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「来年の事を言えば鬼が笑う」とは言いますが、「50年前の話に誰が微笑む」のでしょうか。この先の事は誰にも分かりませんが、50年前は生きてる〜という実感に満ち溢れていたことは紛れもない事実です。あの頃もう少しで手が届きそうだった夢は叶いませんでしたが、夢は星屑となって降り注ぎ私に別の幸せを与えてくれました。あの時は50年後の自分など想像もしませんでしたが、今は50年前の思い出をかき集めております。2026年はとことん1976年産にこだわるVol.41JeffreyCo
📖前回のあらすじ熱血指導が裏目に出て仲間と衝突してしまった三郎。教室で「令和の時代、余命一ヶ月で病室にいたこと」「卒業後に家族がバラバラになってしまった過去」を涙ながらに告白する。せめて学芸会で本気の姿を見せ、オカンと家族を守りたいという三郎の切実な想いに、教室は静かな感動に包まれるのだった――。【第51話】涙の理由(わけ)と、ズボンの穴夕暮れの教室。三郎の涙ながらの告白に、誰もが胸を打たれ、静かに目頭を熱くしていたその時だった。ガラガラッ!「なんや!メロスの練習はどうした?
野口五郎さん特集も第8回の今回で一旦の終了。特集したきっかけは「序曲・愛」をメンテナンスしようとブログ内検索したら、まさかのヒットせず……。で、その際に動画が削除されている記事を見つけたので特集してメンテナンスすることにしました。まだ3曲ほど未掲載だった作品がありましたので近い内にその3曲は取り上げたいと思っています。過去記事はこちら。(リンク貼ってます)→「私のお勧めの曲・邦楽編(その102)」(2010年11月17日掲載)リリースは1976年6月でオリコンの最高位は2位。
ブラジルリオデジャネイロで生まれ育ち、同地のサンバ系MPBのSSWとして活躍するパウリーニョ・ダ・ヴィオラは、1968年のソロ・デヴュー以来、どのアルバムも高評価。当ブログでは今年の3月にもかれの記事を書いていますが、半年を過ぎてまたもう1作、記事にします。まずはこれまでの記事のリンクから。"NervosDeAco"(1973年)6作め『味わい豊かなサンバに涙もちょちょ切れ~パウリーニョ・ダ・ヴィオラ』パウリーニョ・ダ・ヴィオラ/Ner
📖前回のあらすじ学芸会に向け『走れメロス』の準備を開始した6年3組。健一や竜二はガリ版刷りのわら半紙台本に苦戦し、現代の利便性を痛感する。元編集者の弘子が台本をブラッシュアップし、元ポルノ看板職人の琢磨はプロ並みの画力で豪華な舞台背景を描き上げた。大人たちの本気の技が集結し意気込む三郎だったが、最後はズボンのチャック全開を指摘されて大爆笑。ドタバタの中で劇の練習が動き出したのだった――。【四十九話】走れメロス練習開始!熱血指導と三郎の暴走昭和五十一年二月下旬。
山下達郎、大貫妙子、浜田省吾、さだまさし、高中正義……1976年ソロデビュー組、50年後も広がり続ける音楽1976年にソロデビューした山下達郎、大貫妙子、浜田省吾、さだまさし、高中正義。50年を経た2026年、それぞれが海外公演、ワールドツアー、映画化、全国ツアーなど新たな動きを見せている。本稿では、グループ時代を経て独自の音楽を築いた5人の歩みと、半世紀後も広がり続ける活動を振り返る。realsound.jp「走り始めた1976年♪」こうして見ると凄いメンツがデビューした年だったの
📖前回のあらすじ伝説の深夜番組『11PM』のお色気露天風呂特集を見ようと、深夜の居間へ忍び込んだ竜二。しかし、同じく「和製ブロンソン」こと父親も忍び込んできて事態はカオスに!コタツに隠れて難を逃れるも、パジャマ姿の母親に見つかり父親は秒で撃沈。一人残された竜二がついにテレビを独占するも、直前にニュースの緊急挿入が入り、露天風呂はおあずけという悲しいオチとなるのだった――。【第四十七話】学習発表会「走れ三郎!」昭和五十一年二月下旬。土曜日の「半ドン(半日授業)」が明けた翌週の月曜日。
50年前の録音。俺25歳の時の録音。かつて同じアパートに住んでいた時代の音楽友達の尾崎くんが我が家に遊びに来た時、俺の初期のオリジナル曲、フォークソング『カラーテレビ』を歌ってくれた.伴奏のギターは俺。YouTubeで⤵︎-YouTubeYouTubeでお気に入りの動画や音楽を楽しみ、オリジナルのコンテンツをアップロードして友だちや家族、世界中の人たちと共有しましょう。youtu.be
📖前回のあらすじマイかごを手に夕方の商店街へ買い出しに出かけた薫。紙袋の野菜や「500万円のお釣り」といった昭和ならではの温かいやり取りに顔をほころばせる。お肉屋さんで油紙に包まれた肉を受け取る傍ら、遭遇した裕子ちゃんは『ノースキャロライナ』、弟は『ペンシルチョコレート』、そして薫は令和では幻となった『チェルシー』を買ってもらう。人と人との触れ合いとお菓子のぬくもりに、昭和の時代の温かさを実感する薫だった――。【第四十六話】宮本家四たび登場!「11PM」父親との深夜の攻
1976年F1が日本で開催!って田舎の私には情報は、TBSの中継と雑誌の記事だけでした・・・で雑誌記事には当時不調だったこともあり、黒い伏兵!とカッコいいJPSカラー、ロータス77が大好き少年?になったのでした・・・で、その本物のロータス77が東京・新橋に無料!で展示しているとの情報・・・行こうか迷ってたんですが、新橋大好きビバ氏に話したら案内してもいいよとの快諾・・・行ってきました。『ロータス77への思いvs串への思ひ(カミヤ/新橋)』先週になりますが、伊勢佐木町で飲んで食べて
今夜は本当にお久しぶりなアーティストになりますねぇ……。KISSの「ShoutItOutLoud」をメンテナンスしました。過去記事はこちら。(リンク貼ってます)→「今日の音楽「洋楽編」(その587)」邦題は「狂気の叫び」。リリースは1976年3月。4thアルバム「Destroyer」(邦題「地獄の軍団」)からの1stシングルカット。全米などで31位まで上昇しています。本作以外にも「DetroitRockCity」「Beth」などバンドを代表する曲が収録されています。
前回のあらすじ駄菓子屋「憩い」にやってきたヨーヨー世界チャンピオン。技を披露しようとした三郎だったが、力みすぎて手が滑り、ヨーヨーが股間にダイレクトアタック!悶絶しながらカンフー声を張り上げて跳ね回る三郎に、現場は爆笑と混乱に包まれるのだった――。【第四十四話】【昭和51年】衝撃のラスト!?コカコーラヨーヨー内田の大技と奇跡のプレゼント三郎の悲劇(と奇行)がようやく落ち着いた後、技の披露が再開された。続いて前に出た太陽は、流れるような手さばきでスマートに技を決め
野口五郎さん特集の第3回は「針葉樹」をメンテナンス。過去記事はこちら。(リンク貼ってます)→「今日の音楽「邦楽編」(その465)」リリースは1976年でオリコンの最高位は2位でした。作詞は麻生香太郎さんで、作曲/編曲は筒美京平さん。こういう曲調(メロディーライン)でもオリコン2位まで上げるあたりが「野口五郎さん」と言う歌手の真骨頂でしたね。郷ひろみさんや西城秀樹さんは曲調が地味だと如実にランキングに影響しましたからね。(個人的見解です。m(__)m)野口五郎さん
📖前回のあらすじ放課後、駄菓子屋「憩い」にヨーヨーの世界チャンピオンが来ると聞き、大盛り上がりの男子と女子。阿部ちゃん(洋子)もマイヨーヨーを手に参戦を意気込む中、陰からその様子を窺う内田。3時の「憩い」で、一体何が起こるのか――?【第四十三話】股間の惨事、再び!チャンピオンの技と三郎の悲劇午後3時。駄菓子屋「憩い」の店頭には、近所の子どもたちが鈴なりに集まっていた。人ごみの中心には、派手なブレザーを着た「コカ・コーラ・ヨーヨー世界チャンピオン」の外国人が立
令和8年の今年は2026年という事で昭和で言うと101年に当たる年ですが今年から丁度半世紀前と言ったら1976年(昭和51年)という事になる。昭和51年という年は僕にとっては小学校を卒業し中学校に入学した年だった。中学生になった頃に週刊少年ジャンプに連載されてた池沢さとし先生の漫画「サーキットの狼」が大人気になり作品内に登場する実在のスーパーカーが子どもや若者の憧れを一気に集めスーパーカーブームが巻き起こった。僕もスーパーカーブームの波に飲み込まれスーパーカーの雑誌を貪る
す↑朝ラッシュの四条に姿を見せた2200系宇治急。1976年1月撮影。非冷房の2200系。前面屋根の滑り止め加工が解かれて冷房改造がなされるまでが個人的には旬のスタイルであった。この期間は2200系の長い歴史の中では短い。赤い急行板をかざした姿が、その代表で目に焼き付いている。日曜日の競馬開催日の夕方に上がってくる白板のウマ急も魅力的であった。その7連の急行編成に混じって、4連の2210Fがあって、これは昼間の宇治線直通普通によく入っていた。三条方では珍しい角板の2200系である。そ
📖前回のあらすじ2月のある朝、健一の机に再び謎の手紙が届けられた。「必ず全員揃えば令和に帰れます」というメッセージに、自作自演を疑われる健一だったが、タイムスリップの真相と手紙の主を巡る謎はさらに深まっていく。そして放課後、新たなブームの嵐が巻き起こる――。【第四十二話】世界チャンピオン到来!昭和のヨーヨー大熱戦ある日の放課後、教室でランドセルを背負いかけた宮本が、興奮気味に男
オヤスミソングバリー・ハリスは、アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト生まれのモダンジャズのピアノ奏者。マイルス・デイヴィス、リー・コニッツらと共演し、後にニューヨークへ進出しキャノンボール・アダレイ、コールマン・ホーキンス、デクスター・ゴードンらと活動を共にする。ウィキペディア1929年12月15日,アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト死去2021年12月8日,アメリカ合衆国ニュー・ジャージー州ノース・バーゲン
📖前回のあらすじ朝の宮本家で、空になった『マンダム』の代わりに『メンタム』を渡された父親。「『う〜ん……メンソレータム』じゃ合わない!『オロナインH軟膏』じゃ舌噛むだろ!」と叫ぶも、母親の「ばかばかしい……」の一言で秒で撃沈。和製ブロンソンは顔中にハッカの匂いを漂わせ、おとなしくメンタムを塗るのだった――。【第四〇話】謎の手紙と、二度目の疑惑タイムスリップして一週間目の朝、学校に登校してきた健一は、自分の席にカバンを置こうとして思わず固まった。机の奥に、見覚えのある白い封筒
📖前回のあらすじ昭和51年のバレンタインの思い出に胸を躍らせた帰り道。女子たちは50年前のチョコの甘酸っぱい秘密と、かつて胸に抱いていた将来の夢を語り合った。そして季節は真冬の2月、新たな朝がやってくる――。朝、学校へ行く前の宮本家。洗面所からは、毎朝恒例となっている父親の渋い声が聞こえていた。カミソリで髭を剃り終えた父親は、鏡に向かって顎(あご)に手をつっと当て、俳優チャールズ・ブロンソンのあの有名なCMの真似を決めた。「う〜ん……マンダム。なんちゃってな」ご機嫌で『マンダム』のア
📖前回のあらすじ50年前のバレンタインの悲劇(チョコゼロ)を思い出した宮本。独り身の虚しさに耐えかね、まさかのチョコ獲得者・三郎への理不尽な嫉妬を爆発させるが、令和に残してきた大切な妻・咲ちゃんへの愛を再確認し、夕日の中を力強く走り出す――。【第三十九話】女子たちの秘密と、昭和の夢男子たちが男子なりの「バレンタインの思い出」で騒ぎ立てていた頃。少し遅れて校門を出た松田裕子、水野薫、佐藤美由紀の三人は、冷たい北風が吹き抜ける下校道を並んで歩いていた。「相変わらず三
📖前回のあらすじ下校道で50年前のバレンタインの思い出話に花を咲かせる男子たち。三郎、健一、太陽がチョコを獲得していたことが判明する中、竜二だけは「ゼロだった古傷」を突かれて大慌て。みんなと別れ、一人になった竜二の胸に込み上げてきたのは――。【第三十八話】宮本の独り言と、五百万円の愛「ちくしょう……なんで俺だけゼロやねん……」健一たちと別れた帰り道。宮本は一人、真冬の寒風が吹き抜ける道をポツリポツリと歩いていた。手袋の中で握りしめた拳が、虚しく震える。「……うー
若き獅子たち-2-76年9月5日発売の第18弾シングル『若き獅子たち』阿久/三木コンビによる三部作の完結版。「君よ抱かれて熱くなれ」で"エロチシズム"、「ジャガー」で"情熱"、そして「若き獅子たち」で"志"をテーマにして作られています。特にこの「若き獅子たち」は阿久氏が、この年のレコード大賞を受賞し歌い上げているヒデキの情景を思い浮かべて書いたそうです。曲はコーラスとストリングスによって広々とした空間を連想させてくれる、今までのヒデキの歌にはなかった雄大なスケール感
新情報なんてもうないだろうとわかっちゃいるけどやっぱり買っちゃうよねアリの肉声テープの内容が書かれているが、“リアル”という言葉を頻繁に使っている。「観客にきちんと説明した上でのエキシビションマッチなのか、リアルファイトでやるのか、本当らしく見せてそうでない試合には関わりたくない。これは打ち合わせなしの試合にしなくちゃならない。」アリの発言を所々繋ぎ合わせてみた。元テレビ朝日の永里高平氏の手記は興味深かった。この試合がまだ大凡戦扱
📖前回のあらすじ新幹線ゲームに失敗した内田を慰め、駄菓子を分け合いながら夕暮れ道を帰った日曜日。週が明け、下校時刻を迎えた男子たちは、ランドセルを揺らしながら「あの季節の思い出」について盛り上がっていた――。【第三十七話】男子の下校道と、50年前のチョコレート「そういえばさ、タイムスリップする前バレンタインデーだったじゃん?」下校途中の赤い夕暮れ道。健一が思い出したように口を開くと、隣を歩いていた竜二、三郎、太陽、そして内田がピクッと反応した。「ああ、そういえばそ
📖前回のあらすじ手持ち最後の10円玉を前に悩む内田に、竜二と健一は「クリアできなきゃ2026年に帰れないと思え」と無茶振りをかます。女子たちの冷ややかな正論を跳ね除け、「救世主」とおだてられた内田は、全員の運命を背負って新幹線ゲームに挑むのだった――!【第三十六話】新幹線ゲームの結末と夕暮れの帰り道チャリン。10円玉が投入口に入り、スタート位置の「東京」にセットされた。ギャラリーの視線が一斉に手元に集まる。内田の指が、静かに一段目のレバーにかかった。(行くぞ……
📖前回のあらすじ股間の激痛から生還した三郎を囲んで大爆笑する一行。そんな中、駄菓子屋の店頭で佇むクラスメイトの内田を発見する。内田は12歳の頃にクリアできなかった「10円新幹線ゲーム」に手持ち最後の10円玉を賭けるか、チロルチョコを買うかで本気で悩んでいた――。【第三十五話】救世主内田と全員の運命「そうや!ええ考えがある!」10円玉を握りしめて固まる内田の背中を見つめながら、竜二がポンと手を叩いた。「このゲームをクリアできへんかったら、俺たち六年三組全員、現代の2026年に帰
もう15年以上も前にどこぞの国会議員が発した「2位じゃダメなんでしょうか?」を思い出しました。確かにトップを目指さない者にとっては1位も2位も3位すら関係ありませんね。オリンピックでは何度も金メダルを逃し銀メダルに涙するアスリート達をみてきました。大好きなプロ野球でも1位と2位では雲泥の差があります。それに比べると他力によって音楽のランキングは決定します。どれだけ精魂込めて作詞曲しても、それがランキングに直結はしません。また私が好みの音楽の制作者達にとってどれだけランキングが重要な
📖前回のあらすじ駄菓子屋「憩い」で『さくらんぼ餅』や『モロッコ風クリーム』を買い、昭和の物価安にしみじみ浸る薫と裕子。しかし店を出ると、股間事故を起こした三郎が近所の子どもたちをカルガモのように従え、「ワチャー!」と飛び跳ねている謎の光景に出遭遇するのだった――。【第三十四話】10円新幹線ゲームの挑戦「いや〜……もう大変やった。マジで息ができんかったわ……」股間の激痛がようやく引き、ベンチにへたり込んだ片山三郎がハァハァと肩で息を吐いていた。そこへ、田んぼから移動してきた健一
📖前回のあらすじ公園で一人ヌンチャクを振る三郎の前に、当時大流行していた『ジョカリ』を持った美由紀が現れる。美由紀の煽りに乗って全力でラケットを振り抜いた三郎だったが、強烈な跳ね返りボールが股間に直撃!あまりの痛みに叫びながら公園を跳ね回るのだった――。【第33話】駄菓子屋「憩い」とカルガモ行進公園の近くにある、昔ながらの駄菓子屋「憩い(いこい)」。薄暗い店内の棚には、カラフルな駄菓子やおもちゃが所狭しと並び、近所の子どもたちの賑やかな声が響いていた。「あ