブリアトーレは、自身がマネジメントしたフェルナンド・アロンソのキャリアについて後悔していると認める。マクラーレンへの最初の移籍は“まったく価値のない”ものだったが、最大の後悔はフェラーリへの移籍だったと語る。2005年と2006年にルノーでF1ワールドチャンピオンを2連覇したフェルナンド・アロンソは、2007年に名門マクラーレンに移籍した。しかし、当時ルーキーだったルイス・ハミルトンを支援するマクラーレン内の権力争いと政治に巻き込まれ、すでにチームとの関係には亀裂が生じた。そして
ルノーF1チームのダニエル・リカルドは、少なくともこれまでに1回はF1ワールドチャンピオンになれると期待していたが、自分のキャリアの展開に後悔はないと主張する。2014年にトロロッソからレッドブルに昇格したダニエル・リカルドは、4度のF1ワールドチャンピオンであるチームメイトのセバスチャン・ベッテルを倒してランキング3位を獲得。2016年にも再び3位となった。レッドブル所属時に7勝を挙げたダニエル・リカルドだが、持続的なタイトルへの挑戦を行うことができず、2019年にルノーF1チームに電撃移
日本のスーパーフォーミュラでも活躍したフェリックス・ローゼンクヴィストは、F1キャリアにはあまりに関心はないと語る。28歳のフェリックス・ローゼンクヴィストは、ヨーロッパで非常に有望なジュニアキャリアを過ごし、2015年にはヨーロッパF3選手権でチャンピオンを獲得。マカオGPを2連覇し、GP2マシンをテスト。フォーミュラEでも好成績を残した。しかし、その後、フェリックス・ローゼンクヴィストは、元F1ドライバーのマネージャー、ステファン・ヨハンソンとともにアメリカへと渡ることを選択。2019年
シャルル・ルクレールのマネージャーを務めるニコラス・トッドは、2024年までフェラーリF1との契約を延長したルクレールのキャリアを“誇りに思う”と語った。ニコラス・トッドは、人生の大部分をF1の周りで過ごした。父親であるジャン・トッドは、フェラーリのF1チーム代表を務めた後、FIA(国際自動車連盟)の会長を務め、F1界に多大な影響力を持っている。ニコラス・トッドは、父親の影から抜け出し、自分が得意とする分野でその才能を引遂げている。何名からのF1ドライバーのマネージャーを務めるトッドは、彼が
ピエール・ガスリーは、レッドブル・ホンダとの2019年シーズン前半に自分のモータースポーツキャリアを失ってしまうのではないかと恐れていたと語る。今シーズンをレッドブル・ホンダのドライバーとしてスタートしたピーエル・ガスリーだったが、ハンガリーでの12戦目の後、古巣であるトロロッソ・ホンダへと戻った。ピエール・ガスリーは、レッドブル・ホンダRB15では自分のポテンシャルを発揮できなかったと語る。「ドライバーとして数週間や数ヶ月で運転方法を忘れるなんてことはない」とピエール・ガスリーはコメン
ニコ・ヒュルケンベルグは、2013年のザウバー移籍はF1キャリア最大のミスだったと考えている。2010年にウィリアムズでF1デビューを果たしたニコ・ロズベルグは、1年間のリザーブドライバーを経て、2011年にフォース・インディアでグリッドに復帰。2013年に前年に競争力をみせていたザウバーに移籍するが、資金難によってチームは低迷。わずか1年で離脱し、フォース・インディアに戻っている。2020年のF1シートを獲得することができず、177戦で一度も表彰台に上がることなくF1グリッドを離れることに
2019年シーズンに278ポイントを獲得し、ドライバーズランキング3位になったレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペン。チーム代表のクリスチャン・ホーナーは、2019年はフェルスタッペンにとって、キャリアで最も力強いシーズンだったと語る。フェルスタッペンは過去2年にわたって2勝ずつ挙げてきた。しかし今季は3勝を挙げ、自身初を含む2回のポールポジションを獲得した。結局前述の通り278ポイントを記録……2018年の249ポイントから29ポイントを積み増した格好だ。「マックスにとって、F1
トロロッソ・ホンダのダニール・クビアトは、2019年はF1キャリアのなかで最も強力なシーズンのひとつだったと語る。2017年末にレッドブルを放出されたダニール・クビアトは、1年間フェラーリのシミュレータードライバーを務めた後、今年トロロッソ・ホンダでF1復帰。ドイツGPでの3位表彰台を含め、8回のポイントフィニッシュを達成している。今シーズンについてダニール・クビアトは「とても満足している」とコメント。「正直に言えば、F1での最高の年の1つだったと思うし、かなり幸せだ。思い通りにいったレー
ダニエル・リカルドは、ニコ・ヒュルケンベルグが2020年のF1シートを獲得できなかったに関わらず、彼のF1キャリアはまだ終わってはいないと考えている。ルノーは、2020年のダニエル・リカルドのチームメイトとしてエステバン・オコンと契約。ニコ・ヒュルケンベルグは2020年のF1シートを失った。ヒュルケンベルグはハースF1チームと交渉したが、条件に同意できず、また、アルファロメオの噂もアントニオ・ジョビナッツィの続投で立ち消えとなった。ウィリアムズはまだラインナップを確定させていないが、ニコ・ヒ
2019年F1シンガポールGP決勝で、アルファロメオのアントニオ・ジョビナッツィは10位を獲得した。レースの27周目から30周目にはトップを走行、F1キャリアで初めてラップリードを記録している。レース後、ジョビナッツィは、アクシデントでストップしたジョージ・ラッセルのマシンを撤去するためのセーフティカー出動中、クレーンとマーシャルに近づきすぎたとして、10秒のタイムペナルティを科された。しかし順位は変わらず、1ポイントを獲得することができた。「激しく戦い抜いたレースだった。僕自身と
アントニオ・ジョビナッツィ(アルファロメオ)のF1キャリアに再び暗雲が漂い始めてきたようだ。フェラーリの育成ドライバーだったイタリア出身のジョビナッツィは、今季アルファロメオで念願のフルタイムドライバーを務めるチャンスを得た。だが、ベテランチームメートのキミ・ライコネンがコンスタントにポイントを稼ぐ一方で、ジョビナッツィは開幕からずっとノーポイントのレースが続いたことで、今季限りでF1シートを失うことになりそうだとうわさされていた。だが、シーズン中盤からジョビナッツィは少しずつ
2019シーズン前半戦を終え、破竹の21戦連続入賞を続けているマックス・フェルスタッペン。この安定性は若くして才能が最盛期に達したことを意味しているのだろうか?3-5-2-5-3-2-1-2-3-3-4-4-4-3-4-5-4-1-5-1-2...このランダムな数列は“過去21レースにおけるマックス・フェルスタッペンの決勝順位”だ。1年前のハンガリーGP決勝をエンジントラブルでリタイアしたのを最後に、この21歳のオランダ人ドライバーは21戦連続トップ5フィニッシュを記録している(2019シ
フェラーリのシャルル・ルクレールは、F1イギリスGPで3位表彰台を獲得。“F1キャリアで一番楽しいレースだった”と語った。3番グリッドからスタートしたシャルル・ルクレールは、レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンとピエール・ガスリーとバトルを展開。セーフティカー中のピットストップの判断が遅れて一時6番手まで後退したが、ベッテルとフェルスタッペンのインシデントもあり、3位でチェッカーを受けた。「今日はいい1日だった。僕のこれまでのF1キャリアで一番楽しいレースだった」とシャルル・ルク
5度のタイトル獲得経験者であるルイス・ハミルトンは、F1での成功への道筋は、精神的な苦痛なしで歩めるものではなかったと語っている。アメリカの人気トークショー番組司会者であるデビッド・レターマンのNetflix番組『MyNextGuestNeedsNoIntroduction』において、ハミルトンは、タイトル争いは大きな精神的ストレスと結びつくものだと話した。継続して成功していくためには、どれだけ上手く「ひどい落ち込み」と付き合っていけるかが重要になるとハミルトンは説明し
ルイス・ハミルトンは、マックス・フェルスタッペンからのプレッシャーに耐え続けて勝利を掴み取った今年のF1モナコGPはこれまでのキャリアのなかで“最大の挑戦だった”と振り返る。ルイス・ハミルトンは、マックス・フェルスタッペンよりも耐久性の低いミディアムタイヤで66周にわたってプレッシャーを感じながらフィニッシュ。今季4勝目、そして、3度目のモナコGPを制した。ピレリはミディアムタイヤの推奨ラップを50周としていたが、メルセデスはルイス・ハミルトンに“セーブしろ”と伝え続けた。「これまで最も
メルセデスのルイス・ハミルトンは、F1キャリアにおいて、歴史上のどのF1ドライバーよりも大金を稼いでいるようだ。F1で7度のチャンピオンに輝いたミハエル・シューマッハーは、ジョーダン、ベネトン、フェラーリからF1参戦した1994年〜2004年にかけて、4億6400万ドル(約518億3200万円)を稼いだ。『Forbes』誌によると、シューマッハーが1シーズンで最も多く稼いだ金額は3800万ドル(約42億4500万円)で、1999年に生涯獲得金額が最高額のF1ドライバーとなった。し
ロバート・クビサは、2019年のF1世界選手権での目標は、今後も長く第2のF1キャリアを継続するための道を開くことだと語る。2011年のプレシーズン中のラリー事故で右腕に重傷を負ったロバート・クビサ(35歳)は、2019年にウィリアムズで8年ぶりにF1レース復帰を果たす。ウィリアムズは1月29日(火)、ロバート・クビサのスポンサーであるポーランドの石油会社PKNオーレンとのイベントのためにポーランドにF1マシンを輸送。そのマシンにはrウィリアムズのスポンサーにも就任したPKNオーレンのロゴ
元F1ドライバーのジャック・ヴィルヌーヴは、エステバン・オコンのF1キャリアを止めた責任はメルセデスにあると非難する。昨年までフォースインディアからF1に参戦して高い評価を得ていたエステバン・オコンだが、新オーナーであるローレンス・ストロールの息子ランス・ストロールの加入によってシートを失うことになった。エステバン・オコンは、ルノーやマクラレンと交渉していたが成立せず、メルセデスのモータースポーツ責任者を務めるトト・ヴォルフは他チームの“政治”と“嘘”があったとして批判していた。オコンは、
フェルナンド・アロンソは、F1キャリアの最大のライバルとしてミハエル・シューマッハの名前を挙げた。今シーズン限りでF1キャリアにピリオドを打たフェルナンド・アロンソは、来季はトヨタとのFIA世界耐久選手権(WEC)とともに、デイトナ24時間レース、そして、マクラーレンからインディ500に再挑戦する。エモーショナルな最終戦アブダビGP後、最大のライバルドライバーを1名挙げるよう求められたフェルナンド・アロンソは、すぐに7回のF1ワールドチャンピオンであるミハエル・シューマッハの名前を挙げた
ザウバーは2019年のドライバーにキミ・ライコネンとアントニオ・ジョビナッツィを選んだ。そのためマーカス・エリクソンは2018年限りでF1を離れ、来季からはインディカーに活躍の場を移すこととなる。しかしエリクソンは、2018年について自身のキャリアで最も力強いシーズンだったと振り返る。「間違いなく、僕のキャリアで最も力強い1年だった」エリクソンはそう語る。「今年のレースペースは、とても力強かった。本当に良いレースがいくつかあったんだ」しかしエリクソンは、自身の弱点は予選結果でのパ
F1のスポーティングディレクターを務めるロス・ブラウンは、フェルナンド・アロンソは長いF1キャリアで“才能に見合うほど”の勝利を収めなかったと考えている。2005年と2016年にルノーでワールドチャンピオンを2連覇したフェルナンド・アロンソだが、その年以来、3度目のタイトルを獲得することはできなかった。2007年にはマクラーレン、2010年と2012年にはフェラーリでシーズン最終戦でタイトルを逃している。2015年にマクラレーンに復帰したフェルナンド・アロンソは、チームとの4年間で表彰台に
2019年にトロロッソ・ホンダでF1デビューをは果たすアレクサンダー・アルボンは、F1キャリアで使用する固定カーナンバーとして“23”を選択した。今年のF2シリーズを3位で終えたタイ国籍のアレクサンダー・アルボン(22歳)は、2019年にダニール・クビアトのチームメイトとしてトロロッソ・ホンダからF1デビューを果たす。トロロッソは、チームの公式ウェブサイトを更新。アレクサンダー・アルボンのプロフィールページでカーナンバーが“23”であることが明らかになった。NBAのレジェンドであるマイケ
ロバート・クビサがF1キャリアの固定ナンバーに“88”を選択したことに対して一部から批判の声が挙がっている。2019年にウィリアムズでF1復帰することが決定したロバート・クビサは、F1キャリアで使用するナンバーとして“88”を選んだことがFIAが公表した2019年の暫定F1エントリーリストで明らかになった。2014年に導入されたF1レギュレーションでは、ドライバーはF1キャリアを通して固定ナンバーを着けることになっており、2~99の中から数字を選ぶことができる。カーナンバー1は現役ワールド
ルノーのニコ・ヒュルケンベルグは、F1アブダビGPの決勝レースをリタイアで終えた。1周目にロマン・グロージャン(ハース)と順位を争っていたニコ・ヒュルケンベルグは、ターン9でグロージャンの左フロントタイヤに右リアタイヤが乗り上げる形で横転。マシンは逆さまの状態でバリアでストップ。幸いにもヒュルケンベルグに怪我はなかった。「週末ずっとチームと一緒に懸命に頑張ってきたのに、今日あんなに早くレースから外れてしまって悔しいよ」とニコ・ヒュルケンベルグはコメント。「クルマがひっくり返って劇的に映っ