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最近、気づいたことがある。搾取マンは、私の人生の全部ではなかった。確かに14年は長かった。人生をかけた時間だった。苦しかったし、悔しかったし、今でも許せない気持ちはある。でも私の人生は、搾取マンだけでできていた訳じゃなかった。仕事をしてきた。子どもたちと向き合ってきた。人との繋がりを築いてきた。たくさんの人と出会い、笑い、悩み、時には支えられながら生きてきた。それは、搾取マンから与えられたものじゃない。搾取マンのおかげで手に入れたものでもない。私が、自分で築いてきた世界
最近、自分でも驚くほど腹が立つことがある。寂しいからではない。戻りたいからでもない。むしろ私は、あの曖昧な関係が嫌だった。何度も伝えてきた。このままは嫌だと。未来が欲しいと。現実を動かしてほしいと。だから私は、あの場所に居続けたかったわけじゃない。本当はずっと、そこから抜け出したかった。それなのに、最後に終わりを決めたのは搾取マンだった。それが腹立たしい。14年もの間、現状を維持してきた人が。何度も先送りにしてきた人が。向き合うことから逃げ続けてきた人が。
少し不思議なことがある。小分けにした絆創膏を見ると、最後の日を思い出す。搾取マンは、よくささくれや擦り傷を作っていた。だから私は、絆創膏を小分けにして、持ち歩いていた。また作るんじゃないかな。痛いだろうな。そんなことを思いながら。最後の週末。送ってもらう帰り道の車の中で、その絆創膏が出てきた。私は、昨夜からのモヤモヤを抱えたままだった。でも搾取マンは、「俺も携帯ケースに挟んでるよ。」と、いつもの調子で言った。たぶん、普通の会話だったんだと思う。でも、私が欲しかったのは
最近、気づいたことがある。クズ男。クズ。詐欺師。いろいろな呼び名を経て、どうやら最近は、「搾取マン」に落ち着きつつあるらしい。しかも正式名称は、「銀河系一の残念な搾取マン」ずいぶん壮大な肩書きになったものだと思う。でも、よく考えると笑ってしまう。「銀河系一」と「残念」という壮大な言葉に対して、やっていたことは、現状維持14年。決断は先延ばし。最後はメール一通と遮断。こうして並べると、やっていることのスケールは驚くほど小さい。もちろん、私にとっての14年は小さく
最近、ふと思うことがある。私は人生をかけていた。未来を信じていた。待っていた。だから、いなくなった時は世界が終わるような気がした。でも。3ヶ月が過ぎた今。私は仕事へ行っている。地域の活動も続けている。ブログも書いて、心の整理をしている。泣きながらでも、怒りながらでも、生きている。そして気づいた。私は今まで、あの人に生活を支えてもらっていた訳じゃなかった。家賃を払ってもらった訳でもない。生活費をもらっていた訳でもない。子どもを育ててもらった訳でもない。私の人生を
今日も雨。チャレンジ2回目の山アジサイ御殿場。もしかしたら耐寒性に問題あった?その前に購入した山アジサイ紅は今年も成長している。雨が止んだ隙を狙って挿木をしてみる。(写真なし)またすぐに雨それでもこんな天気はステンドグラスが進みます。夜は録画したW杯を楽しむ。楽しみながら6/27にだったことを思い出す。初代ワイマラナー・サフィの命日。あの日から14年。一緒に過ごした時間よりも長い時が過ぎてしまった。台風の中、バラのアーチを直しているとずっと隣にいてくれ
終わりにされてからずっと、私は何を失ったのかばかり考えていた。失った時間。失った未来。失った居場所。失った関係。どうしても、そちらに目が向いてしまっていた。もちろん、それは今でも苦しい。悲しいし、悔しいし、答えの出ないことを考えてしまう日もある。でも最近、少しだけ違うことも考えるようになった。私は何を失ったのかだけではなく、私は何を差し出していたのだろう、と。私は本気だった。ただ好きだっただけではない。これから先の暮らしや、住む場所や、人生そのも
今日は仕事をしながら、ふと思い出していた。残念との始まりを知っていた人のことを。あの頃を知っていて。長い年月を知っていて。そして、残念とは不定期に連絡を取り続けていた人。だから私は勝手に思っていた。始まりを知っている人なら終わりも知ってくれるのではないか、と。でも違った。私には何も返さなかった。何も答えなかった。何も受け取ろうとしなかった。本当の理由は分からない。私が知らない事情もあるのだろう。でも、私の手元に残った事実は一つだけ。残念とは繋がりながら、私か
ふとカレンダーを見た。1年分が一覧になっているカレンダー。そこに、8月4日という日付があった。残念の誕生日だ。昔なら、その日が近づくだけで何を贈ろうか考えていた。どんな言葉をかけようか考えていた。でも今は違う。真っ先に浮かんだのは、「もう、お前には私から“おめでとう”と言われることはないんだよ」だった。まあ、当たり前なんだけど。だって、自分で捨てたんだから。14年という時間も。私との繋がりも。自分の言葉も。全部。残念は、きっと今まで通り生きていくのだろう。
TikTokで、ある動画が流れてきた。不倫関係の中で、「家庭は手放したくない。でも彼女も失いたくない」そんな男性の心理について話していた。もちろん、それが残念の本心だったのかは分からない。残念にしか分からないことだから。でも、動画を見ながら思った。あぁ、私が14年間の中で感じてきた苦しさを言葉にすると、こういうことだったのかもしれない、と。私はずっと、残念に言ってきた。「不倫という関係は嫌だ」「離婚して」「せめて離活して」何度も何度も伝えてきた。残念は、その度に「
ドラマを見ながら、思わず口にした。「私も振り出しに戻りたーい!」と。もちろん、人生に巻き戻しボタンなんてない。でも、もし本当に戻れるなら。あの14年間を、残念の「いつか」という言葉を信じて待つ時間に使わなかったかもしれない。私は、残念との14年間、残念だけを見て生きてきた訳ではない。自分のいる場所で、自分にできることを一つひとつ積み重ねてきた。その結果として、今の大切な人との繋がりがある。残念との未来を夢見ていた時でさえ、今いる場所での自分の人生をおろそかにしていた訳ではない
以前の私は、「クズ」「クズ男」と吐き出していた。もちろん、今でも思う日もある。悔しいし、許せない。14年という時間を、あんな終わり方にされたことは、簡単に消えるものではない。でも、「クズ」と叫ぶたびに、怒りの炎に自分で薪をくべているような気がした。だから、少しだけ付き合い方を変えてみた。「候補者たち」を考えたり、「銀河系一の残念」と毒づいたり(笑)笑いに変えることで、怒りと少し距離を置ける時もある。もちろん、今でもぐるぐる考える日はある。「何だったんだろう」「な
最近、ふと考えることがある。もし、何食わぬ顔で突然目の前に現れたら。何を言ってやろう。罵ってやろうか。ぶん殴ってやろうか。蹴り飛ばしてやろうか。いや、まず警察を呼んでやる。そんな想像をして、頭の中で一人芝居をしていることがある。でも、最後はいつも同じところに辿り着く。「いや、来るわけないか」残念は、そういう人だから。自分のプライドが傷つく場所に、自分から飛び込んでくるような人ではない。私に罵られること。怒りをぶつけられること。自分がしてきたことを責められること。そ
最近、あの人の新しい呼び名を考えていた。「クズ男」と呼ぶと、どうしても私の怒りがヒートアップする。だからと言って、優しい呼び名にするつもりは、もちろんない。むしろ、皮肉たっぷりの名前を考えてみた。まずは、「保留男」何でも保留。未来も保留。決断も保留。気づけば、14年経っていた。続いて、「先延ばし男」いつか。もう少し。タイミングが来たら。便利な言葉を並べているうちに、こちらの人生の時計だけが進んでいた。そして、「永遠の準備中」いつになったら開店するんですか?
あの人の呼び名を考えていた。今までは、ずっと「クズ男」。それくらい、腹が立ったから。14年も一緒にいて、人生をかけるくらい信じていた相手。最後は、たった一通の言葉で終わらせ、向き合うこともなく消えた。悔しい。許せない。今でも、「後悔しろ」「思い知れ」と思う日だってある。でも、気がついた。「クズ男」と言うたびに、私の怒りも一緒に大きくなっていることに。まるで、傷口を自分で何度も触って、また痛がっているようだった。だから、別の呼び名を考えてみた。「保留男」
最近、あるドラマの言葉が心に残った。「優しくて甘くて、私にとって都合が良かったから」その言葉を聞いて、ふと思った。私にとって、あの人もそうだったのだろうか、と。確かに、あの人は優しかった。話を聞いてくれた。認めてくれた。一緒にいる時間は楽しかった。だから、離れられなかった。でも、ひとつだけ違うと思う。私は、あの関係のままで良いとは思っていなかった。「不倫は嫌だ」「離婚してほしい」「せめて離活してほしい」何度も、何度も伝えてきた。待っているだけではなかった。
今日で、あの最後のメールから3ヶ月。3月15日。たったメール1つで、数文字の言葉で、14年という時間は終わった。あの日から今日まで、苦しくなかったと言ったら嘘になる。悔しくて、許せなくて。「何であなたが終わりを決めるの?」「何で向き合ってくれなかったの?」答えのない問いを、何度も何度も繰り返した。怒りでいっぱいになる日もあった。涙が止まらない日もあった。あなたが後悔すればいい。私が味わった苦しみを、あなたも知ればいい。そんな黒い感情を抱えた日もあった。でも、それで
体調を崩して改めて思った。私はひとりじゃない。心配してくれる人はいる。連絡をくれる人もいる。支えてくれる人もいる。それは本当に有り難いことだと思う。でも、それだけでは埋まらないものもある。家族は独立している。両親には心配をかけたくない。友人たちにも感謝している。それでも、全部の弱音をそのまま預けられるわけではない。本当は、仕事で嫌なことがあった時。理不尽なことがあった時。体調が悪い時。将来が不安になった時。そんな何気ないことを、当たり前のように話せる相手
最近、ある言葉が心に残った。「好きと覚悟は別」その言葉を聞いた時、少し苦しくなった。私は長い間、好きなら一緒になりたいと思うものだと思っていた。好きなら未来を考えるものだと思っていた。好きなら、いつか現実を動かそうとするものだと思っていた。だから待っていた。信じていた。何度も気持ちを伝えた。「このままは嫌だ」「離婚してほしい」「せめて離活してほしい」そうやって訴え続けた。でも今になって思う。もしかしたら、好きだったことと、人生を変える覚悟を持つことは、別
最近、よく思う。私は人生をかけていたんだな、と。14年という時間だけじゃない。これから先の暮らしも、住む場所も、人との繋がりも、全部ひっくるめて考えていた。この地域を離れる覚悟もあった。長い時間をかけて築いてきた居場所を手放すことになっても、その人との未来を選ぶつもりだった。だから今でも苦しい。悔しい。腹が立つ。私は自分の現実を伝えていた。望んでいることも伝えていた。それでも最後に残ったのは、答えのない別れだった。時々、「あの人の言葉に踊らされていたんだな」
スマホの壁紙を変えた。毎年、その人が作ってくれていた壁紙だった。当たり前のように使っていたけれど、今年はもう新しいものが届くことはない。だから変えた。ただそれだけのことなのに、少しだけ寂しかった。壁紙は毎日目にするものだから、そこには思っていた以上に思い出が残っていたのかもしれない。でも、いつまでもそのままにしておくことも違う気がした。失ったものを忘れたわけではない。今でも思い出すことはある。それでも、少しずつ自分の手で選び直していく。壁紙ひとつかもしれない。
今回、体調を崩して気付いたことがある。本当は比べたくなかった。でも、どうしても比べてしまった。救急搬送された日、職場の人が動いてくれた。家族が駆けつけてくれた。友人が連絡をくれた。差し入れまで届けてくれた。「大丈夫?」その言葉をたくさんもらった。心配してくれる人がいた。気にかけてくれる人がいた。その時、ふと思った。私は長い間、何を受け取っていたんだろう。誕生日。クリスマス。バレンタイン。記念日。振り返ると、いつの頃からか、そういうものはほとんどなくなっ
ドラマを見ていて、「嫌なことは嫌と言える事が大人になる事」という言葉が心に残った。その時、ふと自分のことを考えた。私はずっと、嫌なことを言えなかった人間だと思っていた。でも、本当にそうだっただろうか。振り返ると、私は何度も伝えていた。「不倫は嫌だ」「離婚してほしい」「せめて離活してほしい」何年もかけて、その気持ちを言葉にしてきた。相手も聞いていなかったわけではない。無視されたわけでもない。話し合いもした。気持ちも伝えた。それでも、現実は変わらなかった。最
現在使っているラジオサーヴァー(videinfra)は社会人になる年(2012年)に購入して使っているので、使い始めてからことしで14年にもなるようだ。つい最近までメモリーの大きなMicroSDカードを読み込んでくれていたけれども、ことしのあるとき突然それを読み込んでくれなくなってしまう、という症状が現れてしまった。そこで、このラジオサーヴァー(videsupra)と併せて購入したSDカード(4GB)を挿入すると今まで通り比較的スムーズに読み込んでくれたのでそのSDカードを暫時併
この数ヶ月、私の心の中には、私を傷つけた人がいた。どうしてあんな事ができたのか。どうして向き合ってくれなかったのか。どうして何も答えてくれなかったのか。そんな事ばかり考えていた。今も、その気持ちが消えたわけではない。悔しさもあるし、怒りもある。でも今回、体調を崩して気付いた事があった。私を傷つけた人がいた一方で、私を気にかけてくれる人もいた。救急搬送された時、連絡を取ってくれた人。心配して声を掛けてくれた人。差し入れを届けてくれた人。そして、駆けつけて
救急車の中で目を開けた。視界はぐるぐると回り続けていて、まともに見ることもできず、私はずっと目を閉じていた。その時、一瞬だけ思った。「ああ、このまま死んでしまうのかな」と。もちろん今こうして生きているから、結果的には大丈夫だった。でも、あの瞬間は本当に怖かった。私はまだ、あの人への怒りを抱えている。理不尽だと思う気持ちも、納得できない気持ちも、消えたわけではない。だけど、もしあの時本当に人生が終わっていたとしたら、最後に心の中を埋め尽くしていたものが、怒りだけだったと
答え合わせができないから、私は時々、想像する。あの時、本当は何を考えていたのだろう。なぜ、あんな終わり方だったのだろう。なぜ、言葉にしてくれなかったのだろう。考え始めると、いくつもの仮説が浮かぶ。そして、その答えのない問いに苦しくなる日もある。でも、それでいいのだと思う。長い時間を過ごしたのだから、すぐに整理できなくて当たり前。想像してしまう日があってもいい。苦しくなる日があってもいい。ただ、その想像の中だけに閉じ込められたくはない。現実の私は、毎
最近、ふと思う。当たり前のように来ると思っていた予定が、いくつも無くなったのだと。その日になれば会える。その時になれば一緒に行く。そんな風に思っていた事が、気付けば全部過去になっていた。行くはずだった場所。過ごすはずだった時間。何気なく話していた未来の予定。それらは、約束というほど大げさなものではなかったかもしれない。でも私の中では、確かに未来として存在していた。だから時々、その未来が無くなった事が寂しくなる。誰かを好きだった事よりも、当たり前に続くと思っていた時
あの人との思い出は、生活の中の色んな場所に残っている。行った場所。食べた物。季節の匂い。何気ない景色。そして、音楽。私には、ずっと好きな推しがいる。昔から好きで、曲を聴けば元気をもらえて、ドラマを見れば嬉しくて、私の人生の色んな時間に寄り添ってくれていた存在。でも今は、その歌を聴くと、どうしてもあの人との記憶が蘇る。一緒にいた時間。車の中で流れていた曲。週末の空気。一緒に行ったLIVE。あの頃の気持ち。推しの歌なのに、聴くたびに胸が苦しくなる瞬間があ
「家庭を守る責任がある」その言葉を使うなら、最初から、人の人生を巻き込まないでほしかった。期待を持たせて、未来を語って、時間も感情も使わせて、最後は何の説明も謝罪もなく終わらせる。守りたかったのは家庭なのか、自分の立場なのか。少なくとも私は、その都合の為に、自分の人生を使われたくなかった。もう、私の人生に必要な人ではない。これから先、あの人の都合で生きることもない。