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紋別市の鴻之舞金山で使われていた山車。ゴールドラッシュに沸いた街。人車を見ただけでワクワクする。nostalgiaNO59は「九州の炭鉱その2」です。nostalgia製作委員会作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有www.youtube.com
丸瀬布町で保存されている車両。さび付いていますが産業遺産です。エンブレムも味があります。nostalgia製作委員会作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有www.youtube.com
ふるさと納税に目がくらんで大事なことを見逃していないか?とは、キビシ目の指摘だなぁと思ったが、鴻之舞の歴史保存というより、紋別市の財政運営全般への注文らしい。2月の新年度予算案についての記事には、紋別市の一般会計の歳入の約半分がふるさと納税によるもので、他自治体と比べても余裕のある編成、とあった。ほほう、そんなに余裕なのか紋別市は‥。そして、恒久財源ではない寄付金の依存には危うさが伴い、使い道は寄付者の意向に沿う必要もある、としていた。寄付者が
天塩(てしお)川をカヌーで川下りをするために東京から天塩に紘一と正樹がやって来ました。天塩川の川下り日本一の長い川どこだろう1、信濃川2、利根川3、石狩川4、天塩川なぜか天塩川だけ知名度が低いカヌーで楽しく川下りをした後のことです道北の歴史を研究している紘一のおじさん、熊田先生の話大正時代に、鴻之舞には金山があった佐渡の金山と並び、一時は東洋一といわれた大正6年(1917)の開山、
紋別市にあった鴻之舞金山で使われていた救助隊マスク。命と向き合うための道具。自分はそれに耐えられない。nostalgia製作委員会作成した動画を友だち、家族、世界中の人たちと共有www.youtube.com
月の固定給の円単位がゼロでなく6円というのは、どんなふうに計算して決めるんだろうか?広告を見てそんなことを思った。そして何より、半世紀も前に閉めた鉱山でも、管理事務所が稼働しているのには興味をそそられた。業務のうち、坑水処理施設の保全とはどんな作業だろう、適性試験とはどんな内容だろう。ヘルメットと安全靴が必須の作業だろうか。時間外労働もあると書かれている。「鴻之舞鉱山」というのは、小学校の教科書にあった気がする。日本国内でも規模が大きく、殊に金の産出量で有名なことと、“こう
紋別市にあった鴻之舞金山で使っていたトロッコ。石炭ならば「炭車」というが、金山ならば「金車」?かつて賑わった金山跡も今は深い雪の中。
かつて北海道のオホーツク(紋別市)には、鴻之舞金山(こうのまいきんざん)という富鉱山があり、1916年から1973年までの56年間に金72.6トン、銀1234トンあまりを産出するという、東洋一の黄金郷があった。しかしその鴻之舞金山も、私が小学生の頃、鉱物が枯渇したため完全閉山することが決まり、職を追われた人たちで紋別市内はゴールドラッシュならぬ転入ラッシュとなった。通っていた小学校にも、毎日のように転校生がやってきて、ひとクラスがあっというまに50人近くになり、
紋別市の鴻之舞金山で使われていたガスマスク。これはガス検知器。背筋がピッと伸びる展示です。いつもよりも遅い投稿でした。
紋別市の鴻之舞金山のもの。ゴールドラッシュに沸いた街。今は静寂の中。
昭和48年閉山の鴻之舞金山跡に残る浴場。そのままという感じで残っている。思いを馳せるにはとても良い場所。
2022年6月北海道の旅。タイトルを「出会いは億千万」として、人との出会いはもちろん、味覚、景観との出会いを楽しみたいと思います。2022年6月17日紋別市街を出て、同じ紋別市内ですが、道道305号を遠軽方面に向かいます。しばらく農村、酪農地帯を走ると上藻別駅逓があります。こちらは2018年7月に続いて、2度目の訪問です。でも前回は、朝早すぎて開館していなくて、、、隣のパーキングスペースでトイレ休憩しただけでした。今回は、ちゃんと開館時間に合わせて訪問し
紋別の奥地で丸瀬布の奥地でもある鴻之舞(こうのまい)。そこは大昔は金の掘削地である金山でした。今は人も住んでいない荒地と聞いていましたが通ったこともないので紋別市から丸瀬布へ向かって走ってきました。なるほど建物の廃墟が数か所あるだけでした。雪が積もっているため、より隠されていました。その跡で元の駅舎が文化財に登録されていました。かみもべつ駅の跡地。紋別まで線路があったらしいです。その向こうの丸瀬布へは下りが急坂すぎて線路は通せなかったようです。大正15年から昭和23年までとなって
その昔、源氏鶏太という人気作家がいた。昭和58年(1983)、帰郷してからの詰まらない毎日が少しでも楽しくなる様にと、柔道場に通い、酒を喰らい、あとはテレビのない部屋で気楽な小説を読んでいた。城山三郎の「毎日が日曜日」にはじまり、やがてサラリーマン小説の元祖源氏鶏太へとたどり着いた。そして手にした一冊が直木賞受賞という「英語屋さん」だった。それは十編の短編小説で構成された文庫本で、目次を開くと九つ目に「流氷」という表題があった。私はその”流氷”と言う身近な二文
昭和24年廃線の鴻紋軌道の記念碑。旧紋別駅前にある。終着地点の鴻之舞金山にも記念碑が。日本のゴールドラッシュといわれた場所。栄華の頃と今の落差が探索心をくすぐる。
ブログ開設初期のフォロワーさんの少なかった頃の記事を再掲しています。なお、再掲順と旅程は順不同となります。2018年7月3日かなり強い雨の降る朝、紋別プリンスホテルを出発する。昨晩は、本当はキャンプする予定だったのですが、天気予報で、夜半から朝、激しい雨が降るとのことで、急遽、ホテル泊りに変更したのでした。実際、この雨の様子を見ると、キャンプにしなくてヨカッタと思うのでした。・・・昨晩、というか明け方サッカーワールドカップの日本戦も見られたしね。ということで、
紋別市鴻之舞にある倉庫。住友のマークが入っている。かつては金山があった。今は何もない。私的には立派な「ポツンと一軒家」。
紋別市の鴻之舞地区に残る市営住宅跡。ここにはかつて金山があった。現在人口は0。閉山から45年が過ぎた。もはや芸術的。
***北海道からあなたの元へ...Dear...FromHokkaido***いつも当ホームページをご利用くださいまして、誠にありがとうございます。ホームページを更新いたしましたのでお知らせいたします。【003-時は忘却の中にSection04-鴻之舞金山1】【注:この物件は殆どが解体されており、且つ管理されています】ご利用の方へ・003系「時は忘却の中に」では、お客様の生命・財産保護のため撮影場所の掲載はしておりません。・万が一探索されて損害を受けた場合でも、当サイ