ブログ記事731件
イーファイト様、RIZIN直訴状記事⇩クリック超人イリエマン、RIZIN会場前で“大立ち回り”!模造刀を手に榊原CEOへ直訴状格闘技情報を毎日配信!efight.jp月間3000万view以上を誇るイーファイト様に先日のRIZIN直訴状記事を掲載頂けました。最後まで、諦めずに、やりきります!!
体重を計ったのは、去年の4月ぶり。3年前は、78キロぐらいありました。おデブちゃんでした。。今日測ったら、、服など込みで68.3キロまぁ~、、ジャスト68キロといってもいいかな。①メシを単純に食べてない、、②運動を定期的にしている(散歩)③お尻の自慰行為の前の掃除(シャワ浣効果)④ネット広告のサプリ(無料)を去年、注文して飲んだのが効果が出たのかな??→高田延彦が広告塔のサプリこれらのおかげで、、体重落ちたかな?自分でも瘦せた感覚は
まずはPRIDEのジャッジシステムをおさらいします。簡単に言うと、フィニッシュに近づいた>アグレッシブな攻撃>試合コントロール率のトータルマストです。ざっくり解釈するなら2025年までのRIZINのジャッジという認識でいいと思います。また、フィニッシュ近づいたというのはダウンを奪ったり一本勝ちが取れそうなシーンもそうですが、競った内容だと、踏みつけやバスターなど派手な技だけで評価される事も時折あります。大なりの部分はマーク・ハントvsヴァンダレイ・シウバが良い例だと思います。また、PR
お世話になっております。まだあと少し続きます。PRIDE8でホイラー・グレイシーに勝ち、グレイシーハンターとして次はヒクソン・グレイシーの首を狙う桜庭和志。しかし、歯車はなかなか噛み合わず、2000年になると、PRIDEの初代王者を決めるべく、16人参加による無差別級のトーナメントが開催された。そこにヒクソンの姿はなく、弟のホイス・グレイシーがPRIDEに初エントリーしてきた。また、藤田和之、佐竹雅昭らもPRIDEデビューを果たす。もちろん、これも行くしかないでしょ…の1択でチケ
お世話になっております。今日は起きたら12:00でした😱平日が少し睡眠足りない感じなので、最近は土日にすっごい寝てしまいます。たくさん寝れるのはいいことだと前向きに。さて、自己満ブログが続いてて恐縮です。PRIDEシリーズ…ここからちょいちょいきざみます。ヒクソンに2連敗した高田さんが、PRIDE5で元UFC王者のマーク・コールマンに勝つ。色々と言われているが、私は映像でしか見ていないが、とにかく勝ちは勝ち😏あっ!余談ですが…PRIDE5から主催がKRSからDSEに代わったんで
お疲れ様です。葛西純の新日本プロレスBOSJが予選落ちという結果で終わりました…各会場を沸かせていたが…決勝トーナメントには残さないのか…どうも、私は新日本プロレスの感覚と合うことは一生ないんだろうな…と再認識出来ました😭ありがとう葛西さん。また1つ夢を見させてもらいました!さて!また時計の針を1年進めます。PRIDE1でヒクソンに敗れた高田さん。その後、PRIDE3で勝利を収め、PRIDE1からちょうど1年後となるPRIDE4にてヒクソン・グレイシーとの再戦が組まれた。舞台は
お疲れ様です。台風が近付いているようです…😵⚡🌀☔さて、日本に訪れた総合格闘技ブームの走り、吹き荒れたグレイシー旋風の続きです。この時代、私はプロレスだけでなく、修斗も大好きでして、後楽園ホールや文体やNKホールによく行ってました。唯一のヘビー級のエンセン井上さんがかっこ良すぎて大好きでした。でもエンセンさんは外国人選手を呼んで試合するしかなかったので…どちらかと言うと、ルミナさん、マッハさん、朝日さんなど中量級がやはり充実してました。そんな時代にアルティメット大会、バーリトゥ
一年ぶりの試合が、もうじき発表されます。また、不利で無謀なルールでの試合です。亡くなった方々。色々な人の思いを背負って、必ず戦い抜いて、そして歴史的勝利を勝ち取ります。その先にあるもの…日本中のみなさんに、夢の実現を見届けてもらいます。何があっても、あきらめない。例えば暗闇の中だろうと、俺を信じて、死ぬまで着いてこい。
お世話になっております。まず、夏場所で私の推しの若隆景関が久しぶりに2度目の幕内最高優勝を果たしました!今場所は横綱大関の欠場が多い中でしたが、ケガで苦しんだ時期を乗り越えての優勝に感動しました。こうなったら最年長大関昇進?を私は夢見たいと思います!応援してます!若隆景関!さて、前回、総合格闘技がなかった昭和の空想話をしましたが、もう少しばかり時計の針を進めます😏私の記憶違いがあったら笑って許してください。※写真はまた色々お借りしました🙇♂️平成時代に突入すると、アメリカから衝
5月21日(木)金沢:一時7:43起床朝食納豆、ブロッコリーサラダリモートワーク📱武藤敬司氏マネージャーDSGGROUPコマーシャル打ち合わせアレクサンダー大塚選手に電話を掛ける川村「昨日観た映画に、ゴリさん(大塚選手)が写ってたよ」ア「え、ホントです⁉︎」川村「今、マーク・ケアーの映画(『スマッシング・マシーン』)やってるじゃん」ア「あー、あれですか!それは、僕じゃなくて、僕の役をやってる役者さんですね」川村「あれは(制作側から)、なんかあったの?」ア「何に
今日のマヤ暦メッセージkin164黄色い種/赤い地球/音8kin164の有名人花江夏樹高田延彦頭じゃなくて心あなたの心は納得してますか?モヤモヤは残っていませんか?「やりたい」からやれていますか?やりたくないけど納得してやっていますか?やりたくないのに好きでもないのに無理やり好きになろうとしなくてもいいんです無理やりいい部分を探して自分を納
代表格は、電流爆破マッチの、大仁田厚選手、本気技の、前田日明選手、高田延彦選手、残念ながら、σ(゚∀゚)オレは、当時、凄さがわからなかった。戦国武将を、勉強・研究して、やっと・・・
お世話になっております。令和のプロレスにイマイチ乗れてない老害ファン齢50です。こういう時はお得意の昔を懐かしむシリーズです😂30年位も前の話になると、記憶というものは残酷で曖昧なもので、あれ?こんなの見に行ったっけ?こんな試合あったっけ?チケット半券を並べながら、そんな事を思い出そうとするだけで、ニヤニヤしてしまいます😏古い記事を検索して、試合結果などを改めて調べると、興奮が甦ったり、忘れてて甦らなかったり…前に10.9ドームの新日vsUインターは鮮明に記憶に残ってると振り返りま
5月10日(日)神戸:10:18起床朝食納豆、おにぎり1個、リンゴジュース入浴🛀13時過ぎ出動徒歩20分程移動ジーライオンアリーナ入口近くに立ち、客層ウォッチング明らかにプロレスファンとは違う人種15時過ぎ船木誠勝選手御一行が到着Y「船木さんの引退試合、ここでやりましょか?」船木「やりますか!無観客で(笑)」船木選手も客層を眺めながら、プロレスファンとの毛色の違いを口にする入場はしたものの、長時間着席している自信が無く、『再入場可』であることを確認し
よく食べるおすすめパンは?▼本日限定!ブログスタンプ食パン🍞、カレーパン、くるみパンなど。【記念日】世界宇宙旅行の日、東京大学創立記念日【今日の誕生日】中田ボタンさん(1948年)漫才師、中田カウスボタン田中康夫さん(1956年)小説家、元長野県知事、元衆議院議員、元参議院議員津山栄一さん(1958年)俳優『電子戦隊デンジマン』(テレビ朝日系/1980年2月2日【第1話】~1981年1月31日【第51話】)黄山純/デンジイエロー役高田延彦さん(1962年)プロレスラー笠井信輔
高田延彦さん髙田延彦(たかだのぶひこ)本名:髙田伸彦通称:平成の格闘王わがままな膝小僧青春のエスペランサーアイ・アム・プロレスラー最強1962年4月12日生まれ、64歳。神奈川県横浜市泉区(旧:戸塚区)出身の元プロレスラー、元総合格闘家、タレント、俳優、実業家。格闘技ジム高田道場主宰者。元・PRIDE統括本部長。妻:向井亜紀(タレント)1980年3月、新日本プロレスに入門。翌年デビュー。1984年、第1次UWFに参加。1986
お疲れ様です。なぜか、急に10.9東京ドームが恋しくなりました😭お時間ある方は30年前の昔話にお付き合い下さい。きっと最後ほっこりさせます。裏話とか真相は解りませんが、当時報道されてたままの事がプロレス少年の頭に残ってますので、私の記憶違い、見当違い、勘違い、思い出の美化、等々あっても笑って許して下さい。1995年、私は専門学生。まだ幸せ二十歳前。当時はバリバリの全日本プロレス、四天王ファン。新日本プロレスもたまーに観戦してました。私はU信者ではないですが、第二次UWF崩壊後にリ
秋葉原・書泉ブックタワーで12日まで開催されていた『UWF40周年記念展』を観てきました。リング上の名場面だけでなく、控室やオフショットなど、今回が初公開という貴重な写真も多く、気づけばじっくり見入っていました。あの頃の第1次UWFの熱や緊張感が、静かに蘇ってくる展示でした。時代が変わっても、心に残り続けるものがある。▼関連記事https://proresu-today.com/archives/284006/
頂上対決か前田にとっては露橋のREVENGEか在りし日の古田リングアナ前田の背中先制の右ハイ!高田も右ローで返す背中を蹴られて怒りのローリングソバット!(佐山と思考回路は同じ)アキレス腱固めヒールホールドに移行してファースト・エスケープを奪取!水車落とし(すいしゃおとし)は、主にプロレスやアマチュアレスリング(グレコローマンスタイル)で使われる投げ技の一種で、相手を前方から組み付いて担ぎ上げ、後方へ反転させてマットに叩きつける豪快な技です。ダックアンダー(腋くぐり)から移
新年、明けましておめでとうございます。昨年中はこのブログを見ていただき、ありがとうございました。UPするたびに見ていただけてる方、増えているようです。ありがとうございます。この2026年もよろしくお願いいたします。もう昨年末(といっても昨日)ですが、秋葉原の書泉ブックタワーで開催されているUWFイベントに行ってきました。このイベント、第一次UWFの無限大記念日から40周年になるとのことで開催されたイベントです。そういえば前日にGLEATではUWFリミテッドのタイトル戦、アクト
高田延彦を描きました似てるかね。出てこいや
前田日明は高田延彦が大嫌い、修復は不可──新生UWF解散の真相(^_^)(^_^)(^_^)(内容を精査して再掲)『有吉ぃぃeeeee!』の2025年8月放映の番組内で、前田日明が第二次UWF(いわゆる新生UWF)解散の裏側を語りました。かつてのファンにとっては衝撃的な内容であり、当時の内部事情が今になってようやく言語化されたように感じます。1.自宅会議の翌日に起きた出来事です前田日明は解散前、選手間の結束を固めるために、自宅へ高田延彦や山﨑一夫らを呼び、自分の考えを伝えようとしました。
悪いが、背負ってるもんが違いすぎる。あんたは世界1強い男の称号があるだろうが俺は、世界最高峰団体UFC3度制覇の殿堂入り王者に一本勝ちした、唯一の日本人。そして、伝説の団体、UWFの正統後継者。全て、全局面で成功してきた。一生、生きることに困らない。だから、もしその全てを捨てても、男なら、一度口に出したことを遂行するだけ。ヒクソン・グレーシー。お前にだけは、絶対、負けない。
駅で転倒、左肩脱臼骨折両手が使えず、入院となりました…★★★★★★★★★★★★★★★★★★★見入ってしまった名勝負といえば?新日本VSUWFインターナショナル全面戦争武藤敬司一高田延彦戦▼本日限定!ブログスタンプ★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
旧UWF対新日。前田日明氏と高田延彦氏は、ロープに振られても帰らないと豪語。同じ質問に藤原喜明氏と木戸修氏は「俺たちゃプロですよ」微笑で応えた。さすがベテラン。因みに筆者はUWF派でした。
久しぶりに岐阜の吉田さんが奥さんと遊びに来てくれました!
高田延彦vs北尾光司10月23日と言えば1992年(平成4年)10月23日日本武道館で行われた高田延彦vs北尾光司の「格闘技世界一決定戦」を思い出す。猪木vsアリ等と同じ「格闘技世界一決定戦」と銘打ってるんですね。「プロレスこそ最強」を標榜するUWFインターナショナルのエース高田延彦と色々あってプロレス界から追放されてた「元横綱」北尾光司の一戦。この年の5月にナンバー2の山崎一夫が北尾に負けているだけにUインターにとっては負けられない一戦。エース高田までが負けてしまう
小噺シリーズ(13)(神矢空道ブログ994)2025年10月15日ヒクソン・グレーシーの「すごさ」ヒクソン・グレーシーという格闘家がいる。400戦無敗と言われる伝説の男だ。プロレスラーの高田延彦や船木誠勝らを一蹴したグレーシー柔術家である。高田延彦とは2度闘い、あっさりと完勝している。【1997年10月11日、東京ドーム『PRIDE.1』。ヒクソン・グレイシーvs.高田延彦。ヒクソンが1ラウンド4分47秒、腕ひしぎ十字固め
小噺シリーズ(13)(神矢空道ブログ993)2025年10月15日ヒクソン・グレーシーの「すごさ」ヒクソン・グレーシーという格闘家がいる。400戦無敗と言われる伝説の男だ。プロレスラーの高田延彦や船木誠勝らを一蹴したグレーシー柔術家である。高田延彦とは2度闘い、あっさりと完勝している。【1997年10月11日、東京ドーム『PRIDE.1』。ヒクソン・グレイシーvs.高田延彦。ヒクソンが1ラウンド4分47秒、腕ひしぎ十字固め