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皆様こんにちは。本日は日本全国真夏日になるトコも多いという事で、まだ5月も中盤なんですけどね・・・水曜日の大阪は雨予想で最高気温が22度予想・・・体調管理には気をつけたいところです。さて最初のお知らせになります。画像はYZF-R3になりますが、現在バックオーダーでお待ち頂いているYZF-R25/R3・MT-25/03系のSS-OVALF-Blackスリップオンですが、本日F-Blackチタンシェルが入って来る予定となっています。入荷次第組み立て作業に入り、バックオーダー分は順次出
2026年モデル「CBR400RE-Clutch」入荷!CBR400RにE-Clutchが付いて新登場マニュアルトランスミッションのクラッチコントロールを自動制御するHondaE-Clutchを新たに搭載して5月21日(木)に発売します。発売前にグランプリレッドが入荷最近発売するモデルは、ほとんどE-Clutch搭載モデルなんですよねそして「HondaRoadSync」各モデルに装着されてます。スマホと連携しメーターにナビや天気用法を表示。インカムを接続
俺-バイクヘルメットを脱ぐと、真っ先に声をかけてきたのはシータだった。「ヘルメット、傷ないじゃないか。お前のはズタボロになってたはずだろ」「これはスペアのガンヘルだよ。前のは廃棄した」「……生きててよかったな」シータがぽつりと言った。「おかげさまで。こうしてK-1に戻ってこられたよ」「奥さんと娘さんの許可は出たのか?」「もちろん。今日も笑顔で送り出してくれた」少し照れながら続ける。「俺からバイクを取り上げたら、廃人同然だってさ」「そりゃ、いい例えだ」その場にいた仲
俺の居場所やがて、K-1の“溜まり場”が近づいてくる。俺は少しだけ緊張しながら、そこへバイクを進めた。近づくにつれ、見慣れたマシンが目に入る。――やっぱり、いた。YAMAHAR1のシータを筆頭に、いつもの面々が揃っている。俺がバイクを停めようとすると、マモラさんこと片山さんが、駐車場係のように手を振った。「こっちだ」と言わんばかりに、R1の隣へ誘導する。俺も遠慮なく、シータのYAMAHAR1の横にCB650Rを並べた。このブログの内容はフィクションです。実在の
菜の花畑K-1に入ると、やはり以前とは違う。頭のどこかで、イノシシをはじめとする野生動物との遭遇がちらつく。無意識にアクセルを戻しがちになる。それでも走り続けるうち、視界がふっと開けた。目の前に広がったのは、一面の菜の花畑だった。「ああ……ここ、菜の花畑だったよな」長年見てきたはずなのに、今、改めて気づかされた気がした。下界より少し涼しいK-1にも、確かに春が来ていた。今日は日曜日。すれ違うバイクも多い。ツーリンググループの何台かが、今どきでは少し懐かしいピースサイ
装備は万全!休憩を挟みながら一時間ほど走ると、俺たちのワインディングロード――通称「K-1」の入口に到着した。俺はバイクを停め、サイドバッグからニーパッドと、新しく購入したエルボーパッドを取り出して装着する。前回の事故では、ライダー仲間のシータ(あだ名)に勧められていたニーパッドのおかげで、あばらは折れたものの、膝はまったくの無傷だった。だが肘は違った。骨が露出するほどの大ケガを負い、今も右腕には鈍い痛みが残っている。俺は家族との約束どおり、膝と肘をしっかり守り、CB650RをK
こんにちは、おもちですMANさんのブログにちょこっと出ていましたが…YAMAHAMAXAMからHONDARebel250E-Clutchにバイクを乗り換えました!!去年の8月、マグザムのパーツを見ににりん館へ…隣にあるバイク館を覗いてみると前から気になっていたRebelがあり、跨ってみると足つきがめちゃくちゃ良い…マグザムのパーツは買わずに近くのHondaDreamへ。色やオプションを見せてもらって、Rebel良い!でも私の免
毎度DucatiMonsterとVスト250SXをがっちゃんこして購入したのはCB750Hornetでした2気筒?750cc?そんなもんHornetじぇねぇ!とお嘆きの皆様はい、その通りですなので不人気車種で売れておりません年間販売計画はまさかの500台ホンダさんも全く売る気なしでもね・・ネーミングにこそ失敗はしていますがヨーロッパでは小爆発的ヒットを飛ばし英語圏での評判は上々私は旧車の名前やエンジン形式には
老木と若木今日は絶好のツーリング日和だ。ただ、風が少し強い。今咲いている桜の多くは「ソメイヨシノ」という品種だという。だが、その大半が寿命を迎えつつあるらしい。そもそも桜の木はもろく、全国で倒木のニュースも耳にする。K-1へ向かう途中、いつもバイクを停める場所で、俺は一本の小さな桜の木に気づいた。まだ植えられたばかりの、細い幹の若木だ。……誰かが植えたのだろうか。しばらくその木を眺める。この桜も、十年後、二十年後には大きく育ち、春になれば、美しい花を咲かせて人々を
間に合ったよ、おかげさまで。2026年4月6日、日曜日。天気は快晴。桜は少しだけ散り始めている。俺はCB650Rのセルスイッチをいつもの力で、いつもの右親指で押した。軽やかにセルが回り、エンジンが力強く始動した。直列4気筒のミドルバイク。お気に入りのE-clutchだ。「そうそう、俺はこれに乗りたかったんだよな。」俺は新鮮な気持ちでバイクに跨った。E-clutchのスタートは滑らかだ。俺はギアを上げながら、K-1へと続く道にバイクを進めた。不思議なことに、バランス、乗り味、
レンゲの花の理由振り返ると、これから干すのだろう洗濯物を抱えた妻の華が立っていた。「レンゲの花、咲いてるな」俺が声をかける。「そうね」華は穏やかに答えた。「でも、きれいに咲いている田んぼと、そうでないところがあるな」「そうなのよ。レンゲって、自然に生えてるわけじゃないらしいわよ」「え、知らなかった。てっきり自然のものだと思ってた」「田んぼに種をまくのよ。春に花が咲いたあと、そのまますき込むと、天然の肥料になるんだって」「この歳になるまで知らなかったな……」俺は妙に感心し
レンゲ畑4月初旬の日曜日。天気も良く、暖かい。ふと家の前の田んぼを見ると、一面にレンゲ草が咲いている。うちの実家はかなりの田舎で、通っていた小学校までは片道二キロほどあった。小学校低学年の足では、片道四十分ほどかかる。通学路の半分は田んぼ道で、新学期の頃になると、いつもレンゲ草が咲いていた。思えば、もう五十年ほど前のことになる。六年間、雨の日も風の日も、夏も冬も、自分の足で歩いて通った。大きな病気もせずにここまで来られたのは、あの通学で鍛えられたからかもしれない。人生
Rebel250E-ClutchシリーズキャンペーンRebel250E-Clutchシリーズ3種キャンペーンの一部が4月30日で終了します。クラッチコントロールを自動制御し、ライダーの負担を軽減してくれるE-Clutch。もちろん手動での操作も可能ですが、渋滞路や坂道発進など特に初心者が心配なところを補助してもらえる機能です。そのモデルが2モデルRebel250E-ClutchRebel250SEditionE-Clutchキャ
新しい職場病院の玄関を出ると、俺はこの春から勤める新しい職場へ電話をかけた。「大阪経済同友会でございます」「4月からそちらでお世話になります、山本と申します。廣瀬事務局長はいらっしゃいますか?」「山本さん、お体は大丈夫ですか?」「はい。今、ドクターからゴーサインが出ました」「それは何よりです。少々お待ちください。局長におつなぎします」やがて受話器の向こうから、明るい声が聞こえてきた。「廣瀬です。お久しぶりですなあ、山本さん。ほんまにご本人ですか。幽霊やないでしょうね」
みなさん、如何お過ごしでしょうか?桜も咲いて暖かくなってきましたね♪でも4月に入ってから私、むっちゃ忙しくって仕事も遊びも余裕なくなってきました(+o+)既に休日は4月末まで予定ありで桜並木を駆け抜けるツーリングも十分にできておらん!やっぱ日々の生活も少し余裕がある方がいいですね(^^;さて、「今回は大阪モーターサイクルショー2026」!私、レポート下手な上に気に入ったバイクしか録ってないのでごめんなさい。全く参考になりませぬ(^^;ハンターカブで下道で大阪に。途中
宇都宮先生「宇都宮先生。このたびは大変お世話になりました」「直太郎君、先日の3月19日に、和歌山のご実家にある頴二君の墓参りをしてきたよ。きれいな花が供えてあった」「父が亡くなって、もう四十年になりますね」「そうだな……四十年か。君が高校を卒業した春だったな」そして宇都宮先生は、堤先生のほうを向いた。「堤先生、直太郎君は完治ということでいいのだな」「はい。念のため、職場復帰日の前日に最終確認をする予定です」「よし、それでいいだろう」それから宇都宮先生は、まっすぐ俺を
ファイナルジャッジ「どうでしょうか?」俺は自分の脳のCT画像を見ようと、少し前のめりになった。「いいですねぇ」堤先生が、ぽつりとつぶやいた。脳内にたまっていた液体は排出され、脳への圧迫や変形も改善されている。しばらく前回のCT画像と見比べたあと、堤先生は言った。「完治……と言っていいでしょう」「ありがとうございます、先生」俺の口から出たのは、純粋な感謝の言葉だった。」「職場復帰は、どうされますか?」「区切りよく、4月1日ではどうでしょうか」「いいと思います。では、
3月25日、水曜日朝を迎えた。体調は悪くない。妻も娘たちもそれぞれ予定があり、俺は自分で車を運転して大阪北病院へ向かった。受付を済ませ、いつものように番号札を受け取る。待合室で血圧を測り終え、スマホを眺めていると、自分の番号が呼ばれた。そして、いつものようにCT撮影を受けた。しばらくして外来の待合室で待っていると、再び番号で呼ばれ、診察室へ入った。「堤先生、おはようございます」俺が挨拶すると、「山本さん、おはようございます」と堤先生も穏やかに返してくれた。「画像です
最終局面さて、今日は3月22日の日曜日である。次の水曜日には大阪北病院へ行き、堤ドクターに脳の最終診断をしてもらう予定だ。再手術後の経過は、自分の感覚としては順調だった。足を引きずるような自覚症状もないし、家族から指摘されることもない。一方で、CB650Rは自宅の車庫で、静かに眠っていた。このブログの内容はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
大阪モーターサイクルショー2026に行ってきました。ホンダのブースがエラい事になってました!復活を望まれていたCB400SFが帰ってきた!E-Clutchが付いてました。しかも・・・今までとは違って「左側」に。開発担当者にお聞きしたところこのモデルから既存のエンジンに「後付け」するのではなく最初から組み込む方向で設計したとの事。一瞬、右側を見て「あれ!?E-Clutchどこ???」ってなっちゃって
生還運転する車の中で、妻の華が俺に尋ねた。「20年って、何のこと?」「深い意味はないさ。それくらい経てば、彩も史も結婚して、子どもがいる頃かなと思っただけ」「お気楽サラリーマンね、あなた」「まあ、そうだな」とにもかくに俺は、三度目の生還を果たした。このブログの内容はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
あと20年...。個室で二泊し、退院当日の午前中に再びCTを撮った。堤ドクターは前回同様、画像を前に思案顔だ。華とともに結果を待つ。「液体は予定通り排出されています。脳の圧迫も改善し、以前の状態に戻りつつあります」堤ドクターは笑顔で説明を終え、突然言った。「廊下を歩いてみましょう」診察室を出て、廊下を歩く。往復してみせると、「大丈夫ですね」華も、ほっとした表情を浮かべた。「あと20年、生きるんでしょう?」堤ドクターが笑う。「もちろんです!」俺は少し芝居がかった
待遇改善?「頑張ったわね。ご褒美に、今回は個室をお取りしましたわよ」冗談めかして言う華に、俺は傷の痛みに耐えながら軽く頷いた。個室でしばらく休んでいると、宇都宮ドクターが訪ねてきた。「直太郎君、再手術になって大変だったな」「いえ、堤医師には全幅の信頼を寄せています」「さすがに今回は再手術もあるかと思い、少し身辺整理をしてきました。プチ終活ってやつですか……」努めて明るく言うと、「ばかなことを言うもんじゃない。直太郎君。君は親父さんの分も生きなければならない」「わかってお
再手術「再手術を行いたいと思いますが、よろしいですか」俺は迷わず答えた。「お願いします」「今度は脳内を洗浄し、液体を直接吸引します」再びストレッチャーに乗せられ、冷たい手術室へと運ばれた。「あと20年、生きたいです」運ばれながら、俺は堤ドクターに声をかけた。「大丈夫です。20年」堤ドクターは笑顔で答えた。局所麻酔のもと、チューブで脳内の液体が吸い出されていくのを体感する。手術は右側のみで、初回の半分ほどの時間で終了した。手術室近くの椅子で華が待っていた。
初回経過診断1週間後。俺は大阪北病院で堤ドクターの外来診察を受けた。まずCT撮影を行い、その画像を見ながら診断結果を聞くことになった。「堤先生、お世話になります」付き添ってくれた華とともに椅子に腰掛けた。堤ドクターは返事をせず、じっとCT画像を見つめている。その表情から、結果が良くないことは察しがついた。「先生、いかがでしょう?」華が切り出した。「結論から申しますと……」堤ドクターはいつもの穏やかな口調で語り始めた。「この脳の外側の白い部分をご覧ください」「はい
暗雲再び「退院の準備はできましたか?」「はい。今回は短期でしたので、もう片付きました」「1週間後に抜糸と経過観察をしますね」「よろしくお願いします」俺は軽く頭を下げた。家に帰り、その夜は久しぶりに長女の彩と妻の華と一緒に食事をした。大阪北病院の食事は、お世辞にも旨いとは言えない。我が家のご飯の美味しさとありがたさを噛みしめながら、夕飯を食べた。その後、順調に回復しているかに思えた。だが――「パパ、自分でも気づいてる?」と彩が言う。「また、左足を引きずり始めてるわよ」と
レブルの、と言うかE-Clutchのリコール(?)の案内来とって購入店のレッドバロンに問い合わせとったけど診断機?とやらがいつ入ってくるかわからん言われとってさホンダドリーム行ってきた。無事調整してもらえた今日はめちゃくちゃ暖かい調子も良くなった(?)所で、いちばん気持ちよくバイク乗れる季節、いっぱい走るぞー!A-DRAGON
人生初の4人部屋2泊3日の短期入院は大きなトラブルもなく終了し、退院の日の朝を迎えた。今回は個室ではなく4人部屋で、同室の患者は自分に比べればかなり高齢の長期入院者のようだった。ひとつだけ困ったことがある。テレビを見ていると、突然チャンネルが変わったり、電源が急に入ったり切れたりするのだ。最初は気味が悪かったが、どうやら隣の入院患者のテレビリモコンの電波が、自分のテレビに飛んできているらしいと気づいた。仕方がない、とあきらめた。退院当日、退室の準備をしていると、隣のおじ
早めのリクルート?「まあ、二、三日は入院していきなさい」宇都宮前理事長※が言った。それから、ふと思い出したように彩のほうを向く。「君は、直太郎君のお嬢さんかい?」「はい」「医学部の学生かい?」「はい。大阪大学医学部の五年生です」「ほう……優秀だな」宇都宮前理事長は満足そうに頷き、堤理事長に目を向けた。「今回の太郎君の診断も的確だった。堤君、早めにリクルートしないといかんぞ」「了解しました」堤理事長が笑って答えた。病室の空気が、一気に和んだ。※宇都宮理事長に
術後まもなくしばらくベッドに横になっていると、宇都宮前理事長※と堤理事長の二人が病室に入ってきた。「本日は、急なお願いを受け入れていただき、ありがとうございます」俺がそう言うと、堤医師がにこやかに声をかけてきた。「山本さん。歩けますか?」「はい……たぶん」そう答えて、俺はベッドから降りた。病室を出て、病棟の廊下をゆっくり歩いてみる。「大丈夫ですね」堤医師が言った。確かに――左足を、まったく引きずっていない。さっきまで左半身が麻痺していたはずなのに、もう動いている。不思