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11月以来の「朗読会」のお知らせです。zanaが入っている朗読の会「輪(りん)」の「朗読会」です。朗読にご興味のある方、お時間がある方は、ぜひ覗きに来て下さいね!日時2024年4月28日(日)13:00~14:30場所北九州市小倉北区「水環境館」観察窓前ホールプログラム朗読劇「手作りマダム」詩の朗読朝のリレー(谷川俊太郎)答(茨木のり子)
四条通から高瀬川沿いを北上すると染井吉野が多く植えられているので、満開の時には「お手軽花見スポット」になります。河原町通と賀茂川の間を南北に流れる高瀬川。ここは1611年に商人の角倉了以・素庵父子によって京の街と伏見を結ぶためにつくられた運河です。現在は鴨川において京都側と伏見側で分断されていて、上流は「高瀬川」、下流はを「東高瀬川」「新高瀬川」と呼ばれています。訪れた時ですが、地元の桜祭りがあり「高瀬舟」がありました。川を少し堰き止め、短さを増した感じで舟を浮かべ、船上からの花見
No.0269(酬恩庵一休寺)今日のテーマは『五風十雨』京都も桜の満開の知らせを聞いて、じっとしてられませんでした(笑)((ृ(ु*`ω´*)ु))ウズウズウズ京都には桜の名所がいっぱい有りますが、この時期はいつもに増して観光客や花見客で溢れかえっています(*゚▽゚)ノ🍺🌸ちょっと目線を変えて、人の少ない穴場スポットに出かけることにしました(*^^*)私が訪れたのは河原町二条近くの……高瀬川「一之舩入」の桜です。(ᴖ·̫ᴖ)桜自体はうちの近所の木と変わりま
3月に点検に出しただけで去年の12月から乗ってない😅さて、すっかり春になり桜の満開もあちこちで聞かれる今日このごろ😊4月5日(金)朝は少し肌寒い、どうするか?考えた挙げ句近場で高梁市に行くことに気温は16℃薄いフリースの上にゴアのジャケット下はボアの入ったワークマンのジーパンいつもの西バイパスから県道72号を北上吉備高原から道の駅かように少し寄り、R484で高梁市ヘこの道凄く気持ちの良い走りやすい道途中、道沿いの桜の木が綺麗ループ橋を降りたところに桜の木が上から見るとル
次第に更けて行く朧夜に、沈黙の人二人を載せた高瀬舟は、黒い水の面をすべつて行つた。〜森鴎外「高瀬舟」〜「おやおや、銭湯と関係ないのでは?」と思われましたか。思われましたね。ふふ。。それがですね、関係ないことないのですよ、この大黒湯では!大塚仲町大黒湯<基本情報>・シャンプー、コンディショナー、ボディソープの他、メイク落としやハンドソープなど、浴室内のセットが充実・脱衣所の洗面台には、CracieのZiraシリーズのスキンケアグッズが使用可能!・ダイソンのドライヤ
高瀬川と桜。高瀬川は1614年に完成した深30cm・約10キロの運河ですが、今は水深はもっと浅いかも。大阪から三十石船で運ばれた貨物を伏見港で高瀬舟に積み替えて人力で綱で引いて洛中に運搬していたそうです。高瀬川沿いをぶらぶらと歩いてカフェを見つけるのも楽しい春の京都のお泊まりは待月亭もお願いしますhttps://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/179711/179711.html楽天トラベル:待月亭宿泊予約待月亭の設備・アメニティ情報:総部屋数1室。館内
今週は2つ大きな進歩がありました。1つは朗読サークルに関して。これまで、会の体制は、講師のA先生、会の代表者(私)、会計(Bさん)という形でした。新年度からは、ここに「運営委員(3名)」を新たに設けることにしました。だいぶ前からこのことを皆さんに提案し、なっていただける方を募っていました。お1人手を挙げてくださり、お2人私からお願いをしてお引き受けいただけることになりました。運営委員の主な役割は、例えば高齢者向けの介護施設などでボランティアで朗読をさせてい
それはくまざわ書店での出来事いつものように本を物色していたこんなことを考えながら虎太郎:運命的な出逢い俺にも訪れないかな偶然1冊の本を同じタイミングで取ろうとして手と手が重なり合うそんな出逢いが俺にも…普段どんな本を読まれるんですか?ん、ん、ついに振り向けばそこにいたのは50歳くらいのオジサンにやにやしながら回答を待っている。何も言わず逃げるのもなんだか悔しいから私はこう答えた。森鴎外の「高瀬舟」が好きです。「高瀬舟」か。そうですか。いいですね。
マコナリ社長さんのYouTubeを見て、相方さんのビジネス書を引っ張り出して読んでます。かなり古い本ですが、今も昔も本質は変わりませんよね。で、マコナリ社長は、紙の本より、Kindleを入れる事をお勧めされていました。電子書籍だと、いつでもスキマ時間に本が読めるからだそうで、iPhoneに入ってたこちらの「ブック」アプリを発見多分全然開いた事がなかった…開いてても、読書に関心がなかったから、すっかり忘れてましたね。なんと純文学が無料ラッキーですその中から「高瀬舟」を選んで、カーネギー
高瀬舟森鴎外こんにちは!puffです。久々の『独り』です。それも真実、午後3時半からひとりでした。いつものご飯作りや、買い物から遠く引き離されて、じっくり本でも読もうと思い図書館へ。借りてきたのは二冊。河野多惠子の『砂の檻』と、高橋たか子の『人形愛』高橋たか子は初めて触れる作家で、非の器で有名な高橋和巳の奥さま。なんとなしに手に取って後にわかるという。近頃、完読の恍惚に程遠いものですから、短編を読もうかと考え、借りた本は一先ず置いて、(最近、もっぱらKindle愛好家)森鴎外の
ここまで、色々あったが。兎(と)にも角(かく)にも。二(ふた)甕(かめ)合わせて1万両(いちまんりょう)の小判を、倉賀野(くらがの)宿(じゅく)の河岸(かし)まで運んだ。ここからは。烏(からす)川(がわ)を皮切りに、江戸まで水路(すいろ)を下(くだ)る船旅。倉賀野(くらがの)河岸(かし)で最大の船(ふな)問屋(どんや)「伊(い)左(ざ)衛門(えもん)」が所有する大型高瀬(たかせ)舟(ぶね)「伊(い)左(ざ)丸(まる)一号(いちごう)」に、大甕
2024/3/5(火)がんこ高瀬川二条苑で楽しい昼食元は、戦国時代から江戸時代初期にかけての京都の豪商であった角倉了以の別邸跡で、その後、山縣有朋(明治の元勲)の別邸などを経て、現在は大岩邸ととして伝わり「がんこ高瀬川二条苑」となっている。だから庭が素晴らしい。今日は小雨模様であったが帰り際には一時止んでいたので老木の梅などのショットが撮れた。なお、角倉了以は、私財を投じて山城の国(今の京都)の大堰
森鴎外さん森鷗外(もりおうがい)本名:森林太郎(もりりんたろう)1862年2月17日生まれ、1922年7月9日、満60歳没。石見国津和野(現・島根県津和野町)出身の小説家、評論家、翻訳家、陸軍軍医(軍医総監=中将相当)、官僚(高等官一等)。代表作:『舞姫』(1890年)『ヰタ・セクスアリス』(1909年)『青年』(1910年)『雁』(1911年)『む阿部一族』(1913年)『山椒大夫』(1915年)『高瀬舟』(1916年)『渋江抽斎』(19
ひぃ〜朝出かけた時より風が冷たーいっ買い物して帰ったら15時過ぎてた冷蔵庫に食材しまってからお昼ご飯食べて、コーヒー飲んでの甘いもの♡美味しいよね〜コーヒー淹れるためにお湯を沸かす間に買ってきたばかりのビーノ塩っから系のスナック菓子ご飯食べてから森永チョイス旦那の出張土産の高瀬舟そしてコーヒー塩っぱいの食べて甘いの食べる至福〜♡そのうちうとうとしてくんのね〜🥱モナちんが呼んでるけど待ってね・・・待って…ね😪散歩は17時過ぎ日が長くなったな~3
昨日は仕事で色々と車で移動の連続でした。昼過ぎ、小休止に久しぶりの「小川珈琲」を訪れました。小川珈琲は京都に本店がある京都っぽい喫茶店です。ここ三条店は四条河原町から真っすぐに行くとあります。店の前には高瀬川があり、三条小橋が架かっています。春になると高瀬川沿いは桜が綺麗で、桜の終わるころには、高瀬川が花筏となります。凄く綺麗な風景です。また、あの森鴎外の小説「高瀬舟」の舞台となる川です。京都を上下する小舟で、物資の輸送を主な目的としていましたが、徳川時代には、京都の罪人が流
最近朗読の動画をあさっていろいろ聴いているんですが、以前も読んで好きになった短編、森鴎外『高瀬舟』があったので聴いてみました。その時は、兄が弟を殺した状況とか社会的背景とか(安楽死問題みたいな)を考えた気がする。既読なので背景や状況をすでに知っていたというのもあるかもしれないけど、朗読はそういうことを置いといて兄弟船頭たった3人の登場人物のそれぞれの立場からの切ない感情だけが伝わってきました。自分も好きで本仲間と一緒に音読したりするんですけど、黙読と音読では印象が違うのがとてもおもしろ
花びら餅かと…これからの季節に併せてなんでしょう🌸桜ういろうブラリ〰里山スタジアム&里山サロンカフェラテ☕〰morningスコーンここのスコーン〰好きかも(*˘︶˘*).。.:*♡八勝亭で1人焼肉Lunch〜🍖このところ…雪もチラリチラリサブっさむっ!そんな折ヾ(。>﹏<。)ノ゙✧*。お友達からのお土産〰高瀬舟〰これ大好きな羊羹💓あっという間に食べ上げたわwww😁😁
確かに青空文庫もあるんだが‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ちょっと最近日本文学欲しいもんないよ‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´)/››‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´)/››‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´)/››‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´)/››‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´)/››‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´ロ`)/››‹‹\(´)/
前世紀の終わりころ、平均株価が38,000円とか言っていたのを記憶している。今はそれに近づいている。7,000円だった頃がウソのように感ずる。今がウソか。一昨年に買ったJTと浜木綿の株が1.5倍ぐらいに上がっている。しかし、感謝とかではなく、もっと買っていればよかったなどとと思う。もっともっと(moreandmore)というのが、資本主義のいやらしいところで欲望に際限がない。鴎外『高瀬舟』の1つの主題、竜安寺石庭の裏にある水戸光圀寄贈の
二部花の新歌舞ショー松竹小梅♪泣かへんわ座長藤間歩♪さよならエレジー二代目藤間智太郎♪高瀬舟ラストショー♪乱の舟唄数ヶ月ぶりに座長となって帰還した藤間劇団三代目座長それなりに貫録というのか、格好いい!こんなに早く歩座長を観劇できるなんて!😊💕この日のレポはおしまいありがとうございました❤
歴史読本『民俗学のふるさと辻川』辻川史編集委員会編集辻川区自治会発行令和5年(2023年)3月1日発行兵庫県神崎郡福崎町の辻川区の自治会によって発行された本です。自治会でこれほどレベルの高い本を発行できるなんて、さすが柳田(松岡)國男の出身地ですね。はじめに柳田國男は心のよすがとなった辻川について、「辻川というような非常に旧い道路の十文字になったところに育ったことが、幼い私にいろいろの知識を与えてくれたように思う。その道路の上を通った者のことが記憶に残っていたり
今日は姪っこの誕生日おめでとー23歳だって。小さい時からずっとかわいい。社会人の彼女はおじょーのこともかわいがってくれてホントにいい子です。そして、そんな姉の生誕祭に出席すべく帰ってきた…のかどうかわからないけど甥っ子が帰省してきました。お土産もらった。高瀬舟とキムラヤのサラダロール両方大好物帰省の度に伯母にお土産くれます。いい子じゃ。
10月31日。用事で近くまで行ったので、公益財団法人埼玉県下水道公社荒川右岸支社にマンホールカード貰いに行ったよ。平日のみだから、こういうときでないと貰いに行けない。かって新河岸川で活躍した高瀬舟。自宅に戻り夕ご飯。からあげと先日、福島に行ったときに買ったとらのラーメン。もやしを入れてくれたよ。おいしかった。
高校の時の現代国語での授業でした。森鴎外の、有名なご著書です。その際、「尊大な羞恥心と臆病な自尊心」という一節が出てきました。ふむふむ、と読んでいると、現国の先生が、「普通は逆。」と言いました。衝撃私の中では、無意識的にでしょうが、「尊大な羞恥心と臆病な自尊心」だったのですそれから○○年後、見事に逆になったよ~!🙌と言いたい努力に努力を重ね、人のサポートも経て、「尊大な自尊心と臆病な羞恥心」に落ち着きました。長い道のりでしたが、これからは、気楽にやっていきたいです。
三島由紀夫が昭和31年8月号の「文学界」で「自己改造の試み、重い文体と森鷗外への傾倒」を吐露し、三島自身が「金閣寺」「禁色」「沈める滝」の3作品は全て森鷗外の文体の影響を受けている、と語っている。【三島由紀夫(1925-1970)が賞賛していた森鷗外(1862-1922)】そんな森鷗外は2歳年齢を詐称していた、勿論悪事の為では無く、学業優秀な為に年齢を誤魔化して東京医学校(東大医学部の前身)に入学したのだ。鷗外は13歳だったが、当時飛び級制度など
皆様、ごきげんよう(^-^)♬森鴎外作「高瀬舟」〈YouTube〉で配信しておりますのでどうぞ、お聴き下さいませ。━☆♬(*^・^)ノ⌒♬☆━〈YouTube〉⬇森鴎外作「高瀬舟」〈朗読草間春美〉☆♬(*^・^)ノ⌒♬☆お聴き頂き、お気に召しましたら〈チャンネル登録〉と〈いいね〉をどうぞ、よろしくお願いいたします。☆♬(*^・^)ノ⌒♬☆⇨【Wikipedia森鴎外】⇨【Wikipedia高瀬舟】━☆♬(*^・^)ノ⌒
ことのは学舎の国語教室で、森鴎外の『高瀬舟』を読んでいる。こんなお話である。弟殺しの罪で島流しになった喜助は護送舟の上で満足そうな表情をしていた。不思議に思った護送係の庄兵衛は、心情を尋ねた。喜助は、今まで苦しい生活をしてきたので、流罪になり住む所と食べ物と二百文の金を与えられて嬉しい、と答えた。庄兵衛は、日々の生活に不自由していないのに不満を抱いてばかりいる我が身を顧みて、喜助の欲のなさを立派に感じ、尊敬の念を抱いた。弟殺しについても尋ねた。喜助は病気で働けない弟を養っていた
1階が図書館、2階が小川資料館玉里と同様にここにもジオラマあります高瀬舟が行き来します小美玉市には玉里と小川の二つの資料館があります。2つの町が合併したのでしょう。小川町には江戸時代に園部川に常時50隻船があり繁栄していました。本間玄調というシーボルトにも師事をうけた医師がおり疱瘡(天然痘)の治療を5000人以上するなど貢献されました。水戸藩郷校としても本間家が努めます。盆綱というこの地域特有のお祭りの紹介もされており興味深いです
左側の1階の一部が玉里資料館分かりやすいジオラマでお出迎え霞ヶ浦沿岸は豊かなために豪族多数江戸時代には水戸藩の高瀬船で米を大量輸送歴史ビデオ放映で小美玉市のうち玉里地域を理解できます。小美玉市の産物などの説明はありません。小美玉市には玉里と小川の二つの民族資料館があります。その一つです。このあたりには97基もの古墳がありました。レンコン、なし、コメがたくさん取れます。水戸藩直轄地として漁業管理もされ水戸藩の貴重な収益源でした。高瀬舟が輸送に活躍しました。
こんばんわ朝から雨になりましたが、気温は高いままです。午後からおばあちゃんのペースメーカーの定期検診に同行。それなりの待ち時間を過ごしますので、特養施設看護師さんたちのご苦労ぶりを明るくお聞きしました。病院内のあちこちの壁には、医師を中心とした写真部同好会の写真。待ち時間を楽しみました。『高瀬舟』こんばんわ仲良くしているAさんの夫さんが5月にお亡くなりになり、まだまだ傷心癒されぬ彼女を励ます会をしました。ひとりになると