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TMS治療、1回目に行ってきました!頭の測定をして、なんかマジックで印を付けられて、そこをピンポイントで磁気で刺激する。パチン!パチン!て一定のリズムで輪ゴムで弾かれたような痛さ。耐えられる限界まで強くして、20分ぐらいふかふかリクライニングソファで横になってる状態。今回は左側の前頭葉だった。5回目から、右側もやるみたい。神経ネットワークの調整がスムーズになるとか。まだ一回だし正直よくわからんけど、なんか良くなる気がする!笑あと何回かは電車で京都から大阪まで通うのだけど、なんか大変と
家族達の長年の闘病生活で、普通に暮らす、という事をすっかり忘れていた私ですが。それが、最近、もしかしたら出来るようになるかもしれないと。そう思えるようになってきたのは、新しい事を始めたのが、全てのきっかけとなりました。もちろん、1人の力では、どうにもならない事は世の中いっぱいあるけれども、逆に、決して、実は、1人なんかじゃないんだよ、という事を心から理解して、その事が分かれば、また、新たな発見や展開があるような気がします。もちろん、本人の行動力も、関係ありますが、
私が、コロナウイルスにかかっていたので、しばらくTMS治療をお休みしていたのですが、その間に、家族は、崩れることもなく、過ごしていました。療養期間を過ぎて、また、再開しました。今ちょうど、TMS治療は、半分ぐらい終わったところなのですが、とても、経過良く過ごせている様子です。その様子を見ている今まで通院している主治医の先生が、ここにきて、薬の副作用で、吐き気が起こっていたのをみて、この度、薬の減薬を真剣に考えてくれました。調子良すぎて、逆に、薬が強い作用で、出てしまうよう
ここまでを振り返ると。過食と嘔吐が。自分の中で見えない引け目を常に生んでいたという事に気付いてしまった。自分が強力に求めるものだからもう否定は一切せず完全に楽しむ!のスタンスで過食嘔吐を完全大肯定しやってきた私ではあったが…それでも心の奥底にあった。一般的な観点からしたら。めちゃくちゃに食べてただただ吐き出すというのが無駄/損失/多方面での破壊にあたるからやはり理解が得難い上に人的に責めに見合う行為に属してしまうからだろう。
ベースに発達障害あれ気質&性格あれど。私の場合に限っては。関係性の中で発芽させ育ててきてしまった摂食障害だからこそ治癒も。関係性の改善の中で完治させていかねばならない。私が。心の苦しさを抱えない関係性に。私が。自分の心を表現できる関係性に。私が。我慢と耐える・・でない関係性に。それを。心の土埃の中から掘り起こして見つめて取り組んだのなら例えその時その場では
食べたいものが実はそんなにない事に気付く。この感覚を得だしてからはかつての日常生活が支配されるあれもこれもそれもどれものもうとまらない状態がやはりおかしかったのだと十分知ってはいるが改めてそう感じ直す。同時に。あれだめこれだめ・・と常に怖がり違和感を感じながら1種2種に拘っていたのもやはり極端であれもこれもと同じ類なのだと思う。かつての25年の食感覚は。超極端のどちらかしかでない状態。25年間。毎日が
長い間。許可食のメインとして私を助けてくれてきたのはとあるナチュラル自然食品。これが1番長いお供だった。はっきり覚えていないが連れ添い歴はもう15年以上かと。カロリーも割と高めで1個300前後だがラッキーな事に重さではないから気にする事ないままにここまできてしまった。以前の何Rもの過食嘔吐と胃の完全洗浄が毎日の中では許可食として寝る前に1、2個食べる瞬間がもう幸せすぎる瞬間。勿論歯磨きし
この病を通して。家族の関係性を風通しよくし私の病的心理改善のために親に対して意見したり感じた事を言う訳だが。一般的にそういう事は親を責めるの観点で観られてしまいがちな事に実は結構ひっかかっている💦その表現にどうしても違和感を感じてしまう.....いや,単に私が気にしなければいいだけ…の話なのに意識過剰で気にする…(笑)なぜなら自分の場合は。責めているのではなく伝えている
もっと自分と距離をとりたい。もっと自分から離れたい。もっと自分の意識をあげたい。今迄が自分が自分にくっつきすぎた。
きのうは父と。家族間のあり方の事で言い合う。もっと話を聞きなさいとかあーしろこうしろこうあるべきだ…お前は間違ってる…と私の長年の立場からしたらはぁ?と思う事ばかりを言うからもう私は耐えられなくなって人生で。父にここまではっきり物を言った事がないと言うレベルまで言った。言えないな・・と心の隅に置いていた言いたい事までしっかり伝えた。****************今迄の過去
スーパーで生き生きしたお野菜を見ると立ち止まってしまう。今は春キャベツとか新ジャガや新玉ねぎなどが出回る時期でもあり嬉しい限り✨エネルギーを感じるお野菜たちを目にするとこれ食べたい✨という気持ちがむくむくわいてきてしまい買わずにはいられなくなる。あまりに魅力ある野菜だと要らないのにもう1パック…とつい多めに買ってしまったり。どうやって食べようか🌸スパイスカレーにしようかな。
自分年齢も親年齢もはっきり書かないのは。私の行動/思考/言葉が自分の実年齢にそぐわない様に思えてしまうから。具体的に言うと。いい年してそんな事言って…いい年して親にそんな風にして…いい年してそんな考え方なんだ…年齢を記す事でそんな概念に自らががんじがらめにされてしまう。私は思考も行動も幼い上に感情も言葉も子供っぽい所がある。でもできるだけそのまんまを書きたい。
もともと私は独り言が多い。独り言をいう時は基本何も考えていない。ただ口をついて出てくる言葉を音にするだけの感じ。ここ2ヵ月位の独り言を振り返ってみると。私は絶対治るのもう8割治ってるもっとまともになりたいだけ良き人生を送りたいだけもう完全に離れたいの私は健全に生きたいの自分に怯えずに生きたいのもっともっと完全に解放されるラクになるの、これからもっともっと。
母にどうしても話したい事があり5分で済むから聞いてくれる?とお願いした。はい、何?と母。母はテーブルに座り雑誌に目を落としたままで顔をあげてくれない。これはいつもそう。私は向かいに座って母が顔をあげてくれるのを待ったがずっと雑誌をみたまま。目をみて顔をあわせて話をしたいのに。ねぇお母さん、5分で終わるから聞いてよ。と、もう一度言う私に聞こえてるからい
常に意識する訳ではないがいつもどこか心の奥底に安心できない想いを私は抱えていた。そんな自分を振り返り。思い込みなのかも知れないが自分に対してのみ思うことがこれ。自ら安心できない我が脳と心は。安心できない環境を実に巧みにさらりと自分の周りに引っ張ってきていた。ような気がするという事。しかもその何だか安心できない場を。私自ら良き場と称したり時に我慢と耐えたりしながら何と
ブログ日記は。心の中を言語化して言葉として書き出すから心の整理をしてくれる。心を転写する感じ?激しい感情が溢れても。吹き出す火山マグマの如く垂れ流しにするのでなくそこから言葉で掴み出すような感じ。熱くても心の中はより整理される。色んな想いを家族にはっきりためらわず口にするようになった今でさえ。心の中には言葉になろうとするものがこんなにも溢れているのに。自分の想いを口に
やはりどうしても…お腹/太ももをダルダルにして回復したくないのとほぼゼロだった体幹筋力をつけたくて今月頭から始めた週1ジムでの体幹筋力トレーニング。1kgと5kgのダンベルがたまたま家の物置にあったから家でも15分ほどやっている。10年以上日課のストレッチに加え自分でも筋力体幹ユル運動をしだしそろそろ1カ月。コーチから言われた様に。私の場合はどの動きも決して速さや回数を求めずに意識を強く強
母に不調に関して私から話してみた時の会話。安定してはきたけど普通に食べても吐いてしまう時がまだ消えないって話してみてでも前の酷い過食のような何でもかんでも食べまくりたい行動が収まっているから大丈夫だよね?と問いかけてみたら。すごいね。よかったね。それでいいんじゃない?って言ってくれて。↑しかし最初の一言は!ただうんだけだったから私が押し問答的に聞き出した。それを
おとといの深夜から昨日今日と不調が続いている(/_;)朝も夜も普通に食べそのまま吐き出してしまうか冷凍パスタ1つ菓子パン1つの様な2品程を追加して吐く・・という流れがとまらない。しかも食べ直しがうまくいかず更に苦しむという状況良い日が続いていたからもう大丈夫なのでは・・なんて高を括っていた所をどんっとまた蹴落とされた。覚悟している流れだけれども1日だけ体調不良で寝込む…とかとはまた
父はお酒は一切だめだが胃は結構強くて消化も早い。だからなのかお腹がすく頻度が高く数時間置きに何かつまんだりしている。先日も父が食後1時間もたたないうちにおやつのお芋を食べていたからお父さんは胃が強くって本当にいいね。羨ましいな。といったら。さくらほどじゃないんじゃないか?あれだけ何十年と毎日何度も過食して吐き出す事をしてきたさくらの胃に比べるとお父さんの胃なんかちーっとも大した事ないと
最近考える事のひとつに.。過食/嘔吐/拒食から離れる時期とは…というものがある。なぜなら過去の中には。今ほどの絶対治したい!という想いはどこを探してもなかったからだ。治したい想いは今がダントツに1番強い。突出していると間違いなく言える。どの時代の私と比べてももう比べものにならないほどに。一応10年以上前に色々治療を受けてきたはきたが。心の底は治せるものなら治してみろ的なひねくれた感じたった。
寒いなぁ・・と思う日でも帰る家がある明るい電気もついて暖房もつくお風呂も入れる食べ物もあるちゃんと流れるトイレにもいける1人暮らしでもこれらがあるだけで心底幸せだったけど今は。心を見つめ直し開く努力をしながらも繋がり直したい家族がいる。それぞれ自己主張が強いからすれ違いや喧嘩も多いけれど生きていなければ私に
最近気づいたが体重計との付き合い方が変化している。以前の症状真っ只中においては。増えているのを薄々感じる時なんてもう怖さ&嫌悪しかなかった。回復基調の段階でもちょっと前迄はそうだった訳で。増えているのがなぜイヤで拒否したかったのか。自分の場合に限りで少し振り返ると。脳&性格傾向ゆえに小さい頃から未解消のまま持ち越してきた生きる事への不安と小さい頃から未解消のまま持ち越してきた寂しさを一般レベルを凌
父が回転寿司に行きたいと。だから夜に行こうか,との話になった。行けば以前は。必ず1番多い皿数を平らげる。家族の目があり一応遠慮するがそれでも胃から伸びる手に勢いがありすぎるのはもう毎度の事。いつも15皿前後で止めるのがやっと。本当はまだ食べたいのに…毎回あと一皿…と言って私が一番最後まで箸を持っていた。しょうがないから家に帰って食べ詰めをし直すが。でも大好きな回転寿司だけにすごく
私の場合は。回復過程の中においてもこうでなければいけないこうあってはいけないをかなぐり捨てる事が非常に非常に大切だと日々痛烈に感じる。もうひとつは。自分の心の声に1日でも早く気づく事。いったいどうしてそういう気持ちになるのかはっきり自分で言葉にできるまで意識をあげること。そしてそれを。可能である限り,相手に実直に伝える行動をとり続け
初めて毎食を最大限まで食べて丸1日,吐かずにいた時のおなかいっぱいの感覚は..凄い感覚だった…決して忘れられない程に。首から下の胴部分が何メートルも前にドーンと突き出ているような…そんな異常感覚になった。おなかぽーん☆彡のキューピーちゃんを遙かに超える体の感覚といえばいいのだろうか。何と表現したらいいか全くわからない。で。えっ?何これっ?!と思いこわごわ鏡を見るが当然そんな風には
TMS/標準法経頭蓋磁気刺激療法全32回の20/21/22/23回目。一気にまとめて記すのは。回復基調の変化の波の中では1日1日の変化が想像できなかった程に繊細な感覚の下にあると気付いた為。今現在の治療後半は特にそう感じる。且つその進みつ戻りつの中でより大きな一歩をいつの間にか踏み出していたりもして……。1週間単位で記載する意味をあまり感じられなくなりまとめて記載に移行した。TMS治療と併せて本音コミュニケーション&
まだ完全でないけれど日に日に胃の違和感も改善してきているからかこうして胃の中にご飯や許可食以外のその他色々混じった物を吐かずに置いておけるなんて絶対できなかったのになぁ…とふとしみじみ。しかもおなかいっぱい感覚で。そのあと日常の事が普通にできるのはホント私にとってはもう幸せ。思わず母に。こうして胃に普通においておけるのって自分や食べ物に安心&信頼がないとできないものだよね…と呟いてみたがいつもの如く母からは返事な