鴨居羊子は1935年(昭和10年)に父の転勤で金沢から京城(ソウル)へ家族で引っ越します。それから4年後には再び父鴨居悠の転勤のために大阪に移りました。そこで羊子は豊中高等女学校に入りましたが、戦争のために繰り上げ卒業し、金沢に戻ってきます。戦時中に出征した兄は戦死し、父は1949年(昭和24年)4月に亡くなり、画家の卵の弟・玲と母の面倒を羊子が見ることになってしまいました。翌年、鴨居羊子は父のつてを頼って大阪の新関西と言う夕刊紙を発行する新聞社に入社し、曲者揃いの先輩、同僚から大いに刺激を受け