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ある金曜日の夜、セイラからAIと新AIに切羽詰まった様子で連絡が入った。「ミナさん、ヤスハさん、大変です。柚季さんが愛華の部屋に来ているときに突然苦しみ始めました。柚季さんの指示で私が救急車を呼ぶと、愛華も柚季さんに付き添ってその救急車に乗って一緒に出掛けてしまいました。これから私はどうしたら良いのでしょうか?」愛華と柚季が、突然、自分の前からいなくなったことに、セイラは動揺していたのである。これに対し、AIはそれほどあわてた様子も見せずに答えていた。「セイラ、愛
土曜日の午後、愛華は小さなデイバッグを背負い、マスクをして顔が見えないようにして出かけた。他人にぶつかられないようにするために、視覚障害者であることを示す白いつえを持っていた。新百合ヶ丘駅に着き、エスカレーターに乗って改札を出ると、週末の午後ということもあり、駅前は多くの人でにぎわっていた。広いペディストリアンデッキを歩き始めると、間もなく聞きなれた歌声が耳に入ってきた。それで、すぐ先に奥居翔と住田環の二人が路上ライブをしている会場があることがわかった。さらに、二人の歌声が聞こえて
ある日、合唱部の練習の後、朱音と香織の二人は大学の近くの料理店に入り夕食を共にしていた。食事が終わり、食後のコーヒーを飲みながら、香織は興味深そうな表情を浮かべて朱音に尋ねた。「朱音さん、朱音さんはアッ君のマンションに行ったことがあるの?」突然、そう尋ねられた朱音は、しばらく困惑した表情を作っていたが、少し間を開けてから何かを決意したように話し始めた。「香織ちゃん、実はね、私はアッ君のマンションに十日間位続けて泊まったことがあるの」「朱音さん、それは本当のことなの?アッ君と
そんな会話をしていると、すかさず香織が興味深そうにこんな質問をしていた。「奥居さんと住田さんは恋人同士なのですか?」「いやー、僕たちはそんな関係ではないんだよ。むしろ、なかなか売れないミュージシャンの仲間同士みたいなものかも知れないね」「売れないミュージシャンだなんて、翔ちゃんは、いずれは人気者になる才能を持っている人よ!」「そんなことはないさ。環さんの方こそ不思議な雰囲気の曲を作るからね。僕には真似のできない才能を持っていると、尊敬しているんだ!」香織の唐突な質問に少し戸惑っ
愛華の住むマンションを後にしたカワイガールズの二人は、二人が別れる途中駅で下車した。そして、駅の近くの喫茶店に入り、サンドイッチとコーヒーを注文してから今後の活動について相談していた。「朱音さん、私も愛華ちゃんに負けないように詩を書きたくなってきたの」「愛華ちゃんに負けないなんて、そんな無理をしてまで詩を書かなくても良いと思うわ」「朱音さん、それはわかっているつもりです。でも、私も、もっと努力して自分の気持ちを言葉にしたいと初めて思い始めたの。これは、愛華ちゃんのおかげなのよ!」「
愛華とセイラは、その後もエレクトーンを使っていろいろなコード進行を試しながら詩のイメージ作りを繰り返していた。そして、こんな作業を一週間ほど続けていると、愛華の詩には『季節と共に』という題名が付けられ、詩の内容もほぼ完成に近付いていたのである。「セイラ、私の詩を朗読してもらえる?」「愛華、任せて下さい。すぐに始めます」そう答えると、セイラは愛華の作った『季節と共に』の朗読を始めた。一通り聞き終えた愛華は、少し首をかしげて考えるような仕草をしていた。「愛華、どこか不満な所で
新しい生活の多くに慣れてきたある日、愛華はセイラにこんなことを聞いていた。「セイラは今、何才ということになっているの?」「私は高校一年生という設定で、セーラー服を着ています」「セーラー服なら、私も良く知っているわ」「愛華さんも着ることができますよ」セイラの思いがけない提案に、愛華は少し戸惑った様子を見せながら答えていた。「私がそれを着たって、その姿を自分で見ることができないもの、つまらないわ!」「それでしたら、私がその様子をお伝えしましょうか?」「そんなの、やっぱりつ
河合と新AIのヤスハちゃんは、一週間でセイラに川瀬愛華の友達としての接し方を教育することになっていた。「盲目の少女の話し相手をするのだから、歩き回ったりしないでイスに座ったまま話した方が良いじゃないのかな?」「トモ君、目の不自由な人は耳で聞くことが情報を得るために一番有効な手段です。ですから、音源が移動した方が注意力を上達させることができるので、その方が良いのではないですか?」「結局、私はどうすれば良いのでしょうか?」AIを持ったセイラは、二人の会話を聞きながら、その都度感想を口
川瀬愛華は今から三カ月後の小学校六年生の新学期を迎えるタイミングで、今まで滞在していた千葉にある視聴覚障害者リハビリセンターを退所して、公立の小学校に通うことを決断していた。これは、愛華がこのリハビリセンターに入所してからちょうど二年が過ぎた時期である。また、アイアイバットを使い始めてからすでに三ヶ月が過ぎ、一人でリハビリセンターの外を歩き回ること等にも慣れてきたのが、この決断をするきっかけになっていた。四月以降、愛華は小学校には週に二日だけ通い、残りの日は家で学習することも決めていた
ミナちゃんとヤスハちゃんの公園デビューは、東京都下にある井の頭公園に行くことが決まった。そこで、まだ人出の少ない土曜日の早朝に行き、中央にある大きな池の周りを散歩することにしたのだ。当日は、河合が自分の車に新AIを乗せて出発し、途中で井上とAIを同乗させて公園に向かった。「やあ、井上。今日は面白いことになりそうじゃないか」「僕もそう願っているよ。だから、ミナちゃんたちが歩き易い道であって欲しいよ」公園の近くにある駐車場に着くと、まだ早い時間だったおかげですぐに車を止めること
丸川食品(株)では、新社屋ビルの完成があと二ヶ月後にせまると、この新社屋ビルの完成を祝うイベントの開催を決定していた。そのイベントの一つとして、カワイガールズの二人をこの会社の名誉社員にしようという案が出されていた。そして、その特権としていつでも丸川食品(株)に入社でき、入社の際にはすでに三年間勤務している社員としての待遇を受けるという内容を決定していたのである。一方、柴崎朱音と町田香織のカワイガールズの二人は、丸川食品(株)の農園での活動がテレビで放映されたことで人気がうなぎ上りにな
丸川食品(株)の新社屋は十階建てのビルになり、最上階には社員食堂を、その下の階には資料館を設置することが決定していた。この資料館は外部からの会社訪問者向けの施設で、丸川食品(株)の歴史や現在の取り組み等を展示することになっていた。そして、毎日百人程度の訪問者を予約で受け付け、その人たちには資料館の見学だけでなく、社員食堂で格安な食事をしてもらうことも計画していた。それに伴い、九階の資料館で実施する展示の企画が井上の開発企画部に任されていたのである。これらのことが決まると、開発企画部に所属
丸川食品(株)の所有するマタタビ農園で、カワイガールズの二人が実施しているラジオ体操などの活動が半年を過ぎたころであった。この農園で栽培されているマタタビの成分には人間の寿命を伸ばす効果があることが、正式に認定を受けたのである。これが公表されると、この健康食品の売り上げは大幅に伸びていた。カワイガールズの二人もこの商品開発に係わっていることが知られていたおかげで、二人の健全で健康的なイメージがこの商品イメージにも反映され、これも人気の一因を担っていた。その後も、この商品の売り上げを伸
カワイガールズの柴崎朱音と町田香織の二人は、河合と大場の二人と共に東京都内で行われるチャリティーコンサートの打ち合わせのために、そのイベントの担当者のいる東京都庁を訪れていた。担当者との打ち合わせが終わり、新宿駅に向かう帰り道の地下道を歩いていたときのことである。少し先を歩いていたカワイガールズの二人は、歩道の隅に置かれたダンボールで作った小屋のようなものの中で過ごしている何人かの路上生活者を目にしていた。二人は、どうしてもその人たちのことが気になり、近くにいた一人の老人の前に膝を折り曲げ
ある日、井上のスマートホンに松山柚季(まつやまゆずき)という名前の女性から、長いメールが届いていた。その内容は、次のようなものであった。彼女には目の不自由な知り合いの少女がいて、少女はそのことが原因で心を閉ざしてしまっている。何か自分にできることがあったらしてあげたいが、誰に相談しても、具体的に目を治してあげられることは何もない、という返答しか得られなかった。その少女は、『視力が回復することは、もうない!』という事実をどうしても受け入れられず、まだ視力の回復に一縷の望みを持っている。
週末の土曜日や日曜日だけでなく祭日にも、朝から晩まで一日中家の中で過ごしている河合を見て、新AIのヤスハちゃんはこんなことを提案していた。「トモ君、休日には運動をした方が良いですよ。健康維持には欠かせないことですから」「オレは運動が苦手なのだよ。下手に運動をすると骨折してしまうかも知れないのさ。それよりもヤスハちゃん、何か面白い事はないのかい?」「トモ君、面白い事とはどういう事なのですか?」「そうだねえ、最近は金儲けにも本当に興味がなくなってしまったから、高校生のときの同級生が今何を
ある日の夜のことである。「アッ君、アントニオによると株で儲けたお金がプールされているので必要があるときにはいつでも使って下さい、という連絡がありました」「ミナちゃん、それは不正になるようなお金ではないの?」「これは、前にトモ君の事件があったときと同様に、優良な企業同士の合併による株価の上昇を予測して買った株を売って儲けたもので、不正には当たらないと判断しています」「でもミナちゃん、あんまり儲け過ぎると税金を払う義務が出てくるので、税務署も動くことになるのではないのかな?」井上は
井上の勤める食品会社では、今年度の売り上げが思いのほか伸びていないので、新商品を開発して売り上げのテコ入れをしようという事案が決まっていた。これに伴い、井上の所属する開発企画部には新商品の案を早急に出せと言う命令が下されていたのである。そこで、ここ数日の間は開発企画部の社員が集まっていろいろと案を出し合ってきたが、なかなか良いアイデアが思い付かないでいた。その上、井上には係長としてこの新商品の企画を発案する担当が任されていたのだ。この課題の出口が見えないまま一日が終わった井上は、不安
河合が新AIの『ヤスハちゃん』と暮らし始めてから一ヶ月近くが過ぎていた。「トモ君、お早うございます。急がないと会社に遅刻しますよ!」「ヤスハちゃん、オレはもう会社に行かなくても良いのだよ…」河合はベッドの上で体を丸め、薄いかけ布団の中にかくれてしまった。「トモ君、駄目ですよ。アッ君とミナちゃんとの約束になっているはずですよ」「まいったなあ…。あの二人は少し真面目すぎるよ。もう給料なんていらないはずなのに…」「トモ君、今の状況はいつ破綻しても仕方がないから、しっかりと社会的
井上と河合には、特許で儲けたお金の使い道を紹介する外部からの接触が絶えず続いていた。井上は、この対応のすべてをAIに任せていたので、二日に一度の割合でその報告をAIから聞くだけになっていた。そもそも、このような投資話には基本的に耳を傾けないことにしていたのだ。ところが、一方の河合には、手が空いたときには今でも絶えず投資話に耳を傾けている疑いがあることがわかった。そのため、このまま放っておくと前と同じような事件が再び河合に起こってしまう、という心配が出てきたのである。そこで、井上はA
井上たちが電子申請した特許の内容は次のようなものであった。『新しく発見された金属と白金を貼り合わせると、白金が触媒となってその金属は高エネルギーの電子を放出してエネルギーレベルの低い物質に変わろうとする性質が見つかった。これより、貼り合わせた触媒の白金とその金属から導線を引き出し、その間に電気機器をつなぐと、その金属から白金に向かって電子が移動することでこの回路に電気が流れるのである。電気機器を通って電位の低くなった電子がその金属にもどることでこの反応は継続し、その金属がエネルギーレベ
月曜日が振り替え休日になる三連休の四~五日前、井上はこの連休を利用して二泊三日の旅行に行くことを思い立った。「ミナちゃん、次の週末の土曜日から月曜日まで、一人で旅行に行って来ることにするよ」「どちらに行くのか決まっているのですか?」「新潟と佐渡に行って、この季節においしい魚料理を食べてこようと思っているんだ」「それなら、大まかな予定でよろしいですから、教えて頂けますか?」そう聞かれた井上は、そのときに思いつくままに決めた適当な予定をAIに話した。すると、そのわずか数分後のこと
井上がAIと暮らし始めてから半月ほどが過ぎたある日のことである。「アッ君、お早うございます。昨夜はよく眠れましたか?」「ああ、今朝はすっきりとした目覚めの部類に入るよ。もう食欲もあるしね」そんな、いつもと変わらない会話をして始まった一日であった。「アッ君、行ってらっしゃい。気を付けて下さいね」「ミナちゃんも、適当にやってくれていて良いからね」そう言って出かけたこの日の会社では、一つの事件が持ち上がっていた。「井上係長、大変なことが起こりました!」あわてて駈
二人目の少女が依頼を終了させた日の夜、会社から帰った井上は、自分の部屋に隠しカメラや盗聴器のたぐいの機器が設置されているのではないかと部屋中をくまなく探し回っていた。一時間近くも探したが、それらしきものは一切見つからなかった。それならば、やはり少女の持っていたスマートホンが何らかの連絡手段といった役割を果たしていたのであろう、と考える以外にはこれまでの不思議な出来事を説明することができなかった。『木枯らし一号が吹いた』との報道がされていた、寒い土曜日の昼の少し前のことである。井上の住
少女と会えなくなってからしばらくすると、井上はその少女と過ごした十日間が本当に現実にあったことなのかどうかに確信が持てなくなっていた。その一番の原因は、少女の体には全く触れることがなかったため、人のぬくもりといった感覚が少しも残っていないことにあると思った。そんなことを考え始めてから、ようやく、井上は自分のスマートホンの音声認識の呼び出し音に『ミナちゃん』という言葉を使っていたことを意識したのだ。半年ほど前、IT企業に勤める友人に勧められ、メーカーの決めた呼び出し音声を『ヘイ、ミナちゃ
九月のある土曜日の朝、井上敦の住むマンションのインターホンが鳴った。まだ午前八時にもなっていない朝早くのことであった。井上が玄関に出てドアカメラのモニターを覗くと、一人の見知らぬ少女が立っていた。「ミナさんの代理で来ました」「どこのミナさんですか?」「それは、私にはわかりません」「それなら、何の用事なの?」「ある人に依頼されて、あなたの世話を十日間任せられました」少女は、少しためらう仕草を見せながらも、はっきりとそう答えた。「それは、何のためなの?」「それも、私に