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昨日、仕事から帰った夜中に、来年3月27日から28日に掛けて行われる「第18回神宮外苑24時間チャレンジ」に、スマホからチマチマとエントリーしました。ということで、無事に2027年の〝一発目〟が決まってホッとしています。これまで、どれだけ仕事が忙しかろうが、どれだけお金が無かろうが、この「神宮外苑」だけは絶対に外せないレースとして出場して来ました。従って、今回もエントリー料金の値上がりに面食らいながらも、迷うこと無くエントリーを済ませた訳ですが、きっとこの大会に出場する人は、大多数が
会津やないづ赤べこマラソン24時間走に出場してきました!!アットホームな大会で楽しかった!!記録は平凡だけど随所に「見せ場」を作りました😎序盤暑さにやられて下位争い、でしたが涼しくなった夜に本領発揮🔥深夜の時間帯、4時間くらいは自分が誰よりも速く走って会場を沸かせました😁170キロ以上走って、最後の1周も今大会で最速ラップを刻んでザワつかせました(笑)スタッフの綺麗なお姉さん達と写真撮れて嬉しかった!!この大会での自分のあだ名は「兄ちゃん」🤭自分この大会の人気者でした😆(マジで)
「会津やないづ赤べこマラソン」24時間走の部に今から向かいます😀調子は絶好調ではないでしょうか〜!!体が軽いですね!!沖縄サバイバルランに向けた練習レースだけど気合い十分🔥楽しみ・ワクワクし過ぎてテンション爆上がり状態😁練習も順調に消化出来たし体も軽いし、どこまで記録残せるか楽しみ!!沖サバ完走プロジェクトに基づき、200キロ超えは必ず達成したいところ!!今の自分にとって24時間走はそんなに長い距離でもないけど、しっかり「練習」してくる👊ちょうどスポーツの日ですし、スポーツの秋を
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)エピローグまた目指そうかな|ヒデアルビが終わった。203.664km自分が思い描いていた世界選手権とは、まったく違うものになった。レース直後は、「もう世界選手権なんていい」そんな気持ちだった。レース後の夜でも、少し時間が経つとまた考え始めた。
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第13話世界は、遠かった|ヒデ2025年10月フランスアルビIAU24時間走世界選手権ずっと目指してきた大きな舞台だった。でも大会直前、小谷選手がDNS。男子日本代表は福元選手、櫻庭選手、そして僕の3人になった。24時間走の団体戦は上位3人の
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第12話チームJAPAN|ヒデ7月1日IAU24時間走世界選手権日本代表が正式に発表された。男子4名女子4名ポイント上、代表になることは分かっていた。それでも正式発表のページに自分の名前が載っているのを見ると、「本当に日本代表になったのだな」そこ
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第11話261.280km|ヒデ神宮では240.236km、男子2位それでも代表には届かなかった。だから次は、自分で獲りにいく。5月弘前24時間走6月益田24時間走代表になるための勝負を、もう一度やることにした。4月神宮の前半12時間で走った距
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第10話2位じゃダメなんです|ヒデ2025年年が明けた時点で、僕の頭の中にあるレースは一つだった。3月神宮外苑24時間チャレンジIAU24時間走世界選手権代表選考指定大会2024年弘前で242.512km、ボーナスポイント2点年末には神宮を、「
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第9話世界ランキング|ヒデ2024年5月弘前24時間走で242.512kmを走り、代表選考のボーナスポイント2点を得た。ここから次の大きな勝負である神宮を見据えながら、いつも通りいろんなレースを走っていった。7月房総半島一周前年は完走している。今
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第8話1%でもあるなら|ヒデ2024年前年の終わりには、自分の中で一つの考えがはっきりしていた。超ウルトラを強くするためには、スピードも必要。100kmを超える距離も、200kmも、24時間走も、結局は一歩一歩の積み重ねだ。その一歩に余裕があれば、長
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第7話頑張れない神宮|ヒデ2023年1月前年末から右膝の状態は戻っていなかった。それでも、JAPANTROPHY200kmのスタートラインに立った。スタートして700mほどで、右膝の痛みがはっきり強くなった。嫌な感じだった。でも、そのまま進んだ
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第6話ようやく辿り着いた24時間|ヒデ2022年前年、JAPANTROPHY24時間走で大会として初めて24時間を走った。でも、あの結果だけでは自分の24時間走の実力は分からないと思っていた。というのも、起伏の大きい特殊なコースだったからだ。僕が
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第5話もっと遠くへ|ヒデ2021年正式な24時間走を一度も走れないまま前年を終えた僕は、さらに長い距離の世界へ入り、24時間走への気持ちは消えるどころか強くなっていた。2月ブログには、「自分は完全にウルトラにしか興味がなくなってしまった」と書いてい
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第4話走る場所が消えた|ヒデ2020年3月神宮外苑24時間チャレンジ2017年に存在を知った24時間走へ、ようやく自分が挑戦する番になり、目標も少しずつ具体的になっていた。フル2時間39分09秒100km7時間43分8時間走98km6時間走83k
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第3話完璧!|ヒデ2019年僕はもう一度、フルマラソンのタイムを追うことにした。前年12月湘南国際マラソンで2時間39分41秒初めて2時間40分を切った。次に見た数字は2時間34分59秒福岡国際マラソンの参加基準である2時間35分を切るこ
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第2話フルマラソンの向こう側|ヒデサブ3を達成し、次に目指したサブ50もクリアした。そうなると、僕の目に入ってきた数字は2時間40分だった。当時の福岡国際マラソンの参加資格として、自分が最初に意識した数字でもある。あと10分もちろん簡単な10分
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。(毎日20時更新)第1話ランナーになる|ヒデ2011年から、会社のイベントとして小江戸川越ハーフマラソンへの参加が始まった。ちょうどその頃、僕は健康診断でメタボと指摘された。当時の体重は78kgだったら会社のイベントにも参加するし、少し走ってみよう。それくらいの
アメブロで10年以上、約1000記事にわたって書いてきたランニングの記録を、ひとつの物語としてまとめました。『世界は、遠かった』市民ランナーが24時間走日本代表になるまで。noteで全15話の連載を始めました。第0話世界は、遠かった|ヒデ市民ランナーが、24時間走日本代表になるまで。その始まりを語る前に、まずは一度、物語のいちばん遠い場所から始めたい。2025年10月フランス南部の街、アルビフランス・アルビ世界選手権の舞台となった街僕は「JAPAN」と書
みなさん、今週もお疲れさまでした🤗今週はいろいろあって、月曜日→木曜日まで連日ビールを飲んじゃいました😆特に水曜日、木曜日はガッツリと🍺今日は朝から台風の影響で雨がすごかったです。会社に着いた時は靴もびしょ濡れ😔サッカーはもちろん結果だけ😅相手はブラジルかぁ🇧🇷今日はサッカー休暇を取っている人が多かった😆やっと土曜日→日曜日の大泉緑地12時間走を振り返ります。この日は昼に実家へ帰ったりと予定があったので、お昼寝できず。参加前のお姫さまを迎えに行ってからだったので、着いたら21
5月23日に弘前市で開催された開催された「2026IAU24時間走アジア・オセアニア選手権」に日本代表として出場した、常陸太田市アンバサダーでもある菊池裕樹選手が、団体銀メダル受賞の報告に来庁されました。ブログ続き⇒ウルトラマラソン銀メダル報告やロビーコンサート!ウルトラマラソン銀メダル報告やロビーコンサート!、藤田けんじOfficialSiteです。「この大地は我々のものでなく、未来からの借り物である。」これは私の好きな言葉です。次世代からの借りものである愛する常陸太田を「
会場の弘前市運動公園からタクシー2台で弘前駅前のホテルに移動。チェックインが15時からのためまずはロビーで乾杯!!実はもう一人おりますが、疲れ切って椅子の上でお休み中。シャワーを浴びていよいよ打ち上げの本番。カネゴンはこの日に飛行機で帰宅しました。若干一名は胃がやられて飲めないため、リンゴジュース。さすがに沢山飲めず。たいして走ってもいないくせして。久しぶりにいただくつゆ焼きそば。うまい!!皆さんに好評でした。お開きになってから近くのコンビニへ。寝酒と少し
開催当日の5月23日朝の天気は爽やかな青空。受付時間より早めに到着。10時からの受付ですが、あまりに皆さん早めに会場入りをされていたため少し早めに受け付けスタート!IAU24時間走アジア・オセアニア選手権に出場される選手のサポート用のテントが貼られ、各国チーム準備中。こちらは私たちオープン参加の選手のテント。いけちゃんのハンドラーを今年はまきちゃんが努められました。そしてまさぽんのハンドラーのエタ坊はせっせと後ろで準備中。今回走られる予定だったスラさん
いよいよスタート!まさぽんについていく作戦。まさぽんはスピードを出さない作戦。1キロ6分前後。30キロ程から少しずつ遅れ気味になりましたが、マイペースで良いのだ。代表選手や速い選手には何度も抜かされる。この後で後ろを走っている選手たちに一瞬で抜かされました(笑)このコーナーはヘアピンカーブ。スタッフがちゃんと目を配っています。かげの脚が長い😱夕方に近づいている時間帯。この時はシューズが違うから、日付が変わってから。いつも12時間で100キロを
弘前24時間走前日の5月22日に弘前入り。そして勿論前夜祭という名の飲み会。同時開催のIAUアジアオセアニア選手権の皆さんは近くのホテルでセレモニー。まさぽんお勧めの居酒屋に向かう途中で今回スタッフとして参加される方がまさにその会場に向かわれるところでばったり。私は初対面ですが、私の事は知っていてくださり光栄。「津軽衆」という人気のお店のため、まさぽんのハンドラーとして弘前入りしてしていたエタ坊が予約をしてくれていたため、座る事ができました。かんぱ~い
じじいですよ24時間走り続けるなんて吾輩には到底出来っこないですな地元紙「東奥日報」から日本初開催の「IAU24時間走アジア・オセアニア選手権」が23日、弘前市運動公園で開幕。ニュージーランドや韓国など9の国と地域の代表計80人が出場し、24日の正午まで一周1.25㌔のコースを周回し、24時間でいかに長い距離を走るか競う。スタートの様子。昨日、閉幕したとのこと。結果、日本勢男子は256.469㌔走った木本匡昭さん(東京)の4位が最高。優勝はインド🇮🇳選手で282.881㌔女子は
ヒデさんやcocoさんの代表応援がてら参加してきました小江戸大江戸とかジャーニーは経験してますが競技性高いのは初めてとりあえず結果初の24時間走にしては目標としてた200kmに到達出来て満足ですスタート直後は周回6分40秒くらいで巡行(キロ5分15秒くらい)途中汗が出なくなり、夕方から日が落ちるくらいまで周回7分前後(キロ5分30秒くらい)でやり過ごして0時くらいまでその頃に左ハムにピキッと違和感出て、以降は周回8分くらいで問題無かったのでそれで行く事に明るくなってからは3周走って
昨年夫婦揃って出場した弘前24時間走今年は昨日から今日にかけて行われている今年はアジア・オセアニア国際大会も同時開催ゴールはPM12:00現在の弘前の天気は雨大変過酷なレースになっていると思われる朝起きて速報を開いて応援していますこの大会で知り合いになったランナーさんも頑張っていますねちなみに女子の一位は仲田さん🇯🇵頑張れチームJAPAN🇯🇵走った後のビールは美味いぞ
今日は越谷レイクタウンに来ています。1泊2日の合宿で缶詰状態。宴会は欠席し、合宿所から逃亡今年は迷いそうにない道を選んだのに、最後にちょっと間違えた江戸川も見つけたけれど、遠いな。体を動かした程度。今日も寒かった!弘前では熱い戦いが開催されています!知っているブロガーさんは5名。知り合い1名。一方的に知っているランナーさんは沢山。IAU24時間走アジアオ・セアニア選手権2026https://sokuho-nipponit.japaneast.cloudapp.azure
弘前で開催される24時間走に出場するため、弘前にやってきました。弘前24時間走3日前の一昨日は、イルカ整骨院で最終調整。イルカ整骨院–イルカ整骨院グループは健康的な身体をサポートします交通事故施術特設ページはコチラ痛みがなかなか...www.iruka.co.jp前日に内田治療院でガッツリ鍼治療をしてもらったものの、右膝の違和感がかなり強く、不安に(内田治療院では上半身多めだった)すると、いつもはいない鍼を打てる先生がたまたまこの日だけいたので、右膝だけ鍼治療
先週メールで書類一式送っていただいていたのですが、今日郵送で届いていました。そういえば1回目から参加しています。そして24時間走るデビューがこの弘前24時間走。ご丁寧にありがとうございます。こんなコースで1周1.25キロ。陸上競技場に入るときの鋭角なのが走りにくいという方もいらっしゃいますが、鈍足な私にとっては関係なく、走りやすい競技場に入ることが嬉しいだけ。今回は日本初の「IAU24時間走アジア・オセアニア世界選手権」と同時開催。一般参加者も国際的。台湾