ブログ記事629件
ちょっと真面目な話です、いつもふざけてる訳じゃありませんが、幼少期に私が意識していた事を思い出しました。ブログに書いた事もありますが、サッカーを幼少期から取り組んでいる保護者の方が少しでも気持ちが楽になればいいなぁって思って再び書いています。誰にも聞かれてもないし、頼まれた訳じゃ無くて私の自己満足なのは分かっていますが、これを見て少しでも前向き気持ちになってもらえればという気持ちで書きます。サッカーは、一人でやるスポーツ
子供達が少年サッカーを卒業してから3年が経ちますが、長くお世話になったからこそ未だに少年サッカーのチームの事を思い出します。それだけ長くお世話になりました。長男→少年団小1~小6次男→少年団小1クラブチーム小2~小6三男→クラブチーム小3~小6もし、少年サッカーで一番大切な事は何かと聞かれたら、選手、コーチ、保護者のバランスだと思います。それぞれの距離感と言ったら良いんでしょうか?そんな事、一度も聞かれた事
振り返ってみると、ここから色々な物が一気に進み始めていました。2025年の1月からの次男。慣れ親しんだ東京を離れ、新チームでのトレーニングマッチではまさかの右ウィングバックで出場していましたから。そしてチームの開幕を待たずに、U20のアジアカップに向けての戦いの為にチームを離れてもいました。移籍をして開幕に向けてのキャンプにも参加していても開幕前にチームを離れる事に関しては、少なからず不安もあったと思います。代表の
このブログでも何度も書いてきたテーマですが、大事だと思う事は何度でも書いていくスタンスです。心が先か技術が先か?心技体?技体心?体技心?技心体?正解は無いのかもしれませんが、私自身は、「技体心」だと思って子供達とサッカーを始めました。ただ、サッカーに携わって行く中でサッカーが、こんなにもメンタルなスポーツだったという現実を知り、やっぱり「心技体」だと思ったのも事実です。心が強くないから技術を発揮出来ない、という
ここ数年で3本の指に入る位ビックリ👀した次男の出来事です。先入観が強過ぎて私には到底考えもしないような発想でしたから。2025年1月8日、環境を変える為に東京を離れた次男は、1月19日から新シーズンに向け宮崎キャンプに参加していました。衝撃💥を受けた日は、1月25日の宮崎キャンプでのトレーニングマッチでした。相手は、結果的にその年のチャンピオンになる相手で、しかも最多優勝🏆をしているチーム相手に対して次男が先発で出場して
2025年1月の振り返りまでやって来ました。現実社会までは、あと1年8か月まで狭っています。元々「3兄弟の軌跡」というブログの題名で、小学校卒業までを振り返っていく予定でしたが、せっかくなので行けるとこまで行こうと思って書いています。2025年1月は、長男は引退していて、次男さ慣れ親しんだ東京を離れ、三男は怪我ね為のリハビリ中心のメニューから徐々に試合に出場出来るまでになっていました。中1、中2の2年間は特に、思うように
本日次男がヨーロッパデビューしました。2023年8月26日に日本でプロ契約をしてから3年になりますが、気付けば、当時では想像出来なかったステージにやってきました。この3年間で、ここまで劇的に環境が変わったサッカー選手はなかなかいないんじゃないでしょうか。本人はいたって普通かもしれませんが、私達家族は、変化に全然付いて行けておりません(笑)。因みに、ブログを始めたのは2024年6月29になりますが、当時はチームでも
本日の早朝に子供が卒業した小学校の周りを散歩していたら、少年団(SC)でお世話になった時の監督に会いました。長男は、小学校1年から6年間在籍しましたし、次男も在籍は小学校1年の時だけとはいえ、長男の付き添いを含めると4年近くお世話になったチームになります。今振り返ると、あの長男の付き添いの時の時間が本当に貴重で、当時のコーチからもサッカーチームの一員?と言っても過言じゃ無い程よくしてもらいました。一緒にボールを蹴ってもらった
私は東京生まれの岐阜育ちで、小中高の12年間を岐阜で過ごした後に大学進学をきっかけに上京してから30年以上が経過しました。結局、東京で過ごしている期間が長くなりましたが、私のパーソナルな部分のほとんどは岐阜で作りあげられたのは間違いありません。当時は、あまり良い思い出がありませんでした。特に中学校時代は。大学1.2年の2年間は、兄と同じ家で暮らしましたが、3、4年は、大学の近くで一人暮らしをする事になりました。この
YouTubeで、Jリーグ初代チェアマン川淵三郎さんがJリーグを作った時の話をしていたのを見ましたが、想像以上に面白かったのでブログを書いています。詳しくはYouTubeをご覧下さいJリーグ創立が、1991年11月になりますが、その全身であるJSL(日本サッカーリーグ)の総務をしていた1988年に起きた話をされていました。当時JSLは、1部12チーム、2部16チームの合計28チームで構成されていましたが、Jリーグ発足に際して
分かっていたら前々からお休みをとってでも行きたかった試合があります。私の母校と、三男の高校が対戦しました。しかも私の地元の岐阜で一週間前だったら岐阜に帰省していたんですが、世の中そんなに甘くありません。このタイミングでの試合は、ノーチャンスで観に行けません。その試合の数日前に三男から岐阜で対戦する事を聞いたんですが、案の定三男は、私の母校の漢字が読めませんでした(笑)。知名ってなかなか読めなかったりしますが、私の母校の読
データがある訳でも確信がある訳でも無いふぁっとした話で、わざわざブログに書く必要も無い話です。何歳までサッカーが上手くなるのか?自分でもよく分かりませんが、上達する限界って何歳だろう?って、ちょくちょく考えています(笑)。例外を挙げたらキリが無い話で、中山雅史さんは、「33歳から上手くなった」と言われている記事を見つけましたので、実際30歳を過ぎても上手くなることはあるのも間違いありません。何歳からでも上手くなれると言わ
100人いたらみんな違うので、一概に言える事じゃない話だと思いますが、敢えて、「いつが一番伸びる時期のか?」人それぞれ違う、と言ってしまえば話が終わってしまいます(笑)。一般的には、「プレゴールデンエイジ」4~8歳、「ゴールデンエイジ」9歳~12歳、「ポストゴールデンエイジ」13歳~15歳が一番伸びる頃と言われています。全部大切な時期で、特に私は、ゴールデンエイジまでは関わって行こうと思って、小学生までは、様々な刺激を与える為のTRを
我が家にとっても初めての移籍になりました。長男、次男、三男は、小学生の頃から含めても一度も移籍を伴うチーム変更をした事はありませんでした。小学生のチーム移籍がよく議論に上がりますが、個人的には、子供の事を想ってチームを変えるのは全然ありだと思っています。環境を変えてイキイキサッカーをやっている子供も見てきましたし、逆のケースも見てきました。正解は分かりません。ただ、小学生の子供の移籍を決断して尽力するのは間違い無く
とうとうサッカー日記(手帳)の振り返りも2025年1月まで来ました。この頃は、子供達も大きくなっていたのもあり、手帳に何か残すというのもしていなかったので、私の記憶を頼りにブログを書いていこうと思います。今になってみると、2024年から2025年の年末年始は、家族5人揃って過ごせた貴重な時間でした。翌年は、次男が遠征の為、年末年始に岐阜に帰省する事が出来ませんでしたから。当時長男大学3年、次男高校3年、三男中学2年で、年
聞いた事も無いのも当然で、2026年8月1日に完成したばかりのサッカー場に行って参りました。東名高速の秦野中井ICで降りてから1O分位で到着したんじゃないでしょうか。三男の試合観戦で訪れたのは、「はだのスポーツビレッジ」です。パーク⛳ゴルフコースもありました。素晴らしい天然芝の複合スポーツ施設です。秦野市と湘南ベレマーレとSBーCAMPUSはまだの支援プロジェクトで、渋沢丘陵に誕生した施設です。費用の一部には、湘南ベレマ
私が考える理想的なサッカー観戦は、帰省とUターンの途中でサッカー観戦をして観光名所を訪れる事です。ガソリン代、高速代、時間まで有効活用出来て最高過ぎますから。8月13日からの岐阜からのUターン帰京の途中の長野県の松本で、理想的サッカー観戦が実現しました。岐阜から東京までの帰り道と言うと大袈裟ですが、ちょっとだけ寄り道すれば行ける会場で三男の試合がやっていました。そして、たまたまですが、試合会場の隣が松本市の観光名所にも
8パワースポットと言われる場所が大好きで、子供達のサッカー観戦を通じて様々な場所に行って来ました。そして岐阜に帰省する時にもパワースポットを探して様々な場所に行って来ました。この度ずっと行きたかったパワースポットへ今回初めて行く事が出来ました岐阜県各務原市指定重要文化財の「手力雄神社(てじからおじんじゃ)」です。1674年再建「美濃国神名帳」(平安時代)に記載されている「真幣明神」が、崇教の全身。1567年織田信長が、
住んでた頃は、特に中学生時代は敬遠していました。岐阜駅は。何があった訳じゃありませんが、12年間住んでいたんですが、ほとんど行った記憶がありません。私が中学生の頃は、岐阜駅に行くとカツアゲをされると噂が出回っていたので怖くて近づかないようにしていました(笑)。わざわざ怖い思いをしてまで岐阜駅に行く必要も無かったので、何か買い物をしたい時は、名古屋や栄まで電車で行っていたぐらいです。最後に行ったのも14歳の頃だったと
ずっとずっと「行きたい」と強く思っていましたが、実現しなかった場所があります。サッカー観戦のおまけで、実家に帰省するついででしか観光地に行こう🚙💨という気持ちにはならなかった時代を経て、わざわざわ観光地に行こうって思える時がやってきました。少年サッカーに携わっていた時代には考えられなかったんですが、時間のゆとりが生まれたからこそ行く事が実現しました岐阜県中津川市付知町にある「付知峽」です。透明度抜群の清流、付知川(別名:
子供たちがサッカーを始めてくれて、より人生が豊かになりました。毎週末の試合が楽しみになりました。勝ったり、負けたり、勝ったり、負けたりで、負けたら次の試合まで引きずるなんて日常茶飯事でした。今は違いますが、「子供のサッカーこそ全て」の偏った、歪んだ思考で駆け抜けてきました(笑)。勝ち負けに、息子のパフォーマンスに「一喜一憂」していたあの頃は楽しみでもあり試練でもありました。どれだけ精神が削られて来たんでしょう?ケー
走るのは好きではありませんし、出来るなら走りたくありません、特に1人では。今は、健康の為に走ってます。🏃♂️走ると言っても最長5kmが限界で、タイムを気にせずに、ゆ~っくりです。このままの生活習慣だったら病気になりそうなので、せめてランニングだけでもやらないといけないという思いが強いです。健康の為であるんですが、ランニングしてたら何でも許されるんじゃないかって言う、浅はかな考えです(笑)。健康の為?自己満足の方が強いか
この試合が無かったら今の次男は無かったと思っています。プロとして「よし、やれる」って初めて思った試合なので昨日の事のように、はっきりと覚えています。ちょっと甘いジャッジかもしれません。親バカが入っちゃってる可能性は大です。大きな大きなターニングポイントになった試合だったのは間違いありません。「普段通りやれば良いのに」って周りは簡単に言うし、私も実際そう思っていた側ですが、それが一番難しい事なんだと、今では理な解出来るようにな
めちゃめちゃナイーブな話になりますが、書ける範囲で書きたいと思いますが、まとまりの無い話になりそうな予感はしています。我が子が試合に出る?出ない?途中出場?途中交代?色々なパターンを少年サッカーを通じて経験してきました。思うように行かない事の方が多かったのは間違いありません。子供を通じて、どのようにチームに携わって行くのが正解なのか?は分かりませんし、「こうすれば良い」というような話でも無いと思います。各家庭で
いつも困っていたと思います、サッカー素人の私にとって自主練メニューを考えるのは一番の悩みだったのは間違いありません。ただ、困るとか悩みとか言ってますが、私にとって一番のやりがいでもあり、一番没頭出来る時間だったのも事実です。チームやスクールのコーチじゃありませんから、そんなに深く考えずに良いと思ったメニューや面白そうだなと思ったら後先考えずに練習メニューに加えていました。言葉のチョイスは悪いかもしれませんが、子供を通じて実験し
2024年10月の振り返りで、ブログテーマが、「最高で贅沢な時間を味わえた日」。その場所は、一般公開されていて誰でも足を運べるんですが、まだまだ知らないとか行った事が無い方もいらっしゃると思います。話は「3兄弟の軌跡」になりますが、当時次男は、高校3年、次男中学2年でした。次男に関しては、プロ契約をして頂いてからカップ戦で3試合、リーグ戦で2試合の経験をしていました。高校2年までは、ユースとトップと両方参加していましたが
2024年8月の実家への帰省した時のまとめのブログです。次男を除いた4人での家族旅行を兼ねた帰省になりました。2009年頃から岐阜に帰省してきましたが、コロナ禍で帰省で帰省出来ない時期は除きますが、サッカーのTRをしなかったのは、2024年の8月が初めてでした。知らない土地に行く事で得られる物が沢山あるんじゃないかと思うようになっていました。感受性を刺激する為とでも言えばよろしいンでしょうか?まぁ、そう思うよう
「私の心にゆとりが生まれてから変わったこと」がテーマですが、一番変わったのは、実家の岐阜への帰省の仕方だと思います。結婚する前から盆と正月🎍に帰省するスタンスは変わりませんが、実家に帰る途中に寄り道をするようになった事が一番大きな変化かもしれません。特に長男が小学校1年でサッカーを始めてから帰省する時には、1秒でも早く実家に帰省して岐阜でサッカー合宿をする事しか考えていませんでした。サッカーにマイナスになるような要素は、
サッカーよりも大切な物って言うと大袈裟になりますが、我が家にとっては、「サッカーの無い環境で純粋に楽しむ事」は特に大事だったと思っています。勿論、子供達がサッカーの試合を通じて楽しめる事や、サッカー観戦を通じて応援を通じて楽しむ事が一番大事だと思います。ただ、我が家は極端にサッカー中心で回っていたので、サッカーの無い日常がとにかく新鮮でめちゃくちゃ貴重でもありました。サッカーの無い日、サッカーの無い旅行なんて、なかなか考えられ
少年サッカーに於いて、親と子供の関係が大事なのは当然ですが、それ以上に保護者とチームとの関係が大事だと思います。保護者とチームとの関係は、子供たちのパフォーマンスにも大きな影響を与えているのは間違いありません。強いチームはどの代でも強いですが、普通に考えれば、保護者が良いサポートが出来ている代が強くなるのは自然な事だと思います。偉そうな事を言ってますが、保護者として模範になるような事をしてきたか?と聞かれたら、一切そんな