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■毎年この季節に北信濃を訪れて7年目になる。主目的は長野県飯山市にあるクリニックでの胃と大腸の内視鏡検査である。今日は検査を終えてからの飯山市・野沢温泉村での一泊2日の紀行文です。(宿泊した野沢温泉にある小さな旅館の畳のラウンジで。)(ご参考)内視鏡検査のためにわざわざ長野県まで出掛けている理由については、下に添付した昨年7月投稿のブログをご覧ください。枠内をクリックすれば開いてお読みいただけます。(2025年7月24日投稿『所用で出掛けた長野から
明治神宮から歩いて代々木駅へ。JR代々木駅のスタンプは初めて押しました。2種類ありました。「春の小川」をイメージしたデザインです。小学校でよく歌われる「春の小川」は、大正時代、渋谷川の支川「河骨川(こうほねがわ)」がモデルとなって、高野辰之に作詞されたものと言われています。現在では、山手通りと井の頭通りが交差するあたりの小田急線代々木八幡駅近くに「春の小川」の石碑がたっています。東京都建設局HPより。知らなかった…もう1つはJR代々木駅のキャラクター「よよたん」がデザ
祝日の今日、ある人の記念館へ行ってきた。残念ながら仕事がらみではあるが。場所は長野県中野市。誰の記念館かわかります?近くにある橋です。反対側は、正解は国文学者・高野辰之の記念館でした。つまり「故郷」を作詞した先生です。「朧月夜」も「紅葉」も「春の小川」も、みんなこの方が作詞しました。仕事とはいえ折角来たのだから、入場料を払って見学した。小さな記念館だが、高野辰之についてほぼ何にも知らない僕にとっては新鮮で興味をそそられる展示だった。2
昨日の雨は午後には止みましたがいつもトラックで周って来てくれる八百屋さんが来る頃雷鳴が轟き始めました。松本地方には雷注意報が、長野には洪水警報が発令。雷はその後も鳴り続けていましたが夜になり段々遠ざかっていきました。大型連休に入った29日に夫と長女が久しぶりに蕎麦打ち。大晦日以来4ヶ月ぶりとあって水分量が少なかったとかで少し固く失敗だったとのこと。そのリベンジをと昨日、再度挑戦していました。たしかに29日は少し固くて食べきれず二女に手伝ってもらいましたが昨日の蕎麦は美味し
"日本の音景色"のサブタイトルが付された唱歌カセットテープです。たまにはこういうのもよいです♪春の小川文部省唱歌作詞高野辰之作曲岡野貞一
*日本の歌を振り返る③*ー過去ブログよりー*朧月夜(おぼろづきよ)*こちらをクリックしてご覧ください。『*朧月夜*』今日の日本の歌は、日本の原風景を思わせる春の光景と気分を歌った「朧月夜」作詞は「故郷」の作詞で有名な高野辰之、作曲は岡野貞一による文部省唱歌。ただし、これには…ameblo.jp
高野辰之(たかのたつゆき/1876[明治9]年4月13日~1947[昭和22]年1月25日)は、日本の国文学者、作詞家。1876年4月13日、高野辰之が、長野県水内郡永江村(現:中野市永江)の豪農の家にて、父:高野仲右衛門、母:いしもとに、3男3女の長男として生まれる。家は代々農家であったが、父親は優れた教養と高い道徳観の持ち主で、小布施の豪商で有名な陽明学者で芸術家でもあった高井鴻山の開いた高井塾の塾生として、農業の傍らに月数回、尊敬する鴻山の元へ通いつめて苦労しながら勉強に
日付が変る前に関東バス労働組合と会社側との交渉が纏まり、ストライキが中止になったことをNHKニュースで知りました。関東バス、27日のストライキは回避通常通り運行へ労働組合の待遇改善要求を会社側が深夜に受け入れ表明:東京新聞デジタル東京23区西部のJR中央線沿線を中心に路線バスを運行する関東バス(中野区)の労働組合は26日深夜、運転手らの賃金の引き上げなど待遇改善...www.tokyo-np.co.jp東京新聞によると、「路線バスは新宿区から小平市まで全188系統あり、ストライキにな
『朧月夜』作詞〜高野辰之(1876〜1947)一、菜の花畠(ばたけ)に入日薄れ見わたす山の端(は)霞(かすみ)ふかし春風そよふく空を見れば夕月かかりてにおい淡し二、里わの火影(ほかげ)も森の色も田中の小路をたどる人も蛙(かわず)のなくねもかねの音もさながら霞める朧月夜※入り日・・夕方、西に沈みかけた太陽。※山の端・・遠くの山と空の境の輪郭線。※におい淡し・・色合いが薄い。※里わ・・人里のある辺り。里曲(み)を平安時代に誤って「里わ」とされたも
菜の花が咲く季節が待ち遠しい・・・使用筆下筆春蚕食葉声菜の花畠に入日薄れ見わたす山の端霞ふかし春風そよふく空を見れば夕月かかりてにほひ淡し朧月夜詩:高野辰之(1876-1947)下のバナーをクリックしてください書道ランキングにほんブログ村
『春が来た』作詞〜高野辰之(1876〜1947)一、春が来た春が来たどこに来た山に来た里に来た野にも来た二、花がさく花がさくどこにさく山にさく里にさく野にもさく三、鳥がなく鳥がなくどこでなく山で鳴く里で鳴く野でも鳴く◇暦の上の「春」。どこかで生まれたらしい「春」。春は名のみの風の寒い「春」。花粉情報が始まったら「春」。春一番が吹いたら「春」。まだ寒くても😣春は来ていますね😃全てひっくるめて意外と長い「春」なんでしょ
郷愁の言い換え今回、望郷という言葉を使いましたが、郷愁のほうが多く使われているようにおもいます。ただ、語の中に入っているように、「愁い」が付きまといます。外来語のノスタルジーも18世紀〜19世紀にかけて、故郷を想うあまり戦意を喪失させる「病気」(懐郷病)として扱われたといういきさつからも、強い憂いが込められていることがわかります。スペインの北西部ガルシア地方には、モリーニャという言葉があるそうですが、これも故郷(大地、場所)への郷愁を表し、強い悲しみが込められています。ポルトガル語のサ
『北の国まで'25長野』『北の国まで'25大阪→長野』帰郷ツーリング2025・夏帰阪|新日本下道紀行am…ameblo.jp前回の話はコチラ↑「あ〜っ!!」長野県は中野市にある国道沿い。辺り一面緑しか無い山道を走っている最中、小さな立て看板がオレの視界に飛び込んで来た。「ちょっと寄り道するわ!」「どこ行くん?」R117から脇道へ入り、設定し直したナビに従って目的地へ向かう。そこがもし【トトロのバス停】とか【ゴジラ岩】みたいな下らんスポットなら素無視だが、
こんにちは♪みよしピアノ教室です。1月22日我孫子駅前カフェ「すみれ88」で行われるうたぱれっと「みんなで楽しく歌いましょう」の1月の歌をご紹介します。第5曲目は「日の丸の旗(高野辰之作詞・岡野貞一作曲)」です。この曲は、1911年「尋常小学唱歌」で発表された文部省唱歌です。高野辰之と岡野貞一のコンビによる唱歌は、「日の丸の旗」のほか「春の小川」「春が来た」「朧月夜」「ふるさと」などが有名です。みなさんで懐かしい歌を一緒に歌いましょう♪我孫子駅チカ歌声喫茶「うたぱれっと」では、参加者
4日からやーーーーっと、リフォーム工事が再開しました!夏にする予定でスタートしましたがこれまで2回のリフォーム工事で頼んでいた某大手リフォーム会社の担当さんが😓な方に変わってしまい…😣埒が明かない…思い切って、やったところまでの支払いをしてその先の契約はクーリングオフしてもらいました。それから違う工務店さんにコンタクトをとり、また一から仕切り直し。余計な費用も日もかかってしまい、本当に残念だし、悔しいですが…今度の工務店の社長さんが、年内には終わるようにといろ
レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」720大湯薬師堂・堂の周りには、タカクラ・テルの長唄「風流七苦離の里」の記念碑北原白秋、高野辰之、与謝野晶子の歌碑などが有ります。つづく
『日の丸の旗』作詞〜高野辰之(1876〜1947)一、白地に赤く日の丸染めてああうつくしい(うつくしや)日本の旗は二、朝日の昇るいきおい見せてああいさましい(いさましや)日本の旗は◇かつて尋常小学唱歌では「うつくしい」は「うつくしや」「いさましい」は「いさましや」との歌詞であったようです。日本の国旗を大切に。日本の国旗そのものも大切に扱いましょう。そして言うまでもなくどの国の国旗も尊重して大切に扱
旅行から帰った後、風邪を引いてしまいました。寝込んでいたため更新できず。申し訳ございません。今回も代筆で失礼いたします。「こうしんづか」の朝食。いつもながらに最高です。特に、このご飯が美味しい。ご飯が美味しいと、全てが美味しくなります。父は朝食はいつも1膳しか食べないので、3回おかわりしました。美味しすぎて、お腹いっぱいです。名残惜しい、こうしんづかに別れを告げ、旅立ちます。夏の「流しそうめん」を食べてみたいので、次回は夏に来ようかな。続いて、賤母(しずも)
『紅葉(もみじ)』作詞〜高野辰之(1876〜1947)一、秋の夕日に照る山紅葉濃いも薄いも数ある中に松をいろどる楓(かえで)や蔦(つた)は山のふもとの裾模様二、溪(たに)の流れに散り浮く紅葉波にゆられて離れて寄って赤や黄色の色様々に水の上にも織る錦※裾模様・・・和服の裾に描かれる模様。※錦・・・様々な色素で模様を織る織物。◇今年は夏が長かったような印象がありますが今では段々と秋が深まりつつ段々と山の方から紅葉も始まりつつあるでしょうか。
♬童謡・唱歌№148「はるがきた」懐かしの童謡、思い出の唱歌、四季を感じる日本の抒情歌をお届けします。曲名:はるがきた作詞者名:高野辰之作曲者名:岡野貞一歌い出し:はるがきたはるがきた童謡・唱歌
『雲雀(おおひばり)』作詞〜高野辰之(1876〜1947)おお雲雀高くまたかろく何をか歌う天の恵み地の栄えそを讃(たた)えて歌いそを寿(ことほ)ぎ歌う恵み讃え栄え祝(ほ)ぎて歌う【曲はメンデルスゾーン】◇引き続き愛鳥週間です雲雀よ雲雀空高く軽やかに何を歌っているの?天の恵みで地が栄えるそのことを讃えてお祝の歌を歌っているのよですね
『春の小川』作詞〜高野辰之(1876〜1947)一、春の小川はさらさら流る岸のすみれやれんげの花ににおいめでたく色うつくしく咲けよ咲けよとささやく如(ごと)く二、春の小川はさらさら流る蝦(えび)やめだかや小鮒(ぶな)の群れに今日も一日ひなたに出でて遊べ遊べとささやく如く三、春の小川はさらさら流る歌の上手ないとしき子ども声をそろえて小川の歌をうたえうたえとささやく如く◇今の教科書の歌は二番までで歌詞も少し違いますね。これは『春
今朝の道内最低気温は上川地方江丹別ー4.5℃05:21幌加内ー4.4℃05:21朱鞠内ー4.0℃05:38道内冬日地点数は174中45道内最高気温はどこ石狩地方千歳+19.9℃13:16当地の最低最高気温**02:51+6.5℃14:09+16.4℃高松01:42+5.7℃16:09+13.8℃川汲00:17+6.1℃16:49+16.3℃今日も暖かく天気も良し・・・でも用事があって畑のお仕事出来なかった明日も用事があるので時
いま、郊外を車で走ると目に飛び込んでくるのが、色あざやかな一面の菜の花畑の風景である。最近は地球温暖化の影響から夏が前後の季節を呑みこんでしまい、春と秋の季節感がわずかになってしまっている。とはいえ、黄色に染まる菜の花畑は日本の原風景のひとつであろう。日本の原風景を歌にしたら、どんな曲がもっともふさわしいだろうかという問いかけがあったとして、(そもそも原風景など人それぞれなのだから)異論があるかもしれないが、私ならこう答えることにしている。その一曲は、朧月夜(おぼろづきよ)作詞・高野
『春が来た』作詞〜高野辰之(1876〜1947)一、春が来た春が来たどこに来た山に来た里に来た野にも来た二、花がさく花がさくどこにさく山にさく里にさく野にもさく三、鳥がなく鳥がなくどこでなく山でなく里でなく野でもなく◇どこかで生まれた春が急に暖かくなったりまた寒くなったりする中で着実に育ってきましたね。元々尋常小学読本では「山」に来た「野」に来た「里」に来たの順番でした。さてさてあなたの町に春は来
ドラマの高野辰之役上条恒彦長野オリンピック冬期競技大会閉会式1988年2月22日ここで「故郷」の大合唱が行われました。長野オリンピックの年~SBC信越放送制作し、1988年1月17日に放映したドラマ「唱歌誕生ふるさとを創った男-高野辰之物語」を昨日観ました。昨年5月開催の~文部省唱歌「ふるさと」「朧月夜」誕生から110年記念「故郷を創った男」~作詞者高野辰之と唱歌誕生のドラマ~猪瀬直樹講演会の後、講演会の役員有志が始めた猪瀬直樹の「ふるさとを創った男唱歌誕生」の読書会で、長野オ
詩秋の夕日に照る山紅葉、濃いも薄いも數(かず)ある中に。松をいろどる楓や蔦は、山のふもとの裾模樣。渓の流に散り浮く紅葉、波にゆられて離れて寄つて。赤や黄色の色樣々に、水の上にも織る錦。『尋常小学唱歌』より詩の意味と考察意味はいらないですね。高野辰之が故郷、長野県替(かえ)佐(さ)と東京を往来する折に、信越本線の熊の平附近から見た風景を詠んだと言われています。熊の平駅は、横川と軽井沢の間、碓氷峠を抜ける単線のすれ違い駅で
もみじ作詞:高野辰之作曲:岡野貞一秋の夕日に照る山紅葉濃いも薄いも数ある中に松をいろどる楓や蔦は山のふもとの裾模様渓の流れに散り浮く紅葉波に揺られて離れて寄って赤や黄色の色さまざまに水の上にも織る錦【補足】童謡唱歌の中でもとても有名な「紅葉」。秋になると歌いたい曲です。秋の風景を表す日本語の歌詞がとても美しく、メロディもシンプルでのびやかで、そして柔らか。作詞者の高野辰之は、群馬県と長野県の境にある碓氷峠にある信越本線熊ノ平駅から紅葉を眺めて、その美しさからこの歌詞
『故郷』作詞〜高野辰之(1879〜1947)一、兎(うさぎ)追いしかの山小鮒(こぶな)釣りしかの川夢は今もめぐりて忘れがたき故郷二、如何(いか)にいます父母(ちちはは)恙(つつが)無しや友がき雨に風につけても思いいずる故郷三、こころざしをはたしていつの日にか帰らん山はあおき故郷水は清き故郷◇山で兎を追っかけたこともなければ川で小鮒を釣ったこともない・・・そんな方も多いかと思いますがそれぞれがそれぞれの懐かしい故郷
「ナンバ歩き」なら1時間に4里=16kmという高速で歩く(走る)ことが出来るという~文部省唱歌「故郷」「朧月夜」誕生から110年記念の「ふるさとを創った男」~猪瀬直樹講演会が5月6日(月)に、会場の飯山市文化交流館大ホールに満員の参加者で開催されました。唱歌「故郷」を作詞した高野辰之は、10歳から14歳までの4年間、片道9km野道を永江から飯山まで草鞋履きで歩いて通学しました。猪瀬直樹さんは、「~高野辰之は長距離歩行に向いている(飛脚と同じ)伝統的な小走りのナンバ走行で通ったと思わ