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立春を越えても寒さが残ることを「余寒(よかん)」といいます。立春から2月末までが一般的。この時期の季語になっています。この時期の挨拶状は「余寒見舞い」として、2月末まで使われます。「鎌倉を驚かしたる余寒あり」俳人・高浜虚子が、鎌倉移住後の余寒の厳しさと、その季節のエネルギーを詠んだ句。
今日、2月22日は「猫の日」新企画「1分で味わう、名作の冒頭」第2弾夏目漱石「吾輩は猫である」をお届けします。「名前はまだ無い」1905年、雑誌『ホトトギス』で一回読み切りの予定から始まった漱石の出世作です。留学帰りの漱石が神経衰弱に悩んでいた時期、高浜虚子の勧めで筆を執りました。猫の冷ややかな視線で描かれる人間模様と、独特のユーモア。明治の香り漂う文体に、しばし耳を傾けてみませんか。家事や移動の合間
【起稿2026年2月21日記事】日付が変わりました🗓今日も東京は晴天ですが、昨日までより暖かく、ぐんと春めきそうな予報です😌さて皆さん、今日は「泰忌」です。「泰忌」は「新感覚派」とも呼ばれた、戦後ホトトギス派の俳人上野泰(1918年-1973年)さんの忌日です。泰さんの妻は高浜虚子の六女で、高浜虚子は泰さんの俳風を「泰の句に接すると、世の中の角度が変わって現れて来る。世の中を一揺り揺すって見直したような感じである。泰の眼に世の中が斯く映り、泰によって世の中が斯く表現されるのである。」と
近代の俳人のオノマトペ地球一万余回転冬日にこにこ高浜虚子夕暮の水のとろりと春の風臼田亜波をりとりてはらりとおもきすすきかな飯田蛇笏甘草の芽のとびとびのひとならび高野素十しんしんと雪ふる空に鳶の笛川端茅舎水枕ガバリと寒い海がある西東三鬼かりかりと蟷螂蜂の兒(かお)を食む山口誓子しんしんと肺碧きまで海のたび篠原鳳作雪だるま星のおしゃべりぺちゃ
2026年2月16日(月)2122句【季語】春の宵目つむれば若き我あり春の宵高浜虚子(たかはま・きょし)1874〜1959年。俳人。昨年の2月16日の句→老いながら『老いながら〜三橋鷹女』2025年2月16日(日)1757句【季語】椿/春老いながら椿となつて踊りけり三橋鷹女(みつはし・たかじょ)1899〜1972年。俳人。昨年の2月16日の句…ameblo.jp岡崎弥保HP「言の葉」ブログ「言の葉つむぎ」
次は長谷寺の駐車場から高徳院の美男におはす大仏さまを参拝しましたほんとうに美男でいらしてずっと見ていて飽きません↓与謝野晶子歌碑↓高浜虚子、星野立子句碑(写真はお借りしました)観音さまにお参りして境内を散策しました境内は梅の真っ盛りすっかり早春の佇まいです↓このお地蔵さま境内に3か所あって待ち受けにすると良縁にめぐまれるとか長谷寺は梅がきれいでいい思い出になりました
福岡市南区の住人、ハイジャン男のブログアメブロ友の芳根杏子さんの「芳根杏子日記」の俳句の本日のお題は「小さい春」だった。以下の俳句とコメントを送った。『ハイジャン男さん福岡市は曇り、気温4℃です。本日のお題は「小さい春」。イヌフグリにしてみます。小さき(ちさき)春咲く朝星の忘れ物イヌフグリが咲いている様は青い星のようです。』出来れば、お題に忠実に詠めたならば最高である。杏子さんの早春の風物として、「梅一輪」、「ふきのとう」、「メジロ」があった。そこで思い付いた花が「犬ふぐり」だ
「椿咲きその外春の遠からじ」<高浜虚子>「落椿とはとつぜんに華やげる」<稲畑汀子>古来からの言葉には含蓄がある。▼「一月往(い)ぬる、二月逃げる、三月去る」年始から3月までは行事が多く、あっという間に
てふはテフ虚子の句、爛々と昼の星見え菌(きのこ)生えだが、「爛々」という漢語系のオノマトペが、2つの動詞の連用形「見え」「生え」と響き合っている。オノマトペが増幅しているのではないだろうか。ちなみに、「爛々」を使った句には爛々と虎の眼に降る落葉富沢赤黄男もある(句集「天の狼」1941年)。中島敦の名作「山月記」を連想させるが、「爛々」が漢語系であるだけに虎は少しこのオノマトペに近いというか付きすぎという感じがする。つまり、虚子の「爛々」の方がオノマトペに広がり
竹が生え、菌が生え北原白秋は詩集『月に吠える』の序で、この詩集の著者、萩原朔太郎をオノマトペを使って語った。白秋のオノマトペの使用は的確で見事だとボクは思うが、朔太郎のこの詩集ではオノマトペが格別には目立たない。朔太郎が意識的にオノマトペを使うのは『月に吠える』に続く詩集『青猫』においてだ。だが、オノマトペではないが、オノマトペに近いと感じる語法がある。詩集の冒頭にある「竹とその哀傷」にある詩編は次のような動詞の連用形の多用が特徴だ。光る地面に竹が生え、青竹が生
鎌倉を驚かしたる余寒あり【作者】高浜虚子今季最強の寒波到来とのこと。明日は、選挙とオリンピックでテレビはジャックされているし、外は寒い。楽しみにしていた『豊臣兄弟』と『京都人の密かな愉しみ』もやらへん。当然と云えばそれまでだけれど、おもろない日やな、明日は。オリンピックのテレビジャックはもう少し続くようである。しゃあないな。宮本輝を久しぶりに愉しんでいる。『よき時を思う』・・・なかなか面白い。書評ではなく、気に入った文章があったので、抜き出してみる。《見ていると幸福な気
こんにちは2月4日立春ですねテント⛺️に入ってご満悦🩷ベランダの花鳥の害に悩まされています黄色のパンジー、多肉植物の蕾をやられてしまいました😭1月のかな書道作品何もなき床に置きけり福寿草高浜虚子の句西日本で行ってみたい場所は?山陰は行ってないので、出雲大社かな▼本日限定!ブログスタンプ
節分や鬼もくすしも草の戸に【作者】高浜虚子昨秋はいろんな役目から自分を解放して、休日になると美術館や博物館に出かけていました。今は寒いからかも知れませんが、休日はゆっくりと本でも読んでいたいと思うようになりました。人と会うのは、知人であっても苦手でありますが、ましてや繁華街や他人の多いところには、あまり行きたくなくなりました。本来の自分のペースはゆっくりであります。他人のペースに合わせることは、合わせられるけれど、いや合してしまい過ぎのところがあるので、後でとても疲れます。これを書い
反転した読みこの連載、今回で最後にしたい。古池や蛙飛び込む水の音芭蕉鶏頭の十四五本もありぬべし子規戦争が廊下の奥に立つてゐた白泉挙げたのは人口に膾炙している有名句だが、古池の句を、啓蟄の頃の池の賑わいとして高浜虚子は読んだ。閑寂趣味とは違って訪れた春の生気の景色と見たのだ。(岩波文庫『立子抄』)。鶏頭の句を肉屋の風景と見たのはある高校生。ニワトリの頭が十四五本ころがっている生々しい風景だ。白泉の句についてはある中学生が「
ブラジルでも新年は「道」の事始め=正月とAnoNovoはどう違う?=サンパウロ在住毛利律子《寄稿コラム》ブラジル日報WEB版より2026年1月24日ブラジルで新年寒稽古柔道家・故篠原正雄さんの道場がビラソニアにある。ご一家とは旧知の間柄で、この新年1月11日、未亡人の篠原幸子さん(95歳)は、「道場では寒稽古が始まっていて、大賑わいで大忙しです」と、元気に明るく語っていた。「寒行」「寒稽古」は、「道」「術」「芸」の事始めとして行われる伝統行事で、正月祝いに組み込ま
高浜虚子の句「遠山に日の当りたる枯野かな」遠くの山に陽が当たり、金色の輝きが眼前の枯野に広がる。枯れた野に温かな日差しがおりると、命のたしかさと、変わらぬ美しさが立ちあがる。自然の輝きに心をほどかれるような気持になりますよね。#俳句#高浜虚子
虚子の句会は半端だった高浜虚子が言っている。「十人か十五人集って、後で選句の批評をやるといいですがね。以前はやっていましたが、この頃は会が多くなったから……一つ句会で批評をやるというと全部の句会で批評をやらなくちゃならないから。」(岩波文庫『俳談』)。昭和9年の発言だが、以前は明治や大正のころだろう。ともあれ、虚子の句会にはほとんど互評がなかったのだ。ボク流にいえばちゃんとした句会がなかったのである虚子は昭和29年に出た『俳句読本』(角川文庫)で、「題詠を一人でやらず、大勢のも
やあ、ドーナツの穴!ある人から古館曹人(ふるたち・そうじん)の句会論をどう思いますか、と問われた。古館には『句会の復活』(1986年)、『句会入門』(1989年)があり、この2著、角川書店の発行だ。俳句では句会が大事だ、という古館の考えに賛成だが、彼は俳句の基本を「挨拶」として理解しており、句会を一期一会の場と見ている。俳句は挨拶だ、という考えは、高浜虚子、山本健吉などによっても強調されたが、挨拶は俳句の一面ではあっても基本ではない。連歌の発句は挨拶を重んじたが、その挨
鱗一つめくってあげましょ冬の朝極月のユトリロの壁の白い陰年の瀬の粟もち十個買いに行く忘れっぽい天使のマネして松の内せりなづな七つの色のペンを買う●どっちに/池尾小弓(大阪市)「さくらんぼ笑みで補ふ語学力橋本美代子」4月最初の3年生の文学国語の授業で「絵しりとり」をした。その始まりに林檎のようなさくらんぼを書いた。その日の俳句だ。毎時間最後の振り返りの4分に合わせて俳句をひとつ書く。二時間目は「春ひとり槍投げて槍に歩み寄る能村登四郎」。ねんてん先生の句もいくつか挙げた。さて3年
【起稿2026年1月21日記事】日付が変わりました🗓今日も東京は晴天ですが、寒波の影響で寒さの底が訪れる予報となっています🌬️さて皆さん、今日は「久女忌」です。「久女忌」は、近代俳句最初期の女流俳人で、テレビドラマ「台所の聖女」(1988年、NHKドラマスペシャル、樹木希林さん主演)で描かれた杉田久女の忌日です。※画像はイラストAC(https://www.ac-illust.com/)より引用しました。杉田久女(本名は杉田久、1890年-1946年)は、鹿児島に生まれ、大蔵官僚
『ちょこっと雑学』[[今日は何の日]]今日は久女忌(1月21日記念日)。俳人•杉田久女(すぎたひさじょ)の1946年(昭和21年)の忌日。1890年(明治23年)5月30日に鹿児島県鹿児島市で生まれる。旧姓:赤堀、本名:杉田久(ひさ)。俳人・赤堀月蟾の妹であり、幼い頃に兄より俳句の手ほどきを受ける。高浜虚子に師事。1932年(昭和7年)に女性だけの俳誌『花衣』を創刊・主宰するが、5号で廃刊となる。1934年(昭和9年)に中村汀女・竹下しづの女などとともに『ホトトギス』同人となるが、
きょうは大寒。天気予報では、今年は暦通り、一年で最も寒く長い寒波が日本列島を覆う、らしいです。その大寒の季節に、高浜虚子の句を見つけました。「ぬく飯に落として円(まど)か寒玉子」。「寒卵」って季語なんですねー。ちなみに如庵は炊き立てのご飯には必ず玉子かけご飯にして戴いています(笑)わが家では毎日ご飯を炊かないから、そんなに頻度はないのですがね。そのほか高浜虚子の大寒の句にはにき玉の句がありました。(幼いころ黄身が2つある卵をにき玉って言ってました笑)最近、卵の価格が上昇し
俳句が結んだ新潟とブラジル=中田みづほと佐藤念腹ブラジル日報WEB版より2026年1月17日『中田みづほの百句日本脳外科の父』表紙ふらんす堂が刊行する俳句の精華を百句でたどる「百句」シリーズに、昨年10月、『中田みづほの百句日本脳外科の父』(中本真人著)が加わった。高浜虚子の門下として「ホトトギス」俳句の正統を歩んだ中田みづほ(本名・瑞穂、1893―1975年、島根県出身)の句業をたどる本書は、同門で「ブラジル俳句の父」とも称される佐藤念腹との関係に随所で目を配る構
選は創作なり(虚子)高浜虚子に「選は創作なり」という名言がある。選とは読む行為だが、それには創作、つまり作る働きがあるというのである。『俳談』(岩波文庫123頁)では、作者の意識していないことを選者の自分が読み取ること(解釈すること)、それが「選は創作なり」だ、と述べている。この虚子の意見に賛成だが、ただ、「選は創作なり」が俳句の選者の働き、あるいは能力と見られてきたきらいがある。虚子も選者である自分の力としてそれを語っている。「選は創作なり」の自覚が選者に求められるのはもっとも
(前日に続く)「鹿を見ても恐ろしかりし昔哉」<高浜虚子>「夕焼けに輝く波や伊予二見」<壺中>「岩ありて天つ日ありて海ありて伊予の二見はかしこかりけり」<吉井勇>「腰折といふ名もをかし春の山」<仙波花叟>▼「伊予の江ノ島」とも呼ばれる国立公園の「北条鹿島」。
作者を無視する明治以降の日本では、作者がとっても重視されてきた。だから、作品を読むとき、夏目漱石はどのように考えていたかがまず大事で、その作者の考えに沿って作品が読まれた。俳句でも同様で、正岡子規だと写生という彼の考え、高浜虚子だと花鳥諷詠という彼の考えに沿って句が読まれてきた。だが、彼らの句会でも作者名は伏せられていた。選句にあたって作者はどうでもよかったのである。句会におけるこの読みの伝統を重んじたい。近年、文芸理論のロラン・バルトの〈作者は死んだ〉という派手な言
僕の詠んだ最近の句の7割以上が、先人の名句と同一だということが、AIによる判断で明らかになりました。特に正岡子規、高浜虚子、中村草田男、加藤楸邨、石田波郷、飯田蛇笏、龍太、森澄雄、中村汀女、星野立子の句と季語の選択まで同一。どういうことなの?今になってわかったのは、このAIの阿呆は、句またがりを理解しておらず、五五七のリズムも七五五のリズムも理解しておらず、こういう定型句を一様に自由律だと決めつけている点。今朝、甲斐よしあきさんにラインしたら、そのことで彼は大爆笑していまし
1月JanuaryNHKラジオ文芸館アンコール。宮部みゆき作「小袖の手」。全編「おっかさん」の一人語り。なのに読者を飽きさせず、最後まで牽引し続ける。プレーヤー|らじる★らじるNHKラジオラジオ第1(R1)・ラジオ第2(R2)・NHK-FM放送の音声をライブストリーミングで同時提供しています。聴き逃し対象番組は、放送された音声を楽しむことができます。www.nhk.or.jp岸田國士(きしだくにお)は、岸田衿子さん・今日子さんのお父さん。「うちの家内は、す
🌈今日の漢字:「霙」【読み方】みぞれ【意味】雨と雪が同時に降る、または半分溶けた雪が降る気象現象🔍分解してみる「霙」英(えい):「入り混じる」「中心が乱れる」というニュアンスがある霙→雨と雪が入り混じる状態を表す📌豆知識◎常用漢字ではない新聞や教科書では「みぞれ」とひらがな表記が多い俳句・小説では漢字表記が好まれる◎霙と雹・霰の違い霰(あられ)直径5mm未満の氷雹(ひょう)直径5mm以上の氷◎俳句では「霙」は冬の季語高浜虚子の俳句「霙ふる一日何もせざ
『令和7.12.29.執権北条高時腹切りやぐら(北条氏滅亡の地)』『令和7.12.29.大塔宮護良親王墓(鎌倉市)』『令和7.12.29.鎌倉宮(後醍醐天皇皇子大塔宮護良親王)・土牢』『令和7.12.29.源頼朝・…ameblo.jp『令和7.12.29.大塔宮護良親王墓(鎌倉市)』『令和7.12.29.鎌倉宮(後醍醐天皇皇子大塔宮護良親王)・土牢』『令和7.12.29.源頼朝・北条義時の墓(鎌倉市)』『令和7.12.29.鶴岡八…ameblo.jp『令和7.12.