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としまOLericoですネットや街で見つけたステキなファッションやグッズをご紹介しちゃいます!※としま【年増】娘盛りを過ぎた女性一般に30歳代半ばから40歳前後までの女性をいう江戸時代には20歳前後を年増28~29歳ぐらいまでを中年増それより上を大年増といった『デジタル大辞泉』ずいぶんなおことばデスこと!プンプン)こちらからどうぞ今日ご紹介する曲はEricCarmenのHungryEyesです!ericoのひとりごと19
エリックが亡くなって2年。今年も追悼ライブの季節が巡ってきた。8月のバースデーライブと3月の追悼ライブは、個人的に年に2回の重要行事なので、今回も満を持してエリックファンの友人たちと参加してきた。会場は、いつもの通り、自由が丘のMcCartonyさん。自由が丘マッカートニー自由が丘Mccartney、ピアノ、ドラム、ベースアンプが常設、貸切パーティ等で利用可能www.mccartney.club演奏はもちろん、伊豆田洋之さん。エリック関連楽曲のレパートリーの多さ、
2026.3.11(水)自由が丘McCartney一部(Pf)01.Waiting02.Sunrise03.Don'tWanttoSayGoodbye04.MyGirl05.LastNight06.BoatsAgainsttheCurrent(Ag)07.IfYouChangeYourMind08.Drive'nAround09.NobodyKnows10.IWannaBeWithYou(Pf)11.H
謹賀新年世界が混迷を深める中、新たな一年が始まりました。今年の干支は午です。"人間万事塞翁が馬"この歳になると身に沁みます。まずは焦らず慌てずにいきましょう。そう言いつつも「大変です!1976年の愛聴盤が多く紹介しきれません。」そうなんです。ついに半世紀振り返り企画「こだわりの1976年」の年2026年になってしまいました。何度も何度も取り上げてきましたが、1976年77年は私にとって特に大切な洋楽アルバムが数多くリリースされた年です。ざっとライブラリーを数えても76年だけで
今朝のキーワード“That”で...WishboneAsh「That'sThat」(1981年)JohnWetton参加、リード・ヴォーカル!EricCarmen「That'sRock'n'Roll」(1975年/1976年)ShaunCassidy「That'sRock'n'Roll」(1976年/1977年)米3位。ABC「ThatWasThenButThisIsNow」(1983年)英18位/米89位。TheMonkees「That
1976年全米11位(アダルトコンテンポラリーチャートでは1位)、カナダで1位。ソロデビューアルバム"EricCarmen"から"AllByMyself"に続くセカンドシングルとしてリリースされました。この曲も"AllByMyself"と同じくラフマニノフの曲(交響曲第2番第3楽章)をモチーフにしていて、EricCarmenは著作権の存続期間が満了してパブリックドメインになっていると思っていたのですが実はそうではなかった(正確に言うと、アメリカでは著作権は切れて
今日は、ERICCARMENのお誕生日なんです。存命なら、76歳。2024年の3月に旅立たれました。今回の個人的アルバム・レビューは、1991年8月に発表された、ERICCARMENの初のベスト・アルバム「THEBESTOFERICCARMEN」を。瑞々しく切ないポップ・メロディーに、艶のある歌声を重ねるシンガー、ERICCARMENのベスト・アルバムです。ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第2番」をモチーフにし、途中にピアノ協奏を挟んだ、7分超の美しいバラードの名曲で、後年、
昨日8月7日(木)は、自由が丘のMcCartneyさんにて、伊豆田さんの演奏によるエリック・カルメンのバースデーライブ。(本来の誕生日は8月11日、生きていれば76歳を迎えるハズだった。)このライブは、春の桜旅、秋の放浪旅、3月のエリック追悼ライブと並ぶ自分の4大年間イベントのひとつとなっているので、もちろんエリック仲間と参戦してきた。ライブの幕開けは、"Waiting"でしっとりと始まった。この曲は、エリックが12歳のときに初めて作曲した曲だと言っていたのをどこかで読んだ記憶がある
2025年5月15日(木)は、2025春旅第2幕のクライマックスとして、エリック・カルメンファンの仲間と総勢4名で富士山が見える朝霧高原にある「小さなホテルスターティングオーバー」に宿泊。外観、内装、料理、おもてなしとすべてにおいて素晴らしいのだが、オーナーさんがエリックのファンというのがまた特別。小さなホテルスターティングオーバー·〒401-0338山梨県南都留郡富士河口湖町富士ヶ嶺1364−6★★★★★·ホテルmaps.app.goo.gl小さなホテルスターティングオ
エリック・カルメン:ディスコグラフィ&関連記事。「」内のタイトルクリックで各紹介記事へ。随時更新中。●スタジオ・アルバム「EricCarmen」:1975年・1st●ベスト「TheEssentialEricCarmen」:2014年・ベスト●シングル「AllByMyself」:1976年「HungryEyes」:1987年「MakeMeLoseControl」:1988年●関連「That'sRock'N'Roll」:1976年・ショーン
「EricCarmen/TheEssentialEricCarmen」・2014年・ベストDisc101GetTheMessage/CyrusErie02GoAllTheWay/Raspberries03IWannaBeWithYou/Raspberries04Let'sPretend/Raspberries05Tonight/Raspberries06OvernightSensation(HitR
「EricCarmen/EricCarmen」・1975年・1st01Sunrise02That'sRockAndRoll03NeverGonnaFallInLoveAgain04AllByMyself05LastNight06MyGirl07GreatExpectations08Everything09NoHardFeelings10OnBroadway●エリック・カルメン(Wiki)ア
エリック・カルメンの1988年リリースのシングルで全米3位、全英93位。1988年全米年間チャート38位。レトロテイストのメロディアス・ロック。いかにもアメリカンな雰囲気の産業ロック風。本曲はロイ・オービソン、クリスタルズ「Uptown」、ベン・E・キング「StandByMe」、ロネッツ「BeMyBaby」、シュープリームス「BackInMyArmsAgain」、ポール・デイヴィス「IGoCrazy」を引用。PVはアメリカン・グラフィティを意識した
マジでヤバかった。完全に疲れてる。この3ヶ月ぐらいほとんどサボってない。今日も北行って、一旦戻って、今度は南行って、さらに南行って。その間に連絡が取れないお客さんにやきもき。今日の午前中までに連絡くれって言ってたのにこない。納品間に合わないってば!結局夕方になってようやくOKの連絡が。遅いって。その時まだワシは車の中。ようやく戻って、今度は明日の準備。してるうちに頭がクラクラしてきた。そして腹がめっちゃ減ってきた。今日は食
長年マスコミ関係の仕事をしていたが、2018年に長年勤めていた会社(28年)を退職、直ぐに制作、及び人材派遣の会社に就職出来たのは良かったが、現在は契約社員にしてもらい、警備業務をメインに働いている。ダブルワーク(2021年~)になるが、今年になって新たに2つの就活が始まった。ひとつは音楽関係、もうひとつはキャスティング&映像撮影関係。62歳、今年で63歳になるが、これを最後の就活にしたい。ということで今日のキーワードは“Change”(その2)...AlanParsonsP
カバーの方のセリーヌ・ディオンの方を持っている。EricCarmen「AllbyMyself」(4:31)1975年12月発売EricCarmen「AllbyMyself」(7:10)CélineDion「AllbyMyself」1996年発売
ブログ書きたいことあるのになんかさぼってばかりでとうとう今年も終わっちゃいそう。今年もたくさんの人がお亡くなりになってだんだん寂しくなってきた。芸能人の訃報も増えたし身近の知人とかもここ数年増えてる。先だってのミポリンの訃報には驚いた。入浴中の不慮の事故というのもびっくり。高齢者の入浴中の死は割と聞くけどねえ。でもヒートショックだとしたら年齢だけではなくその時の体調や状況にもよるから誰でも起こりうる可能性あるよね。飲酒後って可能性もあるし。血圧や心臓の病気とかもある
1973年全米35位。作者のEricCarmenによると、この曲は彼が書いたベストのメロディの一つだということで、その一部を"AllByMyself"にリユースしたと述べています。MidnightSpecial出演時のパフォーマンス。Lettermenは、"Don'tWantToSayGoodbye"とのメドレーでカバー。ただ、この曲というと...。またかよ(呆)・・・まあまあ、Leslieがベース、Eric&W
どもです。Kiriです。これ、書いちゃっていんだろうか。仕事でやってるんだから、そんなコト書くなって怒られるかも…だけど。オイラがリスペクトしていたふたりの音楽家が鬼籍の人となった。オイラが大好きだった音楽。彼らの新しい音楽は二度と聴くコトはできない。彼らの歌を聴きながら、書いているんだけど感慨深い気持ちになって正直なところを素直に今、振り返ってみるのもいいかな、と。オイラはロック。ロックは正直でいいんだと思う。というわけでBGM行ってみよう。ericcarmen
クリーブランド市のエリック・カルメン・デー(8月11日)制定にあわせるように急遽発売されたアルバムに収められているバラード。1979年の録音で、エリックのソロ4作目のアルバムTonightYou'reMineの収録候補曲だったもよう。このアルバムは、ロック色の強いアルバムにしたかったようだから、バラードは2曲も不要で、Foolin'Myselfが収録されることになったと推測される。メロディーはもちろん、この曲でもストリングスが美しくて好きだ。訳あって、エリックのデモや未発表
先週amazonmusicの新譜情報にエリック・カルメンのニューアルバムのリリースが掲載されていた。ここで文句を言っても仕方のないことなのだが、amazonの新譜情報はスマホアプリでしか見られない仕組みになっていてPCでは告知されない。その他の機能でもスマホが優遇されていて、PC仕様はいまいち格落ちになっている。使いづらいから統一してよねとか言いたくなる。リリースされたアルバムは「ANDNow,ERICCARMENTHEARISTAARCHIVE」。ライブ音源、シングルバージョ
今日、8月11日は、今年3月に天に召されたエリック・カルメン(EricCarmen)の誕生日。生きていれば、75歳を迎えるはずだった。自分は、小学校6年生のとき、ラジオから流れてくるAllByMyselfを聴いて人生が変わった。エリックの曲との出会いは、中学校以降で英語を学ぶ強い動機を与えてくれた。あの日あの曲を聴いていなければ、自分は全く違った人生を歩んでいただろう。あの日の偶然の出会いには心から感謝している。今宵は、自由が丘で伊豆田洋之さんによるエリックのバースデーライ
ビーフカツを求め全国各地を彷徨う超変人の超マニアックなブログです。今回は『MUSIC編』。私の好きな楽曲をご紹介します。今日は、EricCarmen(1949.08.11-2024.03.11)の『HungryEyes』です。EricCarmenは、1949年にオハイオ州クリーブランドで生まれたアメリカ人シンガーソングライターです。大学在学中にCyrusErieというバンドに在籍し何枚かのシングルをリリースしますが、全て不発に終わります。CyrusErie解散後の
若い頃は生ギターを抱えて破茶滅茶英語でメロディから作ることが多かったけれど、最近の楽曲制作は歌詞が先行する事が多くなりました。ありったけの情熱を五線譜にぶつけていた時代、でも独りよがりの思いだったんですかね。今は変わり映えのしないぼんやりした生活の中で大切なもの何かと考えていたり、衰えたパワーを振り絞り思い出を手繰り寄せると自然と歌詞が浮かんできます。今回念願の3拍子が完成したのも歌詞先行でした。やっぱりずっとずっと大切なのワイフなんだとの思いを歌詞に込めました。まあ実生活とのギャ
5/21(火)昨夜は3月に惜しくも亡くなってしまった、CRT「追悼エリック・カルメンnight」へ。いろんな曲や映像や貴重なお話しの数々久々に聴いたり見たり。特に1985年のアルバムの曲なんて、その時以来かも。楽しかったし、ファンの皆さんが集えるこういう場を作っていただき本当に良かったです。個人的には大島から出てきて最も初期に見たライヴの一つが1980年の中野サンプラザだったので、特に思い入れ深いアーティストの一人。ビートルズ、ポール~ビリーからのエリック・カルメンって流れで聴
EricCarmenについて、もう一度…”CHANGEOFHEART"を初めて耳にしたのはほぼリアルタイムでリリースの翌年、1979年。"ALLBYMYSELF"を初めて聞いたのはリリースから6年後の1981年。この曲のメロディは、ほとんどリアルタイムにPaulMauriatのカヴァーで知っていたのだが…<br>※日本盤LPは独自編集されたもの。LOVEISSTIL
今日、ご紹介するのは、EricCarmenのChangeOfHeartです。彼はポップな楽曲を作るのがうまく、特にビーチボーイズ風のコーラスやアカペラを効果的に使っていましたね。また、ラフマニノフをよく研究しているのが、彼のバラード曲からはよく伺えました。先日、74歳で亡くなったのは残念です。HeyDeanieProvidedtoYouTubebyAristaHeyDeanie·EricCarmenChangeOfHeart℗1978AristaRe
日本時間の3月12日の未明・・・EricCarmenさんが、この3月に亡くなられた・・・・・・と公式サイトに、奥様のAmyCarmenさんの投稿・・・世界中に、衝撃が走りました。・・・洋楽を聴き始めて間もない頃、TheRaspberriesというバンド名を聞きました。その頃、リリースされた曲が、Ecstacy、確か「君に首ったけ」という邦題・・・だったと思います。イメージとしては、アイドル要素を持ち合わせたポップ・ロックそんな感じだったと思います。その1
さて、またの機会がやって来ましたので前々々回ちらっと書いた「夢の面影」…98年、前作より13年振りにリリースされたエリック最後のソロアルバム。この中で例の映画「フット・ルース」に提供した「パラダイス~愛のテーマ」をご本人自らカヴァーしているんですね。(デュエット相手はジェイニー・クルーワー)アルバムはほとんどの楽器をエリックが手がけているのですが、ゲストとしてブルース・ガイチ(Gt)の他、なんとなんと元ラズベリーズのウォーリー・ブライソンも
私が生徒とか学生とか呼ばれる時代は週休二日制ではなかった。土曜日は半ドンといって午前中は授業があって大人も仕事を午前中で終了していた時代だった。音楽に夢中になりはじめていた10代の頃、お気に入りの洋楽ラジオ番組は割と週末に放送されていたような気がする。当時の私にとってはウイークデイのラジオのヒットチャート番組も楽しかったが、週末のラジオ番組はもっと楽しかった。そこで出会ったバンドの一つにアメリカのバンド「ラズベリーズ」がある。多分、八木誠さんの全国ネットの番組で彼らの曲を知ったのだと思う。