ブログ記事834件
昭和62年(1987年)第115回鉄道記念日のオレンジカード(御召機C571号機)のご紹介を間に挟みましたが、今回は前々回アップした流鉄の続きです。10月12日の流山駅、5000形5004F「若葉号」に「使用休止」の紙が貼られていました。9月上旬から「使用休止」が続いていた「若葉号」は、10月2日に運用復帰した姿が確認されていましたが、再度の「使用休止」となっていました。小さくて読めないのでアップです。6000形(旧JR東海211系)と入れ替えで廃車
彼岸花を狙いに三岐鉄道日帰り遠征北勢線麻生田~楚原81列車移動して09:18着三岐線三里~丹生川13列車(101系105編成)09:283711レ()09:4418列車(801系805編成)09:43書込み異常かデータが保存されず…カードを交換して撮影継続15列車(801系803編成西武「赤電」復元塗装)09:5820列車(101系105編成)10:12
前回からの続きです。このペースでいけば、後続に乗れば田無か東村山で撮影出来るのでは・・・とヤマをはって田無に移動したころ・・・ビンゴ!中線に入るとは思いませんでしたが・・・時間的に次がラストですが、雨雲レーダーを見るとどうやら雨はやむっぽい・・・ならば、いつもの場所で・・・101系と同様に、今後置き換えが決まっている列車を中心に練習を兼ねて撮影!そして、目当ての101系も無事やってきました。しかし、望遠レンズが欲しい・・・
西武鉄道から、101系を利用して新宿線を走行する臨時列車の運行が発表された。しかし、私は行けない可能性が高かったので買わないで、撮影できたら撮影しようと決めていた。この日の走行ルートは非公開だったので、午前中のルートを参考に午後はヤマを張るしかない。午前中は拝島方面に行った情報があったので、午後は新宿線方面に走るはず・・・というわけで、田無駅に来ると予想して田無駅でスタンバイ・・・ところが、X上では西武新宿に向かったと情報が有り、慌てて上り電車に乗り込み、運が良けりゃ鷺ノ宮辺りで
今日は二枚1981年8月15日の昼休みでした...おしまい
アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第109巻の紹介です。毎号のお楽しみのNゲージサイズ模型、この第109号では101系通勤型直流電車の先頭車クモハ101形の、集中型冷房装置が屋根上に装備されて、中央線特別快速として疾走していた頃の雄姿が再現された一両でした。それではいつものようにパッケージを解いて、奥底から
とりあえず来たものを忘れないようにメモっている応援凸&ご訪問感謝励みになりますにほんブログ村鉄道ブログランキング工場は徐行運転中でも入庫は継続中入庫はちょっと間が空きましたが、それくらいの方が来たものをちゃんと弄れるのでその方がいいのかとは思います。そろそろ更にしっかり選択と集中をしていかないとなぁ…とも思うのですが、つい物欲に負けてしまいがちです。KATO10-1103西武鉄道101系<赤電>4両セット西武鉄道101系赤電…といっても、先日運用を離脱した話題の
1976~1977に撮ってきた青梅線をカラー化しましたオレンジ色の電車は白黒ではなかなか難しい表現ですが、カラーになると・・・やっぱり天然色は良いな〜😊奥多摩駅で特快おくたま号と貨物列車唯一スノープロウが付いていたED1614ナンバーがデッキの手すりを突き抜けてるし・・・・奥多摩~白丸ED16の貨物列車古里~鳩ノ巣茶色の旧型国電クハ73白梅のなかを貨物列車がこれも白黒ではなんの花だかわからない最初は桃の花に変換されたし
西武鉄道の恒例の101系入換甲種輸送ですが、今回もいつものところで撮りに行ってきました。甲種に気付くのが遅かったので、小手指送りだけ撮影してきました。まずは新秋津に入線した263編成と209系です。ある意味希少種同士が撮影できました。入換機がやってきました。今回は1253編成赤電編成がEF652080号機にけん引されてやってきました。今回もなぜかクモヤ145系が真横を走行していました。そして、EF652080号機、263編成、クモヤ145が並んで社内向けの撮影会
09/02の西武線乗り歩きの記事、最後は番外編として「乗り歩きの途上に出会った黄色い電車」で締めたいと思います。まず東村山駅で撮影した2000系の回送列車。管理人乗車列車の発車後、しばらくして「回送」が入ってきました。何かと思って待っていると、来たのがこれだったという次第。本川越方(1枚目)と西武新宿方(2枚目)、いずれもあえてノーキャプションで。このときは「貴重になりつつある(新)2000系に遭遇できた!」と喜んでいたのですが、8Rの新2000系は昨年末の時点でまだ9本
私は、2012年の始めに鶴見線の101系の鉄コレを買っていました。購入後は、純正パーツを使って走行化し2019年に、動力をKATOのものに交換そのあと、コロナ禍を経て幌の交換や先頭車の車輪交換(銀色→黒色)を行いましたがこの度、先頭車のライトが点灯できるように加工をすることにしました。さて、ライトを点灯出来るようにしましょう。まずは、先頭車を全部バラして赤線の部分を削り取ります。次に、裏側を黒く塗ったりアルミテープを貼ったりして遮光します。この鉄コレは白色成形で、それを
アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第96巻の紹介です。毎号のお楽しみ、Nゲージサイズ模型の付録は、国鉄通勤電車近代化の嚆矢として一世を風靡した、101系直流電車の制御電動車=クモハ101形の、特別快速"おくたま"の仕様でした。合理的な設計で通勤用に特化していた101系でしたが、東京近郊ではしばしば行楽列車にも起用
前回に引き続き、2010年11月に西武多摩川線の、というより西武線での活躍に終止符を打った西武の通勤型電車旧101系223編成の最後を見届けに乗車・撮影をしに行った時の思い出を振り返ります。今回は、多摩川線での営業運転を終了した223編成の小手指車両基地への甲種輸送を追っかけ撮影した時のことを振り返ります。2010年11月14日。その5日前の9日に多摩川線での営業運転を終了した223編成は、前日(13日)の多摩川線最終電車運転後の深夜に同線の白糸台車両基地を出発しJRとの接続駅武蔵境へ。
先日の記事では、間もなく登場以来60年近い西武線での活躍に終止符を打とうとしている西武の通勤型電車101系にまつわる私の思い出を記しましたが、今回と次回は同形式のうち、1969年から1976年にかけて製造された低運転台タイプ(以下、旧101系)の中で最後まで多摩川線で営業運転についていた223編成の多摩川線での最終営業運転日の乗り鉄帰途、同編成のJR線を経由しての西武小手指車両基地への甲種回想を追っかけ撮影した時の思い出を振り返りたいと思います。今回は多摩川線での最終営業日の乗り鉄編です。2
ネットにて落札、南武支線の101系が入線となりました。WIN(ウィン)南武支線101系説明書と尾灯南武支線の101系は最後まで走っていた101系として有名です。2003年に引退、205系に引き継がれました。WINですが、2008年に廃業いたしました。床下機器や台車はTOMIXを使用していました。製品につきましては箱に痛み、塗装ワレがあり、状態は非常に悪いとのことでしたが、そのようなことはなくとても良好でした。走行も良好でした。所
いまから30年以上前の鶴見駅。戦前生まれのクモハ12が日中大活躍していました。『2022年5月205系が活躍していた鶴見線・南武線浜川崎支線』いまから4年前の2022年5月鶴見線ではまだ205形が活躍中でした『夜の鶴見線②鶴見線国道駅』夜の鶴見線国道駅ホーム戦前の雰囲気が残る不思議な駅です…ameblo.jp『夜の鶴見線②鶴見線国道駅』夜の鶴見線国道駅ホーム戦前の雰囲気が残る不思議な駅です『夜の鶴見線①鶴見駅とE131系1000番台』夜の鶴見線ホーム申請投入され
アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第89巻の紹介です。毎号のお楽しみ、Nゲージサイズ模型の付録は、近いうちにグリーン車が増結されて12両編成になる中央線ですが、そのオレンジ色の元祖となった101系通勤形直流電車の先頭車、クモハ101形です、。さあ、いつものようにパッケージを解いて、奥底から冊子を取りだしてみましょう。この
今日は二枚101系廃車回送回9893Mクモヤ90+101系4M東海道本線品川~(大井町)川崎1983.09.13この頃、廃車回送が良く行われていました。前のユニットが朱で後ろのユニットが黄色でした。おしまい
前回に引き続き、私にとって一番身近な鉄道車両だった西武101系にまつわる思い出を振り返ります。今回は1979年から1984年にかけて製造されたいわゆる「新101系」(派生形式の301系を含み、以下の記事では特に区別する必要のある場合を除き両者をまとめて新101系と呼びます)編です。1969年から増備が続いていた101系(いわゆる旧101系)は、1976年に総勢278両が揃ったところで一旦増備が終了しました。しかしその後池袋線や新宿線に残る旧性能車を置き換える必要があることから1979年になって
うちの複合プリンター「CanonPIXUSTS8230」(2018年製)、いらないのにスキャナー付いてくるんだから、しかたないんですよね。昨日の写真もそのスキャナーで取り込んだもの。『【写真】3枚の写真から~当時のカメラわかります?~』(補正かけてます)これは私が初めて撮った185系200番台「新幹線リレー号」の写真。たぶん、1982年(昭和57年)10月だと思う。もちろん没写真では有るが、…ameblo.jpその日にブロ友の「運天良好さん」が、「EF61の写真」載せてまして話に
昨日(9月12日)は、西武鉄道新101系251F(近江鉄道カラー)の交換甲種輸送がありました。天気がイマイチで、家を出ようとしたら雨も降って来たため止めようかと思いましたが、せっかく準備したので強行しました。千葉県内は雨が降っていたのですが、埼玉県へ入ると雨は止んで、結局降られることはなくラッキーでした。動画も録っておきました。皆さん中央線方面へ行かれたのか此処での同業者は10人程度でした。国鉄JR貨物JR東日本EF65EF65PFEF
1969年から約15年間にわたり、派生系列の301系を含め総勢434両が製造された西武鉄道の通勤型電車101系。現在では後期に製造されたいわゆる新101系が多摩川線(武蔵境ー是政間)で最後の活躍をつづけるだけになっていますが、これも間もなく「サスティな車両」こと7000系(元東急9000・9020系)の多摩川線投入によって置き換えられる予定になっており、長年の活躍についにピリオドが打たれる日も近づいています。そんな中、来週土曜日(19日)にはその新101系がかつて活躍していた新宿線系統で久し
安治川口-西九条国道43号線付近(1980年頃撮影)安治川口-西九条国道43号線付近(1980年頃撮影)昭和50年代の桜島線は101系の運用でした。当時の大阪環状線は103系だったので桜島線は何となく「格下」っぽいイメージがありましたねぇー。。今はユニバーサルスタジオのおかげで大きく変わりましたね。この頃、たまに森之宮からの送り込みで101系が京橋から西九条まで環状線を走ることがありましたが、夏の暑い時期に非冷房のこれが来るとがっくり、お
最近の撮り鉄画像がある程度あったので今回から数回に渡り昔の撮り鉄画像と最近の撮り鉄画像のまとめです。第1回は画像が少ない南武支線からです。南武支線101系撮影年不明南武支線101系撮影年不明南武支線205系1000番台2008年撮影南武支線205系1000番台2009年撮影2009横浜・神奈川デスティネーションキャンペーン画像は南武線の209系のですが同じヘッドだと思います。南武支線209系1000番台2026年撮影南武支線209系1000番台2026
アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第82巻の紹介です。毎号のお楽しみ、Nゲージサイズ模型の付録は、一時期に京浜東北線を走っていたスカイブルーの101系の先頭電動車、101系通勤形直流電車クモハ101形でした。103系と101系の違いが一目でわかる方は、かなりの鉄道ファンですね。いつものように、パッケージを解いて奥底から冊
鉄道ピクトリアル10月号特集は思い出の旧型国電です旧型国電とは101系や103系とかといった新性能電車の前の電車のことですねちなみに旧型国電は乗ったことはないですが一度は乗ってみたかったですねこういう型の電車好きなんですよたしか小さいころには東海道・山陽線の普通にもちょうど103系と置き換えが行われているときだったので一部72系とかの旧型国電が走っていましたねーあとトピックフォトでは阪急嵐山線に8300系3編成目が登場したということでいよいよ6300系の運
アシェット・コレクションズ・ジャパン株式会社が発行してきた「国産鉄道コレクション」(全240巻/発行完了)の付録の模型の写真を中心に、全号を順番に振り返る記事シリーズを紹介を続けています。今回は第77巻の紹介です。毎号のお楽しみ、Nゲージサイズ模型の付録は、国鉄の通勤型電車近代化の嚆矢であり、決定的な成功の先駆けとなった、101系の先頭車でした。いつものようにパッケージを解いて梱包の置くから冊子を取り出しましょう。巻頭記事は、再三登場する東急電鉄の名車でした。地下鉄日比谷線
この写真は1977年2月27日に中央本線高尾駅で父が撮影したものです。115系は甲府行き、101系は特別快速のヘッドマークをかかげています。どちらもこれから折り返し運用に入るところでしょうか。当時としては何ら変哲のない日常の光景でしたが、現在、101系は消滅。115系も2024年1月時点では約200両を残すのみとなり、しなの鉄道では2028年までに全編成が引退予定となっています。今となっては大変貴重な写真かと思います。日常のなにげない光景でも記録しておくことの大切さが分かります。(c)
吊り掛け駆動とは電車枠と車輪軸に設置されたモーターから直接車輪へと動力を伝える欠点として、吊り掛け用モーターは、電車の揺れからの衝撃に耐えるため、頑丈にするさらに、バネ下の重量が増加してさらに衝撃が増大カルダン駆動では、モーターをバネ上に配置することで自在継手を介して動力が伝わるこのためバネ下の重量が軽くなる線路のうねりやねじれに対して、安定した走行が出来るレールの継ぎ目における騒音の低減と乗り心地が良くなるモーターも衝撃を受けにくくなったため小型化が
2006年8月26日、つまり大井町で毎年8月下旬に開催される行事での撮影。近年では場内の混雑緩和目的からか事前予約制となった。それもあり、今は大井町へ行くのをやめた。それも行く理由など今や何もない。「氷川」とは現在のJR東日本青梅線の奥多摩駅のことで、1971年2月1日月曜日から現名称となっている。現在、写真の車両は埼玉県さいたま市大宮区にある博物館にある。保存車は本当に後世に残してほしいものばかりで、一概に金銭で語れず、保存が容易でないことは十分理解できるが、暮らしを豊かにした貴重な産業