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フォトスタリスト&整理収納アドバイザーの貝賀あゆみです。50歳になったのをきっかけにちょっと先のいい未来のために、暮らしと思考を整えています。✏︎---気温と気圧の変化が大きい今週、みなさん体調は大丈夫ですか?私はというと…偏頭痛で寝込んでしまっていました😅50代になって体温調整が難しいと感じていて、特に足元の冷えがすごい。それなのに、暑くなってきて冷たいものをガブガブ飲んでPC作業ばっかりしていたために胃腸の疲れと肩こり&首
妊娠が、男女どちらにも起こる世界だったら。その都度、どっちが妊娠するか分からない。時の運。男性が妊娠するとしたら、子どもは玉の中で育ち、出産は尿道から。痛みも、恐怖も、「想像」じゃなく「自分ごと」になる。本来、神様は、力の強い男性が、弱い女性や子どもを守るように人間を作ったのだと思う。でも、その役割は、うまく機能していない。だったら、次の進化では、男性も妊娠するようになってほしい。自分が妊娠するかもしれない。そうなると、きっと性犯罪
最近スレッズで評判の、エアフライヤー。うちには2年前からあった。段ボールに入ったまま。一度だけフライドポテトを作って、「音が大きいな」と思って、そのまま箱に戻した。でも、そんなに評判がいいならと、もう一度取り出してみた。いい!なんで使わなかったんだろう。ハッシュドポテトも春巻きも唐揚げも、私はこっちのほうが好き。チキチキボーンも、粉と水を2対1くらいで混ぜると垂れずにできた。焼き芋なんて、ポイっと入れるだけ。油の処理もない。飛び散りもない。
今日は母の日なので、母のところに行った。先日の「56歳チャレンジ」をした公園で見かけたシーソー。「公園で一緒にシーソーに乗ってほしい」そうお願いすると、「いいよ」すんなりOKしてくれた。母は楽しそうだった。今までのいろんな事が、どうでもよく感じた。小さな子供が近くで遊んでいたので、ちょっと遠慮して斜めから撮影。内カメラなのもあって、母と私のサイズ感が変だけど、これも思い出。よく見たら、私もめちゃめちゃ楽しそう顔してた。
フォトスタリスト&整理収納アドバイザーの貝賀あゆみです。50歳になったのをきっかけにちょっと先のいい未来のために、暮らしと思考を整えています。✏︎---GWに食器を少し整理しました。最近、地震が増えてきたこともあって、割れると危ない食器類の見直しを。食器棚として使っている奥行きがある棚の2段目に置いていたグラスとカップだけでこの量…3人暮らしなのになぜこんなに必要なのか。3段目に入れていた食器たち。食器は使っていないものが
小学1年生のとき。私は、どもるようになった。「ゆっくり喋ればいいのに、なんでそんなに急いで喋るの?!」母はイラついていた。「お父さんが話を聞いてくれないから」咄嗟にそう答えた。そうじゃなかった。本当は、母が聞いてくれないから。でも言えなかった。私が話すと、いつも面倒くさそうだった。途中で話を切り上げられることも多かった。だから、急いで話した。短い時間で、少しでも多く聞いてもらうために。翌日、母は言った。「お父さんには、ちゃんと話を聞くよう
フォトスタリスト&整理収納アドバイザーの貝賀あゆみです。50歳になったのをきっかけにちょっと先のいい未来のために、暮らしと思考を整えています。✏︎---GWに入るちょっと前に娘が風邪をひき、そのまま9連休になったわが家。やっとGWが終わったと思ったらまたすぐに週末がやってくるなんて。束の間の一人時間ほっとしていたらあっという間に午前中が終わって、気がつけば学校から帰ってくる時間に…どこに出かけたわけでもないのになぜか疲れが溜
56歳、チャレンジ。子供の頃、大好きだった、このくるくる回るやつ。35歳の時は、まだできた。あれから21年。できたできた。くるくる、できた。
義父は、いつも犬のシャンプーをしてくれていた。「シャンプーは俺に任せろ」と、張り切っていた。長女が4歳のとき、「一緒に洗うぞ!」と連れて行った。しばらくして、長女が戻ってきて私に言った。「じいちゃんのキンタマ、めっちゃ目の前にあった」そうだった。義父は、いつも全裸で洗っていた。身長差的に、ちょうど目の前。それにしても、長女はどこで、そんな言葉を覚えたんだろう。きっと、じいちゃんのは「ちんちん」ではなかったのだ。長女なりに、いちばんしっくりく
「もし、1日だけ昔に戻れるなら」そんなスレッドが流れてきた。土曜日の半日授業のあとの思い出。昭和の情景が浮かぶような、温かい素敵なコメントが並んでいた。そこには、私が欲しかった世界があった。昭和が「古き良き時代」と言う人は、きっと、そういう思い出を持ってる人なんだと思う。私にとっての昭和はシロクロ。何もいいことが思い出せない。平成にも戻りたくない。もし1日だけ昔に戻れるとしたら、私はどこにも戻らない。
長男が1歳のとき。急に、外を歩けなくなった。地面を怖がり、足をつけなくなった。見かねた義母が、義理祖母が通っていたお寺に相談してくれた。本来は檀家以外は受け入れていないけれど、義理祖母にはお世話になったからと、対応してくれた。祭壇には、赤いろうそくが用意された。「1時間半ほどかかります。お子さんは遊んでいて構いません。お母さんは、途中で具合が悪くなるかもしれませんが、その時は横になってください」問題は、私?具合が悪くなる、と身構えていたけれど、何事もなく
一人に一つの宇宙。ある日、この言葉の意味が腑に落ちた。誰一人として、同じ世界を見ている人はいない。向かい合ったとして、私は「相手」と「相手の後ろに広がる世界」を見ている。相手は「私」と「私の後ろに広がる世界」を見ている。お互いに、相手が見ているものを見ることはできない。だから、一人に一つの宇宙。そういうことだと思う。
フォトスタリスト&整理収納アドバイザーの貝賀あゆみです。50歳になったのをきっかけにちょっと先のいい未来のために、暮らしと思考を整えています。✏︎---何を着ても「似合わない」と感じることが多くなってきた50代。着飾ったりおしゃれをするのに苦手意識があることもあって、「冬はコート着ちゃうから中は何着ても見えないよね😆」的な考え方をしてしまう・・・。50代になって難しいなと思うのはシワがある服だったりダメージがある服を着ると
30万円の美顔器。高校生の頃、母が買ってくれた。病院に行っても治らない、酷いニキビ。美顔器じゃなくて、食べ物が欲しいと言った。とにかく、食べ物が欲しかった。その希望は却下された。保険の仕事の付き合いで買うことになったらしい。「娘のために高価な美顔器を買う母」周りにはそう見えた。こんなにいいお母さんはいない、感謝しなさいと言われた。母の評価は上がっていった。ニキビは治らなかった。母は自分で使うためではなく、私に与えた。愛といえば、愛。
2ヶ月前に挫折していたモチーフ。毛糸を変えて、もう一度チャレンジ。できた。かわいい。できるようになる喜びって、いくつになっても変わらない。それにしても、編み図を考える人って凄い。ほんとに尊敬。さて、ストールにしようかな。
フォトスタリスト&整理収納アドバイザーの貝賀あゆみです。50歳になったのをきっかけにちょっと先のいい未来のために、暮らしと思考を整えています。✏︎---「あ、なんか停滞してるな。」そんなふうに感じたときについやってしまうのが配置換え。なんとなくもやもやするなんかうまく回ってない今日は信号全部引っかかったな…なんとなく、停滞気味。そんな停滞気味からのスタートな今週。運気を変えるには気を動かすのが一番!ということ
私は兄を泣かせたことがある。小学3年生の頃。兄が母に「小さめのサインペンのセットが欲しい」と言っていた。それを聞いた私は、「使ってないのあるからあげる」と、キキララのサインペンのセットを差し出した。それを見た途端、兄は泣き出した。「兄ちゃんが買ってあげたやつなのに」。ハッとした。それは私の誕生日に、兄がプレゼントしてくれたものだった。嬉しくて最初のうちは使っていたけれど、だんだん使わなくなったサインペン。今使ってないから、あげたら喜ぶと思った。
次女の学校の前で待ち合わせ。毎月一度の歯科矯正器具チェックの日。いつもは主人の担当だったが、この日は仕事の都合がつかず、代わりに私が次女を歯医者へ連れて行くことになった。日本の皆さまおはようございます。いつもはフィレンツェの街を自転車で大急ぎで駆け抜けている私だが、徒歩で歴史地区を歩くと、見える景色が違う。ドゥオモを仰ぎ見、春夏仕様のウィンドウを眺めながら、歩く。街を通り過ぎるスピードが異なると目に入ってくるものも違ってくる。ああ、ここにこんなお店ができたんだな!と
昨日、母のところに行った。ふと昔話を始めた母が言った。「大人になってからの勉強って楽しいんだよね。保険の仕事の勉強、すごく楽しかった」やっぱり、と思った。私が中学生の頃、母は保険の仕事を始めた。保険の勉強中も、「大変」と言って機嫌が悪かった。私の食事がなくなった理由のひとつも、それだった。「大変だけど、あんたのために働いてる」そう言っていた。私は、支えなくちゃと思っていた。食事がなくても、頑張らなくちゃと思っていた。でも同時に、どこかで思っていた。
父と母は、いつも言い争いをしていた。家の中の空気は険悪だった。その日も同じことが繰り広げられていた。その最中に、叔母から電話が来た。内容は分からない。でも、助けを求めていた。すると、今まで争っていた2人が、息を合わせて「仲良く」出て行った。中学生だった私は、いそいそと出ていく2人を、冷めた目で見ていた。頼りになる兄夫婦ってこと?人の困りごとって、そんなにいい?私に無関心な父と、感情のはけ口に使う母。私の食べるものもないのに、助けて
フォトスタリスト&整理収納アドバイザーの貝賀あゆみです。50歳になったのをきっかけにちょっと先のいい未来のために、暮らしと思考を整えています。✏︎---あっという間に桜の季節が終わり家の周りはすっかり新緑の季節に。朝夕はまだ少し冷え込みますが日中は20度を超える日も増えてきたので厚手のコートとセーター類をしまって衣替えしました^^夜はまだ寒いかな〜🤔と薄手の毛布を出していましたがもう必要なさそうなのでお洗濯!お天気がい
長男が5歳の頃。ドビュッシーの「花火」にハマっていた。ミシェル・ベロフの演奏を、何度も何度も繰り返し見ていた。楽譜を片手に、照らし合わせながら。「僕なんてまだまだだ…」そう言って、肩を落としていた。「長男だって凄いよ。色んな曲弾けるんだから。花火だってそのうち弾けるよ」「いや、僕はまだまだだ」私から見たらまだ小さな子供。でも長男にとっては、年齢なんて関係ない。この曲を弾けるか弾けないか。それだけ。とにかく楽譜とピアノが好きだった長男。ひた
8年前。父が亡くなり、母の施設を探すことになった。介護の必要がない母が入れる施設は、なかなか見つからなかった。遠くに住む兄。送ってきたのは施設一覧のURL。「いっぱいあるよ」と。知ってる?施設があっても入れないんだよ?その数年後、母のことで困って相談した時も同じだった。病院一覧のURLと「よろしく」だけ。あのね、病院探しで困っているわけじゃないんだよ。知ってる?それ、何もやってないのと同じだよ?───拝啓お父様お母様。お二人のご
母はよく言っていた。「自分の子供に差をつける人の気がしれない」と。私もそう思いたかった。いつも考えていた。どうしたら母に好きになってもらえるか。男の子だったら、好きになってもらえるのかな。兄みたいに優秀だったら、好きになってもらえるのかな。小学4年生の頃には、男の子のような服を選ぶようになった。児童会会長だった兄の真似をして、児童会の書記に立候補した。でも、真似したところで私は私だった。男の子にもなれなかったし、書記にもなれなかった。もう、母に
フォトスタリスト&整理収納アドバイザーの貝賀あゆみです。50歳になったのをきっかけにちょっと先のいい未来のために、暮らしと思考を整えています。✏︎---新学期が始まって5日目。「学校って、学校ゲームみたいだね!!」そんなことを言って帰ってくるまでに。学校ゲームでもなんでも楽しいと思って通ってくれるならそれでいいのです。いろんなことが起こる学校だから嫌なことがあったり大変なことがあったときも「よーし、ゲームをクリアしてやるぞ!」くらいの気
4月になり、雪も解けて、日差しも春らしくなってきた。お出かけ中、日差しで綺麗な影ができた。「ぱっちりおめめ」そう言って、長女は影絵を作った。ちゃんと、まつ毛もついていた。長女は20歳。いくつになっても可愛い。
フォトスタリスト&整理収納アドバイザーの貝賀あゆみです。50歳になったのをきっかけにちょっと先のいい未来のために、暮らしと思考を整えています。✏︎---新学期が始まって3日目。不登校前までは学校の支度をしている時間すら不機嫌だった娘ですが、自分で学校に行くと決めたからなのか朝もすんなり起きて自分で支度をするように。私自身、朝遅れずに準備して学校に通うのが当たり前だったので「それくらい当たり前!」と以前は思っていましたが、当たり
フォトスタリスト&整理収納アドバイザーの貝賀あゆみです。50歳になったのをきっかけにちょっと先のいい未来のために、暮らしと思考を整えています。✏︎---東京の桜もいよいよ今日の雨でちってしまいそう。毎年、こうやって綺麗に咲いてくれてちょっとそわそわしてしまう新学期や新生活に彩りを添えてくれる桜。中3になった娘も9ヶ月の不登校を終わらせて、自分自身で気持ちを切り替えて学校に通い始めました。「まだ桜咲いてる〜!落ちてきた桜、
♡息子弁当を卒業して今度は自分弁当を作るようになりました、、『お弁当卒業の日。』♡お子様ランチ風弁当ついに長男のバイト弁当がラストを迎えました、、最後なので思い出と共に楽しんで欲しいという想いで作ったお弁当です幼稚園から始まり小中学校では…ameblo.jp子供に作るお弁当とは違い自分のとなると気を張らずに作れます、、少量残った夕食の残りでもいいし同じおかずが続いたとしてもノープロブレム、、それにその日のメンタルや状況によって作らない選択も出来る、、プレッシャーを感じ
そ高校の時、いつも赤点で追試ばかりの同級生がいた。その子は「絶対無理」と言われながら、家が近いという理由でその高校を受けたらしい。学年末には「もう進級できないかもしれな〜い」と笑っていた。もちろん3年生の時は「卒業できないかもしれな〜い」そう言って、やっぱり笑っていた。なんとか卒業できた。その後、病院で働きながら看護師を目指した。「すごく楽しい」と言っていた。そして、准看護師になり、正看護師になり、保健師になり、助産師にもなった。一番心配されて