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第3回木曽川学講座に参加しました。各務原市をはじめ、犬山市、扶桑町、小牧市、一宮市などから30名を超える皆さまが集い、木曽川を軸にした歴史と地域の魅力を学ぶ、有意義な時間となりました。今回は「国宝・犬山城に隠された数奇な運命」と題し、戦国の動乱、美濃と尾張の攻防、そして木曽川が果たしてきた役割について、現地を歩きながら学ぶフィールド講座でした。私からは、この10年ほどの木曽川中流域における県や国土交通省の取り組みについてお話しする機会をいただきました。かつては「美濃と尾張の争いの舞台」だ
備忘録、2週間振りの大河ドラマ。豊臣兄弟で、大沢次郎左衛門が信長の命により殺されそうになるシーン。鵜沼城は、その大沢次郎左衛門の居城だったそうです。鵜沼城跡鵜沼城と大沢次郎左衛門|各務原市公式ウェブサイト各務原市公式ウェブサイトwww.city.kakamigahara.lg.jp現在は立ち入り禁止。家の壁の、日本100名城•続百名城のポスターにも記載なし。いつか犬山城から眺めたい。
鵜沼城跡NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟!」も、放映開始から1か月が過ぎました。その間、桶狭間で完勝し、先日の第5回「嘘から出た実」で、ようやく美濃攻略が始まります。今回のエピソードは、鵜沼城主の大沢次郎左衛門。私の知らないエピソードですが、太閤記には記載されているそうです。ただし、信長記には「鵜沼城攻略」の事実記載しかないということで、作り話のようですが、そこが大河ドラマの面白さ。些細なエピソードをいかに料理して魅せてくれるかが楽しみとなります。ネットでは、大沢次郎左衛門の妻の篠さん役が、映
よく見るテレビ番組は?▼本日限定!ブログスタンプつい先程は豊臣兄弟です^^今日は鵜沼城ネタでした。その鵜沼城ですが犬山橋を北側に渡った右手に鵜沼城跡があり、今日はその横を行き帰り通りました☆数十年前は城山荘というホテルがありましたが今は鉄柵があり入れなくなっております(確か)何やら曰くつきらしいです(汗)あと、ばけばけと奇面組を観るぐらいかな~
今夜の豊臣兄弟です。後の徳川家康の松平元康は、人質にされていた今は亡き今川から逃げて、織田信長と同盟を結びました。松平元康です。御膳大試合が行われて武芸を競いました。織田信長は、小牧城に本拠地を移しました。豊臣兄弟も中村から、母や姉妹を呼び、豊かな暮らしをさせるようになりました。さて、強くて有名な前田利家が、次々と勝っています。後の加賀百万石と言われた前田です。藤吉郎も前田利家と戦いましたが、負けました。織田信長は、藤吉郎を責めはしませんでした。戦わずに勝てるのが、一番と、藤吉郎を褒
先週も今週も相変わらず持ち帰り仕事継続中しかも、先日完納したばかりの大量の仕事、同じ内容で再び注文が入りまだまだ当分この状況が続きそうです*******1月のある日のおそとご飯実家方面に出掛けた時にランチに立ち寄ったのがこちら。「栗光さん」です。ランチメニューの中から選んだのは、夫も私も穴子丼のランチ小うどんとサラダ・デザート・漬物がついてなんと880円というお安さコスパ最高です穴子がとっても香ばしくて、美味しかったです実家といえ
先日日曜日の午前中に、各務原市の鵜沼地区を歩いてきた。🚶25年ほど前に旧中山道を歩いた際に中山道の宿場町だった鵜沼地区も通過して、夕方に鵜沼の旧宿場町に入ったら、JR・名鉄の駅が近いことから区切りとしてその日の徒歩旅を終えてJR鵜沼駅へ行き、🚉岐阜駅を経由して帰宅した記憶がある。鵜沼の旧宿場町は、あれから25年の間に宿場町遺構の保存とアピールの面で色々アップデートがあったと思っていたが、また訪ねようかなと思っていた矢先に、今年のNHK大河ドラマの『豊臣兄弟!』で鵜沼城主
犬山城天守から見る木曽川はいい眺めです。岐阜城天守から眺める長良川にはスケールのでかさでは一歩譲りますが、風景の美しさではひけをとりません。木曽川の上流部に目をやると、形の良い犬山橋のたもとに小さな山があるのに気付きます。かつては山上に和風建築が建っていたのをうっすら記憶しています。「お城っぽーい!」と、子供ごころにも強く印象付けられた記憶もあり、今見てもいかにも城がありそうな小山です。現在は建物も取り払われているようですが、近くに行ってみると、どうやら近づけそうにない山でもあります。
おはようございます、お元気でしょうか。尾張地方(愛知県西部)、昨日も風の無い穏やかな日で、暖かい日でした。引き続き、昨年末に撮影した写真を引き続きお届けします。名古屋鉄道、愛知県と岐阜県の県境に掛かる木曽川橋梁です。犬山遊園駅を目指して、新鵜沼駅を出発した2200系特急電車。画面岩山は「鵜沼城」跡です。通過していきました。川面は穏やかでしたが水鏡にはなりませんでした。遠くに1200系、パノラマスーパーが通って行きました
小牧・長久手の戦い。徳川軍が本陣を置いた小牧山城より直線距離にして約10km…今回は対する羽柴軍が本陣を置いたという犬山城。2019年以来、二度目の犬山城。前回は日曜日だったのでかなり混雑してましてね…今回は平日なのでそこまで混雑は…混雑は…なんか廻縁にすげー人が居るように見えるんですが…赤い体育帽が…またしても修学旅行か社会科見学どちらか知らんけどカチ当たってしまったか!!国宝犬山城大手道そういや前回は全然気にしてなかったんですが犬山城は三の丸→二の丸
「稲置街道」は歩き終えたのですが、折角ですからもう少し歩きます。というのは稲置街道は名古屋城下と犬山城下を結んだ脇往還で犬山街道とも呼ばれた道です。しかし、終点を中山道鵜沼宿だという説もあります。そんなわけで折角ですから「鵜沼宿」まで歩いてみます。郷瀬川沿いに下り木曽川左岸遊歩道に出ます。振り返り仰ぎ見る国宝「犬山城天守閣」です。桜満開で映えます。桜並木の遊歩道を上流に向かいます。この橋のあたりが東山道時代~江戸時代初期の中山道時代の「
史跡めぐりの記事です。今回は岐阜県各務原市にある鵜沼城です。昔は、廃墟の民宿と鉄道と車が、一緒に走る変わった橋が、ある名物の場所でした。鵜沼城(うぬま)美濃の土岐氏・斎藤氏に仕えた大沢治利によって築かれたとされています。織田信長の美濃攻略の際には、時の城主、大沢治郎左衛門は、木下藤吉郎秀吉の調略で治郎左衛門は降伏しました。信長は治郎左衛門を殺そうとするが、秀吉は単刀直入に治郎左衛門にそれを打ち明け、密かに逃がしたというのが太閤記の逸話があります。(1)木曽川沿いから
各務原の伊木山にいき、木曾川展望台から舗装道路を上がって遊歩道を伊木山登山口にいきました。ここから整備された登山道を上がっていくと、道は二手になります。南側が中庸の道で、北側が心臓やぐりの道になります。南の道が七曲りの道で、緩やかなに山頂にいけます。今回はこの道でいきました。山頂が伊木山城になり、この城は戦国時代の山城になります。このあたりは美濃と尾張の国境になり重要なところです。美濃には本城のほかに、上流に鵜沼城、下流に三井城があります。対岸の犬山城と対じしていました。永禄3年(1560)
末尾のウォーキングイベントに参加しました。城めぐりではありません。17日に人間ドックを受けるので、少しでも脂肪を燃焼しておこうという魂胆です。とはいうものの城山の写真を撮ってしまいます。ウォーキングの出発点は犬山遊園駅で、そこから見える城山あまたです。鵜沼城↓ここは現時点で登れません。市が訴訟中で、かたがついたら公開されると聞いています。犬山城↓これは城ではありません。継鹿尾山の山頂付近の展望東屋からのながめです。上記の鵜沼城の他、伊木山、三井城、岐阜城などが一望できます
鵜沼城(別称:宇留摩城・志水山霧ヶ城)うぬまじょう創設年代・・・十六世紀中頃創設者・・・・・大沢氏形態・・・・・・・山城遺構・・・・・・・本丸遠望・木曽川河岸遠望遠望略史室町中期に大沢治利が築城し、大沢家の代々の居城とした。子孫は美濃斉藤家に仕え、大沢正重は織田信長の美濃攻めに頑強に抵抗した。しかし木下藤吉郎の斡旋で降伏し、以後廃城となった。ポイント木曽川が濃尾平野にさしかかり、ゆるやかな流れに変るとこ
新年、あけましておめでとうございます今年もどうぞ宜しくお願い致します。本日から令和2年、2020年となります。2020年、心機一転頑張りましょう「清流の国」をキャッチフレーズにした魅力発信策の一環として、岐阜県は新たに木曽川流域の観光地のブランド化を図ります2020年に流域の自治体、観光関係者らと「清流木曽川再発見プロジェクト(仮称)」を発足2027年のリニア中央新幹線の開業を見据えた広域観光のあり方について協議する。豊かな水の恵みを生かした地域づくりは、長良川が先行して
令和の国宝お城巡り最初に向かったのは『犬山城』今回は「青春18きっぷ」を使ったので鵜沼駅からむかいました!鵜沼駅から高架歩道を進み「犬山城」(右側)を目指していたとき付近案内図に『城山』の文字が…この場所が『鵜沼城』犬山城の付城として使われていました鵜沼城(うぬまじょう)鵜沼城址別名:宇留間城、宇留馬城、志水山霧ヶ城城郭構造:連郭式山城天守:建造されず築城主:大沢利治築城年:永享年間(1429年-1440年)主な城:主大沢氏、池田氏、
前回、鵜沼城が落ちるまでを書きましたが今回はその続きです☆★尾張側から見た美濃の鵜沼城永禄7年(1564年)、織田信長の命により豊臣秀吉が(当時は木下藤吉郎)大沢氏の鵜沼城に攻め入りました。大沢氏は降伏し、鵜沼城は信長の乳兄弟で犬山城主の池田恒興に与えられます。ちなみに乳兄弟とは。。。これじゃなくてー。今時、このドラマをわかる人がどれくらいいるだろうか(笑)乳兄弟とは…肉親ではないが同じ人の乳で育てられた者同士をいいます。信長の乳母は池田恒興の実母で、やがて信
前回は廃墟物語になってしまったので今回は鵜沼(うぬま)城の話をしますー。★木曽川沿いの鵜沼城跡鵜沼城については信頼できる資料があまり無く細かいことはハッキリしません。築城は永享年間(1429年~1441年)で大沢利治によるものとされています。大沢利治は和泉から美濃へ移り斎藤氏や土岐氏に仕えていました。鵜沼城は岐阜県各務原市にある高さ約95mの石頭山の山頂にあり連郭式平山城だったそうです。宇留間城とも呼ばれていました。ちなみに平山城とは平野にある山や丘に築かれた城の事
前回の続き。何もなく、人っ子一人居ない早朝の犬山遊園駅に降り立つワタクシ。何やら駅の右手には大きい橋と鉄橋があります。鉄オタではないので鉄橋には興味がないが、ホテルを出る前に見た天気情報では前日から朝にかけての集中豪雨の為木曽川が危険水位に近づいていたので様子を見ようと橋の方へ行ってみる。すると、手前にこんな説明文が。うーんと、ここには昔『内田の渡し』があったと。でも木曽川が暴れる度に川止めになるため自動車道と鉄道の併用橋である犬山橋を作ったと。2000年に自動
昨年の7月、アゴアシ付きのご招待を受けて名古屋へ行ってまいりました~(*´∀`)昔からのお客さんなのですが今時珍しいバブリーな御仁でして。ホテル代、グリーン車代は勿論、夜は料亭で伊勢海老と鰻の会席♥️翌日は名古屋ドームでヤクルト中日戦を観戦♪というテキスな(ステキな©️つば九郎)旅行❗️。。。え?お忍び旅行ですかって~?実は私は口実ってゆーかダミーってゆーか…昭和で言うおみそです(笑)客人が名古屋に用事があってそれにお気に入りの女子を連れて行きたいと。でも2人きり