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今回ご紹介するのはコチラの神社です。矢刺神社旭市三川字上川田3719-2鳥居です境内はこんな感じです拝殿と狛犬たち別角度から拝殿扁額本殿を左側から背面は忘れたか撮れなかったかです本殿を右側からでもって左側にはリアルな鬼がおりますこの神社はいろいろと私を興奮させる要素が盛りだくさんな神社なんですよっ!!!(落ち着け自分!!)まずは詳細についてですね。「千葉県神社明細帳」だと当社者天気(天喜)康平之際、源姓之武将難刺矢而して祭之文献不足而して不
「日本三代火祭り鬼夜」が終わったばかりの大善寺玉垂宮にうかがいました鬼とは?高良玉垂命とは?このことは古代史探訪のひとつのテーマであったので、やっとうかがうことができました。筑後国三潴(みずま)庄鎮守高良御廟院大善寺玉垂宮御祭神:高良玉垂命・八幡大神・住吉大神高良大社と同じ御祭神ですが創建はこちらが古く1900年前の創祀と伝わる。鬼夜が他の祭りと大きく異なるのは「鬼を追い払うのではない」ということです。鬼夜のおおまかな流れですが・・・
久留米市の高良山に鎮座している高良大社は地図を見ると、山のふもとからの古い参道があり、お山全体が信仰の場のようでした。一瞬、下から歩こうか……と思い、ものすごく!鬱蒼とした暗い森林を見て、瞬時に車で行くことにしました😓とても古そうな石造りの鳥居は山のふもと、山に登っていく道の入り口に建っていました。駐車スペースを見つけられなくて写真はなし💦頭を下げて通過します☺️帰りに駐車場があったことに気づきました💦薄暗い山の中の道をぐるぐると上っていくと左側に見晴ら
高良大社(2)玉垂命とは干珠満珠を授けた海の神|ひもろぎ逍遥高良大社(高良玉垂宮)(Ⅱ)こうらたいしゃ(こうらたまたれぐう)玉垂命とは干珠満珠を授けた海の神高良山にはカペラの伝承があっ...lunabura.exblog.jp13日の土曜日。ひもろぎ逍遥さんのブログを読んでいて、とても氣になる情報を見つけた。合気道の開祖の植芝守平の本『合気神髄』に、高良の神の事が載っていたと。植芝盛平。画像はお借りしました。植芝盛平ってい
こんばんは今週も任務完了しましたお疲れ様でしたほんと暑さで疲れましたさぁ福岡の旅の続きです立花うどんさんで肉ごぼ天うどんを食べてお腹もいっぱいになり次の目的地へプップー🚗一の鳥居ここから山へ駐車場に止めてお店隣にインフォメーション少し曇ってたのでこんな感じです振り返りテクテク大きな鳥居御由緒御祭神八幡大神(はちまんおおかみ)高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)住吉大神(すみよしおおかみ)鳥居の左側に高良大社の社碑鳥居をくぐり振り
皆さんおはようございます花子です。黒龍様がそこへ行った意味だいぶ前に話しましたがこれも…やっと出て来ましたね😊まぁ今ね黒龍様が何処に居るのか?わたくしには分かりませんけど先生が仰ってらした話はこーゆー事だったんですね。白龍とはツインレイ?でもわたくしにとっては嘘つき男…あははは🤣根に持ってるし😆ま。仕方ないよね😆関わる事もないからどうでも良いけどね😆ここも行ってみたいけどちょっと…微妙ねあははは🤣そんな時に限って見掛けられたりしてさストーカー認
6月16日に『高良玉垂宮神秘書』物部を秘す、という記事を書いた。そうしたらなんとtolandvlogさんがこんな動画を上げてくれた!ナイスタイミング!その内容が色々と凄い。①高良玉垂命は月神神功皇后が三韓征伐に赴く際、四王寺山(しおうじやま)の山頂に登られて神の加護を祈った時、金星の光と共に住吉大神が現れ、月の光と共に高良玉垂命が現れたという。高良大社の宮司さんの話によれば、高良玉垂命は月神ではあるが月讀命では無いという。②四貴子『高良
『『生夷神社』出張の合間の神社巡り徳島編~えびすさんの生まれたところ~』『『朝立彦神社』出張の合間の神社巡り徳島編~祀られているのは月の神❓️~』『『嵯峨天一神社』出張の合間の神社巡り徳島編~元伊勢ひとよめぐり~』『『天岩戸…ameblo.jp↑のつづき。さて、話は2024年8月末に戻ります。エビス生誕の伝承地に行った翌日。台風が接近しており、強風と時折降る大雨。山に入ることは危険だと思い、無理せず徳島市周辺の神社を巡ることにした。鳥居の扁額は高良神社。「高良(こうら)
昨日は、Mちゃんと高舘山の表参道散策へ。かつての参拝路だったところ。ほとんど誰も関心をもたないだろう高舘山、そんな山を再生したいというMちゃんの夢を叶えるために応援してる。きれいになってました。↓だから、こんなハートの虫食いを拾うと、なんて粋なヒラヒラ、あ、藤原秀衡なんだろうと、つくづく思う。Mちゃんが「ちょうど12時!」と言って。ああ、シンデレラは、12時になったら帰らなければならないよなぁ。・・・誰もむかえにこねーけどなぁそうい
以下、大和岩雄『神社と古代王権祭祀』(新装版、白水社、2009年)から引用です。ーーーーーーーーーー伊勢天照御祖[いせあまてらすみおや]神社――天照大神の「御祖」を祀る理由伊勢の「天照御祖」p.94〜95『高良玉垂宮神秘書』は、当社について、大菩薩(高良大社の祭神高良玉垂[こうらたまたれ]命が天照大神を勧請したと書くが、これは後世の付会であろう。『延喜式』神名帳に載る皇祖神は伊勢内宮だけで、他はすべて地方神と考えられるからである。問題は、なぜ当社が「伊勢天照御祖」と名づけられ
「筑後遷都説」について一,「筑後遷都説」への疑問と指摘多元関係者によるオンライン研究会が,基本的に毎週金曜日に行われている。私も,令和五年二月半ばからメンバーに加えていただいた。その十一月初旬の会で,発表者との質疑の中で「筑後遷都説」なるものについて私見を述べた。これに対し,メンバーの一人から九州王朝の「筑後遷都説」は誤りである,とのメールを頂いた。その主張の要点は,考古学的出土物をみると五~八世紀にかけて,筑後地方は極めて少なく,筑紫地方が主たるものである。このことから,
ようこそお立ち寄り下さいましたありがとうございます😊*摂社高良神社の御朱印を掲載しました*関西出張で京都市内で打ち合わせが有りましたちょっと朝が早くてつらかったんですが午前中の仕事を終えてから大阪に住む同僚に石清水八幡宮に連れて行ってもらいました😊京都出張といえばいつも上賀茂神社・下鴨神社を中心的に考えていますので今回は珍しいと自分でも思っています😅久しぶりに大きな歴史ある神社参拝です!石清水八幡宮は元旦寅の刻に宮中にて今上天皇が執り行う四方拝で自ら拝する神々
さぁさぁ、どんどん行きますよ。■大宮神社・・・熊本県山鹿市山鹿196−196前回の高橋八幡宮から南へ2km。菊池盆地のど真ん中。昭和になって整備された規則正しい地割を青で塗りつぶしました。かつての茂賀の浦と想定します。菊池盆地の中央、東西に長く微高地が広がっています。その微高地の中央あたり、いい立地に大宮神社があります。詳しい案内図がありました。景行天皇が阿蘇に向かう途中(何のために??)ここに立ち寄り周辺の賊(誰のこと??)を退治した、と。そうや
キキョウ紫。キキョウ白。次は高良御廟塚へ。私達はこの狭い道を通って行ったけど、もうちょっと広い道もあったみたいだったよ。「月讀神社」の鳥居あり。この図に月讀神社はない。という事は比較的新しい神社なんだね。左が御廟塚、右が月讀神社。「高良廟」とある。塚崎貝塚・高良御廟塚福岡県久留米市三潴町高三潴三潴町指定史跡この塚は、『寛延記』には「高良明神御廟開基年号知らず」とあるが、出土品などから弥生時代と推定される。域内約757平方メートルの国有
○2022年12月13日は、肥前国一宮である千栗八幡宮へ参拝した後、筑後国一宮である高良大社へお参りした。千栗八幡宮から高良大社は近い。たぶん、10キロメートルも無い。そういう距離感に、肥前国一宮と筑後国一宮は存在する。○また、前々回、ブログ『枕詞「しらぬひ」の風景』で案内したように、高良大社から見る筑後川の流れがそのまま枕詞「しらぬひ」の風景である。枕詞「しらぬひ」がここで誕生したことは、高良大社へお参りすると判る。まさに筑後川が「白縫(しらぬひ)」となって流れているのを眺めることができる。
公式ブログをはじめました。現在は、過去記事のアーカイブをおこなっています。(2018/09/01)福岡県久留米市の高良山(こうらさん)には筑後国一之宮・高良(こうら)大社があります。かつては、九州の総社ともいわれていたようです。しかし、ご祭神の高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)は古事記・日本書紀にも残らない謎の神だそうです。↓つづきはこちらからお願いします。高良大社とご先祖さま筑後国一之宮であり、九州の総社ともいわれます。しかし、ご祭神の高良
高良大社筑後一の宮、九州総社、鎮西11ヶ国の宗廟御鎮座仁徳天皇五十五年(367年)または七十八年(390年)といわれ、履中天皇元年(400年)にご社殿を建ててお祀りした。高良会館とスロープカー三の鳥居会館の前に駐車して、131段の石段を登ります。スロープカーは頼みにくい。振返ると筑紫平野見晴最高!展望所大楠高良山神鶏陰陽石右が陰、左が陽ですね。なんだったか?奥宮への入口片道20分の山
今日は中秋の名月🌕皆様のところでもお月さま見えてますか!?先日の神さま♡アワーでも、月読命さまを知る機会となり今日は朝からたまいろ神社ツアー⛩月読宮‼️久留米にある日吉神社、月読宮へ行って参りました参加者の皆さまとメッセージを受け取りながらゆっくり参拝してきました。今日は御祈願や結婚式も行われていて、賑やか♫月読さまも上機嫌😆💕特別御朱印もいただきました午後は、月の神さまといわれてる高良玉垂命さま!!⛩高良大社へたまいろ神社ツアー景色が一望‼️すてきー😆✨月の神さ
高良大社例によって、千葉から来たって言うとビックリされる。立派なお社。全く知らない。主祭神の高良玉垂命は、この辺りの国津神だろうか。有明海の方から上陸して、この地に鎮座したと言う伝説があるらしい。その移動経路は何を表しているのだろうか。宮司の祖神が武内宿禰??これは色々ありそうだ。無人のスロープカー。初めて見た。利用時間外で乗れず。眼下に筑後川流域、久留米市。この辺りが磐井の乱の最終激戦地らしい。兵どもの夢のあと、とは正に。登山道途中にある神籠石。古代山城跡説が濃厚。これか
5/11たまいろ神社ツアーで、福岡の久留米市、高良大社へ行きました。朝から雨☔️珍しく、雨が止まない😅(それはまた意味がある)雨の中参拝したあと、展望台のところで話をしていました(景色は霧と雨で真っ白)そのうち段々と、雲が離れていって景色も見えるようになってきました。最後は、高樹神社さんにご挨拶してきました。地元の人々を愛しまくる、山の神さま。高良大社、高良玉垂命さま。とてもあったかい愛情をいただきました🙏ご参加ありがとうございました😊🙏神社ツアーを開催する講座も受講
よくあることですが、朝、まだ、はっきり目覚めていない時に身体のいろいろな部分が痛みを感じた。あぁ、痛みの記憶があちこちの細胞に残っているんだと思った。なかなかしぶとい細胞記憶その後、先日の某神社での変な痛みを思い出す。変な痛みはそれに反応するわたしがいるのかな何もなければ、反応しないもの。気づきがあった誰かに使われるのは嫌だというよくわからない思いが浮かぶ。これが、反応していた。なぁるほどその後、先日行っ
こんにちは。キュアサロンマナです。久留米に帰った時のブログです。娘から頼まれて、上の孫と一緒に神社巡り。太宰府天満宮で学業お守りを買って、そろそろ娘達にj引渡しの時間です。高速でピューンと久留米に戻り、カノンちゃんとお別れしました。「バアバ、またドライブしようね。」と言ってくれました。久留米の自宅から高速に向かう途中にずっと以前から気になっていた場所があります。味水御井神社(うましみずみいじんじゃ)です。ご祭神:水波能賣命
こんにちは。キュアサロンマナです。久留米に帰った時のブログです。娘から頼まれて、上の孫と一緒に神社巡りです。名前はカノンちゃん。現在、小学校5年生です。下の孫が保育園の卒園式で、暇にしているカノンちゃんとドライブです。水天宮だけは、旦那様と二人でお詣りしました。その後で、カノンちゃんと合流して、高良大社に上ります。高良大社は現在曲がり角に、こんな大きな看板があって判りやすくなっています。筑後国一の宮高良大社:公式ウエブ福岡県久
十種神宝の言葉が、神話的、芸術的でいいと思う。まだ、地がおさまっていない混沌とした世界。水っぽい世界。運動不足なので、朝、近くの里山を歩いてきました。朝は、森の中に靄ができます。写真にはとれないけど、モヤ~としているのが、混沌とした世界を想像します。だから、靄山という名が縄文遺跡に多いですね。細かい粒子だから?さて、前回のつづき。もうひとつ、亀岡八幡宮に祀られているのが、高良明神と言われる「高良玉垂神社」です。宮崎→海。宮城→山。と、繋
『日本国記』限りなく真実に近いアナザーストーリー[2A]ひじかたすいげつつづきそして、そのときやっと「歴史」の重要性に気づいたのであった。そのときまだ20代であった。ユダヤ教徒でもなく、キリスト教徒でもなく、イスラム教徒でもない日本人は、「聖書」を知らないという世界でも少ない国民である。その日本人のことが、実は「聖書」に書かれていたことを当時まだ知らなかった。土方の系図をさかのぼれば、蘇我入鹿のいとこである蘇我赤兄につながる。蘇我赤兄
このあたりには高良玉垂命神社が三社あり、こちらは三潴郡大木町絵下古賀に鎮座する高良玉垂命神社ですそもそも高良玉垂命こうらたまたれのみこととは?ググってみました。『高良玉垂命とは福岡県久留米市の高良山の中腹に鎮座する高良大社の主祭神の1つ。「古事記」や「日本書紀」などの神話に登場しない神名で、筑後の土着神と考えられている』とのこと。ふむふむ_φ(・_・鳥居と楼門拝殿拝殿前に狛犬さん阿形背乗りのちび狛がいました♡ふふっ可愛い♡吽形お乳を吸うちび狛のようです破損して尾の部分とち
豊田神社(豊田トンド山古墳)大和国山邊郡奈良県天理市豊田町878(P無し、社前は天理教施設の駐車場なので不可と思われます。2018年以内なら幹線道路工事中で付近にいくらでも停められると思います)■旧社格村社■祭神蛭子命宇賀御魂命高良玉垂命豊田トンド山古墳の西隣に鎮座する神社。豊田トンド山古墳、豊田狐塚古墳を一体とした山の中にあります。◎当地から北東にかけては石上・豊田古墳群とされ、200基以上もの古墳が密集する地域。開発や造成などが行われるにつれ発掘調査が進むと、その数は
ごきげんよう。先日、私は〝森巖寺〟さまの次に〝北澤八幡神社〟さまに参拝をさせて頂きました。実は当初、この日は他の寺社に参拝をする予定でした。ただ当日の朝に、その寺社について調べていたところ、森巖寺さまと北澤八幡神社さまの存在を知り、心惹かれたので行くことにしました。それでも少しまだ迷う気持ちがあったのですが、前日に録画していたテレビを観ていたところ〝北澤八幡神社〟さまが映ったので、私は確信を持つことができました。ところで、北澤八幡神社さまの境内には〝高良玉垂社〟があり、お祀りされている高良玉垂
つづき『五七の桐⑤』先日の続きから書かせて頂きます。太神社太神さんは以前は南の飯江川の近く川田にあった。古代、川田の地は海で低い所が川になり高くなった所は州とな…ameblo.jp先日の続きから書かせて頂きます。太神社太神さんは以前は南の飯江川の近く川田にあった。古代、川田の地は海で低い所が川になり高くなった所は州となり船着場があったという。大和政権時代西暦660年頃天智天皇の西征の時筑後の江の崎(大和町)から船で八才宮にお参りになり川田の州に船をとどめ仮の御室(
前回のブログで源氏パイの山積みの話を記載しました。実は、同日、別のスーパーにも買い出しへ行く様、言われその先でこちらのご縁をいただきました。ブラックモンブランです。94円で、山積みされていましたよ。只、店内の写真を撮る雰囲気では、なかった(^o^;)ブラックモンブランを製造している竹下製菓様は、佐賀県の企業なのですね...白い山を黒が覆う...黒い神?黒男神社?*いつもの進展です。気にしないでくださいね。・・・。九州には、同神に関する沢