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江戸時代に活躍した淡路島出身の海商・高田屋嘉兵衛を記念した複合施設嘉兵衛の業績を紹介する資料館キャンプ場や温泉施設を併設
2024-04-14平清盛くんを見ながら歩きますトコトコ〜舟が沢山いるよ北前船揚げ地跡なんかよく分からないので進みます築島水門桜が沢山咲いてるこちらは〜七宮神社入りまーすこちらにもツツジが咲いてるねご挨拶します出ますよ〜七宮歩道橋高田屋嘉兵衛案内板を後にしますトコトコ〜
函館朝市から次の歓呼スポットに向かいます。移動はもちろん市電です。”函館駅前”で乗車して、中心街にある”十字街”の電停で降ります。本当に市電は便利ですね。十字街から海岸方面に歩きます。するとこの光景を発見!ここでも浅草同様、人力車が走っているようです。さらに歩きますと、歴史を感じさせる建物が見えてきましたよ。説明看板には”高田屋嘉兵衛資料館”と書かれています。ところが現在は休館中とのことで中には入れないみたいです。建物の隣には船の碇が飾られています。消え
淡路島洲本市にある「日露友好の像」この右側が高田屋嘉兵衛三波春夫が『熱血!日本偉人伝」にて「日ロの架け橋」となった大商人』と紹介した人物高田屋嘉兵衛のエピソードを紹介!①北方四島の航路開発近藤重蔵らによる北方領土調査を経て、幕府は択捉島などに役人を常駐させました。そして享和元年(1801)には、南部・津軽両藩の兵隊100人前後を守備にあたらせました。その一方で北方領土への開拓は積極的に行われていましたが、中でも大変だったのは国後島や他の島々へと航路を開いていくことでした。この問
倒産坂函館護国神社の幅広い道路はもと同神社を招魂社といったので“招魂社の坂”とも称したが別名を「倒産坂」ともいった倒産は文字通り財産をなくすことだがこの坂の両側に家を建てる場合坂に面して門を作ると招魂社に不敬であり罰が当たって必ず“かまど”がつぶれるといわれたものであるそれで倒産坂というのだおもしろいこの坂は明治二年(一八六九年)に招魂社ができてからの坂であるだがこの坂の一般的な名称は「汐見坂」であったそれは明治十四年(一八八一年)に
市役所横から護国寺まで続く道を散歩しました茶色のビルが市役所で、グリーンベルトには、函館幼稚園の閉園記念碑がありました近くには、古い建物の飴工場があります長くグリーンベルトが続きます古い工場跡?本願寺函館別院の裏側を通ります高田屋屋敷跡昔は水路がありました蕎麦百年碑の手前には、旧町名碑があります西部地区には多くの旧町名碑があります函館初期の頃はこの辺が最大の歓楽街だったからかな?遠くに護国寺に赤い鳥居が見えます市内には多くの歌碑がありますがよくわかりません⁉️高田屋嘉兵
函館市が観光大使名簿を非公表にして不適切と指摘された件は、その後に市長がマトモなことを言ったため、観光誘致課は一転してホームページ(HP)などで公表する方針を固めた。「今後も誰からも見える形での公表は考えない」からの‥手のひら返しwはこだて「隠密大使」に"違和感"の市長フツーの感覚にござる|玄冬シニアの心象日記(ameblo.jp)どうせなら、新年度といわず1~2週間後の公表でもいいのでは?年度で区切るという行政の悪癖には、意味がない。改むるに憚ること勿れ、だろう。大使291
続いて、その隣の円覚寺https://www.engakuji.jp/へ。お詣りします。本堂へは、インターホンで人を呼び出して入れていただきます。本堂から先は撮影禁止。お詣りしたあとで、寺宝館を見せていただきました。拝観料500円。船乗りたちが無事に帰れたことを感謝して収めた髷。髪の毛で先々代の住職が作り上げた仏画。司馬遼太郎の「菜の花の沖」の高田屋嘉平の無事を祈っての祈祷を依頼した手紙。アイヌのイナウがあったので北前船が運んできたのかと思ったら、ここいらではこういう幣を使う
深まるか、に思われたかの街とのご縁は潰えました。私の都合、になるのかならないのか特定曜日勤務の可否で都合がつかずこちらとはご縁結べなかったということです。今日は北方領土の日だそうで。けっこう思い入れのある場所です。元島民なんて方とは比べるべくもない浅い思いなのですが生誕地淡路の先輩(なんておこがましいですが)、高田屋嘉兵衛さんが命を懸けて拓かれた地だというところです。江戸幕府と帝政ロシアのもめごとに巻き
ブログ担当花子です。引き続き資料館です迫力の高田屋嘉兵衛さんいろいろな素材の高田屋嘉兵衛さん広いお屋敷~ミニチュアですね資料館を楽しんだ後は何やら3人で…紙芝居をしている様ですなんかいい雰囲気ですね外に出るとたくさんの銅像が見ての通り等身大です。迫力ありますね大集合瀬戸内少年野球団霊視鑑定のご依頼はこちらからお問い合わせは下記ホームページ、またはLINEまで『電話占い師またはチャット占い師としてすぐにデビューされ
ロシアによるウクライナ侵攻(侵略)が長期化して久しくなります。ロシアは広大な国土を持ち、東端は海を跨いではいるものの、日本との隣国という関係にもあります。日本の北方領土の話題が時折ニュースに上がってきています。長年にわたって断続的に行われている日露首脳会談ですが、このところ沙汰止みのようです。今後どのように推移していくのでしょうか。さて、その北方領土に因んだ名作の紹介を再アップしましょう。日本とロシアの交流の黎明期に、このような高田屋嘉兵衛という民間人が強固な思考力と行動力をもっ
前回の続き洲本城から車で約30分ウェルネスパーク五色公園に到着!駐車場は無料👏(淡路島あるある!駐車場無料が多い🎵)公園内には沢山の施設があるので多くの家族連れが遊んでました⚾楽しそうやな~そんな事を思いながら1人ウロウロ👟すると💡高田屋嘉兵衛とゴローニン提督の像が登場👏センターマイクあったら漫才が始まりそうないい距離感🎤高田屋顕彰館へ入場料は大人1人500円👛中へ入り見渡すと、お客さんは0人💧最初にスーツを着た清潔感のある係の方に巨大スクリーンのある部屋へ案内さ
北の大地遠征、二日目の朝を迎えました。息子たちを陣に残して、一人で箱館の偉人たちに面会を求めました。二日目の朝(日の出前後)のマップ(毎回お世話になっています、国土地理院ウェブサイトにあるGSIを使ってマッピング)箱館と言えば「土方歳三」の次に来る人「高田屋嘉兵衛」像その屋敷跡何で北の大地に「坂本龍馬」像函館公園の近くに立ち、同地に「北海道坂本龍馬記念館」なるものがあります。函館は坂の町です(函館八幡宮を望む)「基坂」の先に見える「元町公園
最近、なんべんも屋根の上に興味が出てきた。て、言うてるけど、「兵庫県立兵庫津ミュージアム」いう新しい博物館が出来て、そこでひょうごの匠展いう企画展があるん。兵庫五国の名産品を集めた展覧会で、淡路からは飾り瓦が出展してあるん。これは飾り瓦のこと何か聞けるチャンスかも?しかも11月23日には有馬温泉の芸妓衆が講演してくれるいうんやから行っとかなあかんやろう。そんなわけで、午後からの綺麗どころの講演に間に合うように三ノ宮到着。改札出たらめっちゃ人が多いん😳オリックスとか阪神とか矢印書いた
さて、旅の連載の続きです。【大人の休日俱楽部パス】日本海への旅①はコチラ→☆【大人の休日倶楽部パス】日本海への旅②はコチラ→☆【大人の休日俱楽部パス】日本海への旅③はコチラ→☆【大人の休日俱楽部パス】日本海への旅④はコチラ→☆1日お休みして4日目の最終日12月7日(木)は直江津への旅。山田5:55ー6:02高尾6:13ー立川6:26-(はちおうじ2号指定¥700)-7:06東京東京7:52-(はくたか553号)-9:54上越妙高10:19-(えちごトキめき鉄道)-1
旅のレポート連載中です。(自分の備忘録でもあります)①12月4日家を出発して秋田県土崎へ『【大人の休日俱楽部パス】日本海への旅①』読書してても、テレビを見てても気になった場所はすぐにでも行ってみたくなります。イサコです、こんばんは♪おと休パスの旅2023秋旅から帰還いたしまし。…ameblo.jp②土崎から盛岡に戻り、宿泊『【大人の休日倶楽部パス】日本海への旅②』旅のレポート、連載中です(自分の備忘録でもあります)①12月4日家を出発して秋田県土崎へ『【大
旅のレポート、連載中です(自分の備忘録でもあります)①12月4日家を出発して秋田県土崎へ『【大人の休日俱楽部パス】日本海への旅①』読書してても、テレビを見てても気になった場所はすぐにでも行ってみたくなります。イサコです、こんばんは♪おと休パスの旅2023秋旅から帰還いたしまし。…ameblo.jp今回、女子会仲間の清恵先生が「大人の休日倶楽部」に入ってるけど、「おと休パス」の旅って行ってみたい!と仰るので、私のマニアックな旅にお付き合いさせちゃうのは
今日で11月も終わり、明日から師走、そして本格的な寒さが来るそうです。トノは先週末から咳が止まらず、昨日は熱も出始めたよう。今週末のお客様は延期してもらうことにしました。さて、友人に勧められてずーっと読んでる「菜の花の沖」やっと4巻目です。残り2巻です。時は江戸時代後期主人公は淡路島の貧農に生まれた、後に高田屋嘉兵衛という人物。船乗りになり、色々な良運に恵まれて船を持ち船頭になった。憧れの蝦夷地(北海道)松前に着き、寂れた
長崎の実家で美味しい魚を食べれるので普段はあまり刺身を買うことがない我が家ですが、駅のお魚屋さんステーションフードの高田屋嘉兵衛のお刺身は新鮮でおいしいので気に入ってます。特に私が気に入ってるのはカワハギ🐟身がとっても綺麗で付属のネギ、もみじおろし、ポン酢でいただくと一皿1人で完食しちゃいそうです!600〜700円台で味わえるのでふぐじゃなくてカワハギで満足しちゃえるほど美味しいです🤭笑お魚好きな方は一度覗いてみてくださーい🐟
先月神戸へ予定が変更になり、前日に急遽行ける事に行けないと思ってたので流れに感謝ですお楽しみの後に通りかかった西出鎮守稲荷神社高田屋嘉兵衛さん献上の灯籠があるそうです夜だったのでお参りは断念今回も元気と癒しと楽しいひとときをありがとう若ちゃんに感謝です
9月24日北海道DAY118根室に来たら神社にも行きましょう根室金刀比羅神社夏仕様の手水ですね境内に入りますセンサーがあるようで風鈴が自動的に鳴ります本殿自分でお祓いができます神様にご挨拶高田屋嘉兵衛の像1806年に高田屋嘉兵衛が創祀したそうです神社HPより北洋漁業開拓者高田屋嘉兵衛が当地方の漁場請負中その守護神としてお祀りしたのを初めといたし
おばんです夜中に足がつりました痛かった今もまだ少し痛いのですわお酒ばかり呑んでいるから栄養分が不足しているんだべかそんな訳でチャリンコぎこぎこ諦めて軽自動車移動の二合目です緑の島消防自動車なんかの訓練なのでしょうかね函館を火災からお守りしてくださいませませ若松ふ頭と摩周丸明日船来る豪華客船カーニバル・ルミノーザ号9時入港おぢさん野次馬船だまりやっぱり定番風景パシャリとな教会みっつ寺ひとつおぢさん七十とひとつ日の丸写真は五稜郭タワー
ちょっとゆっくりしてみる❓で取った連休。色々考えたけど、日頃お世話になってる母と二人旅😊近場の淡路島。何する事もないけど、のんびりーなんで、お昼ご飯後は、なんとなく見つけた美味しそうな珈琲屋さん。私の希望は鱧❣️なので、鱧の美味しそうな宿泊施設探した❣️で、お腹いっぱいーっていうか、ごめんなさい💦食べきれず😭ほんまは、漁師さんの民宿とかを選んでお魚満喫がええんやろうけど、高齢あんど難病な母娘。ベッドでトイレ付きの部屋がお泊まりの絶対条件😅で、大して観光重視じゃ
8月10日、根室市にある「根室金刀比羅神社」へ行きました。神職が常駐して御朱印がいただける本土最東端の神社です。1806(文化3)年、高田屋嘉兵衛が漁場請負の際に守護神として創建したのが始まりで、開拓とともに氏神として信仰を集めてきたそうです。狛犬が鎮座する二の鳥居。1960(昭和35)年に建てられた正神門。寄進された方の名前に因んで「佐重門」と名付けられています。東門に、夏の期間限定の「風鈴小道」と名付けたゲートがありました。風鈴の音
今晩は!新鮮な9月1日を迎えた岩田順子です。不思議なものですね、月が変わると、一段と秋らしくなります。先日建築家安藤忠雄さんが司馬遼太郎さんの随筆集『この国のかたち』の中の江戸商人、高田屋嘉兵衛さんについて書いておられました。高田屋嘉兵衛さんは覚悟と展望と持続力のある人だ、と。考えてみれば、この3つは何をするにしても大切な三要素ですね。もう少し私流に言うならばコミットするビジョンを持つ諦めないそして行動し続ける事‼️何かを成そうと思えばこれら3つに尽
徳島からの帰り、淡路島にある高田屋嘉兵衛記念館を訪れた江戸時代、日本とロシアが敵対していた時、友好関係を築いた人物だ誰かプーチンを説得してくれ!
「高田屋嘉兵衛」大いなる和の心「みなさん、おはようございますお盆はいかがお過ごしでしょうか近畿・東海地方に台風が来ています注意をお願いしますさあ、今日「8月14日」の國史を学びましょう!「高田屋嘉兵衛、ロシア船に捕らえられる」文化9年(1812年)1804年、ロシアのレザノフは通商を求めて来航しますが、幕府は拒絶します怒ったレザノフは択捉、樺太を攻撃し幕府はロシアを警戒します1811年、ロシア軍艦長・ゴローニンは国後島に水と食料を補給のため上陸
▲抹茶白玉あんみつ▲茶房ひし伊北海道函館市宝来町9-4いつまでこのままで▲紫陽花も綺麗でした▲店内蜜をかけます⬇️▲蔵の扉▲宝来町電停すぐです▲高田屋嘉兵衛像1769(明和6)年1月1日(旧暦)淡路島都志本村で生まれました(5月に淡路島に行った話もまだアップしてない)船乗りになり後に廻船商人として蝦夷地・箱館(函館)に進出しました国後島・択捉島間の航路を開拓漁場運営と廻船業で巨額の財を築き箱館の発展に貢献しました司馬遼太郎が江戸時代を通じて一
函館のマンホール^^また乗車移動して次の目的地へ。函館独特の市電やバスなので、沢山撮りました(^^)下車。函館山の麓を回り込む様な感じで移動しました。今回の旅で函館山が函館のランドマークなんだなぁ、というのを実感。車線の中央にある幅広の中央分離帯に高田屋嘉兵衛の銅像がありました。今度はこの坂をのぼって歩きます。途中に石川啄木の歌碑がありました。旅日記6月17日その6へ続く。▼「闘病フレンド」はココにほんブログ村▼「クローン病フレンド」はココにほ
称名寺の境内に入りました。函館の観光本に載っていて、ここに来たいと思ったのですが、口コミ情報によると普通の檀家寺であって、観光地ではないとの事。境内の案内図ここに来たかった理由は土方歳三新選組隊士4名供養碑があったからです。またここには函館縁の有名人のお墓もありました。高田屋嘉兵衛一族のお墓と顕彰碑。http://www.zaidan-hakodate.com/jimbutsu/04_ta/04-takadaya.html商人として函館やエトロフ島の開拓に尽力した