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今日はKATOのEF58直流電気機関車です。3両の前面車番をメタルインレタ化しました。様々な形態の在籍全9両を俯瞰してみようとも思います。いつもご訪問頂きありがとうございます。以下本編です↓。今回メタルインレタ化したのはEF5853,EF5858,EF58160の3両です。前面の車番だけ、写真は施工後です。写真は58号機の施工前、朗堂のナンバープレートパーツ(M-204)を使っていましたが、出っ張り感があってイマイチでした。(先台車が線路から外れた状態で撮影しちゃってい
EF5836大阪駅にて。後ろのビルが阪急グランドビルだったっけ。36号機は向かって右側のヒサシが歪んでいるのが特徴でした。修理しないんかい?と気になっていましたが、廃車までこのままだったんですかね。36号機と言えば7つ窓の機体でしたね。この写真では7つ窓が分かりませんが。当時は米原機関区のカマでした。荷物列車を牽いて大阪駅に到着したところでした。当時は荷物列車も頻繁に運行していたのでEF58はよく見れました。
今日はEF5836の話です。KATOの35号機製品から各所改造していますが、いくつか手を付けられなかった箇所の1つ、前端梁の狭幅化にトライしてみました。53号機もちょっと絡んで..かなりキワドイ改造です😁。(一部”前面梁”表現になっていたのを修正、”前端梁”に統一しました。)いつもご訪問頂きありがとうございます。以下本編です↓。側面中央窓が7枚ある変形機EF5836米です。ドンピシャの製品が無いためKATOの35号機製品(3056)から改番の他、SG仕様化、一部側窓の枠無し化、
2025.04.27撮り鉄日和今日も天カメ120-301本線試運転のある日でしたが、諸々の所用で今日は非鉄でした。1985.04.29つくばお召も終わり、小生も家族仕業を終え本ツアーの締めの日別れたお召ツアー本体が、大垣夜行345Mで帰還してくる日、彦根駅に自動車でお迎え皆様両手にお土産をぶら下げ、まるで観光客のお帰り見たい。先ずは、前座で一般EF65牽引のナコ座を。1958.04.29EF65114+ナコ座そして米原機関区の一般公開へ、しかし光線条件が悪いの
今日はKATOのゴハチ2両、EF5853&36号機の話です。後者は最近色々やってる35号機製品からの改造車ですが、2両の共通点は側面のエアフィルターがヨロイ戸だったのに模型は原形だった..今回ヨロイ戸化をやりました。が、2両で微妙な寸法違いがることが発覚し😲、かなりシビレる作業になりました。いつもご訪問頂きありがとうございます。以下本編です↓。EF5853(KATO3020-1)とEF5836(305635号機製品からの大改造車😁、前回記事で側窓改造をやりました↓)です。ど
今日は兼ねてから色々やっているEF5836です。KATOの35号機製品からの改造ですが、今回は側面=窓を中心に弄って変形機の特徴を再現、だいぶ実車の雰囲気に近づいて来たかな~と思います。いつもご訪問頂きありがとうございます。以下本編です↓。前回屋根を中心に弄りました↓が今回は側面が中心、だいぶEF5836号機っぽくなって来た気がします😁。元々はKATO3056で長岡運転所の35号機製品でしたが、弄りまくってかなり雰囲気が変わりました。真っ先に目立つのが運転台脇の側窓、Hゴム固
今日はKATOのEF5836です。35号機製品からの改造を色々やってますが、EG表現だった屋根をSG車にアレンジして、荷物列車牽引の試運転までやりました。いつもご訪問頂きありがとうございます。以下本編です↓。KATO3056;EF5835号機製品を改造しまくって馴染みのあったEF5836号機化しよう..既に改番は済んで更に色々やっていますが、今回青屋根になった所が大きく変わった~避雷器の位置やその左右;四角いプレート状のものも付けています😁。前回記事↓の姿、避雷器の
今日はKATOのEF58です。側面窓7枚の変形機36号機を類似形態=35号機製品からの改造で再現します。色々難しい手入れが待っているんですが、先ずは改番しないと始まらない..シビレる作業でしたが慎重に慎重に進めました。足りないパーツがあったという話なども出て来ます。いつもご訪問頂きありがとうございます。以下本編です↓。整備を進めているEF5836米、KATO3056;35号機製品からの改造で再現します。側面7枚窓の変形機は35,36号機だけ、改造が大変なんですが現状最も近いのは
今日はKATOのEF58です。35号機の中古製品を入手して36号機化する計画なんですが、既に在籍しているゴハチも色々絡んで..各種バリエーションのあった前面形態を見直し、パーツをとっかえひっかえして実車の表情に合わせます。いつもご訪問頂きありがとうございます。以下本編です↓。KATO3056;EF5835の中古品を入手しました。某店舗で見つけて..既在籍ゴハチ各機の前面形状などを実車写真と見比べて確認したりして..どうパーツをとっかえひっかえすればいいか?計画を練った上で、改めて
今月はFather's書庫のアップをしておりませんでしたのでEF58を1枚ご紹介させていただきます。1952年(昭和27年)、高崎線電化に際して東芝府中で製造された側面窓が7枚の旧車体の特徴を持つ変わり種です。高崎二、浜松、宇都宮、長岡二から1972年(昭和47年)に米原に転属、晩年は下関に配置され1986年(昭和61年)に廃車となったとのことです。写真は茶釜・大窓時代の36号機、場所は上野駅(多分)、撮影時期は不明です。廃車後は2013年10月まで車体の2/3が広島
昭和59年3月12日東海道本線名古屋駅荷38列車ですひさし付きのEF58東海道線では余り見ませんでしたこの写真だけです夜勤明けで関ヶ原行く途中で撮影です。EF5836の侵入です1996年のSL運転時の補助機関車EF5889軽井沢駅拡大
35年前の米原機関区の撮影会で出会った、側面7窓の変則機です。その28年後に広島郊外で再会しました。今はどうなっているんでしょうか?
微かに見える富士山
昭和58年春にコダック社からASA800と言う高感度のカラーネガフィルムとモノクロフイルムが発売されたので、さっそく其のフイルムを装填して夜行の荷物列車を撮影に出掛けました。22時09分、EF58が牽く汐留行の急行荷物列車32レが大阪駅9番線ホームに到着します。この日の32レ牽引機はEF5836EF5836は側窓が7つある異端児で米原時代には特急「つるぎ」も牽いた米原区のスターだった。日を異にして9番線に到着したのは白ゴムのEF587722時46分の発車までキャブ
国鉄時代、最量産されたディーゼル機関車DD51は、649両もの両数が製造されました。DD51の初期型と呼ばれるのが1~53号機です。そのうち、1~4号機が試作機とされています。客車暖房用の蒸気発生装置(SG)を搭載し、重連総括制御装置が搭載していないのが特徴です。運用を離脱し、鷹取工場で長らく留置さたたままになっていた12号機です。1983.2.6DD51-12山陽本線・鷹取工場続いて、こちらも運用離脱して、宮原機関区で留置されていたDD51初期型3両で
EF58-36の定期運用の画像をアップします。36号機といえば、35号機とともにデッキ付きの車体から流線型車体へ改造された車両です。それゆえ、他のEF58と異なり側面機械室の窓が7枚(量産された他の170両は5枚)あるのが大きな特徴でした。(流線型車体誕生の詳細記事はこちら)自分と36号機が初めて対面できた時の写真です。1982.7.24荷39レ東海道本線・大阪駅EF58-36(米原機関区)36号機の特徴は、全面窓は白Hゴム支持、ぐにゃりと曲がったツララ切り(全面
前々回「EF58型電気機関車デビューの概要」、前回「EF58・流線型車体の誕生」について書きました。今回は、「デッキ付きスタイルEF58のその後」について述べます。1980.2荷2036レ山陽本線・明石駅EF58-125(宮原機関区)デッキ付きスタイルのEF58の誕生が1946年(昭和21年)、蒸気暖房装置を搭載した流線型スタイルのEF58-35,36号機の誕生が1952年(昭和27年)でした。デッキ付きスタイルの1~31号機も、35,36号機が誕生したその翌年から順次蒸気暖
前回、「EF58型電気機関車デビューの概要」を書きましたが、今回は「EF58の流線型車体の誕生」について述べたいと思います。1985.4.29米原機関区GHQのインフレーション抑制政策「ドッジライン」によって、製造途中で中断していたEF58の32~36号機のうち32,33,34号機はギヤ比等を改造して、1951年(昭和26年)に貨物用電気機関車「EF18」となってデビューしました。その後、高崎線電化に伴って列車暖房用の蒸気発生装置を搭載した旅客用電気機関車が必要となりました。そ
急行「きたぐに」といえば583系のイメージですが、1985年3月ダイヤ改正以前は客車で運行されていました。今回は、「きたぐに」の客車時代の画像をアップします。まずは12系座席車と10系客車(旧型客車)の混結編成時代の写真です。1982.11.14502レEF58-96(米原機関区)東海道本線・山崎-高槻「きたぐに」の米原-大阪間のけん引は、米原機関区のEF58が担当していました。編成は、機関車次位は郵便客車「オユ10」、その後ろ6両は12系座席車、そしてさらに後
画像が出てきたのでUPします。去年の春の広島旅行のついでに見に行きました。なかなか凄いです…桜が素敵でした。