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昨日の続きで、下鴨神社から糺の森を下って行くと、右手にきれいになれるパワースポット、美人祈願鏡絵馬の河合神社がある。矢張り女性の参拝者が多く鏡絵馬に化粧していた。私はそれより鴨長明の方丈庵を探すも境内に見当たらなかった?チョット残念でした。
青春時代と言いますか砂を噛むような気持でズルズルと京都に6年ほど住んでいた時に鴨長明さんの日野の方丈の庵を訪ねたことを思い出しました彼は第一に自然災害から逃れてあの地に庵を構えたらしい。彼は青春時代大火災、地震、竜巻、飢饉疫病などを経験してあのスタイルを考えたらしい。今の私なら次の3つを兼ね備えたスタイルを考える①スーパー台風にも耐えれるトーチカ並みの頑丈な外殻②春夏の気候の良い時期にはこんな感じのゲルも張れる広い芝生の敷地③移
平安時代の人々の物の考え方が伺える場所が京都の紫野にあります紫野にある紫式部のお墓の隣には平安時代初期の公卿小野篁のお墓がありますが小野篁といえば昼間は朝廷に仕え夜は冥土へ入り閻魔大王の元で死者に対する裁判に立ち会っていたという言い伝えがあります篁の口利きで蘇ったひともいたそうですがなぜ生きた時代も違う2人の墓が並んでいるのか真偽の程は定かではありません紫野式部は源氏物語という色恋沙汰のフィクションを描き人々を惑わせたので必ず地獄に落ちるといわれていたそうですそしてそれを阻止しよ
日がな休日、本棚で埃をかぶった『方丈記』を何気なく取り出したら一気に41頁読破してしまった。『枕草子』『徒然草』とならび我国三大随筆。著者の鴨長明という人も、素晴らしい聖賢徳人と思っていた。しかし、岩波文庫版の解説(市古貞次)がことの他厳しい。「なお底が浅く、視野も広いとは言えない・・・家名、家職に固執する、肩意地な偏狭な男が、自己の体験を、隠者の悟りを開いたかの如き自分を通して語っている・・・長明は結局悟り切れず、安心立命の境界に至り得ない男であって、西行とはかなりの隔たりがあるように思
倭国の時代区分は多少特異で、中世の次に「近世」が来ます。区切りは「織豊体制以降江戸幕府の終焉」まで。従って、中世とは「院政期から戦国時代末期まで」となります。お名前を失念したが、歴史学の泰斗曰く「國史(日本史)は中世以降(正確には室町期以降)を学べば充分」だとつまり、それ以前は倭国史ではなくて「異国」史なんですよ(^^)確かに、我々にとって手触り感のある「文化」とは中世以降だ。和の衣食住の原型はその頃に出来上がった。直衣や十二単には歯が立たないが、袴や小袖の着こなしはなんとかなる。和
この度のmRNA薬剤の件。先般、Yahooニュースでも、大きな被害の実態が報じられました。CBCでは、継続的に薬害の状況を、当事者のインタビューを交えて報道されています。気を吐いていますよね。本当に頑張って頂きたい。食についても同じことが言えるような気がします。"食"は自らの体に取り入込まれ、個々の化合物・元素は我々の体を構築し、細胞は入れ替わる。一見、恒常性を維持しているような、自分ですが、数日ですっかり入れ替わり、鴨長明の「ゆく河の流れは絶えずして、
読書セラピー「賢者の一言」鴨長明「わが一身は空に浮く雲と考えて、あてにもしないし、不足とも考えない」「方丈記」角川ソフィア文庫より………………………………✨✨✨行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。鴨長明さんといえば、上記の文章ではじまる方丈記で有名です📚ブッダや空海さん、その他の賢者たちが説いたこの世の無常を、川の流れや空を行く雲にたとえた文章がとても美しいと思います💕「雲のように、水のように」
お越しいただきありがとうございます前回に続き鎌倉に想いを馳せた私は何度か目の猿渡慶太(三浦春馬)を愛でるいや〜やっぱりいい不思議な魅力が漂う慶太俯いて寂しさが漂う横顔は三浦春馬じゃないと表現出来ない春馬くんだからいい冒頭に流れる和歌の朗読何げなくスルーしていたけど今頃になって胸に刺さる方丈記は鴨長明鎌倉時代古典日本文学三大随筆の一つだと知る玲子さんの寝室とでも言うのか「いおり」は鴨長明が晩年を過ごした庵を意味してその広さは方丈(約3m)が四方の部屋だっ
方丈記鴨長明ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまるためしなし。世の中にある人と栖と、またかくの如し。玉敷の都の中に、棟を並べ甍を争へる、高き賤しき人の住居は、世々を経て、尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家は稀なり。或は去年焼けて今年は作れり、或は大家亡びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、
2月の読書メーター読んだ本の数:15読んだページ数:4124ナイス数:9作家超サバイバル術!読了日:02月01日著者:中山七里,知念実希人,葉真中顕中山七里さんの本はたぶん全部読んでいると思う。かなりのハイペースで新刊が出ている気がしていたのだが、心身を削って創作しているというご本人の証言にビックリトイレ1日1回って普通の人間には無理~タックスヘイヴンTAXHAVEN読了日:02月03日著者:橘玲神と黒蟹県読了日:02月08日著者:絲山秋子辛酸なめ子の
鴨長明原作、城島明彦訳「超約版方丈記」を読んだ。
はるかにふるさとの空を望み、木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師を見る。勝地は主なければ、心を慰むるにさわりなし。歩み煩ひなく、心遠くいたる時は、これより峰につゞき、炭山を越え、笠取を過ぎて、或は石間にまうで、或は石山を拝む。鴨長明の『方丈記』の一節である。伏見・日野に設けた「広サハワズカニ方丈、高サハ七尺ガウチ也」と云う狭い草庵に隠棲していた孤老の日々の営みがうかがわれる。天気の良い日には山に上り、京の空を眺め、木幡山・伏見の里・鳥羽・羽束師
2024年1月15日宿泊したイビススタイルズ京都四条です。4階の部屋で朝窓から外を見ると、隣が京の町屋の雰囲気です。降りてみてみるとこんな感じでした。ホテルのロビーも石庭風の装飾が。今日の出発時刻は7:40です。ホテルの朝食は隣接しているドトールコーヒーショップで7:30から食べられるのですが、出発時間が速いので利用できません。それでホテルは和風弁当を用意していて、フロントで6:40頃受け取って部屋に持ち帰っていただきました。下鴨神社には8時頃
【日々好日】鴨長明の『方丈記』京都・下鴨神社で1155年に生まれた鴨長明。50歳の頃、住まいを今で言う小さなキャンピングカーに変えた。その5年後に随筆『方丈記』を書き上げた。アタフタ…都を遷すその随筆には、当時の都だった京都から兵庫の神戸へ都を移す様子が描かれている。「平清盛」が行なった遷都だった。現在の中学校の教科書にも出てくる歴史。牛車に乗ってアタフタと移動する貴族たちや庶民の姿を実況放送している。鴨長明はジャーナリストこの時代は地震や大火が続き、平安時代から鎌倉時代へ移る
ピップスつってもピップエレキバンじゃないですよ。昨秋、ヅカ問題()さなかの某宙組トップに雨月物語を贈ったら、大変ご好評いただいたと母御伝手に伺った。だからか爾来、古典づいておる。先日ちょっぴり触れたのは永積安明『徒然草を読む』(岩波新書)。いま取り掛かっているのは石母田正『平家物語』(これも岩波)。そして数日前に読み終えたのは、堀田善衛『方丈記私記』(ちくま文庫)。原典、平家はまだだが徒然と方丈記はむかし読了。上記は原典じゃなく当該の書を語った評論/エ
漫画方丈記日本最古の災害文学鴨長明(漫画:信吉)あらすじ日本三大随筆の一つ鴨長明の方丈記を漫画で書いたものです。グッときたポイント鴨長明は、ミニマリストの先駆者も先駆者ですね生きる❗️という事を根本から考えさせられる内容でした。…という程、理解出来たのは、漫画であるが故です笑こんな人におすすめ色んなミニマリスト関連の本を読んだ人に、一度スタート地点に戻るつもりでぜひ読んでほしいです。モノを増やしたくないので、私は電子書籍で読みました。気にな
2月9日からギリシア大使館のイベントでカリグラフィが展示されます☆詳細は後日☆私は1点展示させていただきますギリシアの哲学者ヘラクレイトスの言葉『万物は流転する』Brechtelのフラクチュアー体16世紀の文字です文字と文字の間のループの中にヘラクレイトスのデッサンを入れてみたのですが・・・お天気に誘われてお散歩紅梅白梅が美しく香り高く・・・紀元前の哲学者ヘラクレイトスの万物は流転すると鴨長明方丈記『ゆく河の流れは絶えずして、
平氏政権は短命だったのはなぜ行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまることなし有名な鴨長明「方丈記」の冒頭です。古典が苦手で風流を解せない私ですが、これは染みてきます。鴨長明は、1155年生まれですので、まさにこの平氏の時代とともに生きた人です。幼くして神官の将来を嘱望されていましたが、父の死で道がたたれます。その後、歌の才能が開花し、後鳥羽上皇の勅撰和歌集選者にまでになり、鴨長明を禰宜(神
昨日、京都満月の阿闍梨餅の記事をアップしていたら、鴨長明「発心集」(13世紀)の中に出てきた叡実阿闍梨のエピソードを思い出したので紹介します・・・・・・比叡山に、阿闍梨という僧の資格を持つ、叡実という尊い人がいました・・・帝が重病になり、宮廷からお召しがありましたが、気が進まず何度も辞退していたところ、断り切れなくなった。仕方なく参内する途中、みすぼらしい病人で、足も手も動かず、築地塀のそばで腹ばいになっている者がいた。阿闍梨はこれを見て、悲しみの涙を流し、牛車
コンピュータ研究者は意識とはどんなものか考え人工の意識を作ろうとしている。しかし、彼らの意識の理解は不十分だ。人間は絶えず外界を見てこれを意識に反映している。絶えず外界見て眼からの入力を反映している。人間が外と交流してきた積分値が意識に反映されている。その瞬間の外界だけではなくそれまで生きてきた時間の積分値が反映されている。その入力も重みがついている。そんなことはAIにはまず不可能だ。鴨長明はそれを直感的に理解していた。2024・1・13クマ博士
今回は「情報(差異)」について、(またまた)改めて考察していきたいと思います。…単刀直入に言ってしまえば…、「動いていない”モノ(情報)”は”情報”ではない(”情報・差異”とは動いてこそナンボ…)」ということです。以前、当ブログで古典物理学の「絶対空間」を批判したりしたのですが、これこそ「同一性優位」の最たるもの(?)とは思うんだが…。今回のシリーズでも、東洋的な”無常観”思想を何回か紹介して参りました…。有名な、鴨長明「方丈記」の冒頭”ゆく河の流れは絶えずして、しかも元の水に非ず。”や、全て
鴨長明の憂い聖天子世の移ろい元旦の天災養老先生の憂い官僚政治脳化する人類方丈記は心の書大好き💓荒れた世を正すのは人ではなく………実は天災……と先生は語る抗えない自然の力に富も権力も科学さえ屈伏しかなくそれによってそれが無くては人類は生き方を見直せなかった?失ってからでは遅いものもある……先生は虫自然を見つめるとわかる………与えられ生きてきた環境が破壊される痛みと哀しみそして苦しみ鴨長明の方丈は簡素で美しい身の程の真人に必要な全て
『清貧の思想』という本がベストセラーになったことがある。バブル崩壊直後の1992年のことだ。本書の内容を一言で言うと、「豊かさとは物や金ではなく、心の豊かさである」ということ。ありきたりな話だが、戦後、物と金の豊かさを追い求め、最終的にはバブルに振り回された当時の日本人にとっては身に染みて感じられたのだろう。この本では、過去の日本人(光悦、吉田兼行、鴨長明、良寛、芭蕉など)がいかに金銭に拘らず、自らの信念に生きたかを繰り返し説いている。それに対して、戦後日本が
令和六年2024甲辰睦月初夢、書初、先勝、乙丑ウルトラパワー大幸運!おはようございます。今日も素晴らしい一日になりますように行く河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず、よどみに浮かぶ泡沫は、且つ消え、且つ結びて、久しくとどまりたるためしなし、世の中にある人と住家と、またかくの如し。-鴨長明-(平安時代末期~鎌倉時代の歌人、随筆家/1155~1216)#ウルトラパワー大幸運#おはようございます#今日も素晴らしい一日になりますように#朝#わそうび#和創
賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)は、通称は下鴨神社(しもがもじんじゃ)、式内社(名神大社)、山城国一宮、二十二社(上七社)の一社です。世界遺産「古都京都の文化財」一つとして登録されている。賀茂別雷神社(上賀茂神社)とともに賀茂県主氏の氏神を祀る神社で、両社は賀茂神社(賀茂社)と総称されます。両社で催す賀茂祭(通称葵祭)で有名です。本殿には、右に賀茂別雷命(上賀茂神社祭神)の母の玉依姫命、左に玉依姫命の父の賀茂建角身命を祀っているので「賀茂御祖神社」と呼ばれています。金鵄および八咫烏は賀茂
こんばんは本が好きな旦那さんにすすめられて読んだ方丈記読み終わりました。日本古典の三代随筆のうちの一つである鴨長明による作品です。「ゆく河の流れは絶えずしてしかももとの水にあらず。〜」の書き出しの部分は有名ですね。実際に読んでみたのは今回がはじめて。随筆なんていうとなんだか堅苦しくて、難しいんじゃないかなあと思っていたけど、光文社の新訳古典の方丈記は全然そんなことありませんでした。しかも、方丈記ってめちゃくちゃ短い。400紙原稿用紙25枚分だそうです。しかも
方丈記それは約800年前の自由人鴨長明の数寄の哲学世にしたがえば、身、くるし。したがわなければ、狂せるに似たり男というものは一国一城の主になるか、さもなければ、平然と乞食になれるほどの気組の者をいう(真田太平記より)
今日は2023年12月29日(金)です。僕は旅番組歴史番組が好きです。昨夜は「神の結びと出す声」を見ました。放送内容は京都の下賀茂神社とお隣の河合神社が紹介されました。僕も2017年に行った事が有ります。懐かしいので振り返って見ました。過去記事です。↓=========2017年3月16日(木)の出来事です。下賀茂神社を参拝した後その隣に河合神社寄ってみました。美人になる神社として若い子に人気があるそうです。こんな
12月26日は孫の誕生会で公民館体育館で子供たちが遊んだ後場所を変え持ち寄りパーテイーを芝生で開く。例年のもよおしだ。孫は成長し私は歳を重ねる。ゆく川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし(鴨長明)
無常とは何か?鴨長明の『方丈記』は、人生と世界の無常性についての深い洞察を提供しています。無常とは、物事が常に変化しているという仏教の教えであり、何もかもが一時的であるという考え方です。現代のコンテキストでの無常現代社会は変化が速く、不確実性が高いです。技術の進化、経済の変動、さらにはパンデミックによる生活様式の変化など、私たちは常に変化の渦中にいます。『方丈記』は、このような状況において、物事をその本質で捉え、変化を受け入れる心の準備をすることの重要性を教えています。変化を受け入れ