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南回りヨーロッパ線は戦後、英国やフランスの航空会社が開拓私がいた航空会社も遅れて就航東京からだとバンコクを過ぎるとそのあとはインドやパキスタンの上空そして中近東の国々の上空を飛ぶどの国も砂漠っぽい土地柄飛んでいるのは第一世代のジェット機エンジンがときどき機嫌悪くなるうちの会社では起きなかったがヘタすると砂漠に不時着とかもあったCA訓練でも砂漠でのサバイバルの仕方そういう内容の授業もあったそんな感じで飛んでテヘラン(イラン)やカラチ(パキスタン)にス
シベリア上空を通過できなくなって北回りでヨーロッパへ南回りで日本へCAたちもそんな乗務を続けているとにかく飛行時間が長いので大変でもヨーロッパへはひとっ飛びBOAC(英国海外航空)が日本への空路を開拓戦後10年も経たない1952年ごろだったこの頃の英国は世界中に植民地だらけ戦勝国として栄華を極めていたBBCが制作した試験飛行の動画があるロンドン―東京総飛行時間27時間強給油など地上滞在時間を合わせると36時間のフライト戦後初のジェット旅
2024年12月28日アゼルバイジャン航空機乗員乗客38名犠牲2024年12月29日韓国チェジュ航空機事故乗員乗客179名犠牲2025年1月28日同じ韓国で航空機火災犠牲者なし2025年1月29日米ワシントンでアメリカン航空とヘリコプター衝突事故航空機側64名ヘリコプター3名犠牲飛行機事故は一度起きると連続することがある2015年には2月に台湾トランスアジア航空(43名犠牲)3月にドイツジャーマンウィング航空(150名犠牲)2016
.かがやき507号が到着しました端っこの1号車です車内の様子です。終点で乗客が降りてから撮りました3時間近い乗車になりますからね~小腹が空いても良いように、お菓子を用意敦賀駅のホームの床は木材です。温かみが感じられました今回車窓からの写真が一枚も無いのは、窓側が取れなかった為。。。平日だから空いてるだろう、なんて舐めてました^^;窓側・通路側は勿論、哀愁のミドルマンシートまでいっぱい通路側でも取れて、ラッキーでしたわ~在来線のレールの上をまたぐ長~い
先日、カトリック神父の性暴力疑惑事案についてアップしました。その際にポイントとしたのは相談窓口や神言修道会のトップである日本管区長に被害を伝えたところ、修道会は19年に(中略)聖職を停止し、共同生活から離れる3年の「院外生活」を決め、神父に100万円を渡して母国への帰国を認めたということでした。『相次ぐ聖職者の不祥事』また神父の不祥事、今度は性暴力事案が発覚しました。これは先日、朝日新聞デジタルなどが報じたものです。神言修道会(本部:名古屋)というカトリック修道会
1959年スチュワーデス殺人事件(続)事件の概要は前回のブログに書いています↓↓↓『1959年BOACスチュワーデス殺人事件』BOACスチュワーデス殺人事件1959(昭和34)年今回は、1959(昭和34)年に起きたBOAC(英国海外航空)の日本人スチュワーデス(客室乗務員、キャビン…ameblo.jp被害者の武川知子さん朝日新聞(昭和34年3月12日)この事件には多くの謎があり、最重要容疑者の出国=国外逃亡によって真相が解明されないまま闇に葬られてしまいま
レポは再び3年雨に戻ります乗り継ぎで利用した英国・ロンドンのヒースロー空港LHRターミナル5まずはプライオリティパスPPを利用して↓ASPIREラウンジを訪問いたしますClubAspireLoungeロンドン・ヒースロー(LondonHeathrow),第5ターミナル営業時間毎日:午前5時~午後9時注意:季節のイベントで最も混み合う時期には、このラウンジをご利用になるお客様の数も増加が見込まれます。したがって、スペースの制約上、入室が一定期間制限
最初にレコードを聴いたのは、叔父がビクターのステレオで聴かせてくれたものでした。ニール・セダカ、ポール・アンカ等だったのですが、当時は未だ幼なかったので、そのレコードと曲名/歌手を把握したのはもう少し後のことでした。そんな中で、⑴軽やかなメロディの爽やかな曲⑵ジャケットに飛行機が写っているこんな曖昧な記憶のレコードをずっと探していました。今回、掘った中のレコードに、正にそのレコードがありました。半世紀以上探していたレコードに再会ということになります!こちらビリーヴォーン楽団の4
2019年4月の「春の出稼ぎ」の思い出、第11回目です。本日ご紹介する飛行機はこちら、正面からパチリ!HandleyPage社製の「Hermes」(ハーミーズ)です。4発のプロペラ旅客機です。主翼は取り払われています。水平尾翼・垂直尾翼もありません(-_-;)一応与圧式キャビンだそうです。それでは中へ入りましょう!第2次世界大戦後、初めてイギリスで造られた旅客機だそうです。機
2019年4月の「春の出稼ぎ」の思い出、第10回目です。本日ご紹介する飛行機はこちら!ちょっと柱が邪魔ですね・・・・(笑)真横から♪「AvroYorkC1」という輸送機です。輸送機としてのみでなく、貨客混載型(コンビ)や旅客機としても使用されました。4発のプロペラ機です。1基のみエンジンカウルが外してありました。貨物機仕様なので観音開きの扉です。無骨なフラップです。中に入りましょう。
2019年4月の「春の出稼ぎ」の思い出、第9回目です。さて本日ご紹介する飛行機は・・・・デ・ハビラントコメット4です。世界初の商用旅客機の後継機種です。コメット1はデビューは華々しかったのですが、その後相次ぐ墜落事故で運航停止となりました。事故調査で金属疲労が原因と分かり改良に改良を重ねて登場したのがこのコメット4です。(コメット1とコメット4の間には2モデルありますが実質ほぼ販売実績がありません)しかしコメット4の就航後すぐにボーイング707が就航し
2020-5-26(火)おはようございます。雲の多い朝。。昼頃から雨のよう。。降水確率は60%。昨日は、テレビで映画。。タイトルを見ただけで録画予約。。「予期せぬ出来事」。。どこか興味がわきました。出演者で名前を知っているのは、エリザベス・テーラーとオーソン・ウェルズぐらい。空港が舞台。。霧の深い英国。。濃霧のため飛行機が飛べなくなる。みんな飛行機を降りてホテルへ。特別待遇の人たちが一杯。。原題のタイトルは、「V,I.P」だったような。。「BOA
アーカイブズⅡでは、86/87年にドイツ在住中、フランクフルト空港やチューリヒ空港で撮った写真をまとめている。ブリティシュ・カレドニアン航空(B.CAL)BAC111-500撮影地フランクフルト空港時期1986年か87年この会社は、1970年11月にBritishUnitedAirways(BUA)とCaledonianAirwaysが合併して設立された。しばらくCaledonian/BUAの名で営業していたが1971年9月にBritishCaled
ようこそ、おこしやす同じビートルズバンド仲間のB.O.A.Cさんと新年会昨年から親睦会しようと言われててやっと実現できた皆さん大阪、奈良からありがとう!これだけ集まりゃ騒がしいわい(^^)トラちゃんも、もう最後だしねボクは翌日も早番だったのでひと足先に失礼したウォーキング代わりに京都駅から御池通まで地下鉄使わずに歩いた烏丸通を3駅分、4.4㎞おおきに!
1960年代、70年代世界一の航空会社はパンアメリカン航空あこがれの航空会社だったその会社も1980年代に入ると経営が悪化、ついに倒産当時、国内線中心のユナイテッド航空に吸収されてしまったノースウェスト航空も同じような運命デルタ航空に吸収されてしまった一番の原因はベトナム戦争のあとアメリカ経済が疲弊ドル安も重なり海外旅行をするアメリカ人が減ってしまったことだそれまではパリでもローマでもアメリカ人観光客だらけオードリー・ヘップパーンの「ローマの休
ようこそ、おこしやすバンド仲間のB.O.A.C.5周年のライブ、和音堂にてバンマスのヨッピーユカリン、ヤオポー、わくちゃん、マーシーさんそしてモッちゃんおめでとうございます!ハセヤンも花を添えてくれてましたジングルスのメンバーも応援しに行ったアッちゃんにも再会できたあれっ?ジングルスって結成何周年だ?これからも頑張っていきましょー!おおきに
Inflight200BOACブリティッシュエアウエイズ747-4001/200
何年ぶりだろうか。先月下旬に、御殿場市の新五合目に行ってみた。そのすぐ手前、BOAC(BritishOverseasAirwaysCorporation)機の墜落した場所に英国旅客機遭難者慰霊碑がある。いま富士登山をする人たちにとっては、あまり関係のないことかもしれない。ですが、かいこう軒店主は、そういう場所に関心があります。慰霊碑の裏面には、日本語文と英文で、この悲劇をについて短い説明がなされています。英文だけ、掲載し
BAブリティッシュ・エアウェイズボーイング747-136G-AWNHです。1980年9月2日、伊丹空港滑走路32R端より、32Lにジャスト・タッチ・ダウンの姿を撮影しました。登録番号部分が主翼の陰に隠れてしまっていますが、別アングルで撮影した画像より、G-AWNHであることが確認できました。この機体は1971年11月、BAの前身である英国海外航空(BOAC)にて新規就航し、1974年4月、BA設立に伴い、転籍しました。1999年6月14日、除籍後、米アル
ブリティッシュ・エアウェイズボーイング747-1001984年ロンドンヒースロー空港747-100型には、元々RRエンジン装着タイプが生産されておらず、英国製RRエンジン装着機材を優先的に購入してきたブリテッシュとしては、致し方なく米国製P&WJT9Dを使用することとなった。ボーイング747-2001984年ヒースロー空港これは200型で、RB211装着タイプ。やっと200型でRRRB211とGECF6装着タイプも、航空会社のエンジン選択肢として加わった。ボ
ブリティッシュ・エアウェイズボーイング747-100旧羽田空港ほぼBOAC塗装。社名だけBritishAirwaysになっている。胴体の紺色の帯だけBOAC。その他、胴体の社名、尾翼はBAに変更されている。これが、正式塗装。スピード・バードは残してたんだ。1974年4月にBOACとBEAが合併し、BritishAirwaysとなった。ここにある3枚の写真は、すべて旧羽田で撮影したもの。1978年に成田が開港し、国際線は移転したので、撮影は1974年から1978年の間と思わ
ブリティッシュ・エアウェイズボーイング707-320羽田空港(旧)撮影時期は、上の写真から推測すると、塗装はBOACで胴体の社名はブリティッシュ・エアウェイズになっていることから1974年か75年と思われる。長距離国際線を運航していたBOAC(BritishOverseasAirwaysCorporation;英国海外航空)と国内線とヨーロッパ域内を運航していたBEA(BritishEuropianAirways)が、1974年3月に合併してBritishAirwaysに